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128.大きいおやつと小さいおやつⅠ
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ご当地銘菓と言われるお菓子は色んな地方に似たようなのがある。大半はネットで買えるよな、などと身も蓋もないことを明るく言ってしまうともはや何も買えなくなるが、実際お出かけから帰るのに合わせて意気揚々と購入する程の代物ではないかもしれない。
それでもどこかに行ってきたなら何かしらお土産を持って帰るのが人間社会の習わしだ。特に珍しいものではなくてもお菓子をもらって嫌な顔をする人もあんまりいない。長期休みが明けた初日にお菓子を配られることはよくあって、だから俺も帰りがけの駅でいくつかの箱を手に取ってきた。
バイト先には色んな種類の入った美味そうなやつを用意してみた。あの店では空き時間に手軽に食えるタイプのお菓子なら間違いなく受け入れられる。休憩室で誰かしらが食うだろう。
マコトくんのお宅用には定番でちょっと上品なものを。勉強中にクッキーとかアイスとか、お母さんからちょいちょい差し入れを頂いているのでお礼も兼ねて。
大学にも似たようなのを箱ごとゴソッと持ってきた。そしてそれを自分の周辺に適当にばらまいてきた。
バイト先に比べると仲間内に配るのは気楽でいい。いつもは貰う側になることが多いが今回は俺が渡し歩いて、それでもなお多めに買ってきたせいかまだ少々余っている。
余ったら自分で食えばいいや。前ならシンプルにそう思ったけど、生憎ここ二年くらいは瀬名さんの貢ぎ物で間に合っている。
さて。誰に押し付けようか。
などと考えていたらエレベーター前で浩太とばったり行き会った。
「こういうお菓子ってどこにでもあるよね。どこにでもあるくせして元祖とか本家とかみんなで言い張ってんの面白い」
「文句があるなら食うな」
「いや文句ではねえよウマいよこれ。俺の地元にも似たような元祖がいるけど」
俺の地元なんか競合の老舗和菓子屋同士がそれぞれでおんなじようなのを出してる。さほどの物珍しさもない上にどちらかというと少々割高な商品で生き続けられるのだからお土産市場は勝ち組だ。
今朝一限目の講義に行く前にチラッと通路ですれ違った時にも渡したお菓子を丸テーブルに広げて余りを食いながら浩太と向かい合う。
夕方のカフェテリアは昼の混雑時と比べて静かだ。途中通りがかった同期にも個包装ふたつを持って行ってもらい、残すところはようやく三個。浩太が手元にキープしている一個と箱の隅に並んでいる二個。
一つずつがもっとデカくて個数の少ないのにすれば良かった。口の中が無駄に甘ったるい。
飲み放題ご自由にどうぞの水が入ったコップを持つと、反対に浩太は手にしていたコップをテーブルにコトリと置いた。
「それより帰ってきてからはどうなの?」
「うん。ポストには一週間分の封筒が溜まってた」
「犯人のヤツ普通にうぜえな」
まったくだ。相当暇なのだろう。遊んでばっかいねえで仕事しろよ。気持ち悪いには気持ち悪いのだがそれを通り越してうんざりしてくる。
それでも帰省したのは正解だった。写真のショックも地元にいる間にすっかり落ち着き、ちょうどいい気分転換になったと思う。
あのままずっとここにいたら平静を保っていられたかどうか。ネットとかテレビで見るのと自分が実際にやられるのとでは訳が違う。
男の俺ですらあれだけの嫌悪感を抱いた。女性の被害者からしてみれば、怖いなんてものでは済まないはずだ。
「帰り平気そうか?」
「たぶんな」
「手紙、昨日は?」
「それが来なかったんだよ」
不在中に封筒が溜まっていただけで、それ以降から今朝の時点までは来ていない。しかし今後がどうかは分からない。
