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タケノコドンⅡ 〜タケノコドンVSスペースコーン〜
新たなる願い
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時は少し遡り、上條一尉が招集令を受け取っていた頃――井戸端町では、この戦いの趨勢を左右する出来事のキッカケが起ころうとしていた。
宇宙コーンの北海道襲撃より日本全国に緊急事態宣言及び戒厳令が発令。初夏に入り、来年には高校受験を控えるカエル園の少年少女達も学校が休校になったとはいえ遊ぶ事なぞ許されず、自宅でより一層の勉学に励む事を余儀無くされていた。夕食を済ませた夜8時を回った頃、二階の男子部屋ではシンが黙々とノートにペンを走らせている横で、ダイは窓辺から3年前崩れた裏山を神妙な顔付きで眺めていた。
「……ダイちゃんダイちゃん、勉強しないの?」
「……おぉ」
「何考えてんの?」
「……別にぃ」
「別にじゃないよ。何かよからぬ事考えてる時の顔してるよ」
「…………シンちゃんよぉ、前によしえが言ってた事覚えとぉ?」
「よしえちゃん? 前って何時の話?」
「こんな時タケノコドンが居たらって奴」
「あ~アレがどうしたん?」
「だからぁ、タケノコドン起きないかな~ってよ」
「宇宙コーンと戦って欲しいって? 分からなくはないけど……北海道に降りても起きないんだから多分無理だよ。直接攻撃されたりなんかしたら起きるかもだけど」
「じゃあさ、起こせばよくね?」
「起こすって、どうやって?」
「考えてんけどさあ、元々俺らが短冊を吊るしたからタケノコドンが生まれたワケじゃん?」
「いや定かじゃないけどね」
「そう仮定したとしてよ? もっかい短冊吊るしたら起きるんちゃうかって」
「吊るすって、願い書いて竹に?」
「ん~や、富士山のタケノコドンに直接」
「そんなの無理だよお。山頂の火口は立ち入り禁止だし、あの変わった大竹何十メートルもあるんだよ? 大体、今戒厳令出てて富士山まで行くのも無理だよ」
「だったらこのまま何もしなくていいんか? 下手したら世界滅ぶかもしれんつうのに」
「そんな事言っても……出来るかどうかも分かんないじゃん」
「タケノコドン自体が有り得ないもんの塊みたいなもんじゃろが。寧ろこういう子供じみた発想の方が上手くいくって」
「ん~~……じゃあ取り敢えずみんなに相談してみよ。どうせ富士山行くにしても車が無きゃ行けないんだし」
シンの提案を受け養母のハルカ先生を含めたカエル園の面々が食卓に集合。更にアドバイザー兼話の纏め役として、グループ通話機能を使い遠方の那由子とクマにも参加して貰い、ダイの発案を協議する事となった。当初は勉強の合間の息抜きを兼ねたダイの思い付きを諦めさせる為の会議だったのだが――
『……大体の話は理解った。正直、有り得なくは無いと僕は思う』
「クマ君、何言うの?」
『まあ落ちついてよ先生。飽く迄可能性の話であって、それ以前に状況的に無理な話だ。ふとした思い付きだけで実行するのは賛成出来ないよ』
「じゃあこのまま日本がやられるまで黙って待ってろってのか?」
『まだ何も決まった訳じゃないじゃないか』
「テレビ観たやろ? 艦隊がボロ負けしたって……あのボンクラ総理に任しといたら日本終わりやもん! 皆が止めても俺独りで歩いてでも行っから」
「ダイちゃん……ちょっと、那由子ちゃんも何か言ったげて!」
『私は……信じてみたいかも。ダイちゃんの話』
『な、那由子ちゃん⁉︎』
「那由子ちゃんまでどうしちゃったの⁉︎」
『私も時々考えてたの。もしまた願いが叶うなら……この危機を乗り越えられるなら……って』
『けど、もしまた願いが叶うとしたって、富士山までは行けないよ。道には検問も有るだろうし、富士山は警備の為に自衛隊が見張ってる筈だ。何より50メートル超えのあの高さを自力で登らなきゃいけないんだよ?』
「そんくらい俺なら登れらあ」
