貢がせて、ハニー!

わこ

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125.一年でイチバン門松が映える日

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 新年。
 朝からたらふく食って眠い。居間で座卓に頬杖つきながらさして面白くもない正月テレビをぼんやりダラダラ見ていると、台所にいたばあちゃんがお玉を持ちながらやって来た。

「ハルちゃん、おしるこ食べるかい?」
「さっき朝飯食ったばっかじゃん」
「二つしか食べてなかっただろう」
「市販の餅の四個分だよ。ウチの餅デカいんだよ」

 年が明けると朝から餅を食う。おせちと一緒に餅を食う。スーパーで売っている個包装の小さくて可愛い餅なんかじゃない。実家にいるとやたらデカい持ちをやたらめったら食わされる。

 この地域では自宅でついた餅をご近所さんにお裾分けしに行く習慣がある。あらあら、どうもありがとう。お返しにどうぞこれ持ってって。そう言われながらお礼にと渡されるのも、そこのお宅でついた餅だ。
 このパターンがまあまあ良くある。持って行った餅がミカンとか伊達巻とか黒豆とかになって返ってくることは稀。持って行った餅はほとんどの場合で餅になって返ってくる。すげえ意味ない。

 ついた餅を配り歩いてそれで終わるならお腹も平和だが、自分ちの餅を減らしつつ人んちの餅も消化していくからここらでは体力がないと生き残れない。
 ウチの餅もかなりデカい方だけどよそのお宅の餅もだいぶイカツい。時々縦横の長さと厚みが明らかにおかしいサイズの餅をお返しされるとヒクッてなる。

 新年の挨拶回りはどこのご家庭も二日以降くらいから始まる。都会に帰るその日までは執拗な餅攻めに遭うことだろう。たぶんお土産に餅も持たされるけど。

 この辺は米を作っている家が多いから納屋に収納されている道具もとことん気合が入っている。一気に大量の米をぶち込める循環式精米機を所有しているお宅は至る所に。何を隠そうウチにも置いてある。
 だからぬか漬けももちろん自家製。一人暮らしを始めてすぐの頃、ぬか床送ろうかと母さんから連絡が来たこともあったが、頼むからそんなゲキブツを小さな部屋宛てに送らないでくれと即刻お断り申し上げた。せっかくのぬか床も俺のところにいたらすぐに死んじゃう。

 ここはそういう習慣が当然のように根付いている地方だ。そういう家々が並んでいる地域では餅を作るのもお手のもので、つきたての餅に何をつけて食うのが一番好きかという話題に小学校で一度は加わることになる。
 俺はきな粉派だった。同じくらい多いのがあんこ派。そこはさらに粒あん派とこしあん派で分かれる。クラスに一人は必ずいるのが「俺は納豆!」って叫ぶ奴だ。バター醤油とか言ってみちゃうオシャレな奴も時々現れる。

 田舎のガキはこうやって育つ。都会の子はどんな話をしながら成長していくのだろう。
 マコトくんの雰囲気を見ている限り、少なくともモチの味付け派閥がクラスにできることはなさそうだ。





 で、結局おしるこは食った。一個でいいって言ったら本当に一個で抑えてくれたが、お椀からあんこをすすっている最中にきなこ餅食べるかいと聞かれてもう一個を食うことになった。いくつになっても俺はきな粉派だ。
 午前中だけで市販の餅の八個分くらいは腹に収めている。瀬名さんの劣化が叶って俺が別れを切り出す前に、俺がでっぷり五倍くらいに肥えて瀬名さんに捨てられるルートが見えてきた。






「あのタイミングで来てくれて助かったよ。新年の一日目から脳みその主成分がモチになるところだった」

 お参りも一緒に行こうと暮れに約束していたショウくんは昼過ぎになってやって来た。
 案の定お餅のお土産付きだ。玄関先でそれを受け取ったばあちゃんもやっぱり特大のお餅でお返し。チビの頃から見慣れた光景だがこれってよその地域でもやってんのかな。
 車の助手席にゆったり背中をもたれさせ、この程度でこなれやしないと知りつつ重い腹をポンポンさすった。

「俺このペースで行くと帰る時五キロくらい重くなってると思う」
「お前はむしろもう少し肉付けてもいいんじゃねえか」
「たんぱく質で重量増やしたいんだよ」

 うちの食卓の六割五分は炭水化物でできている。瀬名さんみたいなバキバキの腹筋にする前に余計な成分が蓄積されそう。

「実家のゴハンやっぱ美味いから出てきたら出てきた分だけ食っちゃうし」
「それでいいんだよ。みんなお前に食わせたくって仕方ないんだ」
「一人っ子の男だから余計にね」
「これだけはいくつになっても変わんねえぞ」
「ショウくんも食わされてる?」
「実家にいると常になんかしら食ってる。三十代の胃にはだいぶ堪えるな」

