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63.ラブコメみたいなⅣ
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「一人じゃ寂しいしハムスターと一緒に暮らそうかなって思ってるんだけどさ」
「へえ」
「ゴールデンハムスターとジャンガリアンハムスターとロボロフスキーハムスターならどの子が一番いいと思う?」
オリエンテーションと健康診断に参加した四月一日のことだった。指定されていた時間よりも少し早めに到着したから、図書館が入っている建物の目の前の古びたベンチに腰を下ろした。会場となる東棟はこのベンチから目と鼻の先。まっすぐ建物の方に向かって行く学生の姿もちらほら見て取れる。
浩太は真っ直ぐ東棟に入った学生のうちの一人ではなかった。ベンチの前を通り過ぎようとしていて、そこでふと俺が顔を上げ、それでお互いにパチリと目が合い、一瞬の間。本当に一瞬だった。「オリエンテーションですか?」と気軽に聞かれて「そうです」と簡潔に答えたら、見知らぬそいつは隣に腰を下ろしてそのまま会話が始まっていた。
自己紹介の時点で浩太は明るくてフレンドリーだった。学部が同じだと分かるとさらに人懐っこそうな笑顔を見せられ、なぜなのかハムスターに関する相談をされたのはそのすぐあと。ハムスターの飼育経験がない俺は素直に分からないとひとまず答えた。
「ロボロフスキーハムスターって飼ってる人あんまりいなくない?」
「そうなんだよ。俺も動画サイトでしか見た事ない」
「飼うの初めてならゴールデンかジャンガリアンが無難なんじゃないの? あとは好みの問題で。ゴールデンハムスターの方がちょっと大きいんだっけ?」
「そうそう。一回りくらいね」
「とりあえずペットショップ行って実際に見てみれば?」
ハムスターのサイズ感にさえ自信のない人間に聞かれてもまともなアドバイスは出てこない。
「げっ歯類育てた事ないから俺じゃ詳しいこと分かんないよ」
「げっ歯類じゃない生き物ならある?」
「うん。実家にいる」
「犬? 猫?」
「アヒル」
「アヒルっ?」
驚いたような声を聞き、次に言われる事も予想がついた。
家にアヒルがいると言うとみんな大抵なんでって聞いてくる。高校で知り合ったダチにも言われたしバイト先でも散々言われた。なんでアヒルって。なんでも何もない。いちゃ悪いか。居るものは居る。俺の家族だ。親友だ。
食用かと真っ先に聞いてきたのは今のところあの野郎だけだが、この時の俺は浩太もどうせなんでと言うのだろうと思っていた。
でも違った。うんざりするほどお決まりになった聞き返しはされなかった。キラキラと目を大きくさせた浩太が、俺に言ったのはこんなこと。
「いいなめっちゃ楽しそうッ!」
迷いのない第一声。嘘でもお世辞でもない表情だった。想定外の反応だったため驚かされたのは俺の方で、ついついなんの言葉も出ない。ガーくんの存在を当然のように肯定した奴は初めてだった。
それが浩太と知り合った日のことだ。その日からしょっちゅう喋るようになった。やかましいうえに所々クズだがなんだかんだ友達でいるのは、ガーくんを真っ先に受け入れてくれたあの一言が大きかったかもしれない。
「……納得いかない」
「はい?」
「浩太をうちに連れてこい。もしくは話し合いの場をセッティングしろ」
「は?」
「俺の方がガーくんを想ってる。ガーくんがどんなに可愛いか語れる。遥希の家族を全肯定する気持ちの強さはこっちのが上だと分からせてやらなきゃならねえ」
「何と張り合おうとしてるんですか」
食用発言した奴がどの口で。
浩太に謎の闘志を燃やす瀬名さんを適当に宥め、課題のレポートをカタカタ打ちながら時々資料に目を落とす。レポートの提出期限はまだまだ先だが、瀬名さんが帰ってくるまで時間があったからやっていたら途中で帰宅してきた。俺が課題中だと分かると、ネクタイだけ適当に外して隣に座り込んだこの人。
論理展開や根拠の示し方がおかしな事になっていると時々さり気なく指摘してくれる。その指摘は的確で分かりやすい。こういうときに瀬名さんみたいな人が隣にいてくれるととても便利だ。欲を言うなら余計な話題は変に気が散ってイライラするのでこのタイミングでは振らないでほしい。
