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64.あなただけⅠ
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仕事ができて金もあるけど自分自身にはあまり関心を示さず、欠点無しのルックスに恵まれ化け物並みの体力を誇り、口は悪いものの物腰柔らかな三十代前半社会人男性が欲しいと思う物とは一体何か。
困った。さっぱり思いつかない。ここ数日暇さえあればスマホの画面と睨み合っているのに。
誕生日に片想い中の女の子とくっついたダチに構っている場合じゃなかった。六月十五日は瀬名さんの誕生日。来週だ。なのになんのプランもない。
プレゼントくらいはと思ってはいたがいざとなると何を選べばいいのか。以前ならちょっと高品質なオイルライターという手もあった。しかしスパッと禁煙を成功させた瀬名さんには使い道がもうないだろう。
万年筆は伯父さんにもらったと言う一本が気に入っているようで愛用している。他に毎日使うものと言えば、オーダースーツ。そのチケットはどうだろう。一般的なプレゼントとして悪くないチョイスだと思う。だが俺から瀬名さんにということを踏まえるとガキがイキがってる感が出る。
だったら酒はどうか。いやあの人普段そこまで飲まねえしな。じゃあ財布。現在良さそうなのを使っている。となると名刺入れ。どんなのを使っているかは知らないが多分良さそうなのを持っているだろう。
スマホの画面をスクロールしては一度手を止めてまたスクロール。プレゼントの参考のために商品サイトを巡っているのに見れば見るほど迷宮入りだ。恋人の欲しい物を考えて何も思いつかないとは情けない。
そもそも瀬名さんには物欲があるのかどうかさえ疑わしい。元々のあの人の部屋を思い出せばなおさらだ。ベッドと机くらいしかなかった。
それでもハートの形のホヤカーリーはあれから可愛がって世話してくれている。チョビという名前まで付けた。
ようチョビ。元気かチョビ。おはようチョビ。ただいまチョビ。そんなふうに毎日話しかけている。
俺がこれまで瀬名さんに渡した唯一のまともな贈り物がチョビだ。鉢植えであれだけ喜べるならばなんでも喜んではくれるだろうが、誕生日を適当にはしたくない。
先日の浩太の誕生日の時は大学構内の自販機の中の好きなジュースを一本奢った。ケチって言われた。うるせえと言い返した。あいつへのプレゼントならそんなもんで大丈夫。
遠慮不要の友達だったら悩まずにサックリ済ませられる。瀬名さんへの遠慮も日々消失していくが特別な日となると話は別だ。
どうしよう。違うサイトに移って再び一個目から順々に見ていく。
超絶無難に商品券とか。可愛げもクソもないだろ、お礼の品じゃないんだから。高級ふかふかタオルセット。だからお礼の品じゃないんだって。
ネットで見つかる無料記事なんてどれもこれも似たり寄ったり。同じようなオススメの数々に、本題に行き着くまでの長ったらしく無駄な前書き。たいして役にも立たないようなつまらない文章を見せられているうちにウンザリが積み重なっていく。最新のトレンドはこちらです。ホントかよ。いかがだったでしょうか。うるせえ。
いっそのこともう自分の首にデカいピンクのリボンでも巻いて好きにしてとでも言ってやろうか。
「…………」
さっっっむ。寒い。あり得ない。自殺したいのか。凍え死にそう。頭にぽっと浮かんだ冗談にしたっていくらなんでもキツすぎる。
大学の講義で九十分間集中力を大いに高めて神経を研ぎ澄ませるまでもなく、俺の神経はすでにバリバリ。張り裂ける一歩手前だ。氷点下の妄想に疲弊しながら溜め息交じりにスマホを見下ろす。三十代、男性、プレゼントの三単語で検索をかけたその結果、表示されるのはほとんどお決まり。
スーツ用品。ビジネス用品。スポーツグッズ。リラクゼーショングッズ。ハンカチ。タオル。酒。小物類。当然だ。人間の考えることなんて大体はみんな一緒だ。
「ハルくんさっきから顔が面白いことになってるけど大丈夫?」
