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233.がんばる日Ⅱ
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パンッッてした。
「おかえり! おめでとう!!」
「ありがとう。ただいま」
玄関の物音を待ち構え、去年と同じように瀬名さんが入ってくると同時に天井へ打ち上げたちっちゃいクラッカー。ちっちゃいのでやっぱり地味で小規模。中身のワシャワシャしたカラフルなゴミみたいのが空中に舞い上がる中、たいへん雑な祝いの言葉を叫んだら瀬名さんも笑って雑に返してきた。
靴を脱いだこの人を迎え入れ、廊下を行きつつはやる気持ちは抑える。
「メシできてるんで着替えてきちゃってください」
「了解」
「あとこれあげる」
くるりと振り返り、パコッと瀬名さんの胸元に押しつけたのは小箱。ちっちゃいクラッカーに負けないくらいのちっちゃい四角だ。
リボンが結ばれたそれを受け取り、瀬名さんは一度カバンを置いて丁寧にその箱を開けた。
「去年ネクタイだったので、第二弾」
なんの変哲もない銀色のネクタイピンにした。上から下まで洗練された男はもちろんネクタイピンだって持っているが、瀬名さんは迷いなくジャケットのボタンを外し、俺の目の前でタイに銀色をつけて見せた。
「似合うか?」
「うん。かっこいい」
「俺だからな」
「だからそこもっと謙虚に」
やり取りが去年から進化してない。
「ありがとう。大事にする」
「……うん」
鼻につくイケメンだけれどこの人は本当に大事にしてくれる。大事にしてくれると知っているから、安心してプレゼントを用意できた。
スーツの似合う男前は、それから少ししてラフな部屋着の男前になってやって来た。
ウーロン茶を注いだグラスをコトッとテーブルに置いたその時、やや慌ただしく寝室から出てきた。一直線に俺を目指してくる瀬名さんの両手には、鉢植えが抱えられている。
「チョビとローズの間になんかいた」
「今日から仲間に加わりました。そいつが新ボスなので敬意を払って」
「イエス、ボス」
わざわざ抱えて持ってくるとは思っていなかった多肉寄せ植え。チョビとローズは今デスク横の小さい棚の上に置かれているから、その真ん中にさっきこっそり置いた。
新ボスをそっと恭しい動作でローテーブルの上に乗せた瀬名さん。その場にかがんで目線を合わせ、それをじっくり観察するから、俺もその隣で同じように腰をかがめた。
「どうです?」
「素直に感動してる。これもまた作ったのか?」
「花屋バイトも二年目なので」
「猫がいる」
「ここは彼女たちのお庭です」
三匹の猫。ハチワレと茶トラと、そして灰色。
「……あいつらだ」
「全員見つけました」
灰色の子もちゃんと探し出せてよかった。白黒ハチワレと茶トラときたら、やっぱり灰色も入れて三匹がいい。
瀬名さんは自分の好きなものを大事にする。瀬名さんのことを見ていれば、何が好きかもちゃんと分かった。
「……ありがとう」
やわらかく、ふっとあたたかくなるその目元を、間近で見られるのは俺の特権。
大事そうに庭を見つめ、その表情を俺にも向けてきた。手作りなんて一か八かの賭けになるプレゼント第一位だが、瀬名さんになら不安を感じずに渡せる。だってこの人は、絶対に大事にしてくれる。
「可愛がってやってください。チョビとローズとは違ってそいつらには世話が必要なので」
「日々欠かさず水をやる」
「毎日やると腐りますよ」
「殺すとこだった」
こいつらにはチューリップみたいに小まめに水をやる必要はない。逆にあげすぎは禁物だ。あんまりあげると根腐れを起こしてしまう。
