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80.後半戦!!
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愛してる。というメッセージが、毎日欠かさず誰かしらから入る。
『やっほーハルー! 元気ー? もうすぐ教習終わる頃だよな? 免許取ったら親友の浩太くんが一番に助手席乗ってやるよ。皆で海でも行こうぜ海ッ。ああそれとさ、愛してるよっ!』
電話のこともしばしば。一番陽気な浩太が最もウザい。こんなもんわざわざ留守電に入れるな。
イラッとくるメッセージはもちろん迷わず消去したけど、こういう感じのが毎日毎日。小宮山からも来るし岡崎からも来るし魂アツめな演劇サークルの大道具の奴からも来るし、色んな奴らが連日愛してると。
一昨日の晩にミキちゃんからふふっと笑いつつ電話越しに言われた時には泣きたくなった。あいつは女子にまで言いふらしやがった。ミキちゃんがそんなことを言っている後ろでは浩太が笑っているのが聞こえた。笑ってんじゃねえよ、お前の彼女だろ。
何が男同士の秘密だ。夏休み明けに大学行きたくないなどと悠長なことを考えている暇はなかった。浩太は即日言い回ったらしい。
本日も浩太によるふざけた留守電の他いくつかのメッセージを既読して放置。このせいであの日から最初の数日は恥ずかしさにより死にかけていたものの、もはやそれも怒りに変わった。
誰が助手席になんて乗せるか。あいつらを海になんて連れていくものか。
イライラするから黒崎くんがくれたチョコレートを口の中に放り込み、二日後に迫った卒業検定の対策をする気にもなれずベッドにバフッと腰掛けた
すると手元で鳴ったスマホ。瀬名さんがかけてくるには早い。表示を見ればまたしてもあいつだ。今日は一回留守電も入れているのだからもういいだろ、しつこい。そろそろ飽きろよ。
「地獄に落ちろ」
『一発目にそれ? ハルくんは愛が深いね』
「黙れクズ。いちいちかけてくんな」
一言言ってやりたかったが出なきゃよかった。電話越しに浩太の笑い声を聞き、黒崎くんのチョコレートの効果が早くも七ポイントくらいにまで下がった。
『教習はどう? 卒検いつ?』
「お前には何も教えない」
『そんな意地悪なこと言うなよ。大学始まる前にハルの運転で海行こうってみんなと言ってんだから』
「人のいないところでなに勝手な相談してんだ」
『まあまあまあ』
うざ。
「免許取りたての人間の運転で海行きたい奴なんかいないだろ」
『ハルは性格的に安全運転の人だろうから大丈夫ってみんな言ってる。俺もハルになら命預けられるから一番に助手席乗せろよな』
「乗せねえよ。ていうか重いよ」
初心者がつけるあのマークが取れてなおかつ普段から見慣れている道を百回以上は走ってからじゃないと誰も車に乗せたくない。そもそも車を買う気はない。
遊園地とか植物園とか温泉とかぶどう狩りとか、行きたい場所候補を次々にポンポンと聞かされているとピンポンと鳴った。インターフォンだ。
ここは合宿施設ではあるが呼び鈴までついている。音につられてドアの方にふっと顔を向けた。
「……人来たから切るぞ」
『は? 人? 彼女さんというものがありながら女の子部屋に連れ込んでんの?』
「なんでそうなる」
『いろいろ我慢してるからってそりゃないだろ。サイテー』
「お前と一緒にすんな」
『付き合ったからには俺はミキ一筋だもん』
「知るかよ。切るからな」
まだ何か言っているのをバッサリ無視して通話を切った。そうこうしている間にもう一度控えめなピンポンが。