ジュース一本でハピバが完了する安上がりな奴がやって来た。いつものように隣に腰を下ろし、イスに深く腰掛けながらスマホの画面をのぞき込んでくる。
「何か買うの? 探し物?」
「いや……」
「欲しいもんでも?」
「欲しいって言うか……プレゼント」
「プレゼント?」
先日のバイト帰りに街のお店を巡ってみたところパニックに陥ったためまずはこうやって下調べしている。下調べすること早数日。得られた成果は見事にゼロだ。
そんな情けない状況まで浩太に白状することはできない。サイト内の次のページに諦めつつも移動すると、こいつは感心したような声を出した。
「ハルでも親孝行はするんだな」
「は?」
「父の日だろ?」
「…………」
父の日。父の日って。
男物の商品紹介ばかりがズラリと並べてあるサイトだ。見ているページがページなだけに浩太が誤解するのも無理はない。
父の日か。そうか。父の日っていつだっけ。母の日なら分かるんだけどな。孝行な息子どころか父の日がいつなのかも良く分かっていない。
そういえば親父にプレゼントなんて生まれてこの方した事がなかった。年上の男性への贈り物に困惑する原因はもしかするとそれかも。まったくと言っていいほど馴染みがない。
「……お隣さんにだよ」
「え?」
「お隣さんの誕生日プレゼント」
「え、またお隣さん?」
「悪いか」
「いや悪かないけどさ……お隣さんと仲良すぎじゃない? 俺にはイチゴ牛乳だったくせに」
「いいよそんな礼なんて言うなよ」
「言わねえよドケチ。なにがイチゴ牛乳だ」
本館の一階の自販機のイチゴ牛乳はありがたがってもらえなかった。こいつが自分で選んだはずなのに。だからコーヒー牛乳にしろと言ったんだ。
実家にいる親父宛てではないと分かっても浩太はスマホを覗いてくる。ダチの誕プレに自販機のジュースを選択するような人間に比べれば、こいつの方がまだもう少しくらいはまともな案を出してくれそうだ。
「お隣さんって、えっと……三十前後って言ってたっけ?」
さすがよく覚えている。
「次で三十三」
「なんだよ普通にオッサンじゃん」
「はっ? ふざけんなあれは普通のオッサンじゃねえよ。社畜気味でちょっと頭おかしいけどすげえイケメンだし」
「なにそれ褒めてんの貶してんの?」
俺は事実を伝えているだけだがこいつにオッサン呼ばわりされるのはなんとなくムカつく。
「何あげる予定?」
「それが分からなくて困ってる」
「んー、じゃあ……ウイスキーグラスは? こういうの」
「家でそんな飲む人じゃないからな……」
オシャレなグラスの画像を指さしながら提案されて首を横に振る。プレゼントとして妥当だろうけど瀬名さんの嗜好とは合致しない。
「酒飲まないし煙草もやめたし仕事で使うようなもんは自分で全部よさそうなの持ってるし……」
「ちゃんとした大人って感じだね」
「ちゃんとした大人なんだよ」
「高収入?」
「たぶん」
「趣味は?」
「筋トレ」
「ゴリマッチョ?」
「とは違う。モデル体型で腹筋バキバキ」
「そのうえイケメンとか超ズルくない?」
「ズルい」
列挙すればするほどそう思う。勝ち組でしかないハイパーいい男に何を贈っても見劣りしそうだ。
「そういや去年お隣さんが差し入れてくれた総菜ウマかったよな」
「お前ら二度とウチに集まんじゃねえぞ。あの時片付けしたのだって結局俺だかんな」
「へへっ」
へへじゃねえ。
「まあでもそんだけしょっちゅう世話んなってりゃさすがのハルくんも誕生日くらいは何かしようって気になるか」
「どういう意味だ」
「ど定番でネクタイとかもいいんじゃない?」
「俺もそれは考えたけど……ネクタイって目立つだろ。位置的に」
「うん。いいじゃん」
「自分のセンスを信用できない」
「うーわ、ネガティブ」
スーツも靴も鞄も上等なのにネクタイだけ変だったら台無しじゃんか。
「あの人いつも上から下まで完璧すぎるほど完璧なんだよ。そこに俺みたいなガキが微妙なネクタイ贈りつけて水差しちまうとかクソすぎる」
「そこまで悲観的になる事ないでしょ」