年末に寄越されたあの写真のことは浩太にも言わなかった。あんなものの話を自ら進んでしたがる物好きもそうはいないはず。だが仮に話していたとしてこいつなら俺の代わりに怒ることはあっても、からかってくることはないのだろう。
「前にも言ったけどさ、ヤバそうならウチ来てていいぞ。お前んとこよりかなり狭いし可愛い同居人もいるけど」
「ハムちゃん元気か」
「超元気」
浩太の同居人のハムちゃんは模様のないゴールデンハムスターだ。キンクマとか言っていた。飼育を始めてからというもの画像と動画は飽きるほど見せられてきたが、モソモソ動く姿は確かに可愛い。
元々はペットショップに行くようなことを言っていた。けれど始めたばかりのバイト先にて里親募集の話を聞いたとかで浩太が貰い手の一人になった。
当時生後一ヵ月弱だったという小さくてあどけない子ハムを、以来ずっと溺愛している。
「ウチのハムちゃんほんっと可愛いから」
「うん、もう死ぬほど聞いた」
「見においでって。一晩中回し車カラカラしてんの観察できるよ」
「寝れねえってことじゃん」
「ミキがしょっちゅうメシ食いに来るのも全然気にしなくて大丈夫だからさ」
「気になるよ。気まずいだろ俺がいたら」
「ハルならいいって。ミキも気にしねえし」
「俺が気になる」
たとえ二人からお構いなくと言われたとしても全力で遠慮する。彼女が頻繁に来る男友達の部屋に転がり込むほど無粋にはできていない。
全力で拒否した俺を見て浩太はおかしそうに笑った。まったく気ぃつかいなんだから。なんて言われて腹立たしくはあるが、悪態をつきたい気分にはならない。
すごく付き合いが長いわけではなく、なんらかの貸しがある訳でもなく。ここまでしてもらう理由なんてないのに、こいつはここまでしてくれる。
「…………なあ」
「うん?」
「……なんでそこまで……」
そういう奴だ。分かっている。そういう奴だと分かっていても、ぎこちなく問いかけた。
主語も述語もなくほぼ文章になっていないそれでも、察しのいい男ははっきり汲み取ったようだ。またしても可笑し気に笑われている。
「ハルだからだろ」
なにを今さら。そうとでも言わんばかりの表情と口振りだ。
「逆の立場ならハルだって絶対同じことしてた。どうせそういうの素通りできねえだろうし」
「……どうだか」
「照れ屋さんめ」
「ふざけんな」
「ふざけてねえよ。俺じゃなくてもお前のこと知ってる奴ならみんなこう言う」
「…………」
俺は親切な人間ではない。人当たりがいいのはこいつであって、少なくとも俺じゃない。
近くに頭を抱えている誰かがいたら絶対に素通りしない奴は、手元の個包装をカサッと開けた。どこかで見かけたことがあるような丸っこくて小さな和菓子を、パクリと口に放り込んで少し間を置きさらに続けてくる。
「冷たい態度取っときながらお前はそういう子だからな」
「子って言うな」
「いつも俺とミキの間にも入ってくれるし」
「好きでやってるとでも思ってんのか」
気づくと両側から挟まれている。不可抗力だと主張するべき防ぎようのない事故だ。
浩太がバイト先の飲み会に行こうとそれでミキちゃんが機嫌を損ねようと俺には全く関係ないが、近距離どころか思いっきり眼前でそんなことをされてしまったら誰でもきっと口を出す。
ミキちゃんが意外と大食らいな女子だと知ったあの日のすぐ後に、二人の喧嘩は決着がついたようでミキちゃんも翌日にはケロッとしていた。
浩太が飲み会を断った。わけではなく。ミキちゃんが折れて浩太の自由にさせた。わけでもなく。
本人たちによると、話し合ったらしい。最も理想的な解決方法だ。話し合えるだけの余裕があるなら俺が出しゃばる必要はなかった気もする。
話し合いで上手くいくかどうかは相性によるところが大きい。それ以上に人によるだろう。
ありがちな失敗例は自分の正しさの主張合戦になること。理詰めで刺しまくるミキちゃんも浮かんだがあれでいてあの子も浩太には弱いし、浩太はこの通りこの感じだし。
