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231.そういう日Ⅱ
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ちょっと逃げると強引にされるし、それで大人しくなると優しくされる。
それでいい。いい子だ。そうとでも言うみたいに、口の中を舌で撫でられる。
俺はいつからこんな従順なワンコみたいなことになっちゃったんだろう。嫌な事はされないと分かっているから最後の最後で拒みきれない。瀬名さんがするのは気持ちいいことだけ。だから安心して、受け入れている。
「せなさん……」
「ん?」
「……見られてます」
「うん?」
「……クマ雄とウソ子」
前の部屋では壁際にぎゅうぎゅうと押しやられていたクマとカワウソは、今でも俺達と一緒に寝ている。場所はちょっと上等になって、前よりも広くなったヘッドボードからちょこんと二匹で俺達を見下ろす。
その視線が、角度的になんだか。俺はかなり気になるが、俺の上に乗っかっている恥知らずは全然気にしない。
「観客いた方が燃えるだろ」
「俺をあなたと一緒にしないで」
お構いなしに口をふさがれた。観客二匹に見せつけるみたいに唇にちゅくっと触れて、ゆっくりこすれる、その感覚が、微かな水音に交じって濃くなる。
キスの練習がどうのとか第一段階がどうのこうのとか、言っていたあの頃がもはや懐かしい。小鳥みたいについばまれ、油断するとやわく噛みつかれている。舐めて、撫でて、吸いつかれ、それらに誘われるまま舌を絡めてる。
何やってんだろう。おしまいにしたはずだったのに。髪乾かして、ちゃんと寝るはずだった。
ベッドに入ってからすでに何度パジャマのボタンを外されそうになったか。それを何度止めただろうか。今もまた胸元でプチッと、上から二つ目のボタンを外された。
スッと、指先が肌の上をなぞった。微かな指の動きですらも体は全部を感知する。この人のこの手つきが、口元を撫でる薄い唇が、したいって、ずっと言っている。
「なんか……」
「うん?」
「……今日しつこいよ」
「一段とな」
「自分で言ってりゃ世話ないです」
ベッドが広くなったうえに部屋の防音性能も格段に上がってなおかつここは角部屋だ。そのためか引っ越してきてからの瀬名さんは、元気ハツラツで元気イッパイで元気マンタンのご機嫌ルンルン。
手に負えない。厄介が過ぎる。厄介な男は自分のシャツのボタンにも当たり前のように右手を伸ばした。
手早く外し、鬱陶しげに脱いだその下。完璧に美しく整った無駄のないその体を、この男は惜しげもなく晒す。
下から見上げるこの光景には何度だろうとも気圧される。これは俺を食おうとしている人の顔。男の人の顔でしかない。
こわい、というのとはちょっと違うけど。知られない程度に僅か、そろっと視線を斜めに逸らした。
瞬間パサッと、二匹の観客の上に被せられていた薄いシャツ。
「…………」
「よし」
「よし?」
なんもよくない。俺のクマ雄とウソ子を雑に扱うな。
野暮な二匹を目隠しすると義務は果たしたとでも言わんばかりに俺を颯爽と組み敷いてくる。跨っているなんてもんじゃない。ピタリと密着してくるのはわざとだ。ほとんど乗っかって、俺を抱きしめ、そうやってまたキスされる。
やらしく音の立つキスのやり方と、やらしいキスが気持ちいいという知識を得た。初めてされたあの時に言われた通り、この大人は俺に全部を教えた。
ちょっとでも横を向けば追いかけてくる。くっついては離れていって、またフニッといたずらみたいにくっつく。何度もしつこく、口付けられた。やさしいから、どうせ欲しくなる。
密着した腰をこの人が少しだけ擦らせ、それでピクリと、反射で肩が揺れる。その弾みで唇の間には微かな隙間が一瞬、できた。
「っ、は…」
「まだだ」
「ん……もっと……?」
「もっと」
執拗なくらいの甘ったるいキスが終わらない。きもちいい。