ネガティブ思考に陥りたくもなる。最初に店舗巡りをした日に俺もネクタイを見に行った。しかしそこで気が付いた。ネクタイの正解が分からない。
色は。柄は。幅は。長さは。ネクタイと言えばコレって感じのブランド店にでも行った方がいいのか。店内をウロウロキョロキョロしていたら行動が不審に見えたのか、店員のお姉さんに何かお探しですかと声をかけられてしまって泣きたくなった。
「どうすっかなぁ……何あげても不正解な気がする」
「お隣さんだとめっちゃ悩むんだね。俺にはイチゴ牛乳だったのに」
「しつけえ」
「つーかなんでほんとそんなお隣さんと仲良しになったの?」
「なんでって言われても……最初はなんか、お菓子くれて」
「はぁ?」
「色々くれるんだよ」
「……腕時計とか?」
「そう」
去年もらったこの腕時計はあれからいつもつけている。俺の手首を見下ろしながら浩太は不思議そうに首をかしげた。
「そこまでの経緯が全っ然見えてこないんだよな。それは恩返しか何かなわけ? お隣さんの命でも助けた?」
「なんも助けてない。引っ越しの挨拶しに行った次の日からお菓子持ってくるようになった」
「……やっぱ意味分かんねえわ」
俺も自分で言っていて意味が分からない。
「もしかしてその人ヤバい人なんじゃねえの?」
「なんでそうなるよ」
「理由もなく物くれる男は絶対良くないこと企んでるって」
「考えすぎだ」
「だってハルの話聞いてると所々危なっかしい感じするもん。警戒心なさすぎんだろ。知らない人にお菓子もらってもついてっちゃダメって教わらなかった?」
園児時代に教わったと思う。小学校入学後の黄色い帽子時代にも言われた。
知らない人からお菓子をもらってはいけません。知らない人について行ってはいけません。なぜか。大変な目に遭うかもしれないからだ。お母さんと先生の言うことは正しい。
「世の中には悪い人だって沢山いるんだからもっと危機感持って生活しないと。やたら物くれる大人の男なんてどう考えても怪しいじゃん」
「怪しくないって。真面目なサラリーマンだよ」
「そうやって油断してる隙にうっかり掘られたなんて事になって泣きついてきても知らねえぞ」
「……バカじゃねえの」
勘のいい奴はこれだから嫌だ。こいつと喋っていると墓穴を掘りかねない。
いい案の一つも浮かばないうちに教授が講義室に入ってきた。誕生日プレゼントを選ぶだけでここまで苦労することになるとは。
***
「浩太が瀬名さんのことヤバい人だって」
「あ?」
「俺のお隣さんはお菓子とか色々くれる人だって話してたら、うっかり掘られても知らねえぞって言われちゃいました」
「手遅れだったな」
隣で軽く上体だけを起こしたこの人にキスされる。確かめるようにちゅっと一度触れ、再び重なった時はもう少し長い。
まっぱでベッドに横たわる事にも慣れてきた。この人の裸もまあまあ見慣れた。平気で直視するにはあと三年か、五年か十年くらいはかかりそう。
うっかり好きになってうっかり付き合い始めてうっかり誘っちゃってうっかりこうなった。我ながらうっかりの程度が酷い。お菓子をもらってついて行ってしまった。
賢い人間に生まれないことにも時にはメリットがあるようだ。唇を唇で撫でてからゆっくり離れていったこの人の顔を、近い距離から静かに見上げた。
「……最近忙しい?」
「どうして」
「ちょっと疲れてません?」
「物足りなかったか」
「そうじゃなくて」
「足すか?」
「結構です」
これ以上は俺が死んじゃう。
いつもより若干疲れが見えるその顔に手を伸ばした。右手でひたりと頬に触れると、上からこの人の大きな手のひらにやんわりと包み込まれた。すりっと頬をこすらせ、手首の辺りにされたキス。小さな口付けを黙って見ていたら唇にも同じようにされた。
オレンジのライトは暗すぎず明るすぎず。近くにいれば、顔は良く見える。
「…………せなさん」
「うん?」
「……つかれてる?」
「疲れてない」
さっきと同じことを聞いたら優しめの断定で返ってきた。顔を見る限りここのところ仕事が忙しいのだろうと推測できるが、本人は疲れていないと言う。
