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114.破壊者Ⅵ
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「昨日は悪かった」
昼の中休みで昨日のメンツが揃った。改めて頭を下げると三人はそれぞれ顔を見合わせ、最初に声を上げて笑ったのは浩太だ。
「そうやって水くせえんだからもう。こういうときにダチ頼んないで何を頼るの」
なんでもない事であるかのように小ざっぱりと言われて閉じたこの口。小宮山もそれにうなずきながら、いったんは止めていた手を再び皿の上に伸ばした。
大きめのスプーンでいくら掬ってもなかなか減らないことに定評のある特盛のチキンカレーだ。運動部の男連中から特に人気の格安メニュー。小宮山は全然運動部じゃないけど学食のコスパ良好な特盛シリーズを週のうち一回は食っている。
小宮山がエネルギーを消費する場所は部活ではなくバイト先。夕べも深夜からバイトが入っていたようで、シフト明けにそのまま大学に来てカフェテリアにて朝メニューのツナサンドを食っているところに出くわした。
バイト前のダチに何をやらせていたのだか。そこでも気まずく謝った俺に対し、小宮山はツナサンドをモグモグしながら浩太と同じことを言って返した。特盛カレーを食っている今もその態度は変わらない。
「まあ俺ら実際にはなんの役にも立ってねえんだけどな」
「捕まえようとしたのお隣さんだし。つーかハルのお隣さんヤバくない?」
たぬきうどんをズルズルすすりながら岡崎も付け足してくる。その感想はきっと何も間違っていない。返り討ちに遭った側にとってはその印象でおそらく合っているだろう。
俺の横ではそれを物語るように、夕べ一番の被害を受けた浩太が深々とため息をついている。
「あのお隣さん、ハルが言ってた感じと違った。あんな強いとかなんなんだよ。こっち三人がかりだぞ」
「一瞬で跳ね返されたよな。俺マジ浩太腕折られると思った」
半笑いの小宮山を恨みがましい目で見た浩太。今だから笑って言えることだろうが、夕べは全員声が出なかった。
浩太も元サッカー部なだけあって体つきはかなりしっかりしている。にもかかわらずその動きを完璧に封じ込んでいた。素人目からも見事すぎる的確かつ瞬殺の捻り上げ。あんなのはアクション映画でしか見たことがない。
「瀬名さんがあの後も浩太の腕ずっと気にしてた」
「ああ、大丈夫って言っといて。今はもうなんともないよ。てかアレ何。合気道?」
あれがなんなのかは俺も知らない。身体能力が高いのは知っているがあんなことまでできたとは。
格闘技には詳しくないものの、攻撃よりどちらかというと護身に近い動きだったのではないか。夕べのあの痛烈な悲鳴は間違いなく本物だった。けれど浩太はいま確かにピンピンしている。
あれからまだ半日しか経っていないのに、ひと騒動があったとはとても思えない程いつも通り。小宮山はスプーンを持つ手を止めないし岡崎もズルズルとひたすらうるさく、浩太はケロリとした顔をして焼きそばパンに食いついている。
三人とも何事もなかったかのような態度と雰囲気ではあるが、夕べはこれと真逆の様子だった。本気で怒っていた。怒声を上げながら、焦ったように駆けてきた。
誤解と誤解がぶつかり合って事故みたいに起こった数秒の出来事。どうしてあんな事態になったか。瀬名さんに三人がかりで突進していったからだ。ならばなぜ三人そろって突撃することになったのか。
犯人の顔を誰も知らない中で、ちょうど俺に声をかけていた男を遠目から目撃したからだ。
「……ごめん」
俺が何かされると思った。だから駆け付けた。それだけだ。
午前中だけでも見知った同期とは何人も顔を合わせたが、俺の状況も夕べあった出来事も知っている奴は誰もいない。こいつらはしょっちゅう俺をからかってはおもちゃにしてつついて遊ぶ。そして周りになんでも言いふらす。しかし今回のこのことだけは、三人とも誰にも話さない。
視線を下げた俺の肩を、浩太はパンパンと横からたたいてきた。
「ハルのくせにしおらしいこと言うなよ。また恥ずかしい感じになるからやめとけ」
「お隣さんのおかげで俺ら一食分浮いたしな」
岡崎の呑気な一言に浩太と小宮山がうなずいた。それもまた瀬名さんが気を利かせたことであって俺が礼をしたわけではないのだが。
焼きそばパンを食い終えるなりコロッケパンの薄い包みをワサワサと剥がした浩太は、そこで思い出したように手を止めた。
「そういや前にさ、俺らでハルんち行ったことあったろ。あの時メシの差し入れくれたお隣さんってあの人?」
「あ、うん。そう」
「強いうえに気も利くとかなに。めっちゃ怖いけどやたらイケメンだし勤め先まで超勝ち組だし。お隣さん無敵なの?」
無敵に見えるが弱点はカマドウマだ。小さな敵に遭遇すると膝を抱えながら三日は怯える。可哀想になるほどの怖がりようだが、瀬名さんの名誉のためにもその辺は伏せておく。