黒崎くんかな。そう思って出たらやっぱり黒崎くんだった。
「ごめんね、寝てた?」
「ううん、起きてたよ。どうかした?」
浩太のせいでお待たせしてしまった。ドアをガコッと目いっぱいに開ける。黒崎くんはその手に鍵と財布を持っていた。
「ちょっと小腹すいてきちゃってさ」
「あ、ラーメン?」
「んーそれもなんだか飽きてきちゃったしそこのケーキ屋さん行こうかと思って。一緒にどう?」
ここから道なりにひたすら歩いて十五分くらいの所に洋菓子店らしき建物がある。入校日翌日の夜に二人で周辺を散歩していて発見した。
その時には閉店時間が過ぎていたから、そのうち一回入ってみようと言っていて結局行かないまま今日に。スーパーの方が断然近いからついついそっちに行きがちだった。
「まだ開いてる?」
「検索したらギリギリ。あと二十分くらい」
「微妙だね。まあいいや、行こう」
ケーキなんて美味しそうな単語を聞いてしまったら行かずにはいられない。俺も即座に鍵と財布を持ってきた。教習所にて毎日三食無料で食べられるバイキング形式のごはんだってちゃんと美味しいし飽きないが、甘いお菓子は出てこない。
宿舎の前の道を左に曲がって、スイーツを目指してズンズン進む。それなりの急ぎ足で歩いた甲斐があって店はまだ開いていた。この前とは違って明るい。
二人でトトッと店内に駆け込み、ケーキはほとんど売れてしまっていたが残っているのも全部美味しそう。そのため三種類あったうちの三種類とも購入を即決。ミルクレープとカップに入っているやつと小さいけどちょっと値の張るやつ。
閉店時間まで間もなかったためじっくり見ずに買い込んで、ケースの上に置かれたバスケットの中のクッキーも目に付いたのでついでに手に取り、想定したよりもだいぶいい感じの収穫を得て帰ってきた。満足だ。
袋と箱を持って黒崎くんの部屋にお邪魔し、ミニテーブルの上に収穫物を広げる。部屋にはミニキッチンもついていてヤカンとか鍋とかも備えてあるから紅茶を淹れてそれっぽくした。男二人で夜のお茶会だ。
「うまっ。えーウマ。もっと早くに行けばよかった」
「赤川くん意外と甘いもの好きだよね。こういうのあんま食わなそうなのに」
「営業時間終了間近のケーキ屋に駆けこんで買い込むくらいには大好きだよ」
なにせ初対面のサラリーマンから好きな食い物は何かと聞かれて咄嗟にケーキと答えてしまうほどだ。砂糖とは昔からの友達だ。
カップに入ったティラミス風プリンはプリンとはいえ馬鹿にはできなかった。コスパ悪そうな小さいケーキはたしかオペラと書いてあっただろうか、ほろ苦いけれどこってり濃厚でチョコとコーヒーが究極に合っていた。
店のショーケースの中に一個だけ残っていたミルクレープは半分こ。美味い。繊細なクレープ生地とふんわりした生クリーム。目の前に五個出されたとしたら五個ともペロッと食えるやつだ。微妙な田舎にあるケーキ屋さんでも実は侮れなかったりする。
「行ってみて良かったぁ。ありがとう黒崎くん」
「いえいえ。俺誘っただけだけどね」
「クッキーは割と日持ちするっぽいから今食べちゃうのはもったいないかな」
「いいじゃん。ウマけりゃまた明日行こうよ」
「うん、分かった。食う」
被せ気味に言ってガサゴソ袋を開けた。黒崎くんはなんか笑ってた。
ケーキ屋さんらしい手作りクッキーの豪華極まりない詰め合わせ。その中から摘まみ上げた一枚。キャラメルでこげ茶色にコーティングされたアーモンドスライスがたっぷり乗っている。
「……んんッ、フロランタンうまっ! すげえサクサクしてるッ」
「赤川くん可愛いな」
「嬉しくないよ」
「パンダ見てる時の気分になる」