 三十代の男はみんなこれ言う。

「そういや先生は昔スラッとしてたイメージあったけど今もか?」
「あー、うん。そうだね。結構食う割に」
「お前もなかなかの大食らいな割にヒョロッこいのは遺伝ってことだな」
「うるさいな、ひょろっこいとか言うなよ。筋肉だって一応ついてるよ」
「モデル体型?」
「腹立つなもう」
「いいじゃねえかよ、ポチャポチャしすぎてるより。お前んとこはみんな健康的だ」

 あの辺に住んでいる人たちは本業だろうと兼業だろうとほとんどが田畑を持っている。そのため一家に一台どころか一人一台の車所有が当たり前の日常であっても、毎日よく働いて健康で長寿だ。せっせと野良仕事をしているからだ。牛豚鳥に丁寧なお世話をしているお宅だってあるからだ。少ない徒歩移動の機会を農作業で補っている。
 しかし親父はどうだろう。学校までは車で行ってその車に乗って家に帰ってくる。顧問をしている部活もあるだろうが果たして何部の担当なのか。たとえ運動部だったとしても、自分で走ったり打ったり蹴ったり投げたり跳んだりはしないだろう。

「……でも確かにあの家で生活しててよく太らねえな父さん」
「頭使うとカロリー消費するんじゃねえのか」

 なるほど。何がなるほどだ。



 歩きでもたどり着ける距離の神社にまで車で来てしまっては糖質が蓄積されるばかりだ。
 俺たちがまず目指したのはお馴染み、ご近所の氏神様がいらっしゃる場所。何度来ても転げ落ちた記憶がよみがえる石段をしっかり踏みしめ、カランカランしてペコペコしてパンパンしてまたペコッとしてから守り神への挨拶を終える。
 その足で向かうのは大きい神社だ。屋台も出ていて賑わいのある神様のお社をハシゴする。かなり無礼な参拝の仕方だが、俺たちの寛大な神様であればきっと許してくれるはず。

 お祭りみたいな大きい神社でショウくんと初詣をするのは、そういえば初めてかもしれない。近所の神社のお参りならば一緒にした覚えもある。けれど大きい神社まで行くには車がいるから、そういうのはいつもじいちゃんと行っていた。
 片手にはお面と綿菓子を持ち、軽トラの助手席でりんご飴食いながら家に帰ったあの日が懐かしい。


「こっちの神社はすっげえ混んでる」

 参道の端っこをゆっくり歩きながらショウくんと二人で拝殿を目指した。境内にずらりと立ち並ぶ屋台はカラフルでどこも賑わっている。
 うちの近所の小さなお社ではカップル一組とすれ違っただけなのに、地方とは言えどデカい神社には集まってくる人の数も多い。

「出店ある方がそりゃ人は来るだろ。いかにも頑張ってるって感じで」
「あっちのちっちゃい神社の主だって頑張ってるよ。俺病気したことないもん」
「あそこなんの神様か知ってんのかお前」
「知らない」
「学問だ」
「へえ。そうなんだ」

 初めて知った。けれど言われてみれば確かに、あそこに行く度じいちゃんが天神様と呼んでいた気もする。
 何も分からずカランカランしていた俺が無事に大学に受かったのは道真公のおかげだったかもしれない。

「去年は瀬名さんと初詣したのか?」
「うん。元旦にお参りしたくらいであとはほぼ家にいたけど」
「正月なんてそんなもんだ」

 今ごろ何をしているだろう。短い連休の二日目を迎え、ゆっくりできているだろうか。
 新年だというのに俺が作り置いていったタッパーの中身をチンする社会人。ガーくんのあけおめ映像を送り付けてみた今朝は、またしても律義に秒で返してきた。瀬名さんちの家宝はまた増えていた。

「あの人今の時期忙しいから正月休み挟まなかったら死ぬかもしれない」
「そんな激務なのか?」
「繁忙期は。一昨日まで仕事だったけど夜連絡したらまだ会社にいたんだよ。部下の人たち帰らせるんなら自分だってちょっとは休めばいいのに。いつも家帰ってまで仕事してるし、どうせメシだって適当に食うだけで自分のことになるとほんと…」

 とめどなく溢れ出てくるそれらの一部を言葉にしていたが、途中で止めた。生温かい視線を感じた。その視線の発信源はショウくん。
 なんってザマだ。自分に呆れる。今さら気付いたところで遅いが、そうだよ前にもこんなことが。
 お隣さんの仕事がどうのこうのという話をしたことがあったような、なかったような。いや、白状しよう。絶対にあった。

「……そりゃバレるな」
「だろ。お前はそうやってお隣さん情報を俺に少しずつ垂れ流してた」
「情報漏洩みたいな言い方しないで」

 自分のセキュリティ意識がガバガバなのは都会に出てきて思い知ったが、そこまで聞いてねえよと言われそうな話をペラペラといつまでも喋っている。瀬名さんのことになるといつの間にかこうなる。喋りたくなる。
 ひとつだけ言い訳していいのであれば、ショウくんだからだ。気を張る必要がないから。

 ついつい緩む。つつつい緩んで、ほんの少しだけ肩の力を抜いてみると、俺はペラペラ喋っちゃうようだ。瀬名さんのことを延々、バカみたいに。
 幾度となく聞かされていたのだろうショウくんは、ベビーカステラ屋の前を通りながらからかうように口角を上げた。