『あら、ダイちゃんに木登り教えてあげたのは誰だったかしら? 今でも絶対負けない自信が有るわよ』
『ハァ……一旦落ち着こう? 現実的に考えて無理だって。何かのコネでも無けりゃ』
『……あっ! もしかしたら……』
『那由子ちゃん?』
『ごめん、一旦切るね』
那由子が突然通話を切ってしまい議論は停滞した。断固として譲らないダイと宥めようとする皆の対話は平行線を辿り数分後、漸く通話に復帰した那由子の言動によって事態が大きく動く事となる。
『お待たせ。多分、どうにか出来るみたい』
「ホントか⁉︎」
『那由子ちゃん? そんな、政府の関係者か何かに伝手でも有ったの?』
『そうじゃないんだけど……3年前に訪ねて来た北野って刑事さん覚えてない? 私が一人暮らしをし出して半年くらいの頃、街で偶然バッタリ遭って少しお話したの。そしたら連絡先を交換して、もし何か不思議な事や有り得ない物事で相談が有れば連絡してくれって言われて。今電話してみたら、どうにかしてくれるって』
『一介の警部がそんな権限ある訳……って言うか例の話信じたの?』
『うん。成功する可能性は十分に有る。でも成功率を高めるには、私が短冊を用意して現地に行って、そして短冊はなるべく天辺に括った方が良いだろうって』
『根拠は? あの人何者なの?』
『詳しくは教えてくれなかったけど、実は霊能者なんだって言ってたわ。あの時も、タケノコドンが現れた原因を調査しに来て私達に接触したそうよ。必要が無ければ皆に話さないでいいって言ってたけど……私は信頼出来ると思ったわ』
「那由姉が言うなら間違い無えな」
『うん。那由子ちゃんの人を見る目と勘は確かだからね。となると急いだ方が良いか? 那由子ちゃんは途中拾って貰って、僕は直接現地に行った方が……』
那由子の言葉によって皆の意識が一斉に傾いた。しかし、その気運を遮ろうと声を張り上げた者が居た。
「いい加減にしてっ‼︎ これはダイちゃんを諭す為の話し合いなのに、何でみんなして乗り気になってるの」
「ハルカ先生……」
「駄目です」
『先生、地球が駄目になるかどうかなんだ。やってみる価値は有ると思うよ』
「だからって……あんな高い所に登るなんて危険な事させられません! 例え世界が救われたって、あなた達に何かあったら意味が無いの」
「でも……世界が救われなきゃ、皆も無事じゃいられないんだぜ? その為の危険ならいくらでも体張ってやんで。もし先生が反対しても、車盗んででも行くからな」
『お願いします先生。私達にやらせて下さい』
『先生……』「先生!」「ハルカ先生」
「…………分かりましたっ。そこまで言うならもう何も言いません。でも、途中止められたら諦めて帰りますからね」
とうとう根負けしたハルカ先生。急いで支度を整えた面々はまだ買い換えて間も無いミニバンに乗り込み、一路富士山へ向かって井戸端町を旅立った。道行く車は一切無く、点滅する信号だけが暗闇に浮かぶ閑散とした道路を律儀に法定速度を守って走って行く。
途中、下宿先の那由子をピックアップし高速道の入り口へと向かうがその手前には危惧していた検問が置かれていた。停止を指示されこっぴどく叱られそうな雰囲気になるも、那由子が北野の名前を出した途端すんなりと先へ通してくれる事に。呆気に取られる間も無くそのまま高速にまで乗せられ、仙台から山梨まで休憩を挟みながら夜通し7時間の旅を経て、漸く富士山へと辿り着いた頃には夜が明け始めていた。現地富士山5合目にはバイクで先着していたクマが出迎え、ここに正月ぶりにカエル園メンバーが一同に会した。
喜び合うのも束の間、すぐにでも登り始めようとするダイを制するクマ。高山病予防の為に1時間程度体を慣らさなければならないという。逸る気持ちを抑え切れず、結局40分程した頃には出発を決めた。だが、運転に疲れたハルカ先生だけを車に残し、子供達だけで急ぎ登山道へと足を向けなければならなかった。本当は彼女も付き添い見守りたかったが、眠気と疲労が溜まった状態では足手纏いになると判断し涙を飲んで彼らを見送ったのだった。戒厳令で家に閉じ込められ元気が有り余っていた彼らはズンズンと登山道を駆け上がる様な勢いで登り、凡そ4時間足らずで頂上へと到達した。思わぬ形で富士山登頂を果たした一同は、その雄大な景色に暫し見惚れて疲れを癒していた。
