貢がせて、ハニー!

わこ

文字の大きさ
上 下
91 / 241

91.瀬名家Ⅴ

しおりを挟む
「さっきも誰の車かと思ったんだ。とうとう買ったのか?」
「いいや。レンタル」
「なんだ。しかしそれにしてもお前が運転してくるの珍しいな」
「遥希を教習所から連れてくるのに足が必要だった」
「あぁ、分かるよ。ワクワクするよな。かつては僕もデートのたびにマユちゃんを迎えに行くのが楽しくて楽しくて」
「その話もやめろ。聞き飽きた」

 三十代の凛々しいイケメンとその親世代の落ち着いたイケメンが車の近くで並んで喋っている。すごい迫力。絵面が神々しい。瀬名さんはお父さんそっくりだ。
 三十年後くらいの瀬名さんはあんな感じになるんだろうな。思慮深そうで物腰はやわらか。落ち着きはらったその様子が知的な雰囲気を際立たせている。
 瀬名さんも落ち着いた大人だけれど瀬名さんのお父さんはその上をゆく。年を重ねても衰えないのは本物の男前ならではの現象だ。

 瀬名さんのお父さんとお母さんと、キキとココもみんな外に出てきた。ご一家総出で見送ってくれる。キキとココは外に出てからずっと俺の足元に。

「お前たちはこっちにおいで。ハルキくんは帰らないとならない」

 お父さんがココを抱き上げた。キキも同じように抱き寄せようとしたが、その手からはソソッと離れた。
 俺の足と足の間に入ってきたキキは、スルリと身をこすり付けてきた。それを横から見ていたお母さんは柔らかい表情でふふっと。

「キキちゃんのこんな様子見たのは久しぶり」
「すみません……」
「とんでもない。この子達ともまた遊んでちょうだいね。ほら、おいでキキちゃん。あなたずいぶん元気そうになったんじゃない?」

 お母さんという存在はやっぱりその家の頂点だ。やんわり伸びてきたその腕には抗わず、お母さんにおとなしく抱っこされたキキ。俺達が車に乗るのを腕の中からじっと見ていた。
 ついさっき玄関先ではもう一度お二人からハグされた。また来てね。今度はお部屋でお話しましょ。笑顔でそう言ってくれた。
 今はココの前足をお父さんが持ち上げて、お母さんもキキの前足を持ち上げ、モフモフの家族たちにも揃ってバイバイされている。俺も助手席の窓から顔を出し、瀬名家が視界から消えてしまうまでずっと後ろを振り返っていた。

 敷地を左折したこの車はまっすぐ前に向かって進む。半ば腑抜けたように座り直した。一気に静かだ。あそこは賑やかで、とてもあったかい場所だった。
 それでも恋人のご両親な訳だから緊張するのは当然のこと。ガチガチだった体からはへにゃっと力が抜けていく。ついでにうっかり漏れてきた溜め息。助手席の窓をウィーッと上げたら、瀬名さんの視線がチラリとこっちに向いた。

「悪かった」
「いえ……こちらこそ、あの……なんて言うか……」

 瀬名家から遠ざかるにつれて一連の出来事がジワジワと浮かぶ。今さらながら凄い状況だった。そのため言葉が見つからない。見つかっても多分うまく喋れない。

「初めてうちの家族を見た奴は大抵みんな放心するからその反応で合ってる。あの隆仁ですら呆然とさせた夫婦だ」
「二条さんが……」
「二度目からは完全に馴染んでたけどな」

 さすが二条さん。

 膝の上の大きな紙袋をカサッと大事に抱え直した。饅頭と水ようかんと野菜と米だそう。いろいろ詰めていただいてしまった。
 大量のお土産を膝に抱えながら乗り心地のいい車のシートにもたれ、ぼんやり眺めるのはフロントガラスの向こう。街中に入る前のこの道には木々も多くて高い建物はない。瀬名さんの故郷ともお別れだ。ここに来た実感はあるはずなのに、どこかでまだ現実味がない。