「見世物じゃないよ」
バカにされつつもクッキーを分け合ってお菓子パーティーを地味に続けた。ケーキ二個半と大量の焼き菓子を夕食後に楽しめる贅沢。合宿中にこんなにいい店を見つけるとは思っていなかった。ここに来て本当に良かった。
教習は俺も黒崎くんも乗り越すことなく予定通り進んでいる。最後の検定さえどうにかできれば同じ日に卒業できるだろう。
また明日もケーキ屋に行こうと約束を交わしてこの日のお菓子パーティーはお開き。隣の部屋が黒崎くんだったのもありがたい。ちゃんと友達できた。
たらふく食って満足して部屋に戻ったらひとまずスマホを確認。大学の連中からの攻撃を避けるために置きっぱなしにしてきたのだが、瀬名さんからの着信履歴も残っていたのでかけ直す。秒で繋がった。さすが。
「すみません、すぐ出らんなくて」
『いいや。寝てたか?』
俺はそんなによく寝るような奴に見えるのか。
「起きてましたよ。ケーキ屋さん行ってた」
『ケーキ屋? ああ、あそこな。まっすぐ行ったとこ』
「やっぱ地元だと詳しいですね」
『いや、そっちの方はほとんど分からねえ。今お前のいる場所の半径二キロ圏内を事前に調べておいただけだ』
「怖いよ」
そんなことしてたんだ。
『今日も順調だったか?』
「もちろんです。進路変更も直進も右折左折もバッチリきわめました。ドラ猫が急に飛び出してきたって落ち着いて安全に停止できますよ」
『頼もしい限りだ。その調子なら二日後には卒検だな』
「ほんとに俺の日程全把握してますよね」
瀬名さんはストーカーの素質があると思う。
知り合ったばかりの頃には毎日貢ぎ物を持って訪ねてきたが、改めて考えてみてもあれはなかなか異常だった。そして現在も貢ぎグセはなおっていない。
『そこのケーキは美味かったか』
「すっげえウマかったです。閉店間際だったんでもうあんま残ってなかったけど」
『迎え行った日に買って帰ろう』
「いえ、いいですよ。明日も黒崎くんと買いに行くから」
『黒崎くん?』
「隣の部屋の子。入校日同じで仲良くなったんです。しかもタメだし、地元まで隣同士だったんですよ。すごくないですか?」
『そうだな。同い年の野郎ならひとまずは安心できる』
「何度も言いますけど俺は別にオジサン趣味とかではないですからね」
ひどい誤解だ。
「瀬名さんは仕事どう? 予定通り休めそうですか?」
『ああ。こっちも順調に進んでる』
「大丈夫……? 無理してない?」
『無理はしてねえが遥希が足りてない』
こういうこと普通に言うからなこの人。言われるこっちはいちいち恥ずかしい。
スマホを持ったまま一瞬固まり、なんとなく顔をパタパタ扇いだ。
「……毎日話してんですから足りるでしょ」
『ダメだ、足りねえ。触りたい。つらい』
「もうすぐですよ」
『もうすぐが長い。俺も二週間休暇取って合宿所の近くに泊まり込めばよかった』
「怖いってば」
瀬名さんのストーカー気質が悪化するほど二週間は長い。俺にとっても本当に長かった。思ったよりも、もっと、ずっと。
毎日欠かさず一緒にいるのが今ではもう当たり前だから、普段は鬱陶しいことも多々あるがやっぱり、どうしたってこれは寂しい。
卒業まではあとひと踏ん張り。卒業証明書を無事に獲得したら、瀬名さんと、二匹のにゃんこにも会える。
間仕切り越しとか電話越しとか、そういうのもたまにならいいけど毎日となると結構キツイ。俺も瀬名さんが足りてない。いつもみたいに、触りたい。
「卒検もがんばりますね」
『おう。ほどほどに気合い入れてけ』
「とか言ってて明日ポカやったらおもしろい」
