貢がせて、ハニー!

わこ

文字の大きさ
上 下
114 / 250

114.破壊者Ⅵ

しおりを挟む
「昨日は悪かった」

 昼の中休みで昨日のメンツが揃った。改めて頭を下げると三人はそれぞれ顔を見合わせ、最初に声を上げて笑ったのは浩太だ。

「そうやって水くせえんだからもう。こういうときにダチ頼んないで何を頼るの」

 なんでもない事であるかのように小ざっぱりと言われて閉じたこの口。小宮山もそれにうなずきながら、いったんは止めていた手を再び皿の上に伸ばした。
 大きめのスプーンでいくら掬ってもなかなか減らないことに定評のある特盛のチキンカレーだ。運動部の男連中から特に人気の格安メニュー。小宮山は全然運動部じゃないけど学食のコスパ良好な特盛シリーズを週のうち一回は食っている。

 小宮山がエネルギーを消費する場所は部活ではなくバイト先。夕べも深夜からバイトが入っていたようで、シフト明けにそのまま大学に来てカフェテリアにて朝メニューのツナサンドを食っているところに出くわした。
 バイト前のダチに何をやらせていたのだか。そこでも気まずく謝った俺に対し、小宮山はツナサンドをモグモグしながら浩太と同じことを言って返した。特盛カレーを食っている今もその態度は変わらない。

「まあ俺ら実際にはなんの役にも立ってねえんだけどな」
「捕まえようとしたのお隣さんだし。つーかハルのお隣さんヤバくない?」

 たぬきうどんをズルズルすすりながら岡崎も付け足してくる。その感想はきっと何も間違っていない。返り討ちに遭った側にとってはその印象でおそらく合っているだろう。
 俺の横ではそれを物語るように、夕べ一番の被害を受けた浩太が深々とため息をついている。

「あのお隣さん、ハルが言ってた感じと違った。あんな強いとかなんなんだよ。こっち三人がかりだぞ」
「一瞬で跳ね返されたよな。俺マジ浩太腕折られると思った」

 半笑いの小宮山を恨みがましい目で見た浩太。今だから笑って言えることだろうが、夕べは全員声が出なかった。
 浩太も元サッカー部なだけあって体つきはかなりしっかりしている。にもかかわらずその動きを完璧に封じ込んでいた。素人目からも見事すぎる的確かつ瞬殺の捻り上げ。あんなのはアクション映画でしか見たことがない。

「瀬名さんがあの後も浩太の腕ずっと気にしてた」
「ああ、大丈夫って言っといて。今はもうなんともないよ。てかアレ何。合気道?」

 あれがなんなのかは俺も知らない。身体能力が高いのは知っているがあんなことまでできたとは。
 格闘技には詳しくないものの、攻撃よりどちらかというと護身に近い動きだったのではないか。夕べのあの痛烈な悲鳴は間違いなく本物だった。けれど浩太はいま確かにピンピンしている。

 あれからまだ半日しか経っていないのに、ひと騒動があったとはとても思えない程いつも通り。小宮山はスプーンを持つ手を止めないし岡崎もズルズルとひたすらうるさく、浩太はケロリとした顔をして焼きそばパンに食いついている。
 三人とも何事もなかったかのような態度と雰囲気ではあるが、夕べはこれと真逆の様子だった。本気で怒っていた。怒声を上げながら、焦ったように駆けてきた。

 誤解と誤解がぶつかり合って事故みたいに起こった数秒の出来事。どうしてあんな事態になったか。瀬名さんに三人がかりで突進していったからだ。ならばなぜ三人そろって突撃することになったのか。
 犯人の顔を誰も知らない中で、ちょうど俺に声をかけていた男を遠目から目撃したからだ。

「……ごめん」

 俺が何かされると思った。だから駆け付けた。それだけだ。
 午前中だけでも見知った同期とは何人も顔を合わせたが、俺の状況も夕べあった出来事も知っている奴は誰もいない。こいつらはしょっちゅう俺をからかってはおもちゃにしてつついて遊ぶ。そして周りになんでも言いふらす。しかし今回のこのことだけは、三人とも誰にも話さない。
 視線を下げた俺の肩を、浩太はパンパンと横からたたいてきた。