浩太とミキちゃんは無事くっつきましたよ。最初に報告したのは俺だった。助言を受けた箇所を再構成してキーボードを叩く指を休ませた時、なんの気なしにチラッと呟いてしまったのがいけなかった。
そこからはどういうわけか浩太との昔話になってあれこれ聞かれるまま話しつつ、レポート作成を再開させながらも瀬名さんの求めに応じ続けていたら、最終的にガーくんを巡って決着をつけようとされた。意味が分からない。なんでそんな話に。ついでに言うなら浩太は特にガーくんのファンなどではない。
五割弱くらい完成に近づいたレポートはクリックしていったん保存。手元でノートパソコンをパタンと閉じると、瀬名さんが呆れたように言った。
「もう休憩か。根性ねえな」
「あんたが横で邪魔するからだよ」
黙ってりゃいい男であり余計な話を一切しなけりゃ頼りになる男でもあるが、黙ってないどころか余計な話ばかりするから結局は邪魔な野郎に成り下がる。レポートは諦めてご飯にしよう。夕食の準備はもう済んでいる。
あぐらをかいていた足を前に伸ばし、ついでに両腕も頭の上に。くくっと伸びれば胸元はガラ空き。この男は何を思ったかそこへ急に飛び込んできた。
ばふッと抱きつかれ、背後のベッドに凭れるようにして押し付けられている。続けて足の上にノシッと乗られた。重い。デカいから威圧感もある。
「……何してんすか」
「あくびしてる猫の口に指突っ込みたくなる事あるだろ」
「は?」
「今そんな感じだった」
「…………いや、わかんない」
ちょっと考えてみたけど分かんなかった。共感度はゼロパーセントだ。いや違うな、マイナスだ。
「ごはん食いましょうよ。できてるから」
「知ってる」
「……おなか減った」
「少しは俺にも充電させろよ」
「充電したいならメシ食いましょうって」
こんな無駄なことをしている間に夕食にした方が効率は良さそうだが瀬名さんはゴロゴロ懐いてくる。この人の方がよっぽど猫っぽい。
顎とか首元には柔らかい感触。スリッと唇をこすらせてくる。ネクタイを外したらだらしなくなる男の背中に両手を回したら、余計にグイグイ懐かれる事になった。
「そういや結局花は買いに来たのか」
「うん?」
「ミキちゃん」
「あ、はい。赤いバラを三本」
「三本?……ああ。そういうことか」
「分かる?」
「分かる」
前に一人だけ同じことをしていた男性客を見たことがある。バラには贈る本数によってそれぞれの意味があることを、店長が教えてくれたのはその客が帰った後だった。
バラの数に気持ちを込めてお買い上げしてくれるお客さんとの出会いはその時以降一度もなかった。それをまさかミキちゃんがやるとは。
「その辺の野郎よりも中身は男前だったみたいです」
「……三本のバラを贈ることくらい俺にだってできる。なんなら百八本買ってくる」
「だから張り合おうとしなくていいって」
女子大学生と男前度を競ったところでなんになる。男前を装いたいならせめて人の膝の上からおりろよ。
俺は瀬名さんといつの間にかこんな事になっちゃったけれど、彼氏彼女になりたてホヤホヤのあの二人はまだぎこちないだろうか。そうでもないか。すでにバカップルの兆候が表れていた。
浩太の誕生日翌日だった昨日。二人はそろって報告してきた。気色悪くモジモジテレテレしながらだらしない顔を隠しもしない浩太と、同じように頬をピンクにさせつつも嬉しそうに笑うミキちゃんはやたらとその距離感が近づき幸せオーラが溢れていた。あまりにもハートが飛び交っていたためさすがにげんなりさせられた。
関係性の名前が変わってもあの二人は変わらない。当然だろとまで言う気はないが、周りのダチと、特に小宮山と岡崎は自分の目を疑っている様子だった。賭けておけばよかった。五千円くらい。
「だがまあとにかくこれで危険因子が一つ減った」
「ミキちゃんのこといつまで根に持つ気ですか」
せっかくの筋肉を使いもしないで人に体重をかけっぱなしの大人をしっかりと受け止めながら、バカップル二人からありがとうなんて言われてしまった事を思い出す。
俺は赤いバラを三本売っただけだ。あのバラがなかったとしても二人ならいずれそうなった気もする。俺に告ってきた時のミキちゃんと、浩太のことで悩んでいるミキちゃんは、顔つきが全く違って見えた。最初からそれがミキちゃんの答えだ。
