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127.おみやげⅡ
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「お。ウマい」
「だろう。もっと褒めろ」
「見た目よりフワフワしてる」
「計算通りだ」
「バターもきいてますね」
「さすが俺」
「キノコの食感もいいし」
「絶妙だろ。歯ごたえの残るサイズに切った」
「あとはタマネギ入ってても美味かったかも」
「…………すまん。やり直す」
「え? え……え、待って、違いますよダメ出しじゃないですよ。これもすげえウマいですよ」
「俺はまだ未熟だ……」
「えっ、ねえ待ってってちゃんとウマいから大丈夫。座って。落ち着いて。おいしいよ」
「…………」
「泣かないで!」
半ベソでしょんぼりしながらでキッチンに立とうとする瀬名さんを宥めるのに六分半くらいかかった。恋人の作ったメシに感想を述べるときには細心の注意を払わねばならない。
オムレツには実家からもらってきたキノコとほうれん草をふんだんに使った。もちろん一から瀬名さん作だ。オムレツ職人である男によると史上最高の出来栄えだったそうだ。
オムレツの良さを損ねないタイプのちょっとしたおかず二品と汁物をチマチマこしらえたのは俺。謎の分業はきわめて邪魔でしかなかった。一人の方が圧倒的に早く作れた。でもオムレツは抜群に美味かった。
さっき駅からの帰りがけに寄った店でちょっといいバゲットを買ったのも正解だっただろう。満足のいく洋風おうちゴハンになった。
俺の余計な発言のせいで職人を一瞬泣かしかけるというハプニングはあったけれども。
「傷つきやすいにも程がありますよ」
「最高傑作を貶されて泣きたくならねえ奴がいると思うか」
「貶してないってば。タマネギ入ってたらもっと美味かったかもなってちょっと思って言ってみただけだもん」
「思ったことをなんでも口に出してたら円滑な人間関係は築けねえぞ」
「あんたが言うなよ失言多いくせに。話しかけてくる内容の三回に一回はいつもイラッとさせられてますからね」
「ほう。そうかよ。そりゃどうも。傷付いた」
「強いメンタルくださいって神様に頼んでみたらどうですか」
「メンタルは誰かに強くしてもらうもんじゃねえ。強くなるように自分で育てるもんだ」
泣き虫のオッサンが偉そうに。
オムレツメインのディナーを綺麗に平らげ、そのあとには二人で家を出てきた。
目的地はもしかすると神様がいるかもしれない場所。去年は屋台目当てに大きい神社へ行ったが、三が日も過ぎてしまった今年は近場の小さな稲荷神社へ。
奥の細い道に入ったところにひっそりと構えている赤い鳥居。マンションから一番近くにある神社だ。罰当たりなことにここの存在は最近になってようやく知った。
短い石段の一番下のところ。神様を守るように両端で構えている二匹のお狐さんが可愛い。石像は良くある灰色ではなく、白みがかった色のすべすべしていそうな質感だ。年代は古そうに見えるが綺麗に手入れされているのだろう。大事にされている場所なのだと分かる。
石段を上って鳥居をくぐるとカランカランはすぐそこにある。元より静かな住宅街のさらに奥まった場所にあるから、厳かで、夜だといささか怖い。辺りはすでに真っ暗だ。
とはいえまだ夕食時であって、寝静まるには早いころ。手にした御鈴を遠慮なく鳴らし、こちらの神様にも挨拶をした。瀬名さんも隣で手を合わせている。
「遥希が毎日俺と一緒に風呂入りたくなりますように」
クソみたいなお願いがはっきり俺の耳にも届いた。
視線を横に向ける。無駄にキリッとしたその顔つき。口振りだけはこの上なく真剣だ。五円ごときに願いを込めるなんて厚かましいとついさっき自分で言っていたのに。
「……下心が思いっきり声に出ちゃってるし願い事っつーかもはや呪いだし」
「呪いたいほど愛してる」
「うるせえな」
こんな男の横でお参りしていたら神様の眷属に睨まれる。二匹の白いお狐さんに後ろからカプッと噛まれそうだ。
「あなたの願いごとは多分ここの専門外だと思うんですよ」
「問題ない。ウカノミタマといえば豊穣の神だ。つまりは人々の繁栄を支え助けてきた神ってことだ。俺たちが豊かに育む愛とそれに伴うあらゆる営みも全力で応援してくれる」
「五円玉でクソ厚かましい」
「見くびるんじゃねえ。五百五円入れた」
「神様困らせてどうするんですか」
夢に白狐が出てくることが決定した。
この野郎が呪われるのは仕方ないにしても俺はそれに巻き込まれたくない。だからもう一度しっかり手を合わせておく。これだけは確実に伝えておかないと。
間違っても俺は罰当たりなお願いなど申し上げておりません。家内安全無病息災レベルの超堅実なお祈りをいたしました。