『やめろよ。ほんっとにやめろよ。お前そういうとこあるからな。死んでも寝坊なんかすんじゃねえぞ』
俺よりも瀬名さんの方が必死だ。ポカやらないように気を付けよう。
『やっほーハルー! 元気ー? もうすぐ教習終わる頃だよな? 免許取ったら親友の浩太くんが一番に助手席乗ってやるよ。皆で海でも行こうぜ海ッ。ああそれとさ、愛してるよっ!』
電話のこともしばしば。一番陽気な浩太が最もウザい。こんなもんわざわざ留守電に入れるな。
イラッとくるメッセージはもちろん迷わず消去したけど、こういう感じのが毎日毎日。小宮山からも来るし岡崎からも来るし魂アツめな演劇サークルの大道具の奴からも来るし、色んな奴らが連日愛してると。
一昨日の晩にミキちゃんからふふっと笑いつつ電話越しに言われた時には泣きたくなった。あいつは女子にまで言いふらしやがった。ミキちゃんがそんなことを言っている後ろでは浩太が笑っているのが聞こえた。笑ってんじゃねえよ、お前の彼女だろ。
何が男同士の秘密だ。夏休み明けに大学行きたくないなどと悠長なことを考えている暇はなかった。浩太は即日言い回ったらしい。
本日も浩太によるふざけた留守電の他いくつかのメッセージを既読して放置。このせいであの日から最初の数日は恥ずかしさにより死にかけていたものの、もはやそれも怒りに変わった。
誰が助手席になんて乗せるか。あいつらを海になんて連れていくものか。
イライラするから黒崎くんがくれたチョコレートを口の中に放り込み、二日後に迫った卒業検定の対策をする気にもなれずベッドにバフッと腰掛けた
すると手元で鳴ったスマホ。瀬名さんがかけてくるには早い。表示を見ればまたしてもあいつだ。今日は一回留守電も入れているのだからもういいだろ、しつこい。そろそろ飽きろよ。
「地獄に落ちろ」
『一発目にそれ? ハルくんは愛が深いね』
「黙れクズ。いちいちかけてくんな」
一言言ってやりたかったが出なきゃよかった。電話越しに浩太の笑い声を聞き、黒崎くんのチョコレートの効果が早くも七ポイントくらいにまで下がった。
『教習はどう? 卒検いつ?』
「お前には何も教えない」
『そんな意地悪なこと言うなよ。大学始まる前にハルの運転で海行こうってみんなと言ってんだから』
「人のいないところでなに勝手な相談してんだ」
『まあまあまあ』
うざ。
「免許取りたての人間の運転で海行きたい奴なんかいないだろ」
『ハルは性格的に安全運転の人だろうから大丈夫ってみんな言ってる。俺もハルになら命預けられるから一番に助手席乗せろよな』
「乗せねえよ。ていうか重いよ」
初心者がつけるあのマークが取れてなおかつ普段から見慣れている道を百回以上は走ってからじゃないと誰も車に乗せたくない。そもそも車を買う気はない。
遊園地とか植物園とか温泉とかぶどう狩りとか、行きたい場所候補を次々にポンポンと聞かされているとピンポンと鳴った。インターフォンだ。
ここは合宿施設ではあるが呼び鈴までついている。音につられてドアの方にふっと顔を向けた。
「……人来たから切るぞ」
『は? 人? 彼女さんというものがありながら女の子部屋に連れ込んでんの?』
「なんでそうなる」
『いろいろ我慢してるからってそりゃないだろ。サイテー』
「お前と一緒にすんな」
『付き合ったからには俺はミキ一筋だもん』
「知るかよ。切るからな」
まだ何か言っているのをバッサリ無視して通話を切った。そうこうしている間にもう一度控えめなピンポンが。
黒崎くんかな。そう思って出たらやっぱり黒崎くんだった。
「ごめんね、寝てた?」
「ううん、起きてたよ。どうかした?」
