貢がせて、ハニー!

わこ

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219.探検ミッションⅡ

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 ハルミちゃんもチヨコさんも他のお客さんのお相手をしていたけれど、猫カフェの猫さん達はもちろんどの子もみんな素敵だ。

 ここの猫カフェは保護猫カフェだ。人間どもじゃなくてネコのためにある。ここに来る客も自分から抱っこしに行くのではなくて、ニャーが寄ってきてくれるのを気長に待つスタンス。
 猫さんの気持ちを尊重しましょう。猫さんの行く手を妨げないようにしましょう。猫第一主義の空間はゆったりと心地いいのだが、好奇心旺盛な子たちも多いから誰かしら構ってくれる。

 ハルミちゃんもチヨコさんも優しい。ゴローくんとマサムネはたぶん人間をデカい猫だと思ってる。
 キジトラのさっちゃんは素っ気ないと見せかけてポツンと寂しそうなお客さんがいるとトコトコそばに歩いていくし、フジデコのジョーくんは人間の足元を毛だらけにして帰らせるのが趣味だし、ウシ柄のマルオくんはいつも寝ているのに高級おやつ持ってる人間が現れると颯爽と前に飛び出してくる。
 ホモサピエンスはイチコロだ。



「今日も可愛かったあ。瀬名さんは相変わらず猫まみれでしたね」
「お前はマルオにずっとストーカーされてたろ」
「今日おやついっぱい持ってたから」

 そんなこんなで楽しかった。小一時間で最大限に癒された。
 自由気ままな猫のいる場所に立ち入るとそれだけで心が軽くなる。ついでに足腰も元気になった気がするから、カフェを出た後はその辺を散歩してみたり、ちょうど通りかかったバスに乗ってみたり。そうして再び駅の方を目指し、無計画なまま舞い戻ってきたのは新居付近のまだ見慣れないエリア。

 猫を真似して気ままな偵察活動に繰り出すのも当然の流れだ。気になる路地を見つけて指させば瀬名さんが迷わず俺の背を押す。
 テイクアウトできるのだろう店屋。適当に手書きされたような古い看板のよく分からない店。年季も気合も入ってそうな自転車屋さん。怪しい雰囲気の漂う雑貨店。
 おもしろい。あちこちをキョロキョロ見渡す。途中いい感じの花屋さんも見かけたのだが、うちの店長の花屋の方が強そうとだけは言い張りたい。

 気まぐれに入ってみた微妙な映画館ではこれからちょうど何かが上映されるようだ。シネコンも好きだけどミニシアターだとマイナー作品も多いのが魅力。
 目の前に貼られていたポスターもやはりと言うべきかピンとこない。事前情報も何もない。知らない映画だがタイミングはベストだったので、ついでにそれを鑑賞しすることにした。

 そこからだいたい、九十分後。


「……なんっだあの地獄みてえな映画」
「登場人物全員狂ってましたね」
「まともな会話が一個もなかった」
「ツッコミ不在ってこれだから恐ろしくて」
「この世で最も邪悪な状況だ」
「で、実際どう思いました?」
「極めて最高だったと思う」
「よかった、俺も同じ意見です」

 地獄みたいで全員狂っててつまらなかったなんて感想だったら九十九パーセントの確率で俺達は喧嘩になっただろう。

「めっぽう頭の弱い男が難攻不落の山に挑んだシーンは唯一感動できた」
「あれ感動するとこなの? 服飾の神に呪われてるって勝手に思い込んだスットコドッコイが全裸で雪山に突撃した挙句に周りには多大な迷惑をかけたってだけの意味不明すぎる展開でしたよ」
「あれこそ男ってもんだろうが」
「憧れの対象がおかしい」
「俺も遥希に挑み続けてるからあのバカ野郎には共感しかできねえ」
「人を山扱いするのいい加減やめてくれませんかね」
「エベレストからK2になってたお前も今じゃとうとうアンナプルナだからな」
「ほんと分かりにくくてあなたの例え方」
「ひとたまりもねえよ」
「どういう意味」
「まんまだ」

 そんなにいい意味じゃないのは分かった。

「瀬名さんて偏差値三十七くらいの話好きですよね」
「娯楽で頭カラにしねえでいつするんだ」
「あなたの場合は内外のギャップが激しすぎるんですよ。見た目を裏切るにも程がある」
「どういう意味だ」
「まんまです」