「……俺印象悪かったかな」
「どうすりゃそう思えるんだよ。二人のあの反応見ただろ」
「だってあんな非常識な真似……。おうちの人になんの断りもなく勝手に上がり込んだ挙句に堂々と二泊も……」
「お前がどういうご家庭で育てられたかはだいたい分かった」
「お風呂までお借りした……野菜までとっちゃった……」
「存分にくつろいでもらえた方がウチとしては嬉しい」
「手土産の一つも持たずに……」
「落ち着け」

 あらゆる非常識な行動の数々が今になって悔やまれる。けれど瀬名さんは気にするなと言う。

「猫のおやついっぱいくれただろ」
「あなたのご両親にですよ」
「二人ともかつおぶし見て喜んでた」

 瀬名さんのお母さんにはありがとーって言いながら思いっきりハグされた。もうちょっと高級感のあるかつおぶしを買っていけばよかった。

「連れてったのは俺だ。お前にはなんの非もない。そもそもウチは昔から毎日のように来客がある。ガキの頃家に帰ると知らねえ奴が家族に交じってメシ食ってるなんてこともしょっちゅうだった」
「ずいぶんオープンなご家庭で……」
「あの夫婦だぞ。閉鎖的になる方がおかしい」

 たしかに。

「とにかく何も心配しなくていい。お前を気に入ったのは猫だけじゃねえよ。どっちかって言うとすでに息子認定されてると思う」

 それもちょっとどうかと思うが。

「また来てねって言ってもらっちゃった……」
「たぶん気づいてると思うが一応補足だけしておくけどな、あの二人に社交辞令って概念はない。約束したつもりになってるから行かねえと向こうから突撃してくるぞ」

 瀬名家ヤバいな。オープンとかそういう次元の話じゃない。自分の息子の隣人なのだから住所も分かっているだろうしな。

「……次はちゃんと手土産用意してご予定伺ってご訪問します」
「やめとけ。アポなしで行くべきだ」
「それこそ非常識野郎じゃないですか」
「親類友人呼びまくって盛大にお披露目会されるのが嫌じゃねえなら予告すればいい」
「…………」

 瀬名家が本気でヤバイことは分かった。

「……異国にいるかのようです」
「よく言われる」

 異国でもあそこまでの歓待は受けない。瀬名さんのご両親はニコニコと普通に俺を受け入れた。
 あの環境が瀬名さんを作ったのか。広いのは家の面積だけじゃなかった。瀬名恭吾は頭のおかしい社会人だとばかり思っていたが、ご両親にお会いしてようやく理解する。瀬名さんは普通の人だった。

 未だに夢でも見ている気分だが、こんなことばっかりじゃないのは分かっている。あれはレアなケースだったはず。それでもやっぱり嬉しかった。恋人だと、認めてもらえた。
 男であることも年齢についても一切の言及がなかったものだから、さすがにちょっと拍子抜けしている。当たり前みたいにハグされて、会えて嬉しい。そうとまで。

「大丈夫か」
「……はい」
「どっかでちょっと休んでくか?」
「……いえ」

 予想外のことが立て続けに起こったから現実であるのにそんな気がしない。あんな形で対面するとはまさか思っていなかったけれど、瀬名さんがあの家でどう育ったのか、それは俺も少し分かった気がする。

「……はじめてだったんですか」
「うん?」
「家に……そういう相手、連れてったの」

 瀬名さんのお母さんがそう言って笑っていた。恋人を連れて来たのは初めてって。
 この人は俺よりずっと大人で、経験だってそりゃ豊富だろうし、俺の知らない過去の誰かを実家に招いたことがあっても何もおかしくはないだろうと。
 思っていたけど、そうじゃなかったらし。彼女を連れて行ったことはない。
 瀬名さんはしっかり前を見ながら、微かに目元を和らげた。

「お前だけだ」

 とても、静かなその一言。膝の上でカサッと紙袋を抱えた。
 改めてちゃんと挨拶に行こう。キキとココにもおやつを持っていこう。密かに騒いで仕方ない心臓は、気づかなかったことにしておく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

浮き世にて

わこ
BL
万年金欠フリーターが古物店を営む和風イケメンに出会うBL未満くらいの話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。 22.12.05 本文修正しました。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...