「イケメンの彼氏にベタ惚れか」
「変な言い方すんな」
「他に表現のしようがねえって。お前のそれはベタ惚れと言うんだ」
「自分だってF寄りのEの彼女さんにベタ惚れなくせに」
「おい待て、サイズで選んだわけじゃねえぞ」

 嘘つけよおっぱい星人のくせに。かつてのあのエロ本の中身だけは俺でも鮮明に覚えてるからな。
 などと言い返せばどうせ俺一人が恥ずかしい思いをする羽目になる。家族みたいな幼馴染とこういう話は気まずいからできる限り遠慮したい。

 不毛な言い合いを交えながらいつの間にか参拝者の列へと並び、ゾロゾロしつつも日本人らしく統制のとれている流れに乗っておけば目の前に拝殿がドンと構える。ここの神社には鈴がない。静かに落ち着いて参拝する人がほとんどだ。
 格式が高い神社だと鈴がない場合もあると何かで聞いたことがある。だけどカランカランしないのはどうにも物足りないうえにカミサマも眠くなってくると思うから、こういうときには気合を込めて思いっきりパンパンすることにしている。これが作法的にどうなのかは知らない。ショウくんは隣でフハッと笑った。

 神様を叩き起こしてから来た道を戻りがてら、カラフルな屋台をキョロキョロ見回す。甘い匂いとか香ばしい匂いとか美味そうな空気が立ち込めている。来た時には気付かなかったが、いちご飴の屋台も紛れていた。いちごの隣にはブドウとかアンズも。
 縁日の飴がけといったらリンゴ一択だったはずのに、最近はなんでもカラフルで豪華だ。赤一色ではなく黄色とか緑とかが台の上を彩っている。

 去年の初詣ではイチゴを食ったな。ほんの三秒目に留めただけの赤色を瀬名さんがお買い上げした。
 今もまた数秒そこを見ていたら、隣から声がかかった。

「飴食いたいのか?」
「うん? ううん、特に」
「見てるから」
「いや瀬名さんが去年イチゴのやつ買ってくれたなって…」

 言いかけ、はっとする。生温かい視線。そこでピタッと口を閉じた。
 果たして俺はあと何度これをやれかせば気が済むんだ。またしてもからかうように、ショウくんは口角を吊り上げた。

「分かりやすく寂しがってる遥希くんにはお兄ちゃんがぶどう飴を買ってやろう」
「…………」

 もはや全否定もできず、そうして与えられたぶどう飴。姫リンゴには申し訳ないがこれはこれで可愛いし美味そう。
 食べ歩きにも邪魔にならない小さなお菓子に口をつけた。甘い。当然だ。ブドウにからめた飴だ。つまりは砂糖のかたまりだ。

 甘いものを食い始めるとしょっぱい物が欲しくなるのも人間の性質というもので、そのうえこの環境において周りは食い物で満ちている。
 たこ焼き食ってその次に大判焼き食らってさらにアメリカンドッグまでくると、最初は微笑ましく見ていたショウくんも徐々に呆れ顔になってきた。

「家にいると頭がモチになるとか文句垂れてたのはどこの誰だよ。タンパク質で重量増やすんじゃなかったのか」
「これの中身ソーセージだから」
「まわりのモコモコ思いっきり小麦粉だぞ」

 大判焼きとたこ焼きのほとんどの栄養素も炭水化物だ。それこそが屋台飯の醍醐味だ。
 ソーセージとまわりのモコモコに思い切りパクリと食いついた。モコモコの衣の表面はそれとなくカリッとしている。庶民的なこの甘みと塩味。

「んまい」
「こんだけいい食いっぷりの奴になら菓子類与えたくなる気持ちも分かる」
「あの人ヘルシー系も食わせたがるよ。俺の血糖値気にしてるから」
「血糖値? 高いのか? その年で?」
「いいや、全然。むしろかなり良好な数値出てるのに俺の健康を守りたいって言ってきかないんだよ。ちょっと前にもアマランサスとかいう粒々みたいなの買ってこられたんだけどどう使えばいいのかよく分かんない」
「瀬名さんのキャラクターがいまいち謎なんだが」
「大型犬っぽいかな」
「……忠犬?」

 瀬名さんがもしも犬だったら種類はゴールデンレトリーバーかな。もしくはシェパード。ボーダーコリーとかでも。なんかわふわふしてて賢そうな。新聞取って来てって頼めばポストから取って来てくれそうな。

 本物のワンコなら可愛さ満点だが、残念ながらあの男の中身はそういう類とはかけ離れている。
 甘みと塩味が絶妙な加減の庶民的なおやつにハグっとかぶりつき、ふと思い出したのは先日の電話。

「そういやショウくんが瀬名さんに会わせろって言ってるって伝えたら瀬名さんも受けて立つって」
「そう来たか。よし、俺に任せろ。お前の相手を見極めてやる」
「なんで二人して喧嘩腰なの」

 瀬名さんとショウくんは案外気が合いそうな気がする。
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