小さい見かけによらず強い奴らだ。毎日しっかり日に当てて、乾いてきたら水を与える。細かいことは後で説明すればいいけど瀬名さんなら自分で調べ尽くしそうだから、腐って死んじゃう心配はないだろう。今だって興味津々に小さな庭を観察している。
面倒見のいい本日の主役の、腕を取ってくいっと立たせた。
「とりあえずメシにしましょう。ケーキもついさっき焼けたとこなんで」
「ケーキまで作ったのか?」
「この前のおかずケーキのやつ」
「最高だ。あれめちゃくちゃ美味い」
「よかった。今日はちょっと和風ですよ」
あれを教えてくれたのが二条さんであるとはまだ伝えていない。あと何度か美味いって言わせてから頃合いを見て真実を知らせてあげよう。
キッチンに引っ張って来た瀬名さんにお披露目したケークサレ。カッティングボードにボンと置いておいたそれを、瀬名さんはしみじみ見下ろした。
「すげえいい匂いする。ただでさえテーブルが料亭みてえなことになってんのに」
「料亭は荷が重いですが一応パーティーですから。切るの得意な瀬名さんには特別にケーキカットの役目を与えます」
「引き受けた」
そうして贈呈したナイフで瀬名さんがふわっとカットしたおかずケーキはキッチンカウンターに持って行った。
パーティーの準備がこれで整った。エスコート気取って席に連れたつ。今のこの部屋の中は主役ファーストな空間なので、瀬名さんの前で椅子をスッと引く。
「どうぞお姫様」
「ありがとう王子」
姫扱いに疑問を抱かない三十四歳社会人男性。一個ジジイになったくらいじゃ瀬名恭吾は瀬名恭吾のままだ。
恥を捨ててる姫と向かい合い、ウーロン茶でコンッと乾杯。二人きりのパーティーだけれど特別な人の特別な日だ。
誰かの何かを祝いたくなる。こんなに凄いことってあるか。今日がなんの日か忘れていた男も今は嬉しいときの顔だから、結局いつだってもらうのは俺の方。
この人のこの表情を誰よりも一番近くで見ている。これ以上の特権はない。今年もまた、俺はもらった。
「おかえり! おめでとう!!」
「ありがとう。ただいま」
玄関の物音を待ち構え、去年と同じように瀬名さんが入ってくると同時に天井へ打ち上げたちっちゃいクラッカー。ちっちゃいのでやっぱり地味で小規模。中身のワシャワシャしたカラフルなゴミみたいのが空中に舞い上がる中、たいへん雑な祝いの言葉を叫んだら瀬名さんも笑って雑に返してきた。
靴を脱いだこの人を迎え入れ、廊下を行きつつはやる気持ちは抑える。
「メシできてるんで着替えてきちゃってください」
「了解」
「あとこれあげる」
くるりと振り返り、パコッと瀬名さんの胸元に押しつけたのは小箱。ちっちゃいクラッカーに負けないくらいのちっちゃい四角だ。
リボンが結ばれたそれを受け取り、瀬名さんは一度カバンを置いて丁寧にその箱を開けた。
「去年ネクタイだったので、第二弾」
なんの変哲もない銀色のネクタイピンにした。上から下まで洗練された男はもちろんネクタイピンだって持っているが、瀬名さんは迷いなくジャケットのボタンを外し、俺の目の前でタイに銀色をつけて見せた。
「似合うか?」
「うん。かっこいい」
「俺だからな」
「だからそこもっと謙虚に」
やり取りが去年から進化してない。
「ありがとう。大事にする」
「……うん」
鼻につくイケメンだけれどこの人は本当に大事にしてくれる。大事にしてくれると知っているから、安心してプレゼントを用意できた。
スーツの似合う男前は、それから少ししてラフな部屋着の男前になってやって来た。
ウーロン茶を注いだグラスをコトッとテーブルに置いたその時、やや慌ただしく寝室から出てきた。一直線に俺を目指してくる瀬名さんの両手には、鉢植えが抱えられている。
「チョビとローズの間になんかいた」