唇を唇に擦らせながら、下も当たってる。ていうか、当ててくる。わざと。
「ん……」
ずっと押しつけられている。だからちゃんと分かってる。故意によるこの犯行を、突っぱねる手立ての持ち合わせはない。
俺はいつ間違ったのか。この大人に喜んで抱かれる。砂の上に家を建てたらすぐに壊れてしまうけど、俺はきっと泥沼の上で明るく土台を作ってしまった。
その泥沼にはきっと底がない。ズプズプと、のめり込んでいくばかりだ。
「せなさん……」
そっと、瀬名さんの胸板についた手を、そのままするっと背中に回した。それに合わせて上からグッと見せつけるように押し当てられて、隔てはお互い薄い衣だけ。熱いのも硬いのも、はっきり伝わる。
「……あなたの、これ……」
「ん」
「……俺のせい……?」
「ああ」
「…………」
いつ間違ったか。いつからなんて、考えるまでもない。最初からなんだから、仕方がない。知り合った翌日にこっそり撮った横顔は、今でもスマホに残したままだ。
惚れたのなんだのいくら言われてもベランダにノコノコ出ていった。食事の誘いは断るくせして距離を置こうとは思えなかった。
下心を暴露されても不快感の一つもなくて、気持ちに応える前までのキスがほっぺただったのは焦れったくて、応えたら応えたで気長に待たれて、この人の予言通り、俺が願った。
この人は今、俺でこうなっているそうだ。俺がこの人をこうさせた。こうも露骨に欲求を晒されるようになった今は、手を伸ばさずにはいられない。
この人が俺をどうしたいか知っている。俺と何をしたいのか知ってる。
熱いのも硬いのも、それに形も、ここまではっきり伝わってくるのだから。この人にだって、伝わっている。
「……俺も……あなたのせいです」
全部この人のせいだ。こうなっちゃうんだから仕方ない。
白状したら瀬名さんは顔を上げ、満足したように小さく笑った。
「責任はとる」
「……当然です」
「優しくする」
「……知ってます」
泥沼にしては居心地が良すぎる。綿菓子みたいに、ふわふわしてる。
気持ちいいキスのやり方を、俺に教えたのはこの、大人の男だ。
それでいい。いい子だ。そうとでも言うみたいに、口の中を舌で撫でられる。
俺はいつからこんな従順なワンコみたいなことになっちゃったんだろう。嫌な事はされないと分かっているから最後の最後で拒みきれない。瀬名さんがするのは気持ちいいことだけ。だから安心して、受け入れている。
「せなさん……」
「ん?」
「……見られてます」
「うん?」
「……クマ雄とウソ子」
前の部屋では壁際にぎゅうぎゅうと押しやられていたクマとカワウソは、今でも俺達と一緒に寝ている。場所はちょっと上等になって、前よりも広くなったヘッドボードからちょこんと二匹で俺達を見下ろす。
その視線が、角度的になんだか。俺はかなり気になるが、俺の上に乗っかっている恥知らずは全然気にしない。
「観客いた方が燃えるだろ」
「俺をあなたと一緒にしないで」
お構いなしに口をふさがれた。観客二匹に見せつけるみたいに唇にちゅくっと触れて、ゆっくりこすれる、その感覚が、微かな水音に交じって濃くなる。
キスの練習がどうのとか第一段階がどうのこうのとか、言っていたあの頃がもはや懐かしい。小鳥みたいについばまれ、油断するとやわく噛みつかれている。舐めて、撫でて、吸いつかれ、それらに誘われるまま舌を絡めてる。
何やってんだろう。おしまいにしたはずだったのに。髪乾かして、ちゃんと寝るはずだった。
ベッドに入ってからすでに何度パジャマのボタンを外されそうになったか。それを何度止めただろうか。今もまた胸元でプチッと、上から二つ目のボタンを外された。
スッと、指先が肌の上をなぞった。微かな指の動きですらも体は全部を感知する。この人のこの手つきが、口元を撫でる薄い唇が、したいって、ずっと言っている。
「なんか……」
「うん?」
「……今日しつこいよ」
「一段とな」
「自分で言ってりゃ世話ないです」
