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141.助太刀Ⅱ
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どうしてそんなバカなことをしたんだ。
罪を犯した人にそう問いかけて、明確な答えを得られる事件はどれくらいあるだろう。その答えを聞いたら納得できた。そう思える人なんて、いるのだろうか。
そこにはやむを得ない事情があったのかもしれないし、そんなものはハナから何もないのかもしれないし、犯罪者と呼ばれる人の中には善人のはずの人もいて、改心どころか後悔も持たない根っからの悪党もどこかにはいる。
やむを得ない事情があったのだとすれば、聞かれずともその人はずっと自分の中で悔やんでいるだろう。悪いともなんとも思わないような奴なら、聞くだけ無駄というものだ。
お前は悪人か。それとも善人か。誰かから問われたとたら、俺もきっと即答はできない。たぶん悪人ではないと思う。曖昧にそう答えるのが限度。
外から見たって何も分からない。内側にいても分かることは少ない。ただ一つだけ分かるのは、世の中は色んなことがちょっとずつおかしい。どうにもできない、そんな事実だけだ。
おかしいことに気づいていても俺は常に無関心だった。ニュースで見聞きする事故も事件も結局のところは他人事。
スーパーヒーローに憧れたのは無邪気な子供の頃の話で、自分がどれだけ無力であるかは成長とともに大多数が気づく。
存在も器もちっぽけな俺にできることはとても少ない。だから慈善活動には興味すら抱けない。博愛の精神なんて持ったこともない。砂漠に水を一滴垂らしてもすぐに蒸発してしまうなら、地道な行いなどやってみたところでむなしいだけだと最初に諦める。
時々気まぐれに募金箱の中に小銭を落とす程度のことで、不毛地帯に木を植えてこようなんてエコなことはまず思わないし、飢餓に苦しむ子供たちのためにしかるべき団体を立ち上げようなどと高尚な意欲もサッパリ湧いてこないし。
なぜだろう。考えたこともない。考える必要性すら感じなかったが、だけどこれなら、たぶんできる。
何せ今回は当事者になった。他人事ではない。画面越しの出来事でもない。この身に降りかかったおかしな現実を、考えなければならない理由がたまたま俺にも回ってきた。
ヒーローなんかじゃない、たかが人間に変えられる現実は限りなく少ない。
ここはたとえやられたとしても自分でやり返してはいけない世界だ。そんなことをさせないために時代ごとに法が制定される。人間ごときが叶えられる、それがせめてもの平等なのだろう。
正当に戦って得られるのは建前上の権利だけ。平等だとか公正だとか上っ面じみた名前の付いたほんのちっぽけなものでしかない。
そんなつまらないものを勝ち取ろうとしている。そんなつまらないもののために、それ以上にもっと大事な何かを、犠牲にする必要がどれだけあるだろう。
「彼女なら全面的に信じて大丈夫」
「え……?」
「話しておくべきことは全て話して。必ず力になってくれる」
弁護士さんを紹介してくれた時、陽子さんは俺にそう言った。
どういう意味か、なぜそんなことを言うのか、すぐに分かった。やると決めてもあと一歩のところでまだどこかグズグズしていたから。
この件で陽子さんを頼ってくれたのは瀬名さんだ。口ではいつもああ言っているけど瀬名さんの陽子さんに対する信頼感はきわめて高い。
瀬名さんが信頼している相手ということは俺も信用していいということであって、その人が今、信じていいと言った。信頼できる弁護士だと。それを聞いて最後の躊躇いは消えた。
だから弁護士さんに初めて会った日。一回目の相談では、そのことを真っ先に打ち明けた。
「同性の恋人がいます……。その人は社会人で、立場のある人です」
男の人と付き合っている俺が、男から犯罪被害を受けた。訴えるうえで不利にならないか。周りに知られてしまわないか。
俺がこれをすることによって、年上であってなおかつ社会的な立場もある瀬名さんの、不利益にはならないか。それだけは知っておく必要があった。
「こういう事件の……二次的な被害、というか……その人のことを巻き込むのだけは……」
それがただ一つ残る、不安だった。困らせることだけはしたくない。
もしもそんなことになってしまったときに後悔するのは俺だけで、悔やんでいる俺を見て、悲しい顔をするのは瀬名さんだ。
そんな顔はもうさせないと決めた。決めたのに、守れなかったらどうしよう。俺に何かあったとき、あの人がどんな顔をするか、この目でもうはっきり見ているのに。
いつの間にか膝の上では拳をぎゅっと握りしめていた。歯切れの悪いこんな言い方であっても、弁護士さんは俺の内心を察してくれたようだった。
迷いを見せる素振りなど一切なく、即座にくれた答えはこう。
「心配しないで。あなたのプライバシーが侵害される事態にはさせません。あなたとあなたの大切な人が、社会的な不利益を被ることももちろん」
それは明らかな宣言だった。打ち明けたその内容について言及されることすらもなく。ただただ不安を、分かってくれた。
保身のために断言を避けて、微妙なところでまどろっこしくはぐらかすような真似なんてしない。確実な言葉をくれる人だった。それができるということは、この人にはそれだけの力があるということだ。
「大丈夫です。信じて」
「……はい」
心強い。そんなどころじゃない。信じていい人だ。考えるまでもなく確信できた。
弁護士さんは陽子さんが言っていた通りの人だった。
この人は悪党嫌いの元検事。相手は反省の色のなさそうなストーカー。だから容赦なくとことん詰めてくれる。
