貢がせて、ハニー!

わこ

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83.彼氏の実家Ⅱ

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 五分とかからず骨抜きにされたのでその後もキキココと遊んでいた。二匹に構ってもらっているうちに時間なんてあっという間に過ぎるが、夕方の六時を回ってもこの時季はまだまだ明るい。

 夕食はうな重を取ってくれるそうだ。天ぷらも好きだけどうなぎも大好き。車で三分くらいの距離にある三代続く鰻屋さんだそうで、近所なら配達もしてくれるらしい。
 昼に天丼たくさん食ったけどうな重と聞いたらもう腹減ってきた。今度はキキを膝に乗せながら晩ご飯を待ちかねる俺の足元では、少し前から急に落ち着きがなくなってきたココが行ったり来たり。なんだかずっとウロウロしている。時々こっちを見上げて鳴く。
 かわいい。可愛いけど何が言いたいのかはサッパリ。膝の上で丸まるキキさんを見下ろしても助けてはくれなかった。ゴロゴロ言うだけで知らんぷり。かわいい。

 瀬名さんはお茶を淹れ直してキッチンから戻って来た。するとウロウロしていたココが勢いよくトトトッと駆けていき、足元から瀬名さんを見上げながらニャアニャア何かを言っている。

「腹減ったみてえだな」
「あ、それで鳴いてたんだ」
「やかましくて仕方ねえよ。ちょっと待ってろ。ほら、危ねえぞ」

 口ではそう言いつつも嬉しそう。足元にまとわりついてくるココを蹴飛ばさないようにして歩きながら、テーブルにお茶を置いた瀬名さんは再びキッチンに戻っていった。ココもその後をついて行く。
 俺もキキさんをモフッと抱っこしてソファーから腰を上げた。棚からキャットフードらしき袋を取り出している瀬名さんの足元では、空腹のココが待ちきれない様子でウニャウニャ言いながらちょこまかしている。

「腹ペコですね」
「こいつはメシの時間だけは忘れない」
「キキは全然アピールしてこないんですけど……」
「大丈夫だ。食欲はあるから出せば食う」

 下の棚から皿が取り出されるとココのニャアニャアがさらに激化した。袋と器を持って歩く瀬名さんの足にピタリとくっついて離れない。
 猫さん達の食事の場所はダイニングテーブルのすぐそば。壁の角。隅っこが落ち着くようだ。
 そこにコトッと皿を置いて袋からジャラジャラ出されるキャットフードをココは横から物凄く凝視。隣の皿にも同じように出してから瀬名さんが一歩離れたところで、バッと右側の皿めがけて顔から突っ込んでいった。

「いっぱい食えよ」

 瀬名さんに軽くポンポンされている間もガツガツとご飯に夢中。俺も腕の中のキキをそっと床に下ろしてやる。トコトコ静かに歩いていくと、左側の皿の前で上品にパクパクしだした。

 水を入れた器も二つ持ってきた瀬名さんはそれぞれの皿の横に置いた。ココは慌ただしく食いついて、キキはもぐもぐ落ち着いて食べる。性格が分かりやすい二匹を瀬名さんと一緒に眺めた。
 ココはキキのゴハンも気になるのか時々チラッと覗き込むもののその度にジロッと睨まれている。上下関係も分かりやすい。ココを秒で黙らせたキキは優雅にお食事を楽しんでいた。

「キキも結構食いますね」
「ウチに来る猫はみんな食欲旺盛だ」

 いくつになってもご飯をちゃんと食べてくれる猫ならその家族も安心できるだろう。二匹の毛並みと猫らしい体格を見れば健康管理も行き届いているのが考えずとも一目で分かる。

「普段はおやつもあげてます?」
「ああ、たまにな。偏らない程度に」
「かつおぶしは?」
「かつおぶし?」
「買ったんですよ、夕べスーパーで。初対面の猫に気に入られようと思って」

 猫用の食品もそれなりの種類が置いてあった。おやつ用の猫缶とか、色んなフレーバーのペーストタイプとか。
 どういうのが好みか分からないから目に付いた物をいくつかを買ってみて、そのうちの一つが乾物コーナーでたまたま見かけたかつお節。昔ご近所の村田さんちで飼い猫にかつお節をやっていたのをその時ふと思い出した。

「食わないかな」
「いや、食うはずだ。ありがとな。こいつらの明日の朝メシはちょっと豪華になる」

 仲良くなれそうなアイテムを貢がなくても二匹はじゅうぶん仲良くしてくれるが喜んでもらえたら嬉しい。

 自分のゴハンを食べ終わったココは、キキの様子をチラチラ窺う。そんなココの頭を瀬名さんがよしよしと撫でた。猫の食欲に合わせてご飯でもおやつでも好きに食わせる飼い主だったら、ココはこんなに猫らしい体型ではなくもっとデプッとしていたかもしれない。
 物足りないアピールをしていたのは最初だけ。あともうちょっとだけもらえたらラッキーだな程度だったみたいで、優しく撫でられるとすぐに落ち着き食後の水をペロペロしていた。その間にキキさんも完食した。
 白い口の周りを満足そうにペロッと舐めたキキを見て瀬名さんはやわらかく笑う。懐かしそうな顔をして、黒い頭をモフっとひと撫で。

