貢がせて、ハニー!

わこ

文字の大きさ
上 下
124 / 233

124.ロング・ディスタンス

しおりを挟む
 朝から大掃除に駆り出されたせいでバイトよりもヘトヘトだ。ここでもらえるのは時給ではなく、タダで好きなだけ食えるゴハン。

 掃除の中休みでもあった昼は手早く大盛りチャーハンで済ませた。ガーくんにもご飯をあげに行ったついでにやってみたのは約束の生配信。瀬名さんちの家宝が増えたのを見届け、それから再び掃除に戻って夜は定番の年越しそばだ。
 またしても大量に揚げた天ぷらをまたしても小皿にこんもり盛られ、サッカー部か野球部の男子高校生が夏合宿で食うような量になった。細く長く生きられる気はしない。




「だからまだちょっと腹苦しくて」
『食えるうちは食えるだけ食っとけ。お前にはまだ分からねえだろうが、三十過ぎるとある日突然食えなるというクソみてえな衝撃を味わうことになるんだぞ』
「いつも筋肉ばっか養って胃袋を鍛えてやらねえからですよ」
『こればっかりは頑張って鍛えられるもんじゃねえ』

 大晦日にそわそわするのはきっと誰しも同じはず。年が変わるその間際のなんとも言えない心地の正体が俺はずっと分からずにいるけど、毎年飽きもせずカウントダウンなんかを繰り返すのが人類だ。
 家中を綺麗にしたし、家を綺麗にする代わりに汚れた自分も風呂場で洗った。
 これで落ち着いて年を越せる。去年は隣に瀬名さんがいたから、年末のなんとも言えない心地でもいい感じにテンションは高かった。

 今年はスマホの画面越しに見聞きできる顔と声だけ。ちゃんとそこにいると分かっていても距離を感じずにはいられないから、もうちょっとだけしんみりしている。

「あ……」

 会話がほんの一瞬途切れ、そこで気づいた。外からゴーンと低く入ってくる。除夜の鐘の何度目だろう。すべて戸を閉じた家の中にいても遠くから微かに聞こえる。
 その時再び、ゴーンと鳴った。時計を見る。いつの間にか過ぎている。

「……聞こえます?」
『ああ、聞こえる。あけましておめでとう』
「おめでとうございます」

 ペコっと頭を下げ合ってみたはいいが、改まった挨拶がおかしい。ほとんど同時に笑いだしていた。
 毎年あれを百八回も鳴らさなければならないほどに俺たちは欲にまみれている。新年の抱負は一日目からグシャリと呆気なく踏み潰されるが欲望はどんどん膨らんでいく。離れていても声を聞くどころか顔まで見られるそんな時代で、それでもなお物足りなさを感じるのは普段が満たされている証拠だろう。

 欲しいものを全部手に入れてもそれ以上がまた欲しくなる。これは人間である以上たぶん治らない。良くなれば良くなるだけ、さらにそれ以上のいいものを求める。
 欲しいですくださいと言ってお願いをする相手はカミサマと呼ばれる人だ。ちゃっかりしている俺たちだから、こんな都合のいい時でもなければ常時は敬いもしない存在。

「初詣行くんですか?」
『誰が行くかよ。人が多すぎてかなわねえ』
「去年は行ったじゃないですか」
『去年はお前が一緒だった』

 人が多すぎて行きたくない場所に俺が一緒だから行ってくれた。俺もどちらかと言うなら人混みはなるべく遠慮したい派だが瀬名さんが一緒なら楽しそうなので行った。
 お互い信仰心など微塵もねえくせに早朝から神社に繰り出した。周りは俺たちと同じ魂胆を持っている人間たちでわんさかしていた。夜はずっと遅くまで起きていて、翌早朝からそんなことをしたもんだから、家に帰ってお雑煮を食った後はひたすら二人でダラダラしていた。

 それが去年の年末年始。新年の抱負もクソもねえような堕落しきった元旦だった。
 一年の中のしょっぱなの行事も周りに乗っかってやっただけだが、これだけはっきり覚えているなら、やはり楽しかったのだろう。

「帰ったら今年も二人で行きましょう」
『五円玉握りしめてな』
「願いごとは?」
『遥希が俺なしじゃ生きていけねえ体になりますように』
「五円玉投げ返されますよ」

 小銭に邪念を込めすぎだ。そんなこと言われても神様困るだろ。

 こんなしょうもないのが隣にいたせいで、平和など田舎から都会に出ていってもホームシックになる暇はなかった。実家を恋しがってる場合じゃない。瀬名さんがずっとそばにいてくれた。ガーくんには会いたかったけど、俺がいたい場所はもう決まっている。

 おしゃべりはできてもここには俺一人。隣に戻りたいと思うこの感情は画面越しに伝わってしまったようだ。
 言うことはゲスなくせしてこの人はとても繊細だ。こういうことには誰よりも敏感。瀬名さんは少し、困ったように笑った。

『そんな顔するなよ』
「……うん」
『ムラッと来るだろうが』
「このクソ野郎」

 俺の目はまだまだ節穴だった。これのどこが繊細か。笑ってんじゃねえよチクショウ、感傷に浸った俺の三秒を返せ。

「年が明けてもそんなことしか言えないんですかあなたは」
『遠距離年越し中の恋人がなんか寂しそうな顔して俺に会いたがってると思ったらそうなるのも当然だ』
「今年もしゃあしゃあしてますね」
『五円玉投げるまでもなく俺の願いは叶いそうだな』
「五円玉百枚くらい投げ入れてあんたが枯れるように願ってやりますよ」

 いっそそのまま干からびてしまえ。

「あなたの枯渇と内脂肪の蓄積と毛根の死滅を五円に込めておきます」
『なんて陰湿な奴だ。せっかくの願い事をそんなしょうもねえことに使うとは罰当たりもいいところだな。呪われるぞ』
「呪われるとしたらそっちだろ。一番罰当たりなのアンタだかんな」
『バチが当たってでも俺は願う』
「愚かかよ」
『俺の腹が出てハゲ散らかして一滴残らず枯渇したとしてもお前はどうせそばにいてくれるんだろ』
「俺は今のあなたが好きなので劣化したら別れますけど」
『なんて奴だ』

 今が何度目か分からない鐘が、厳かにゴーンと鳴り響いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

悪役令息は、王太子の股間に顔面ダイブしてしまった!

ミクリ21
BL
悪役令息になる前に、王太子の股間に顔面でダイブしてしまい王太子から「責任取ってね♪」と言われてしまう。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

初恋の公爵様は僕を愛していない

上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。 しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。 幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。 もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。 単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。 一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――? 愛の重い口下手攻め×病弱美人受け ※二人がただただすれ違っているだけの話 前中後編+攻め視点の四話完結です

処理中です...