「今日から仲間に加わりました。そいつが新ボスなので敬意を払って」
「イエス、ボス」
わざわざ抱えて持ってくるとは思っていなかった多肉寄せ植え。チョビとローズは今デスク横の小さい棚の上に置かれているから、その真ん中にさっきこっそり置いた。
新ボスをそっと恭しい動作でローテーブルの上に乗せた瀬名さん。その場にかがんで目線を合わせ、それをじっくり観察するから、俺もその隣で同じように腰をかがめた。
「どうです?」
「素直に感動してる。これもまた作ったのか?」
「花屋バイトも二年目なので」
「猫がいる」
「ここは彼女たちのお庭です」
三匹の猫。ハチワレと茶トラと、そして灰色。
「……あいつらだ」
「全員見つけました」
灰色の子もちゃんと探し出せてよかった。白黒ハチワレと茶トラときたら、やっぱり灰色も入れて三匹がいい。
瀬名さんは自分の好きなものを大事にする。瀬名さんのことを見ていれば、何が好きかもちゃんと分かった。
「……ありがとう」
やわらかく、ふっとあたたかくなるその目元を、間近で見られるのは俺の特権。
大事そうに庭を見つめ、その表情を俺にも向けてきた。手作りなんて一か八かの賭けになるプレゼント第一位だが、瀬名さんになら不安を感じずに渡せる。だってこの人は、絶対に大事にしてくれる。
「可愛がってやってください。チョビとローズとは違ってそいつらには世話が必要なので」
「日々欠かさず水をやる」
「毎日やると腐りますよ」
「殺すとこだった」
こいつらにはチューリップみたいに小まめに水をやる必要はない。逆にあげすぎは禁物だ。あんまりあげると根腐れを起こしてしまう。
小さい見かけによらず強い奴らだ。毎日しっかり日に当てて、乾いてきたら水を与える。細かいことは後で説明すればいいけど瀬名さんなら自分で調べ尽くしそうだから、腐って死んじゃう心配はないだろう。今だって興味津々に小さな庭を観察している。
面倒見のいい本日の主役の、腕を取ってくいっと立たせた。
「とりあえずメシにしましょう。ケーキもついさっき焼けたとこなんで」
「ケーキまで作ったのか?」
「この前のおかずケーキのやつ」
「最高だ。あれめちゃくちゃ美味い」
「よかった。今日はちょっと和風ですよ」
あれを教えてくれたのが二条さんであるとはまだ伝えていない。あと何度か美味いって言わせてから頃合いを見て真実を知らせてあげよう。
キッチンに引っ張って来た瀬名さんにお披露目したケークサレ。カッティングボードにボンと置いておいたそれを、瀬名さんはしみじみ見下ろした。
「すげえいい匂いする。ただでさえテーブルが料亭みてえなことになってんのに」
「料亭は荷が重いですが一応パーティーですから。切るの得意な瀬名さんには特別にケーキカットの役目を与えます」
「引き受けた」
そうして贈呈したナイフで瀬名さんがふわっとカットしたおかずケーキはキッチンカウンターに持って行った。
パーティーの準備がこれで整った。エスコート気取って席に連れたつ。今のこの部屋の中は主役ファーストな空間なので、瀬名さんの前で椅子をスッと引く。
「どうぞお姫様」
「ありがとう王子」
姫扱いに疑問を抱かない三十四歳社会人男性。一個ジジイになったくらいじゃ瀬名恭吾は瀬名恭吾のままだ。
恥を捨ててる姫と向かい合い、ウーロン茶でコンッと乾杯。二人きりのパーティーだけれど特別な人の特別な日だ。
誰かの何かを祝いたくなる。こんなに凄いことってあるか。今日がなんの日か忘れていた男も今は嬉しいときの顔だから、結局いつだってもらうのは俺の方。
この人のこの表情を誰よりも一番近くで見ている。これ以上の特権はない。今年もまた、俺はもらった。
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