「ていうかずっと謎でしかないんですけど、そもそもミキちゃんはなんで俺に告ってきたんだろう」
気の迷いにしては迷走が激しい。俺のすぐ横には浩太がいたのに。
こうなってみると俺の役目はほとんど当て馬に近かった。ミキちゃんにそのつもりはなかっただろうが。浩太にとってもそんなまさかだろうが。
女の子の思考回路は分からない。あれが女子のごく一般であるならすげえ迷惑な話だな。そう結論付ける直前、人の首元に気ままな猫っぽくスリスリ懐いていた瀬名さんがふいっと微かに視線を上げた。
「お前は浩太と大学でしょっちゅうつるんでるんだろ」
「え? ああ、うん。そうですね。被ってる講義も多いんで」
「人間ってやつは目に入る機会が多い対象ほど好感を持ちやすくなるらしい」
「……なるほど」
俺の横に浩太がいたんじゃない。浩太の横に俺がいたのか。
「じゃあ俺はやっぱただの引き立て役だったんですね」
「なに残念がってんだ」
「別に残念がってはいないですけど」
「今のは残念そうな言い方だった」
「そういうのを言い掛かりって言うんです」
子供じみた不機嫌なツラを見せてからパフっと再び顔を埋めてきた。のしっと全体重をかけられ、肩にはグリグリ顔がのめり込む。痛くはないけど暑苦しい男の後ろ頭をポンポンと撫でた。
「難クセばっかつけないでくださいよ」
「つけてねえ」
「いちいち拗ねるのもそろそろ禁止しますからね」
「拗ねてねえ」
子供っぽいんだから全くもう。図体はデカいくせに情けない。
膝の上は重く、胸元から腹にかけても重くて、肩の上もやっぱり重い。お隣さんという間仕切り越しの無難な関係の名前を捨てて瀬名さんの気持ちに向き合わなければ、この重みも体温でさえも知ることはきっとできなかった。
現状維持を求めたくなるのはたぶん人間の習性で、変化は時々ものすごく怖いが変えることで得られるものもある。今のこれは俺が手に入れたものだ。だいたいはこの人の思うつぼと言うか、まんまと嵌められたようにも思うが。人を操るのが上手なおじさんは可愛い子ぶって上目づかいしてくる。
「なあ遥希」
「今度はなんです」
「百八本の赤いバラと九十九本の赤いバラならどっちがいい」
「どっちもいらない」
体も中身も瀬名さんは重たい。
「へえ」
「ゴールデンハムスターとジャンガリアンハムスターとロボロフスキーハムスターならどの子が一番いいと思う?」
オリエンテーションと健康診断に参加した四月一日のことだった。指定されていた時間よりも少し早めに到着したから、図書館が入っている建物の目の前の古びたベンチに腰を下ろした。会場となる東棟はこのベンチから目と鼻の先。まっすぐ建物の方に向かって行く学生の姿もちらほら見て取れる。
浩太は真っ直ぐ東棟に入った学生のうちの一人ではなかった。ベンチの前を通り過ぎようとしていて、そこでふと俺が顔を上げ、それでお互いにパチリと目が合い、一瞬の間。本当に一瞬だった。「オリエンテーションですか?」と気軽に聞かれて「そうです」と簡潔に答えたら、見知らぬそいつは隣に腰を下ろしてそのまま会話が始まっていた。
自己紹介の時点で浩太は明るくてフレンドリーだった。学部が同じだと分かるとさらに人懐っこそうな笑顔を見せられ、なぜなのかハムスターに関する相談をされたのはそのすぐあと。ハムスターの飼育経験がない俺は素直に分からないとひとまず答えた。
「ロボロフスキーハムスターって飼ってる人あんまりいなくない?」
「そうなんだよ。俺も動画サイトでしか見た事ない」
「飼うの初めてならゴールデンかジャンガリアンが無難なんじゃないの? あとは好みの問題で。ゴールデンハムスターの方がちょっと大きいんだっけ?」
「そうそう。一回りくらいね」
「とりあえずペットショップ行って実際に見てみれば?」
ハムスターのサイズ感にさえ自信のない人間に聞かれてもまともなアドバイスは出てこない。
「げっ歯類育てた事ないから俺じゃ詳しいこと分かんないよ」
「げっ歯類じゃない生き物ならある?」
「うん。実家にいる」
「犬? 猫?」
「アヒル」
「アヒルっ?」
驚いたような声を聞き、次に言われる事も予想がついた。
家にアヒルがいると言うとみんな大抵なんでって聞いてくる。高校で知り合ったダチにも言われたしバイト先でも散々言われた。なんでアヒルって。なんでも何もない。いちゃ悪いか。居るものは居る。俺の家族だ。親友だ。