ベッドが広くなったうえに部屋の防音性能も格段に上がってなおかつここは角部屋だ。そのためか引っ越してきてからの瀬名さんは、元気ハツラツで元気イッパイで元気マンタンのご機嫌ルンルン。
手に負えない。厄介が過ぎる。厄介な男は自分のシャツのボタンにも当たり前のように右手を伸ばした。
手早く外し、鬱陶しげに脱いだその下。完璧に美しく整った無駄のないその体を、この男は惜しげもなく晒す。
下から見上げるこの光景には何度だろうとも気圧される。これは俺を食おうとしている人の顔。男の人の顔でしかない。
こわい、というのとはちょっと違うけど。知られない程度に僅か、そろっと視線を斜めに逸らした。
瞬間パサッと、二匹の観客の上に被せられていた薄いシャツ。
「…………」
「よし」
「よし?」
なんもよくない。俺のクマ雄とウソ子を雑に扱うな。
野暮な二匹を目隠しすると義務は果たしたとでも言わんばかりに俺を颯爽と組み敷いてくる。跨っているなんてもんじゃない。ピタリと密着してくるのはわざとだ。ほとんど乗っかって、俺を抱きしめ、そうやってまたキスされる。
やらしく音の立つキスのやり方と、やらしいキスが気持ちいいという知識を得た。初めてされたあの時に言われた通り、この大人は俺に全部を教えた。
ちょっとでも横を向けば追いかけてくる。くっついては離れていって、またフニッといたずらみたいにくっつく。何度もしつこく、口付けられた。やさしいから、どうせ欲しくなる。
密着した腰をこの人が少しだけ擦らせ、それでピクリと、反射で肩が揺れる。その弾みで唇の間には微かな隙間が一瞬、できた。
「っ、は…」
「まだだ」
「ん……もっと……?」
「もっと」
執拗なくらいの甘ったるいキスが終わらない。きもちいい。
唇を唇に擦らせながら、下も当たってる。ていうか、当ててくる。わざと。
「ん……」
ずっと押しつけられている。だからちゃんと分かってる。故意によるこの犯行を、突っぱねる手立ての持ち合わせはない。
俺はいつ間違ったのか。この大人に喜んで抱かれる。砂の上に家を建てたらすぐに壊れてしまうけど、俺はきっと泥沼の上で明るく土台を作ってしまった。
その泥沼にはきっと底がない。ズプズプと、のめり込んでいくばかりだ。
「せなさん……」
そっと、瀬名さんの胸板についた手を、そのままするっと背中に回した。それに合わせて上からグッと見せつけるように押し当てられて、隔てはお互い薄い衣だけ。熱いのも硬いのも、はっきり伝わる。
「……あなたの、これ……」
「ん」
「……俺のせい……?」
「ああ」
「…………」
いつ間違ったか。いつからなんて、考えるまでもない。最初からなんだから、仕方がない。知り合った翌日にこっそり撮った横顔は、今でもスマホに残したままだ。
惚れたのなんだのいくら言われてもベランダにノコノコ出ていった。食事の誘いは断るくせして距離を置こうとは思えなかった。
下心を暴露されても不快感の一つもなくて、気持ちに応える前までのキスがほっぺただったのは焦れったくて、応えたら応えたで気長に待たれて、この人の予言通り、俺が願った。
この人は今、俺でこうなっているそうだ。俺がこの人をこうさせた。こうも露骨に欲求を晒されるようになった今は、手を伸ばさずにはいられない。
この人が俺をどうしたいか知っている。俺と何をしたいのか知ってる。
熱いのも硬いのも、それに形も、ここまではっきり伝わってくるのだから。この人にだって、伝わっている。
「……俺も……あなたのせいです」
全部この人のせいだ。こうなっちゃうんだから仕方ない。
白状したら瀬名さんは顔を上げ、満足したように小さく笑った。
「責任はとる」
「……当然です」
「優しくする」
「……知ってます」
泥沼にしては居心地が良すぎる。綿菓子みたいに、ふわふわしてる。
気持ちいいキスのやり方を、俺に教えたのはこの、大人の男だ。
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