「ま、とにかく気をつけな。ハルはちょっと一人で抱え込みすぎ」
「……ごめん」
悩みがあるときはアヒル相手に相談していたようなバカなガキが成長するとこういうことになる。バカなガキの成れの果てを前にしても温和な話し相手でいられるこいつは、ニコニコしながら箱の隅っこにカサッと手を伸ばしてきた。
「優しくて親切な浩太くんが残りを全部食ってやるよ」
最後に残ったお菓子をその手が素早く掠め取っていく。さっそく開封されたそれはパクリと丸飲みされていた。ガーくんみたいにいい食いっぷり。
「……ついさっきまでどこにでも売ってるって文句付けてた奴がよく食うな」
「だから文句じゃねえっての。これ以上ない褒め言葉だよ。どこにでも売るっていう事はどこだろうと買う奴がいるって訳であってそれはつまり美味いってことだろ」
「屁理屈こねくり回しやがって」
「どこにでも売ってるお菓子のついでにその時計もくれていいけど」
「やらねえよ。つーかまだこれ気になってたのか」
「それはどこででも買えるお菓子とは違うからな」
限定モデルだったらしいから一般ではもう手に入らない。今でも出回っているのはパチモンか、純正品の中古くらいだそうだ。
発売当初の新品よりも中古の方が価格も倍近くに跳ね上がっていると去年浩太が言っていた。
「あれ、そういや……その時計くれたのもあの人ってことだよな? 瀬名さん?」
「……うん」
ようやく空いた箱の四隅をパキパキと潰していたら、問われ、そして一瞬遅れた。
人の話をよく聞いていて、一度聞いた話はそうそう忘れない。それがこいつだ。それが仇となった。
「何度も聞くけどマジでどういう関係?」
心底不思議そうな顔をしながら首をかしげて尋ねてくる。気持ちは分かる。でもやめてくれ。
「別に……。ただのお隣さん」
「だからただのお隣さんがそこまで親切なのはおかしいって。実は生き別れの兄弟なんじゃねえの?」
「お前は韓国ドラマの見過ぎだ」
「ハルが自分で知らねえだけで本当は財閥の血筋の子かもしれない」
「子って言うな」
瀬名さんは大財閥の跡取り息子ではないし俺は会長の隠し子じゃない。ミキちゃんの趣味にちょいちょい付き合わされているせいで浩太が日に日に韓国ドラマのあるある設定に詳しくなっていく。
俺も実家にいた頃はよく母さんとばあちゃんがキャーキャー言いながらテレビに張り付いているのを近くで見ていた。どのドラマでも登場人物の名前は最後まで正しく覚えきれなかったが、世の中の多くの女性陣が御曹司とか宮廷の王子とかにめっぽう弱いのは理解できた。
「ハルがお隣さんと仲いいのは知ってたしイケメンってのも聞いてたけど瀬名さんのあの感じは想定をはるかに超えてたな。韓国ドラマで主役張ってても全く違和感なさそうだもん」
「あれは韓国のイケメン俳優とはまた違う系統じゃねえか?」
「たしかに。なんだろうね、鋭い感じ?」
「隙がなさそう」
「オーラがもうただ者じゃない。あとはあれだよな。色気がある」
それだ。
「三十代の色っぽいお兄さんとかさあ、神様ってとことん不公平じゃない?」
「笑顔の破壊力も半端ねえんだよ。普段が無表情っつーか冷静だから」
「人生いろいろ得してそう」
「してるよ。ネコカフェの店員のお姉さんから猫用おやつオマケされてたことある」
「マジか。……え、てかなに。二人でそんなとこ行ってんの?」
そこでピタリと口を閉じた。浩太はさっきよりもさらに不思議そうに首をかしげている。
「ネコカフェ一緒に行くほど仲良しなお隣さんってなに」
「…………」
「同じ大学とかならまだ分かるよ。でも向こうサラリーマンじゃん。なんの接点?」
「……なんか……」
「なんか?」
「……成り行き、で」
「成り行きで?」
「…………成り行きで」
「ふーん?」
「…………」