 いくら瀬名恭吾といえどもパッパラパーになる事はある。家にいても大抵は隙がないけど、しょうもない動画を見る日も時には。
 ネコとかチンチラ見てんならまだいい。よそのアヒルに興味津々でも別にいい。しかし教科書のラクガキまとめとか大学生協の一言カードのやり取りまとめとかを見始めたらそれはかなり疲れているときだ。どんなに疲弊していても元サイトの使用許諾済み動画だけを拾ってくるところは抜かりないが、たまに一人で笑っているから怖い。

「シリアルキラーが拷問道具の手入れしながらビーチボーイズ聴いてたら不安になるでしょう? あなたにはそれくらいの違和感があります」
「お前の例えもだいぶ分かりにくいぞ。しかも古い」
「瀬名さんはリアルタイムじゃん」
「俺をいくつだと思ってる」

 年齢知ってても年齢不詳だ。


 どうでもいい話に花を咲かせて適当に歩いていれば、まだおやつしか食ってない俺の嗅覚がフワッといい匂いを察知した。右手側に顔を向ければ小さいお店。定食屋だろうか。

「腹減ったか?」
「うん」

 三秒見ていたら気づかれたのでうなずく。
 そこは定食も一品メニューも豊富に揃っている和洋食屋さんだった。いつもよりちょっと早めの夕食を軽く済ませて、クリームコロッケに死ぬほど満足し、そののちに店を出ると目的もなくまたウロウロふらふら。

 五月にもなればだいぶ日は長いが、午後の明度はさすがに通り過ぎた。しかし徐々に暗くなってきても人のいる道は白い明るさ。
 女子ばっかりの雑貨店に突入したって瀬名さんはひたすら堂々としていた。薄暗くて人のほぼいない古本屋に寄ってみたら、気に入った一冊をそれぞれ手に入れた。


 この辺も結構楽しいな。何もないド田舎とは違ってどこかしらに何かしらはある。
 今度は裏道みたいな細い所を歩いて行って、そこから少々開けた通りに出ると視線の先の自動ドアがちょうどその時ウィーンッと開いた。中から出てきたのは男二人組。扉が開いたその瞬間にはガヤガヤ賑やかな音がこちらまで届く。右に曲がっていった二人組から視線を移せば、ゲーセンがそこにあった。

 都会の一角に佇む規模の小さな遊び場だ。そこでまたしても寄り道を決めた。見た目を裏切る年齢不詳おじさんに昔ながらの格闘ゲームで勝負を挑んだが秒で叩きのめされた。さすがは昔ながらのおじさんだ。
 その次は昔ながらのユーフォーキャッチャーに二十分ほど白熱し、大きいのだと邪魔になるから三センチくらいのチマッとしたぬいぐるみの台に狙いを定めた。小型のクリアケースの中に大量に敷き詰まっているのはニワトリのファミリーだ。
 俺はお母さんニワトリとお父さんニワトリを取った。瀬名さんは真面目そうなヒヨコと頭に卵のカラ乗っけてるヒヨコと絶妙な形のタマゴを取った。タマゴまであるとは芸が細かい。

 チマッとした収穫物を五匹抱え、外に出てみれば耳がちょっとおかしい。うるさいのは終わったのに変な閉塞感が残っている。俺はパチ屋とゲーセンでは働けない。

「たまに来ると楽しいですね。ゲーセンなんか高校以来だったかな」
「遥希は最近のスマホゲームも全然やらねえよな。若者のくせに」
「それは若者へのド偏見です」
「ああいうのみんなやってんだろ。人気のソシャゲとか色々あるんじゃねえのか」
「俺の周りではあんまり聞きませんよ」
「そう思ってんのはお前だけかもしれない。大学でちゃんと会話に交ざれてるか? 話についてけなくてイジメられてねえか?」
「親にもそんな心配された事ねえんだけど。俺は昔から一人で黙々とできるゲームが好きなんです」
「テトリスでアツくなれるもんなお前」
「あれやり始めると結構面白いんだからな。アンタなんか縁側にネコ集めるゲーム未だにやってんじゃん」
「ネコ来るから」
「ネコ来るけど」

 あれスマホの普及率が急拡大し始めた頃くらいのゲームだろ。

「そういやあのネコのやつ2が配信されるらしいです」
「知ってる」
「ですよね」

 知らないはずがない。スマホを変えるときには一旦パソコンにデータを取り込んでおく程だ。
 そうやって撮り溜めたアルバムはとても大事にしている割に金払いは非常に悪く、こんなにずっとやっているくせして課金率は見事ゼロパーセント。
 瀬名さんの言うところによれば、アプリやウェブサービスなんかでよく見かけるフリーミアムは全ユーザー中の五パーセントが課金すればビジネスとして成り立つのが定番だから問題ない。らしい。母数の多いソシャゲなんかだとニパーくらいでもいける。らしい。