「ハルのくせにしおらしいこと言うなよ。また恥ずかしい感じになるからやめとけ」
「お隣さんのおかげで俺ら一食分浮いたしな」

 岡崎の呑気な一言に浩太と小宮山がうなずいた。それもまた瀬名さんが気を利かせたことであって俺が礼をしたわけではないのだが。
 焼きそばパンを食い終えるなりコロッケパンの薄い包みをワサワサと剥がした浩太は、そこで思い出したように手を止めた。

「そういや前にさ、俺らでハルんち行ったことあったろ。あの時メシの差し入れくれたお隣さんってあの人?」
「あ、うん。そう」
「強いうえに気も利くとかなに。めっちゃ怖いけどやたらイケメンだし勤め先まで超勝ち組だし。お隣さん無敵なの?」

 無敵に見えるが弱点はカマドウマだ。小さな敵に遭遇すると膝を抱えながら三日は怯える。可哀想になるほどの怖がりようだが、瀬名さんの名誉のためにもその辺は伏せておく。

「でもあれだよな……結局は振り出しに戻ったわけか」

 カチャッと、スプーンをとうとう手放して水に口をつけてから小宮山が言った。夕べだけでも色々あったが、何かが変わったかというと現実には何も変わっていない。
 犯人は最後まで現れなかった。その犯人を直に待ち構えていた岡崎まで箸を持つ手を止めた。コンビニに可愛い店員さんが入ったとかレポート提出マジだるいとか、そんなことしか言わない普段とは違って真剣そうな目で俺を見てくる。

「気を付けろよハル。もし夕べのあれをどっかで犯人が見てたら余計に警戒してるかもしれない」
「……そうだな」

 姿を見せなかったからといってあの近くにいなかったとは言い切れない。いつも付けられるのがあの通りだから二人はそこを見張っただけで、もしも夕べ近くにいたとして、そいつがどこから見ていたかは分からない。

 瀬名さんに渡したのと同じ中身の弁当はさっきから減っていなかった。腹が空いていないのとは違うが、そのための動作が伴わない。
 俺に協力する誰かが現れたことを犯人はどう思うだろう。警戒して逃げるか。逆上するか。それとも昨日だけはたまたま運よく、あの近くはにいなかったのか。

「なあ。落ち着くまでウチ来るか?」

 小宮山の声に顔を上げた。俺が何かを言うよりも先に、岡崎と浩太がそれに被せてくる。

「そうしとけよ。俺のとこでもいいし。とりあえずあのマンションに帰らなければ犯人も居所掴めないだろ」
「しばらくは俺らの部屋転々としといたら? 陽動作戦って程じゃねえけど」

 三人とも大学の近くにそれぞれ部屋を借りている。そしてその方面や最寄り駅は違う。
 そこを日ごとに移っていけば、確かに目くらましにはなりそうだ。

「ありがとな……でも大丈夫。年明けには俺も実家帰るし」

 大学の冬休みは来週末から。さらにその一週間後には年が明けている。
 瀬名さんとも夕べ話した。犯人がどこで見ているか分からないなら犯人の見えない所に行くのがいい。だから休業期間が明けるギリギリまで、今回は向こうにいようと思っている。

「こっち戻ってきた頃には諦めてるかもしれない」
「いや、だけど……」
「大丈夫。瀬名さんももう知ってるから」

 あ、そうか。みたいな表情で三人が見事にシンクロした。
 その顔をそれぞれ見合わせた次には何やら早くも納得している。瀬名さんの名前の効果が抜群だ。

 浩太と小宮山と岡崎の中で俺の隣人の瀬名さんという人は、きちんとした大人で気前もいいけどかなり強くて超怖い人という位置づけになってしまったようだ。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

処理中です...