「ネコカフェねえ」
瀬名さんが歩くマタタビであると判明したあのネコカフェにはあれからも時たま訪れている。何度行っても瀬名さんの周りには猫がニャーニャー集まってくる。
困窮したときの人間というのは、成り行きでと言いたくなるようだ。
それでもどこかに行ってきたなら何かしらお土産を持って帰るのが人間社会の習わしだ。特に珍しいものではなくてもお菓子をもらって嫌な顔をする人もあんまりいない。長期休みが明けた初日にお菓子を配られることはよくあって、だから俺も帰りがけの駅でいくつかの箱を手に取ってきた。
バイト先には色んな種類の入った美味そうなやつを用意してみた。あの店では空き時間に手軽に食えるタイプのお菓子なら間違いなく受け入れられる。休憩室で誰かしらが食うだろう。
マコトくんのお宅用には定番でちょっと上品なものを。勉強中にクッキーとかアイスとか、お母さんからちょいちょい差し入れを頂いているのでお礼も兼ねて。
大学にも似たようなのを箱ごとゴソッと持ってきた。そしてそれを自分の周辺に適当にばらまいてきた。
バイト先に比べると仲間内に配るのは気楽でいい。いつもは貰う側になることが多いが今回は俺が渡し歩いて、それでもなお多めに買ってきたせいかまだ少々余っている。
余ったら自分で食えばいいや。前ならシンプルにそう思ったけど、生憎ここ二年くらいは瀬名さんの貢ぎ物で間に合っている。
さて。誰に押し付けようか。
などと考えていたらエレベーター前で浩太とばったり行き会った。
「こういうお菓子ってどこにでもあるよね。どこにでもあるくせして元祖とか本家とかみんなで言い張ってんの面白い」
「文句があるなら食うな」
「いや文句ではねえよウマいよこれ。俺の地元にも似たような元祖がいるけど」
俺の地元なんか競合の老舗和菓子屋同士がそれぞれでおんなじようなのを出してる。さほどの物珍しさもない上にどちらかというと少々割高な商品で生き続けられるのだからお土産市場は勝ち組だ。
今朝一限目の講義に行く前にチラッと通路ですれ違った時にも渡したお菓子を丸テーブルに広げて余りを食いながら浩太と向かい合う。
夕方のカフェテリアは昼の混雑時と比べて静かだ。途中通りがかった同期にも個包装ふたつを持って行ってもらい、残すところはようやく三個。浩太が手元にキープしている一個と箱の隅に並んでいる二個。
一つずつがもっとデカくて個数の少ないのにすれば良かった。口の中が無駄に甘ったるい。
飲み放題ご自由にどうぞの水が入ったコップを持つと、反対に浩太は手にしていたコップをテーブルにコトリと置いた。
「それより帰ってきてからはどうなの?」
「うん。ポストには一週間分の封筒が溜まってた」
「犯人のヤツ普通にうぜえな」
まったくだ。相当暇なのだろう。遊んでばっかいねえで仕事しろよ。気持ち悪いには気持ち悪いのだがそれを通り越してうんざりしてくる。
それでも帰省したのは正解だった。写真のショックも地元にいる間にすっかり落ち着き、ちょうどいい気分転換になったと思う。
あのままずっとここにいたら平静を保っていられたかどうか。ネットとかテレビで見るのと自分が実際にやられるのとでは訳が違う。
男の俺ですらあれだけの嫌悪感を抱いた。女性の被害者からしてみれば、怖いなんてものでは済まないはずだ。
「帰り平気そうか?」
「たぶんな」
「手紙、昨日は?」
「それが来なかったんだよ」
不在中に封筒が溜まっていただけで、それ以降から今朝の時点までは来ていない。しかし今後がどうかは分からない。
年末に寄越されたあの写真のことは浩太にも言わなかった。あんなものの話を自ら進んでしたがる物好きもそうはいないはず。だが仮に話していたとしてこいつなら俺の代わりに怒ることはあっても、からかってくることはないのだろう。
「前にも言ったけどさ、ヤバそうならウチ来てていいぞ。お前んとこよりかなり狭いし可愛い同居人もいるけど」