食用かと真っ先に聞いてきたのは今のところあの野郎だけだが、この時の俺は浩太もどうせなんでと言うのだろうと思っていた。
でも違った。うんざりするほどお決まりになった聞き返しはされなかった。キラキラと目を大きくさせた浩太が、俺に言ったのはこんなこと。
「いいなめっちゃ楽しそうッ!」
迷いのない第一声。嘘でもお世辞でもない表情だった。想定外の反応だったため驚かされたのは俺の方で、ついついなんの言葉も出ない。ガーくんの存在を当然のように肯定した奴は初めてだった。
それが浩太と知り合った日のことだ。その日からしょっちゅう喋るようになった。やかましいうえに所々クズだがなんだかんだ友達でいるのは、ガーくんを真っ先に受け入れてくれたあの一言が大きかったかもしれない。
「……納得いかない」
「はい?」
「浩太をうちに連れてこい。もしくは話し合いの場をセッティングしろ」
「は?」
「俺の方がガーくんを想ってる。ガーくんがどんなに可愛いか語れる。遥希の家族を全肯定する気持ちの強さはこっちのが上だと分からせてやらなきゃならねえ」
「何と張り合おうとしてるんですか」
食用発言した奴がどの口で。
浩太に謎の闘志を燃やす瀬名さんを適当に宥め、課題のレポートをカタカタ打ちながら時々資料に目を落とす。レポートの提出期限はまだまだ先だが、瀬名さんが帰ってくるまで時間があったからやっていたら途中で帰宅してきた。俺が課題中だと分かると、ネクタイだけ適当に外して隣に座り込んだこの人。
論理展開や根拠の示し方がおかしな事になっていると時々さり気なく指摘してくれる。その指摘は的確で分かりやすい。こういうときに瀬名さんみたいな人が隣にいてくれるととても便利だ。欲を言うなら余計な話題は変に気が散ってイライラするのでこのタイミングでは振らないでほしい。
浩太とミキちゃんは無事くっつきましたよ。最初に報告したのは俺だった。助言を受けた箇所を再構成してキーボードを叩く指を休ませた時、なんの気なしにチラッと呟いてしまったのがいけなかった。
そこからはどういうわけか浩太との昔話になってあれこれ聞かれるまま話しつつ、レポート作成を再開させながらも瀬名さんの求めに応じ続けていたら、最終的にガーくんを巡って決着をつけようとされた。意味が分からない。なんでそんな話に。ついでに言うなら浩太は特にガーくんのファンなどではない。
五割弱くらい完成に近づいたレポートはクリックしていったん保存。手元でノートパソコンをパタンと閉じると、瀬名さんが呆れたように言った。
「もう休憩か。根性ねえな」
「あんたが横で邪魔するからだよ」
黙ってりゃいい男であり余計な話を一切しなけりゃ頼りになる男でもあるが、黙ってないどころか余計な話ばかりするから結局は邪魔な野郎に成り下がる。レポートは諦めてご飯にしよう。夕食の準備はもう済んでいる。
あぐらをかいていた足を前に伸ばし、ついでに両腕も頭の上に。くくっと伸びれば胸元はガラ空き。この男は何を思ったかそこへ急に飛び込んできた。
ばふッと抱きつかれ、背後のベッドに凭れるようにして押し付けられている。続けて足の上にノシッと乗られた。重い。デカいから威圧感もある。
「……何してんすか」
「あくびしてる猫の口に指突っ込みたくなる事あるだろ」
「は?」
「今そんな感じだった」
「…………いや、わかんない」
ちょっと考えてみたけど分かんなかった。共感度はゼロパーセントだ。いや違うな、マイナスだ。
「ごはん食いましょうよ。できてるから」
「知ってる」
「……おなか減った」
「少しは俺にも充電させろよ」
「充電したいならメシ食いましょうって」
こんな無駄なことをしている間に夕食にした方が効率は良さそうだが瀬名さんはゴロゴロ懐いてくる。この人の方がよっぽど猫っぽい。
顎とか首元には柔らかい感触。スリッと唇をこすらせてくる。ネクタイを外したらだらしなくなる男の背中に両手を回したら、余計にグイグイ懐かれる事になった。
「そういや結局花は買いに来たのか」
「うん?」
「ミキちゃん」
「あ、はい。赤いバラを三本」
「三本?……ああ。そういうことか」
「分かる?」
「分かる」