「でもあれだよな……結局は振り出しに戻ったわけか」
カチャッと、スプーンをとうとう手放して水に口をつけてから小宮山が言った。夕べだけでも色々あったが、何かが変わったかというと現実には何も変わっていない。
犯人は最後まで現れなかった。その犯人を直に待ち構えていた岡崎まで箸を持つ手を止めた。コンビニに可愛い店員さんが入ったとかレポート提出マジだるいとか、そんなことしか言わない普段とは違って真剣そうな目で俺を見てくる。
「気を付けろよハル。もし夕べのあれをどっかで犯人が見てたら余計に警戒してるかもしれない」
「……そうだな」
姿を見せなかったからといってあの近くにいなかったとは言い切れない。いつも付けられるのがあの通りだから二人はそこを見張っただけで、もしも夕べ近くにいたとして、そいつがどこから見ていたかは分からない。
瀬名さんに渡したのと同じ中身の弁当はさっきから減っていなかった。腹が空いていないのとは違うが、そのための動作が伴わない。
俺に協力する誰かが現れたことを犯人はどう思うだろう。警戒して逃げるか。逆上するか。それとも昨日だけはたまたま運よく、あの近くはにいなかったのか。
「なあ。落ち着くまでウチ来るか?」
小宮山の声に顔を上げた。俺が何かを言うよりも先に、岡崎と浩太がそれに被せてくる。
「そうしとけよ。俺のとこでもいいし。とりあえずあのマンションに帰らなければ犯人も居所掴めないだろ」
「しばらくは俺らの部屋転々としといたら? 陽動作戦って程じゃねえけど」
三人とも大学の近くにそれぞれ部屋を借りている。そしてその方面や最寄り駅は違う。
そこを日ごとに移っていけば、確かに目くらましにはなりそうだ。
「ありがとな……でも大丈夫。年明けには俺も実家帰るし」
大学の冬休みは来週末から。さらにその一週間後には年が明けている。
瀬名さんとも夕べ話した。犯人がどこで見ているか分からないなら犯人の見えない所に行くのがいい。だから休業期間が明けるギリギリまで、今回は向こうにいようと思っている。
「こっち戻ってきた頃には諦めてるかもしれない」
「いや、だけど……」
「大丈夫。瀬名さんももう知ってるから」
あ、そうか。みたいな表情で三人が見事にシンクロした。
その顔をそれぞれ見合わせた次には何やら早くも納得している。瀬名さんの名前の効果が抜群だ。
浩太と小宮山と岡崎の中で俺の隣人の瀬名さんという人は、きちんとした大人で気前もいいけどかなり強くて超怖い人という位置づけになってしまったようだ。
昼の中休みで昨日のメンツが揃った。改めて頭を下げると三人はそれぞれ顔を見合わせ、最初に声を上げて笑ったのは浩太だ。
「そうやって水くせえんだからもう。こういうときにダチ頼んないで何を頼るの」
なんでもない事であるかのように小ざっぱりと言われて閉じたこの口。小宮山もそれにうなずきながら、いったんは止めていた手を再び皿の上に伸ばした。
大きめのスプーンでいくら掬ってもなかなか減らないことに定評のある特盛のチキンカレーだ。運動部の男連中から特に人気の格安メニュー。小宮山は全然運動部じゃないけど学食のコスパ良好な特盛シリーズを週のうち一回は食っている。
小宮山がエネルギーを消費する場所は部活ではなくバイト先。夕べも深夜からバイトが入っていたようで、シフト明けにそのまま大学に来てカフェテリアにて朝メニューのツナサンドを食っているところに出くわした。
バイト前のダチに何をやらせていたのだか。そこでも気まずく謝った俺に対し、小宮山はツナサンドをモグモグしながら浩太と同じことを言って返した。特盛カレーを食っている今もその態度は変わらない。
「まあ俺ら実際にはなんの役にも立ってねえんだけどな」
「捕まえようとしたのお隣さんだし。つーかハルのお隣さんヤバくない?」
たぬきうどんをズルズルすすりながら岡崎も付け足してくる。その感想はきっと何も間違っていない。返り討ちに遭った側にとってはその印象でおそらく合っているだろう。
俺の横ではそれを物語るように、夕べ一番の被害を受けた浩太が深々とため息をついている。
「あのお隣さん、ハルが言ってた感じと違った。あんな強いとかなんなんだよ。こっち三人がかりだぞ」
「一瞬で跳ね返されたよな。俺マジ浩太腕折られると思った」
半笑いの小宮山を恨みがましい目で見た浩太。今だから笑って言えることだろうが、夕べは全員声が出なかった。
浩太も元サッカー部なだけあって体つきはかなりしっかりしている。にもかかわらずその動きを完璧に封じ込んでいた。素人目からも見事すぎる的確かつ瞬殺の捻り上げ。あんなのはアクション映画でしか見たことがない。
「瀬名さんがあの後も浩太の腕ずっと気にしてた」
「ああ、大丈夫って言っといて。今はもうなんともないよ。てかアレ何。合気道?」
あれがなんなのかは俺も知らない。身体能力が高いのは知っているがあんなことまでできたとは。
