貢がせて、ハニー!

わこ

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179.最低で最悪のⅠ

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 街中で手も繋げないでいるのは相変わらずだ。恋人だと胸を張っては言えない。学生の身分を抜きにしたって、親に紹介するなんてとんでもないこと。実家に招待する勇気は出ない。そのせいでガーくんとも会わせてやれずにいる。
 バイトで一度会っただけの男にはストーカーなんかをされる。その挙げ句自ら家に招き入れるような頭の悪いミスを犯す。

 危機意識が低い。警戒心がない。その通りだ。田舎の感覚はきっと今でも至る所で抜けていなくて、自分で気づいていないだけで世間知らずな部分もおそらくは沢山。
 俺は俺が何を知らないのか、それすらも分からない。何が一般的でどれがそうじゃないのか、正確に答える事なんか俺にはできない。

 呆れるなと言う方が無理だ。嫌気が差しても仕方がない。こんな、バカで、どうしようもない、手がかかるだけのつまらないガキ。
 釣り合うわけがない。はじめから。

 あの人が俺のことをそんなふうに思うと、俺自身が心のどこかで思っている。それを真正面から突き付けられた。その現実が一番キツい。
 裏切っているのはやはり、俺の方だ。ここまで積み重ねたのはなんなのか。俺が見てきたものは一体なんだ。これだけ毎日、一緒にいたのに。

 もう少しすれば四月になる。去年の今頃は、何をしていたんだっけ。
 四月に入って少しした頃。おそろいのボトルに入れたお茶と、瀬名さんがくれたみたらし団子を持って、夜の公園で枝垂桜を見た。ベンチで二人で話して、それで。

「…………」

 全部を見せた。俺が望んだ。あの人とそうなりたかった。
 そうなれたと思っていたのに、瀬名さんが見ているのはもう俺ではないのかもしれない。俺以外の誰かを、見ている。

 あのマンションで何をしていたのだろう。なんであんな場所から出てきたんだ。
 あの女の人が住んでいるのだろうか。そこを訪れたのか。通っているのか。もしかして、こことは別に、借りている部屋なんてことは。


 外は暗い。晩飯の買い出し行かないと。瀬名さんは今どこにいるだろう。俺じゃない誰かと二人きりで、知らない場所にいたらどうしよう。
 いつからなのだろう。旅行の前からか、それとも後か。どこかのタイミングで俺が面倒くさくなったか。煩わせるような何かをしてしまっただろうか。甘えすぎだったか。鬱陶しかったか。俺といても本当はつまらなかったか。男同士なんてやっぱ、こういうもんかな。

 女に出てこられたらいくらなんでも敵わない。
 これだって瀬名さんが自分で言っていた。敵わない。当然だ。あの女性とならば、自然だ。
 俺も瀬名さんもそもそもは、男とこうなるはずじゃなかった。

「…………」

 無理だった。これ以上は無理だ。これ以上この部屋に一人ではいられない。
 助けを求めるかのように手に取っていたのはスマホ。文面を考えるだけの余裕はなくて、通話にした。誰でもいいから話したかった。

『ハルー。どしたー?』

 ほんの数回のコールののちに、能天気な声。肩から力が抜ける。
 浩太は俺の着信に応えた。自分がどこかホッとしていると分かり、気が触れそうな心境を抑えられた。

「……今どこにいる」
『んー? 家にいるよ? 今帰ってきたとこ』
「……ミキちゃん一緒か?」
『ミキ? いや、いないけど……どした?』
「…………」

 ここにはいたくない。静かすぎるせいだ。ここには生き物がいないせいだ。
 クマとカワウソはベッドにいるけど、これをくれたのは瀬名さんだ。

「……今から、ハムちゃん見に行ってもいいか」






 そうやって理由を作ってまで部屋を出てきた。あの場所にいたくない。帰りたくない。そんなのは初めて思った。いつだって帰りたい居場所だったのに。
 だけど今はもう違う。あの部屋で瀬名さんと、なんでもない顔をしながら、言葉を交わせる自信がもうない。

 少しバイトが長引きました。浩太の家に寄るので遅くなります。すみませんがどっかで晩メシ食ってきてもらってもいいですか。
 嘘をつき、最低なメッセージを送り付けてしまった。瀬名さんからは数分とたたずに了承の文面が返ってきた。
 俺を否定しない瀬名さんは俺の行動を縛ることもしない。俺は瀬名さんを気づかえないのに、あの人は俺を思いやる。

 ゆっくりして来い。
 そうと受け取れる内容の、短い返信メッセージを見て、ジリジリしたものが体の内側にドロリと溢れて、こびり付いた。
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