前に一人だけ同じことをしていた男性客を見たことがある。バラには贈る本数によってそれぞれの意味があることを、店長が教えてくれたのはその客が帰った後だった。
バラの数に気持ちを込めてお買い上げしてくれるお客さんとの出会いはその時以降一度もなかった。それをまさかミキちゃんがやるとは。
「その辺の野郎よりも中身は男前だったみたいです」
「……三本のバラを贈ることくらい俺にだってできる。なんなら百八本買ってくる」
「だから張り合おうとしなくていいって」
女子大学生と男前度を競ったところでなんになる。男前を装いたいならせめて人の膝の上からおりろよ。
俺は瀬名さんといつの間にかこんな事になっちゃったけれど、彼氏彼女になりたてホヤホヤのあの二人はまだぎこちないだろうか。そうでもないか。すでにバカップルの兆候が表れていた。
浩太の誕生日翌日だった昨日。二人はそろって報告してきた。気色悪くモジモジテレテレしながらだらしない顔を隠しもしない浩太と、同じように頬をピンクにさせつつも嬉しそうに笑うミキちゃんはやたらとその距離感が近づき幸せオーラが溢れていた。あまりにもハートが飛び交っていたためさすがにげんなりさせられた。
関係性の名前が変わってもあの二人は変わらない。当然だろとまで言う気はないが、周りのダチと、特に小宮山と岡崎は自分の目を疑っている様子だった。賭けておけばよかった。五千円くらい。
「だがまあとにかくこれで危険因子が一つ減った」
「ミキちゃんのこといつまで根に持つ気ですか」
せっかくの筋肉を使いもしないで人に体重をかけっぱなしの大人をしっかりと受け止めながら、バカップル二人からありがとうなんて言われてしまった事を思い出す。
俺は赤いバラを三本売っただけだ。あのバラがなかったとしても二人ならいずれそうなった気もする。俺に告ってきた時のミキちゃんと、浩太のことで悩んでいるミキちゃんは、顔つきが全く違って見えた。最初からそれがミキちゃんの答えだ。
「ていうかずっと謎でしかないんですけど、そもそもミキちゃんはなんで俺に告ってきたんだろう」
気の迷いにしては迷走が激しい。俺のすぐ横には浩太がいたのに。
こうなってみると俺の役目はほとんど当て馬に近かった。ミキちゃんにそのつもりはなかっただろうが。浩太にとってもそんなまさかだろうが。
女の子の思考回路は分からない。あれが女子のごく一般であるならすげえ迷惑な話だな。そう結論付ける直前、人の首元に気ままな猫っぽくスリスリ懐いていた瀬名さんがふいっと微かに視線を上げた。
「お前は浩太と大学でしょっちゅうつるんでるんだろ」
「え? ああ、うん。そうですね。被ってる講義も多いんで」
「人間ってやつは目に入る機会が多い対象ほど好感を持ちやすくなるらしい」
「……なるほど」
俺の横に浩太がいたんじゃない。浩太の横に俺がいたのか。
「じゃあ俺はやっぱただの引き立て役だったんですね」
「なに残念がってんだ」
「別に残念がってはいないですけど」
「今のは残念そうな言い方だった」
「そういうのを言い掛かりって言うんです」
子供じみた不機嫌なツラを見せてからパフっと再び顔を埋めてきた。のしっと全体重をかけられ、肩にはグリグリ顔がのめり込む。痛くはないけど暑苦しい男の後ろ頭をポンポンと撫でた。
「難クセばっかつけないでくださいよ」
「つけてねえ」
「いちいち拗ねるのもそろそろ禁止しますからね」
「拗ねてねえ」
子供っぽいんだから全くもう。図体はデカいくせに情けない。
膝の上は重く、胸元から腹にかけても重くて、肩の上もやっぱり重い。お隣さんという間仕切り越しの無難な関係の名前を捨てて瀬名さんの気持ちに向き合わなければ、この重みも体温でさえも知ることはきっとできなかった。
現状維持を求めたくなるのはたぶん人間の習性で、変化は時々ものすごく怖いが変えることで得られるものもある。今のこれは俺が手に入れたものだ。だいたいはこの人の思うつぼと言うか、まんまと嵌められたようにも思うが。人を操るのが上手なおじさんは可愛い子ぶって上目づかいしてくる。
「なあ遥希」
「今度はなんです」
「百八本の赤いバラと九十九本の赤いバラならどっちがいい」
「どっちもいらない」
体も中身も瀬名さんは重たい。
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