俺が勝ち取ろうとしているのは建前上のものでしかない権利だ。それからもっと大切なものも一つ。大事な人との、これからだ。
罪を犯した人にそう問いかけて、明確な答えを得られる事件はどれくらいあるだろう。その答えを聞いたら納得できた。そう思える人なんて、いるのだろうか。
そこにはやむを得ない事情があったのかもしれないし、そんなものはハナから何もないのかもしれないし、犯罪者と呼ばれる人の中には善人のはずの人もいて、改心どころか後悔も持たない根っからの悪党もどこかにはいる。
やむを得ない事情があったのだとすれば、聞かれずともその人はずっと自分の中で悔やんでいるだろう。悪いともなんとも思わないような奴なら、聞くだけ無駄というものだ。
お前は悪人か。それとも善人か。誰かから問われたとたら、俺もきっと即答はできない。たぶん悪人ではないと思う。曖昧にそう答えるのが限度。
外から見たって何も分からない。内側にいても分かることは少ない。ただ一つだけ分かるのは、世の中は色んなことがちょっとずつおかしい。どうにもできない、そんな事実だけだ。
おかしいことに気づいていても俺は常に無関心だった。ニュースで見聞きする事故も事件も結局のところは他人事。
スーパーヒーローに憧れたのは無邪気な子供の頃の話で、自分がどれだけ無力であるかは成長とともに大多数が気づく。
存在も器もちっぽけな俺にできることはとても少ない。だから慈善活動には興味すら抱けない。博愛の精神なんて持ったこともない。砂漠に水を一滴垂らしてもすぐに蒸発してしまうなら、地道な行いなどやってみたところでむなしいだけだと最初に諦める。
時々気まぐれに募金箱の中に小銭を落とす程度のことで、不毛地帯に木を植えてこようなんてエコなことはまず思わないし、飢餓に苦しむ子供たちのためにしかるべき団体を立ち上げようなどと高尚な意欲もサッパリ湧いてこないし。
なぜだろう。考えたこともない。考える必要性すら感じなかったが、だけどこれなら、たぶんできる。
何せ今回は当事者になった。他人事ではない。画面越しの出来事でもない。この身に降りかかったおかしな現実を、考えなければならない理由がたまたま俺にも回ってきた。
ヒーローなんかじゃない、たかが人間に変えられる現実は限りなく少ない。
ここはたとえやられたとしても自分でやり返してはいけない世界だ。そんなことをさせないために時代ごとに法が制定される。人間ごときが叶えられる、それがせめてもの平等なのだろう。
正当に戦って得られるのは建前上の権利だけ。平等だとか公正だとか上っ面じみた名前の付いたほんのちっぽけなものでしかない。
そんなつまらないものを勝ち取ろうとしている。そんなつまらないもののために、それ以上にもっと大事な何かを、犠牲にする必要がどれだけあるだろう。
「彼女なら全面的に信じて大丈夫」
「え……?」
「話しておくべきことは全て話して。必ず力になってくれる」
弁護士さんを紹介してくれた時、陽子さんは俺にそう言った。
どういう意味か、なぜそんなことを言うのか、すぐに分かった。やると決めてもあと一歩のところでまだどこかグズグズしていたから。
この件で陽子さんを頼ってくれたのは瀬名さんだ。口ではいつもああ言っているけど瀬名さんの陽子さんに対する信頼感はきわめて高い。
瀬名さんが信頼している相手ということは俺も信用していいということであって、その人が今、信じていいと言った。信頼できる弁護士だと。それを聞いて最後の躊躇いは消えた。
だから弁護士さんに初めて会った日。一回目の相談では、そのことを真っ先に打ち明けた。
「同性の恋人がいます……。その人は社会人で、立場のある人です」
男の人と付き合っている俺が、男から犯罪被害を受けた。訴えるうえで不利にならないか。周りに知られてしまわないか。
俺がこれをすることによって、年上であってなおかつ社会的な立場もある瀬名さんの、不利益にはならないか。それだけは知っておく必要があった。
「こういう事件の……二次的な被害、というか……その人のことを巻き込むのだけは……」
それがただ一つ残る、不安だった。困らせることだけはしたくない。
もしもそんなことになってしまったときに後悔するのは俺だけで、悔やんでいる俺を見て、悲しい顔をするのは瀬名さんだ。
そんな顔はもうさせないと決めた。決めたのに、守れなかったらどうしよう。俺に何かあったとき、あの人がどんな顔をするか、この目でもうはっきり見ているのに。
いつの間にか膝の上では拳をぎゅっと握りしめていた。歯切れの悪いこんな言い方であっても、弁護士さんは俺の内心を察してくれたようだった。
迷いを見せる素振りなど一切なく、即座にくれた答えはこう。
「心配しないで。あなたのプライバシーが侵害される事態にはさせません。あなたとあなたの大切な人が、社会的な不利益を被ることももちろん」
それは明らかな宣言だった。打ち明けたその内容について言及されることすらもなく。ただただ不安を、分かってくれた。
保身のために断言を避けて、微妙なところでまどろっこしくはぐらかすような真似なんてしない。確実な言葉をくれる人だった。それができるということは、この人にはそれだけの力があるということだ。
「大丈夫です。信じて」
「……はい」
心強い。そんなどころじゃない。信じていい人だ。考えるまでもなく確信できた。
弁護士さんは陽子さんが言っていた通りの人だった。
この人は悪党嫌いの元検事。相手は反省の色のなさそうなストーカー。だから容赦なくとことん詰めてくれる。
俺が勝ち取ろうとしているのは建前上のものでしかない権利だ。それからもっと大切なものも一つ。大事な人との、これからだ。
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