「じゃあ、やっぱちょっと……足してほしいかもしれません」
聞こえるか聞こえないかくらいで言った。はじめキョトンとした瀬名さんは、すぐに薄い笑みを浮かべた。悪い大人の顔だった。
三秒もかからず本格的に乗っかってきた男の顔を見上げる。疲れていないのは本当だったかも。
知らない人にお菓子をもらってついて行っちゃうとこういう事になる。
困った。さっぱり思いつかない。ここ数日暇さえあればスマホの画面と睨み合っているのに。
誕生日に片想い中の女の子とくっついたダチに構っている場合じゃなかった。六月十五日は瀬名さんの誕生日。来週だ。なのになんのプランもない。
プレゼントくらいはと思ってはいたがいざとなると何を選べばいいのか。以前ならちょっと高品質なオイルライターという手もあった。しかしスパッと禁煙を成功させた瀬名さんには使い道がもうないだろう。
万年筆は伯父さんにもらったと言う一本が気に入っているようで愛用している。他に毎日使うものと言えば、オーダースーツ。そのチケットはどうだろう。一般的なプレゼントとして悪くないチョイスだと思う。だが俺から瀬名さんにということを踏まえるとガキがイキがってる感が出る。
だったら酒はどうか。いやあの人普段そこまで飲まねえしな。じゃあ財布。現在良さそうなのを使っている。となると名刺入れ。どんなのを使っているかは知らないが多分良さそうなのを持っているだろう。
スマホの画面をスクロールしては一度手を止めてまたスクロール。プレゼントの参考のために商品サイトを巡っているのに見れば見るほど迷宮入りだ。恋人の欲しい物を考えて何も思いつかないとは情けない。
そもそも瀬名さんには物欲があるのかどうかさえ疑わしい。元々のあの人の部屋を思い出せばなおさらだ。ベッドと机くらいしかなかった。
それでもハートの形のホヤカーリーはあれから可愛がって世話してくれている。チョビという名前まで付けた。
ようチョビ。元気かチョビ。おはようチョビ。ただいまチョビ。そんなふうに毎日話しかけている。
俺がこれまで瀬名さんに渡した唯一のまともな贈り物がチョビだ。鉢植えであれだけ喜べるならばなんでも喜んではくれるだろうが、誕生日を適当にはしたくない。
先日の浩太の誕生日の時は大学構内の自販機の中の好きなジュースを一本奢った。ケチって言われた。うるせえと言い返した。あいつへのプレゼントならそんなもんで大丈夫。
遠慮不要の友達だったら悩まずにサックリ済ませられる。瀬名さんへの遠慮も日々消失していくが特別な日となると話は別だ。
どうしよう。違うサイトに移って再び一個目から順々に見ていく。
超絶無難に商品券とか。可愛げもクソもないだろ、お礼の品じゃないんだから。高級ふかふかタオルセット。だからお礼の品じゃないんだって。
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「…………」
さっっっむ。寒い。あり得ない。自殺したいのか。凍え死にそう。頭にぽっと浮かんだ冗談にしたっていくらなんでもキツすぎる。
大学の講義で九十分間集中力を大いに高めて神経を研ぎ澄ませるまでもなく、俺の神経はすでにバリバリ。張り裂ける一歩手前だ。氷点下の妄想に疲弊しながら溜め息交じりにスマホを見下ろす。三十代、男性、プレゼントの三単語で検索をかけたその結果、表示されるのはほとんどお決まり。
スーツ用品。ビジネス用品。スポーツグッズ。リラクゼーショングッズ。ハンカチ。タオル。酒。小物類。当然だ。人間の考えることなんて大体はみんな一緒だ。
「ハルくんさっきから顔が面白いことになってるけど大丈夫?」
ジュース一本でハピバが完了する安上がりな奴がやって来た。いつものように隣に腰を下ろし、イスに深く腰掛けながらスマホの画面をのぞき込んでくる。
「何か買うの? 探し物?」
「いや……」
「欲しいもんでも?」
「欲しいって言うか……プレゼント」
「プレゼント?」
先日のバイト帰りに街のお店を巡ってみたところパニックに陥ったためまずはこうやって下調べしている。下調べすること早数日。得られた成果は見事にゼロだ。