浩太のせいでお待たせしてしまった。ドアをガコッと目いっぱいに開ける。黒崎くんはその手に鍵と財布を持っていた。
「ちょっと小腹すいてきちゃってさ」
「あ、ラーメン?」
「んーそれもなんだか飽きてきちゃったしそこのケーキ屋さん行こうかと思って。一緒にどう?」
ここから道なりにひたすら歩いて十五分くらいの所に洋菓子店らしき建物がある。入校日翌日の夜に二人で周辺を散歩していて発見した。
その時には閉店時間が過ぎていたから、そのうち一回入ってみようと言っていて結局行かないまま今日に。スーパーの方が断然近いからついついそっちに行きがちだった。
「まだ開いてる?」
「検索したらギリギリ。あと二十分くらい」
「微妙だね。まあいいや、行こう」
ケーキなんて美味しそうな単語を聞いてしまったら行かずにはいられない。俺も即座に鍵と財布を持ってきた。教習所にて毎日三食無料で食べられるバイキング形式のごはんだってちゃんと美味しいし飽きないが、甘いお菓子は出てこない。
宿舎の前の道を左に曲がって、スイーツを目指してズンズン進む。それなりの急ぎ足で歩いた甲斐があって店はまだ開いていた。この前とは違って明るい。
二人でトトッと店内に駆け込み、ケーキはほとんど売れてしまっていたが残っているのも全部美味しそう。そのため三種類あったうちの三種類とも購入を即決。ミルクレープとカップに入っているやつと小さいけどちょっと値の張るやつ。
閉店時間まで間もなかったためじっくり見ずに買い込んで、ケースの上に置かれたバスケットの中のクッキーも目に付いたのでついでに手に取り、想定したよりもだいぶいい感じの収穫を得て帰ってきた。満足だ。
袋と箱を持って黒崎くんの部屋にお邪魔し、ミニテーブルの上に収穫物を広げる。部屋にはミニキッチンもついていてヤカンとか鍋とかも備えてあるから紅茶を淹れてそれっぽくした。男二人で夜のお茶会だ。
「うまっ。えーウマ。もっと早くに行けばよかった」
「赤川くん意外と甘いもの好きだよね。こういうのあんま食わなそうなのに」
「営業時間終了間近のケーキ屋に駆けこんで買い込むくらいには大好きだよ」
なにせ初対面のサラリーマンから好きな食い物は何かと聞かれて咄嗟にケーキと答えてしまうほどだ。砂糖とは昔からの友達だ。
カップに入ったティラミス風プリンはプリンとはいえ馬鹿にはできなかった。コスパ悪そうな小さいケーキはたしかオペラと書いてあっただろうか、ほろ苦いけれどこってり濃厚でチョコとコーヒーが究極に合っていた。
店のショーケースの中に一個だけ残っていたミルクレープは半分こ。美味い。繊細なクレープ生地とふんわりした生クリーム。目の前に五個出されたとしたら五個ともペロッと食えるやつだ。微妙な田舎にあるケーキ屋さんでも実は侮れなかったりする。
「行ってみて良かったぁ。ありがとう黒崎くん」
「いえいえ。俺誘っただけだけどね」
「クッキーは割と日持ちするっぽいから今食べちゃうのはもったいないかな」
「いいじゃん。ウマけりゃまた明日行こうよ」
「うん、分かった。食う」
被せ気味に言ってガサゴソ袋を開けた。黒崎くんはなんか笑ってた。
ケーキ屋さんらしい手作りクッキーの豪華極まりない詰め合わせ。その中から摘まみ上げた一枚。キャラメルでこげ茶色にコーティングされたアーモンドスライスがたっぷり乗っている。
「……んんッ、フロランタンうまっ! すげえサクサクしてるッ」
「赤川くん可愛いな」
「嬉しくないよ」
「パンダ見てる時の気分になる」
「見世物じゃないよ」
バカにされつつもクッキーを分け合ってお菓子パーティーを地味に続けた。ケーキ二個半と大量の焼き菓子を夕食後に楽しめる贅沢。合宿中にこんなにいい店を見つけるとは思っていなかった。ここに来て本当に良かった。