「ハムちゃん元気か」
「超元気」
浩太の同居人のハムちゃんは模様のないゴールデンハムスターだ。キンクマとか言っていた。飼育を始めてからというもの画像と動画は飽きるほど見せられてきたが、モソモソ動く姿は確かに可愛い。
元々はペットショップに行くようなことを言っていた。けれど始めたばかりのバイト先にて里親募集の話を聞いたとかで浩太が貰い手の一人になった。
当時生後一ヵ月弱だったという小さくてあどけない子ハムを、以来ずっと溺愛している。
「ウチのハムちゃんほんっと可愛いから」
「うん、もう死ぬほど聞いた」
「見においでって。一晩中回し車カラカラしてんの観察できるよ」
「寝れねえってことじゃん」
「ミキがしょっちゅうメシ食いに来るのも全然気にしなくて大丈夫だからさ」
「気になるよ。気まずいだろ俺がいたら」
「ハルならいいって。ミキも気にしねえし」
「俺が気になる」
たとえ二人からお構いなくと言われたとしても全力で遠慮する。彼女が頻繁に来る男友達の部屋に転がり込むほど無粋にはできていない。
全力で拒否した俺を見て浩太はおかしそうに笑った。まったく気ぃつかいなんだから。なんて言われて腹立たしくはあるが、悪態をつきたい気分にはならない。
すごく付き合いが長いわけではなく、なんらかの貸しがある訳でもなく。ここまでしてもらう理由なんてないのに、こいつはここまでしてくれる。
「…………なあ」
「うん?」
「……なんでそこまで……」
そういう奴だ。分かっている。そういう奴だと分かっていても、ぎこちなく問いかけた。
主語も述語もなくほぼ文章になっていないそれでも、察しのいい男ははっきり汲み取ったようだ。またしても可笑し気に笑われている。
「ハルだからだろ」
なにを今さら。そうとでも言わんばかりの表情と口振りだ。
「逆の立場ならハルだって絶対同じことしてた。どうせそういうの素通りできねえだろうし」
「……どうだか」
「照れ屋さんめ」
「ふざけんな」
「ふざけてねえよ。俺じゃなくてもお前のこと知ってる奴ならみんなこう言う」
「…………」
俺は親切な人間ではない。人当たりがいいのはこいつであって、少なくとも俺じゃない。
近くに頭を抱えている誰かがいたら絶対に素通りしない奴は、手元の個包装をカサッと開けた。どこかで見かけたことがあるような丸っこくて小さな和菓子を、パクリと口に放り込んで少し間を置きさらに続けてくる。
「冷たい態度取っときながらお前はそういう子だからな」
「子って言うな」
「いつも俺とミキの間にも入ってくれるし」
「好きでやってるとでも思ってんのか」
気づくと両側から挟まれている。不可抗力だと主張するべき防ぎようのない事故だ。
浩太がバイト先の飲み会に行こうとそれでミキちゃんが機嫌を損ねようと俺には全く関係ないが、近距離どころか思いっきり眼前でそんなことをされてしまったら誰でもきっと口を出す。
ミキちゃんが意外と大食らいな女子だと知ったあの日のすぐ後に、二人の喧嘩は決着がついたようでミキちゃんも翌日にはケロッとしていた。
浩太が飲み会を断った。わけではなく。ミキちゃんが折れて浩太の自由にさせた。わけでもなく。
本人たちによると、話し合ったらしい。最も理想的な解決方法だ。話し合えるだけの余裕があるなら俺が出しゃばる必要はなかった気もする。
話し合いで上手くいくかどうかは相性によるところが大きい。それ以上に人によるだろう。
ありがちな失敗例は自分の正しさの主張合戦になること。理詰めで刺しまくるミキちゃんも浮かんだがあれでいてあの子も浩太には弱いし、浩太はこの通りこの感じだし。
「ま、とにかく気をつけな。ハルはちょっと一人で抱え込みすぎ」
「……ごめん」
悩みがあるときはアヒル相手に相談していたようなバカなガキが成長するとこういうことになる。バカなガキの成れの果てを前にしても温和な話し相手でいられるこいつは、ニコニコしながら箱の隅っこにカサッと手を伸ばしてきた。