「かつお節が一番好きなのはルルだった。だからキキは特に喜ぶと思う」
「やっぱ猫によって好みあるんですね」
「ああ。ルルはフードに少し振りかけてやると普段の数倍食いつきが良くてな。病院と爪切りに耐えたあとは頑張ったご褒美で必ずやってた」
「頑張ったご褒美におやつ与えるのもしかしてクセになってます?」
「おかげでお前の今夜のデザートはミルクレープが美味い店のケーキだ」

 うな重には全然合わないけど俺の胃的には大歓迎だ。昼夜ともにガッツリ系だろうが問題ない俺に負けず劣らず、二匹の食いっぷりもなかなかだった。
 キキもココもお腹を満たすと皿の前から離れていった。それぞれゆったりと部屋の中を好きに歩き回っている。食後の散歩かな。健康的だな。

 家の中に猫がいるとそれだけで物凄く和むが、この二匹のそばにいると一瞬にして癒される。
 キキはルルを見て育ち、ココはキキを見て育った。キキもココもこんなに懐っこいのは、初代でありキキのお姉さんでもあるルルが人間を信頼してくれたからだろう。

「そういえば、ルルのお墓はどこにあるんですか? 実家で供養したって言ってましたよね?」
「表の庭だ。あいつが好きだった木のそばにいる」
「……そこにかつお節なんてお供えしたら迷惑?」

 スーパーの乾物コーナーに置いてある小分けパックのかつお節だ。自分で削って使うタイプの丸ごとドンッと売っているような本格的なやつとは違う。
 簡易品だろうと本格派だろうと墓前にかつお節を供えようとする人間なんてそうそういないが、瀬名さんは嬉しそうに笑った。その顔はネコ愛に満ちている。

「絶対喜ぶ」

 初代猫のルルさんにも、ちゃんと挨拶しておきたい。



 そういう訳でかつお節を手にして二人で一緒に庭に出た。
 見れば見るほどすごくいい家。猫に気に入られる木が中央にあって、しっかりした柵や生け垣が敷地を囲んでいるということは、家の中だけではなくて広い庭でも自由に遊ばせているのだろう。都会がいいとか田舎がいいとか決着をつけることに意味はないけど、これは地方ならではの良さだ。都会住まいの飼い猫じゃこうはいかない。
 瀬名さんに案内された庭木の背丈は高すぎず、かと言って幹は細すぎず。五メートルか六メートルくらいだろうか、庭に植えるような梅と同じくらいのサイズ。小さな生き物が登って遊ぶにはちょうどいいし、日向ぼっこの合間に日陰をちょっとだけ求めたくなったときなんかにも最適。これなら猫に気に入られるのも当然だ。

 木の根元のすぐそばには成人男性の手の平くらいの、小さな石のプレートがはめ込んである。すぐに分かった。ここにルルさんがいる。その前でストンとしゃがみこんだ。
 はじめましてルルさん。あなたのおうちにお邪魔させてもらってます。そんなことを思いながら賄賂の品をちょこんと供えた。

 俺にとっての大恩人だ。恩人と言うか恩猫と言うか。
 もしもルルがいなかったとしたら瀬名さんとこうなっていないかもしれない。俺が今ここにいるのは、ルルが瀬名さんと出会ってくれたおかげだ。

「……気に入ってくれるかな」
「俺が連れて来た大事な奴をルルが気に入らないはずがない」

 一緒になってしゃがみ込みながら瀬名さんはサラリとそう言う。飼い主がそう言うのだから、ルルさんともきっと仲良くなれたはず。
 灰色の、とても綺麗な猫。イエロー系の猫目も可愛い。彼女と俺が似ているというのは、未だにしっくりこないのだけれど。

「あ」
「え? わっ……」

 隣で瀬名さんが何かに気づいたらしく声を上げ、直後、背中に衝撃。モフッと元気よく飛びつかれた。
 ココさんだ。尻にスリスリされる。本当に猫って飼い主に似るな。

「なんだよ、お前まで出てきたのか」
「ケツにすげえマーキングされてます」
「やめろココ。いくらお前でもそれは許せねえ。遥希の尻は俺のものだ」
「俺の尻は俺のものですよ」

 セクハラおじさんは俺のコメントを無視してココをモッフリと抱き上げた。腕の中に収まる茶トラの頭を横からモフモフ堪能していると、瀬名さんの視線が再び斜め後ろへと注がれ、つられて俺も目を向けた。
 トコトコ優雅にやって来るキキさん。その進路はまっすぐ。俺たちの方。

「キキさんも来た」
「勢揃いじゃねえか。お前ほんと懐かれたな」

 近くまで来たキキさんは俺が両腕で抱き上げた。するとニャアッと高めに鳴いた。
 それを聞いた瀬名さんの、ちょっと意外そうな顔。

「……キキのそんな鳴き方を聞くのも子猫の時以来だ」
「さっきまで短めに鳴いてましたよね。どしたのキキさん?」
「催促だ。撫でてほしいんだろ」

 もう無理かわいい。なにこの子。
 さっそく頭を撫でてみる。胸元にスリッとくっついてきた。背中もモフモフと撫でているとゴロゴロ言われる。猫目は細くなった。

「賄賂のおやつで釣るまでもなくお前はこいつらに好かれてる」
「卒検受かった時より嬉しいです」
「飼い主としては気分がいいな」

 腕の中にもっふりとした温かさを感じながら、二人と二匹でプレートに向き合う。
 みんなでルルさんのお墓参りだ。キキはまたニャアッと、かわいく鳴いた。
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