教習は俺も黒崎くんも乗り越すことなく予定通り進んでいる。最後の検定さえどうにかできれば同じ日に卒業できるだろう。
また明日もケーキ屋に行こうと約束を交わしてこの日のお菓子パーティーはお開き。隣の部屋が黒崎くんだったのもありがたい。ちゃんと友達できた。
たらふく食って満足して部屋に戻ったらひとまずスマホを確認。大学の連中からの攻撃を避けるために置きっぱなしにしてきたのだが、瀬名さんからの着信履歴も残っていたのでかけ直す。秒で繋がった。さすが。
「すみません、すぐ出らんなくて」
『いいや。寝てたか?』
俺はそんなによく寝るような奴に見えるのか。
「起きてましたよ。ケーキ屋さん行ってた」
『ケーキ屋? ああ、あそこな。まっすぐ行ったとこ』
「やっぱ地元だと詳しいですね」
『いや、そっちの方はほとんど分からねえ。今お前のいる場所の半径二キロ圏内を事前に調べておいただけだ』
「怖いよ」
そんなことしてたんだ。
『今日も順調だったか?』
「もちろんです。進路変更も直進も右折左折もバッチリきわめました。ドラ猫が急に飛び出してきたって落ち着いて安全に停止できますよ」
『頼もしい限りだ。その調子なら二日後には卒検だな』
「ほんとに俺の日程全把握してますよね」
瀬名さんはストーカーの素質があると思う。
知り合ったばかりの頃には毎日貢ぎ物を持って訪ねてきたが、改めて考えてみてもあれはなかなか異常だった。そして現在も貢ぎグセはなおっていない。
『そこのケーキは美味かったか』
「すっげえウマかったです。閉店間際だったんでもうあんま残ってなかったけど」
『迎え行った日に買って帰ろう』
「いえ、いいですよ。明日も黒崎くんと買いに行くから」
『黒崎くん?』
「隣の部屋の子。入校日同じで仲良くなったんです。しかもタメだし、地元まで隣同士だったんですよ。すごくないですか?」
『そうだな。同い年の野郎ならひとまずは安心できる』
「何度も言いますけど俺は別にオジサン趣味とかではないですからね」
ひどい誤解だ。
「瀬名さんは仕事どう? 予定通り休めそうですか?」
『ああ。こっちも順調に進んでる』
「大丈夫……? 無理してない?」
『無理はしてねえが遥希が足りてない』
こういうこと普通に言うからなこの人。言われるこっちはいちいち恥ずかしい。
スマホを持ったまま一瞬固まり、なんとなく顔をパタパタ扇いだ。
「……毎日話してんですから足りるでしょ」
『ダメだ、足りねえ。触りたい。つらい』
「もうすぐですよ」
『もうすぐが長い。俺も二週間休暇取って合宿所の近くに泊まり込めばよかった』
「怖いってば」
瀬名さんのストーカー気質が悪化するほど二週間は長い。俺にとっても本当に長かった。思ったよりも、もっと、ずっと。
毎日欠かさず一緒にいるのが今ではもう当たり前だから、普段は鬱陶しいことも多々あるがやっぱり、どうしたってこれは寂しい。
卒業まではあとひと踏ん張り。卒業証明書を無事に獲得したら、瀬名さんと、二匹のにゃんこにも会える。
間仕切り越しとか電話越しとか、そういうのもたまにならいいけど毎日となると結構キツイ。俺も瀬名さんが足りてない。いつもみたいに、触りたい。
「卒検もがんばりますね」
『おう。ほどほどに気合い入れてけ』
「とか言ってて明日ポカやったらおもしろい」
『やめろよ。ほんっとにやめろよ。お前そういうとこあるからな。死んでも寝坊なんかすんじゃねえぞ』
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