格闘技には詳しくないものの、攻撃よりどちらかというと護身に近い動きだったのではないか。夕べのあの痛烈な悲鳴は間違いなく本物だった。けれど浩太はいま確かにピンピンしている。
あれからまだ半日しか経っていないのに、ひと騒動があったとはとても思えない程いつも通り。小宮山はスプーンを持つ手を止めないし岡崎もズルズルとひたすらうるさく、浩太はケロリとした顔をして焼きそばパンに食いついている。
三人とも何事もなかったかのような態度と雰囲気ではあるが、夕べはこれと真逆の様子だった。本気で怒っていた。怒声を上げながら、焦ったように駆けてきた。
誤解と誤解がぶつかり合って事故みたいに起こった数秒の出来事。どうしてあんな事態になったか。瀬名さんに三人がかりで突進していったからだ。ならばなぜ三人そろって突撃することになったのか。
犯人の顔を誰も知らない中で、ちょうど俺に声をかけていた男を遠目から目撃したからだ。
「……ごめん」
俺が何かされると思った。だから駆け付けた。それだけだ。
午前中だけでも見知った同期とは何人も顔を合わせたが、俺の状況も夕べあった出来事も知っている奴は誰もいない。こいつらはしょっちゅう俺をからかってはおもちゃにしてつついて遊ぶ。そして周りになんでも言いふらす。しかし今回のこのことだけは、三人とも誰にも話さない。
視線を下げた俺の肩を、浩太はパンパンと横からたたいてきた。
「ハルのくせにしおらしいこと言うなよ。また恥ずかしい感じになるからやめとけ」
「お隣さんのおかげで俺ら一食分浮いたしな」
岡崎の呑気な一言に浩太と小宮山がうなずいた。それもまた瀬名さんが気を利かせたことであって俺が礼をしたわけではないのだが。
焼きそばパンを食い終えるなりコロッケパンの薄い包みをワサワサと剥がした浩太は、そこで思い出したように手を止めた。
「そういや前にさ、俺らでハルんち行ったことあったろ。あの時メシの差し入れくれたお隣さんってあの人?」
「あ、うん。そう」
「強いうえに気も利くとかなに。めっちゃ怖いけどやたらイケメンだし勤め先まで超勝ち組だし。お隣さん無敵なの?」
無敵に見えるが弱点はカマドウマだ。小さな敵に遭遇すると膝を抱えながら三日は怯える。可哀想になるほどの怖がりようだが、瀬名さんの名誉のためにもその辺は伏せておく。
「でもあれだよな……結局は振り出しに戻ったわけか」
カチャッと、スプーンをとうとう手放して水に口をつけてから小宮山が言った。夕べだけでも色々あったが、何かが変わったかというと現実には何も変わっていない。
犯人は最後まで現れなかった。その犯人を直に待ち構えていた岡崎まで箸を持つ手を止めた。コンビニに可愛い店員さんが入ったとかレポート提出マジだるいとか、そんなことしか言わない普段とは違って真剣そうな目で俺を見てくる。
「気を付けろよハル。もし夕べのあれをどっかで犯人が見てたら余計に警戒してるかもしれない」
「……そうだな」
姿を見せなかったからといってあの近くにいなかったとは言い切れない。いつも付けられるのがあの通りだから二人はそこを見張っただけで、もしも夕べ近くにいたとして、そいつがどこから見ていたかは分からない。
瀬名さんに渡したのと同じ中身の弁当はさっきから減っていなかった。腹が空いていないのとは違うが、そのための動作が伴わない。
俺に協力する誰かが現れたことを犯人はどう思うだろう。警戒して逃げるか。逆上するか。それとも昨日だけはたまたま運よく、あの近くはにいなかったのか。
「なあ。落ち着くまでウチ来るか?」
小宮山の声に顔を上げた。俺が何かを言うよりも先に、岡崎と浩太がそれに被せてくる。
「そうしとけよ。俺のとこでもいいし。とりあえずあのマンションに帰らなければ犯人も居所掴めないだろ」
「しばらくは俺らの部屋転々としといたら? 陽動作戦って程じゃねえけど」
三人とも大学の近くにそれぞれ部屋を借りている。そしてその方面や最寄り駅は違う。
そこを日ごとに移っていけば、確かに目くらましにはなりそうだ。
「ありがとな……でも大丈夫。年明けには俺も実家帰るし」
大学の冬休みは来週末から。さらにその一週間後には年が明けている。
瀬名さんとも夕べ話した。犯人がどこで見ているか分からないなら犯人の見えない所に行くのがいい。だから休業期間が明けるギリギリまで、今回は向こうにいようと思っている。
「こっち戻ってきた頃には諦めてるかもしれない」
「いや、だけど……」
「大丈夫。瀬名さんももう知ってるから」
あ、そうか。みたいな表情で三人が見事にシンクロした。
その顔をそれぞれ見合わせた次には何やら早くも納得している。瀬名さんの名前の効果が抜群だ。
浩太と小宮山と岡崎の中で俺の隣人の瀬名さんという人は、きちんとした大人で気前もいいけどかなり強くて超怖い人という位置づけになってしまったようだ。
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