怒りの矛先を向ける相手はどうか、瀬名恭吾ってヤツだけにしてください。
「だろう。もっと褒めろ」
「見た目よりフワフワしてる」
「計算通りだ」
「バターもきいてますね」
「さすが俺」
「キノコの食感もいいし」
「絶妙だろ。歯ごたえの残るサイズに切った」
「あとはタマネギ入ってても美味かったかも」
「…………すまん。やり直す」
「え? え……え、待って、違いますよダメ出しじゃないですよ。これもすげえウマいですよ」
「俺はまだ未熟だ……」
「えっ、ねえ待ってってちゃんとウマいから大丈夫。座って。落ち着いて。おいしいよ」
「…………」
「泣かないで!」
半ベソでしょんぼりしながらでキッチンに立とうとする瀬名さんを宥めるのに六分半くらいかかった。恋人の作ったメシに感想を述べるときには細心の注意を払わねばならない。
オムレツには実家からもらってきたキノコとほうれん草をふんだんに使った。もちろん一から瀬名さん作だ。オムレツ職人である男によると史上最高の出来栄えだったそうだ。
オムレツの良さを損ねないタイプのちょっとしたおかず二品と汁物をチマチマこしらえたのは俺。謎の分業はきわめて邪魔でしかなかった。一人の方が圧倒的に早く作れた。でもオムレツは抜群に美味かった。
さっき駅からの帰りがけに寄った店でちょっといいバゲットを買ったのも正解だっただろう。満足のいく洋風おうちゴハンになった。
俺の余計な発言のせいで職人を一瞬泣かしかけるというハプニングはあったけれども。
「傷つきやすいにも程がありますよ」
「最高傑作を貶されて泣きたくならねえ奴がいると思うか」
「貶してないってば。タマネギ入ってたらもっと美味かったかもなってちょっと思って言ってみただけだもん」
「思ったことをなんでも口に出してたら円滑な人間関係は築けねえぞ」
「あんたが言うなよ失言多いくせに。話しかけてくる内容の三回に一回はいつもイラッとさせられてますからね」
「ほう。そうかよ。そりゃどうも。傷付いた」
「強いメンタルくださいって神様に頼んでみたらどうですか」
「メンタルは誰かに強くしてもらうもんじゃねえ。強くなるように自分で育てるもんだ」
泣き虫のオッサンが偉そうに。
オムレツメインのディナーを綺麗に平らげ、そのあとには二人で家を出てきた。
目的地はもしかすると神様がいるかもしれない場所。去年は屋台目当てに大きい神社へ行ったが、三が日も過ぎてしまった今年は近場の小さな稲荷神社へ。
奥の細い道に入ったところにひっそりと構えている赤い鳥居。マンションから一番近くにある神社だ。罰当たりなことにここの存在は最近になってようやく知った。
短い石段の一番下のところ。神様を守るように両端で構えている二匹のお狐さんが可愛い。石像は良くある灰色ではなく、白みがかった色のすべすべしていそうな質感だ。年代は古そうに見えるが綺麗に手入れされているのだろう。大事にされている場所なのだと分かる。
石段を上って鳥居をくぐるとカランカランはすぐそこにある。元より静かな住宅街のさらに奥まった場所にあるから、厳かで、夜だといささか怖い。辺りはすでに真っ暗だ。
とはいえまだ夕食時であって、寝静まるには早いころ。手にした御鈴を遠慮なく鳴らし、こちらの神様にも挨拶をした。瀬名さんも隣で手を合わせている。
「遥希が毎日俺と一緒に風呂入りたくなりますように」
クソみたいなお願いがはっきり俺の耳にも届いた。
視線を横に向ける。無駄にキリッとしたその顔つき。口振りだけはこの上なく真剣だ。五円ごときに願いを込めるなんて厚かましいとついさっき自分で言っていたのに。
「……下心が思いっきり声に出ちゃってるし願い事っつーかもはや呪いだし」
「呪いたいほど愛してる」
「うるせえな」
こんな男の横でお参りしていたら神様の眷属に睨まれる。二匹の白いお狐さんに後ろからカプッと噛まれそうだ。
「あなたの願いごとは多分ここの専門外だと思うんですよ」
「問題ない。ウカノミタマといえば豊穣の神だ。つまりは人々の繁栄を支え助けてきた神ってことだ。俺たちが豊かに育む愛とそれに伴うあらゆる営みも全力で応援してくれる」
「五円玉でクソ厚かましい」
「見くびるんじゃねえ。五百五円入れた」
「神様困らせてどうするんですか」
夢に白狐が出てくることが決定した。
この野郎が呪われるのは仕方ないにしても俺はそれに巻き込まれたくない。だからもう一度しっかり手を合わせておく。これだけは確実に伝えておかないと。
間違っても俺は罰当たりなお願いなど申し上げておりません。家内安全無病息災レベルの超堅実なお祈りをいたしました。
怒りの矛先を向ける相手はどうか、瀬名恭吾ってヤツだけにしてください。
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