そんな情けない状況まで浩太に白状することはできない。サイト内の次のページに諦めつつも移動すると、こいつは感心したような声を出した。
「ハルでも親孝行はするんだな」
「は?」
「父の日だろ?」
「…………」
父の日。父の日って。
男物の商品紹介ばかりがズラリと並べてあるサイトだ。見ているページがページなだけに浩太が誤解するのも無理はない。
父の日か。そうか。父の日っていつだっけ。母の日なら分かるんだけどな。孝行な息子どころか父の日がいつなのかも良く分かっていない。
そういえば親父にプレゼントなんて生まれてこの方した事がなかった。年上の男性への贈り物に困惑する原因はもしかするとそれかも。まったくと言っていいほど馴染みがない。
「……お隣さんにだよ」
「え?」
「お隣さんの誕生日プレゼント」
「え、またお隣さん?」
「悪いか」
「いや悪かないけどさ……お隣さんと仲良すぎじゃない? 俺にはイチゴ牛乳だったくせに」
「いいよそんな礼なんて言うなよ」
「言わねえよドケチ。なにがイチゴ牛乳だ」
本館の一階の自販機のイチゴ牛乳はありがたがってもらえなかった。こいつが自分で選んだはずなのに。だからコーヒー牛乳にしろと言ったんだ。
実家にいる親父宛てではないと分かっても浩太はスマホを覗いてくる。ダチの誕プレに自販機のジュースを選択するような人間に比べれば、こいつの方がまだもう少しくらいはまともな案を出してくれそうだ。
「お隣さんって、えっと……三十前後って言ってたっけ?」
さすがよく覚えている。
「次で三十三」
「なんだよ普通にオッサンじゃん」
「はっ? ふざけんなあれは普通のオッサンじゃねえよ。社畜気味でちょっと頭おかしいけどすげえイケメンだし」
「なにそれ褒めてんの貶してんの?」
俺は事実を伝えているだけだがこいつにオッサン呼ばわりされるのはなんとなくムカつく。
「何あげる予定?」
「それが分からなくて困ってる」
「んー、じゃあ……ウイスキーグラスは? こういうの」
「家でそんな飲む人じゃないからな……」
オシャレなグラスの画像を指さしながら提案されて首を横に振る。プレゼントとして妥当だろうけど瀬名さんの嗜好とは合致しない。
「酒飲まないし煙草もやめたし仕事で使うようなもんは自分で全部よさそうなの持ってるし……」
「ちゃんとした大人って感じだね」
「ちゃんとした大人なんだよ」
「高収入?」
「たぶん」
「趣味は?」
「筋トレ」
「ゴリマッチョ?」
「とは違う。モデル体型で腹筋バキバキ」
「そのうえイケメンとか超ズルくない?」
「ズルい」
列挙すればするほどそう思う。勝ち組でしかないハイパーいい男に何を贈っても見劣りしそうだ。
「そういや去年お隣さんが差し入れてくれた総菜ウマかったよな」
「お前ら二度とウチに集まんじゃねえぞ。あの時片付けしたのだって結局俺だかんな」
「へへっ」
へへじゃねえ。
「まあでもそんだけしょっちゅう世話んなってりゃさすがのハルくんも誕生日くらいは何かしようって気になるか」
「どういう意味だ」
「ど定番でネクタイとかもいいんじゃない?」
「俺もそれは考えたけど……ネクタイって目立つだろ。位置的に」
「うん。いいじゃん」
「自分のセンスを信用できない」
「うーわ、ネガティブ」
スーツも靴も鞄も上等なのにネクタイだけ変だったら台無しじゃんか。
「あの人いつも上から下まで完璧すぎるほど完璧なんだよ。そこに俺みたいなガキが微妙なネクタイ贈りつけて水差しちまうとかクソすぎる」
「そこまで悲観的になる事ないでしょ」
ネガティブ思考に陥りたくもなる。最初に店舗巡りをした日に俺もネクタイを見に行った。しかしそこで気が付いた。ネクタイの正解が分からない。
色は。柄は。幅は。長さは。ネクタイと言えばコレって感じのブランド店にでも行った方がいいのか。店内をウロウロキョロキョロしていたら行動が不審に見えたのか、店員のお姉さんに何かお探しですかと声をかけられてしまって泣きたくなった。
「どうすっかなぁ……何あげても不正解な気がする」