「優しくて親切な浩太くんが残りを全部食ってやるよ」
最後に残ったお菓子をその手が素早く掠め取っていく。さっそく開封されたそれはパクリと丸飲みされていた。ガーくんみたいにいい食いっぷり。
「……ついさっきまでどこにでも売ってるって文句付けてた奴がよく食うな」
「だから文句じゃねえっての。これ以上ない褒め言葉だよ。どこにでも売るっていう事はどこだろうと買う奴がいるって訳であってそれはつまり美味いってことだろ」
「屁理屈こねくり回しやがって」
「どこにでも売ってるお菓子のついでにその時計もくれていいけど」
「やらねえよ。つーかまだこれ気になってたのか」
「それはどこででも買えるお菓子とは違うからな」
限定モデルだったらしいから一般ではもう手に入らない。今でも出回っているのはパチモンか、純正品の中古くらいだそうだ。
発売当初の新品よりも中古の方が価格も倍近くに跳ね上がっていると去年浩太が言っていた。
「あれ、そういや……その時計くれたのもあの人ってことだよな? 瀬名さん?」
「……うん」
ようやく空いた箱の四隅をパキパキと潰していたら、問われ、そして一瞬遅れた。
人の話をよく聞いていて、一度聞いた話はそうそう忘れない。それがこいつだ。それが仇となった。
「何度も聞くけどマジでどういう関係?」
心底不思議そうな顔をしながら首をかしげて尋ねてくる。気持ちは分かる。でもやめてくれ。
「別に……。ただのお隣さん」
「だからただのお隣さんがそこまで親切なのはおかしいって。実は生き別れの兄弟なんじゃねえの?」
「お前は韓国ドラマの見過ぎだ」
「ハルが自分で知らねえだけで本当は財閥の血筋の子かもしれない」
「子って言うな」
瀬名さんは大財閥の跡取り息子ではないし俺は会長の隠し子じゃない。ミキちゃんの趣味にちょいちょい付き合わされているせいで浩太が日に日に韓国ドラマのあるある設定に詳しくなっていく。
俺も実家にいた頃はよく母さんとばあちゃんがキャーキャー言いながらテレビに張り付いているのを近くで見ていた。どのドラマでも登場人物の名前は最後まで正しく覚えきれなかったが、世の中の多くの女性陣が御曹司とか宮廷の王子とかにめっぽう弱いのは理解できた。
「ハルがお隣さんと仲いいのは知ってたしイケメンってのも聞いてたけど瀬名さんのあの感じは想定をはるかに超えてたな。韓国ドラマで主役張ってても全く違和感なさそうだもん」
「あれは韓国のイケメン俳優とはまた違う系統じゃねえか?」
「たしかに。なんだろうね、鋭い感じ?」
「隙がなさそう」
「オーラがもうただ者じゃない。あとはあれだよな。色気がある」
それだ。
「三十代の色っぽいお兄さんとかさあ、神様ってとことん不公平じゃない?」
「笑顔の破壊力も半端ねえんだよ。普段が無表情っつーか冷静だから」
「人生いろいろ得してそう」
「してるよ。ネコカフェの店員のお姉さんから猫用おやつオマケされてたことある」
「マジか。……え、てかなに。二人でそんなとこ行ってんの?」
そこでピタリと口を閉じた。浩太はさっきよりもさらに不思議そうに首をかしげている。
「ネコカフェ一緒に行くほど仲良しなお隣さんってなに」
「…………」
「同じ大学とかならまだ分かるよ。でも向こうサラリーマンじゃん。なんの接点?」
「……なんか……」
「なんか?」
「……成り行き、で」
「成り行きで?」
「…………成り行きで」
「ふーん?」
「…………」
「ネコカフェねえ」
瀬名さんが歩くマタタビであると判明したあのネコカフェにはあれからも時たま訪れている。何度行っても瀬名さんの周りには猫がニャーニャー集まってくる。
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