 前方からは楽しそうな四人の男女グループが歩いてきた。夜でも明るい人達が俺達の横を通り過ぎていく。
 賑やかな若者たちを見ながら何かを連想したのか、瀬名さんが呟いた。

「浩太はスマホゲーム好きそうな顔してる」
「言いたいことはなんとなく分かるけどあいつはコンシューマーゲーム一択です。しかもレトロゲームのファンなんですよ」
「ほう」
「わざわざ変換アダプタかませてまで2D横スクロールアクションやってます」
「意外だ」
「あの辺は瀬名さんも世代被ってるでしょう?」
「だいたい被ってるな」
「やってた?」
「やってた。叔父が泊まりに来ると夜通し遊んでて二人でおふくろに怒られるまでがセットだ」
「瀬名さんでもそういうのあったんだ。一緒に怒られたのはテオさん?」
「じゃない方の叔父。親父の弟」

 そっちの叔父さんの話はそういやあんまり聞いたことないな。テオさんはちょいちょい話題に上るけど。
 叔父さんと夜通しゲームやっててお母さんに怒られた少年時代を意外にも持っていた瀬名さんは、またしても何かを思いついたようだ。

「……浩太のとこ行けば昔のテレビゲームできるのか」
「ちょっと、行かないでくださいよ」
「懐かしみたい」
「懐かしむのもダメ。行ってもあいつんちテレビないし」
「あ?」
「ゲーム置いてあるの実家です。帰省したときだけ遊ぶって言ってました」
「そうか……なら意外どころでミキちゃんはどうだ」
「持ってたら女子大学生の部屋行く気ですか。第一ミキちゃんはレトロゲームしません。どっちかって言うとスマホゲーム派です」
「それはそれで意外だ」
「でももう飽きてるらしい」
「なんなんだ」
「商売とは言え課金させて儲けたい魂胆しか見えてこねえのが不快だったとか。ゲーム作るのが仕事なのにゲームをプレイする魅力で勝負する気がねえならお前ら本当は何屋なんだって」
「熱いな。ゲーム屋と名乗られるのも気に食わねえ程にユーザーの足元見てくる運営だったのか」
「みたいです。ミキちゃんはガチャ屋って呼んでました」
「天井なんて思いっきりパチスロ用語だしな」
「なんかビギナーズラックとかもあるらしいですよ」
「もういっそパチ屋と名乗れ」
「弾くのが玉か石かの違いくらいしかないですもんね。どっちもアミューズメントだって言われちゃったらそれまでですけど」
「きっとミキちゃんはそこにまんまと引っかかるライト層とは違う。本物のゲーマーだ」
「いえ、普段ゲームには全く興味ないそうで」
「なんなんだよ」

 友達に誘われて気まぐれに始めたソーシャルゲームだったらしい。何かのアニメの共闘ゲームだか対戦ゲームだかなんだかで、原作もゲームもよく知らないけど小鳥みたいなキャラクターが可愛くて気に入ったためしばらく遊んでいたそうだ。
 しかしミキちゃんは母数ユーザーのうちの二パーセントになるつもりはない。カモの役割は他の人達に任せて、課金なんか一切しなくても可愛い鳥はたくさん手に入れた。

 しかもどんどん強くなってるっぽいんだよ。バイト先の先輩によるとあれは課金しなきゃ絶対強くなれねえらしいのに何が起きてんのどういうこと。
 スマホゲーム分からねえ浩太が不可解そうな顔でそう言っていた。気の短い人でなければ誰でもコンプリートできる仕様の自由気ままな猫ゲームとはビジネスの方向性が違う。そんな課金必須のゲームでせっかく自力で強くなったくせして一瞬でスッパリやめてしまうのもミキちゃんの特徴であるが。

「実は俺マルチプレイも人生でやった事ないんですよね」
「お前が一人でテトリス以外やってんのを俺も見た事ない」
「たぶん向いてないと思うんです」
「安心しろ、仲間ならここにいる。俺もだ」

 だろうな。何をするにも器用なこの人の場合はやってできない事もなさそうだが性格的に好きではないだろう。

「俺らは皆でワイワイ楽しくっていうより一人でじっくり黙々タイプだもん」
「生き様の基本が暗いとこうなる」
「なんか悲しくなってきました」
「一人で黙々タイプは皆でわいわいタイプの連中に怯えながら隅に隠れて日々を過ごす宿命なんだよ」
「何が楽しくて生きてんだろう」

 生き様の基本が暗いとこうなる。
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