「お隣さんだとめっちゃ悩むんだね。俺にはイチゴ牛乳だったのに」
「しつけえ」
「つーかなんでほんとそんなお隣さんと仲良しになったの?」
「なんでって言われても……最初はなんか、お菓子くれて」
「はぁ?」
「色々くれるんだよ」
「……腕時計とか?」
「そう」
去年もらったこの腕時計はあれからいつもつけている。俺の手首を見下ろしながら浩太は不思議そうに首をかしげた。
「そこまでの経緯が全っ然見えてこないんだよな。それは恩返しか何かなわけ? お隣さんの命でも助けた?」
「なんも助けてない。引っ越しの挨拶しに行った次の日からお菓子持ってくるようになった」
「……やっぱ意味分かんねえわ」
俺も自分で言っていて意味が分からない。
「もしかしてその人ヤバい人なんじゃねえの?」
「なんでそうなるよ」
「理由もなく物くれる男は絶対良くないこと企んでるって」
「考えすぎだ」
「だってハルの話聞いてると所々危なっかしい感じするもん。警戒心なさすぎんだろ。知らない人にお菓子もらってもついてっちゃダメって教わらなかった?」
園児時代に教わったと思う。小学校入学後の黄色い帽子時代にも言われた。
知らない人からお菓子をもらってはいけません。知らない人について行ってはいけません。なぜか。大変な目に遭うかもしれないからだ。お母さんと先生の言うことは正しい。
「世の中には悪い人だって沢山いるんだからもっと危機感持って生活しないと。やたら物くれる大人の男なんてどう考えても怪しいじゃん」
「怪しくないって。真面目なサラリーマンだよ」
「そうやって油断してる隙にうっかり掘られたなんて事になって泣きついてきても知らねえぞ」
「……バカじゃねえの」
勘のいい奴はこれだから嫌だ。こいつと喋っていると墓穴を掘りかねない。
いい案の一つも浮かばないうちに教授が講義室に入ってきた。誕生日プレゼントを選ぶだけでここまで苦労することになるとは。
***
「浩太が瀬名さんのことヤバい人だって」
「あ?」
「俺のお隣さんはお菓子とか色々くれる人だって話してたら、うっかり掘られても知らねえぞって言われちゃいました」
「手遅れだったな」
隣で軽く上体だけを起こしたこの人にキスされる。確かめるようにちゅっと一度触れ、再び重なった時はもう少し長い。
まっぱでベッドに横たわる事にも慣れてきた。この人の裸もまあまあ見慣れた。平気で直視するにはあと三年か、五年か十年くらいはかかりそう。
うっかり好きになってうっかり付き合い始めてうっかり誘っちゃってうっかりこうなった。我ながらうっかりの程度が酷い。お菓子をもらってついて行ってしまった。
賢い人間に生まれないことにも時にはメリットがあるようだ。唇を唇で撫でてからゆっくり離れていったこの人の顔を、近い距離から静かに見上げた。
「……最近忙しい?」
「どうして」
「ちょっと疲れてません?」
「物足りなかったか」
「そうじゃなくて」
「足すか?」
「結構です」
これ以上は俺が死んじゃう。
いつもより若干疲れが見えるその顔に手を伸ばした。右手でひたりと頬に触れると、上からこの人の大きな手のひらにやんわりと包み込まれた。すりっと頬をこすらせ、手首の辺りにされたキス。小さな口付けを黙って見ていたら唇にも同じようにされた。
オレンジのライトは暗すぎず明るすぎず。近くにいれば、顔は良く見える。
「…………せなさん」
「うん?」
「……つかれてる?」
「疲れてない」
さっきと同じことを聞いたら優しめの断定で返ってきた。顔を見る限りここのところ仕事が忙しいのだろうと推測できるが、本人は疲れていないと言う。
「じゃあ、やっぱちょっと……足してほしいかもしれません」
聞こえるか聞こえないかくらいで言った。はじめキョトンとした瀬名さんは、すぐに薄い笑みを浮かべた。悪い大人の顔だった。
三秒もかからず本格的に乗っかってきた男の顔を見上げる。疲れていないのは本当だったかも。
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