「まさか3年越しに願いが叶うなんてね。でも朝じゃ月が見れないから残念」
「また来ればいいさ。その時は、ついでに初日の出も見れる大晦日なんていいんじゃないかな。な? シン?」
「えっ? あ、うん……いいと思うよ」
このクマのナイスパスをスルーするシンに美衣子以外の面々はシラけてしまい、一瞬で景色どころではなくなってしまったのだった。
聞いていた話と違い、富士山の警備に就く自衛官は極少数。大多数の隊員は宇宙コーンへの対応に動員され、ここに残ったのは最低限の人員のみであるそうだ。ここにも北野が手を回してくれたらしく、隊員達の協力の下火口縁を超えカルデラに降り立った一同は、遂にタケノコドンとの再会を果たした。初めて見た巨大筍から変わり果てたその姿をマジマジと眺め、各々何か思うところが有るのだろうか。
「以前調査で使われた命綱が残ってますので最悪落ちても大丈夫とは思いますが……どうしますか?」
つまりこの自衛官が言うには、一般人それも未成年や、まして中学生に高所作業をさせる事に懸念を示しつつも、かと言って自分が登るのも躊躇するという事らしい。
「大丈夫です。私が行きます」
「ちょっと待った那由姉! ここは言い出しっぺの俺が行かせて貰うぜ」
「木登り一番上手なのは私よ」
「何年前の話だよ。少なくとも園を出てから木登りなんかしてねえだろ? 俺はバリバリ現役だぜ。何より……若え!」
「プッ、あはははは‼︎」
「那由子ちゃん。実際僕らは自然を離れて鈍ってしまっている。ここは身軽な者に任せた方が良い」
「……分かったわ。じゃあ、コレ」
那由子はリュックから水色の短冊を取り出しダイに手渡す。一面には【宇宙コーンを倒して】裏面には【人類を救って】という願いが認めてあった。ダイが持つ短冊を中心に輪になったカエル園メンバーは、那由子に続き1人、また1人と短冊に触れ願いと祈りを込めてダイに託した。
「じゃ、ちょっくら行って来る」
そう言ってダイはロープを手に巨大な竹を登り始めた。その左手首には短冊を通した紐が結ばれている。先程は木登りと言ってはいたがこれは全く勝手が違い、竹はすべすべして取っ掛かりは無く太過ぎてしがみ付く事すら出来ない。実際は上から垂らされたロープを頼りに垂直に登って行くしかないのだ。30メートルを過ぎれば枝が有り、そこから伝って登れそうだが、その上にはロープが掛かっていない。ハーネスに命綱が結わえてはいるが、頂上からの落下した衝撃にロープを掛けた枝が耐えられるかどうかは定かではない。下で見守る皆の心配と不安は刻々と増すばかりだった。
やがてダイはロープを登りきり、枝を器用に飛び移り更に上へ上へと登って行く。ただでさえ標高の高い富士の山頂。身軽にする為の薄着に容赦無く強烈な寒風が吹き付け、薄い空気に体力が見る見る奪われていく。下から見上げる皆の目にも彼は小さく遠ざかり、やがて枝葉に隠れ見えなくなるとただ祈る事しか出来ないもどかしさが胸に広がる。そして遂に、ダイは空が抜ける天辺付近に登り詰めた。これ以上は枝が細く危険と判断し、彼は手首に結んだ紐を解いて短冊を手近な枝に吊るした。
「頼む……起きてくれ」
手を合わせ懇願。すると突如、巨竹は緑の輝きを発し震え始めた。その揺れは次第に大きくなり、ダイは落ちまいと力一杯竹にしがみ付く。下では異変を見てダイの名を叫び続けるも、地鳴りと竹の騒めきに掻き消され彼の耳には届かない。やがて巨竹はその形を変え始め、地面から重なり合いながら表皮がせり上がり、上から枝葉がボロボロと落ち始めた。それを見受け下で待つ面々は距離を取り避難。漸くダイの姿を認めた次の瞬間、彼は枝ごと真っ逆さまに落ちて行った。
「うわああああ……‼︎」
「「ダイちゃん‼︎」」「「ダイ‼︎」」
緑の光が一層激しく輝き視界を奪った。目を開いた時には全ての異変が収まり、辺りは静寂に包まれていた。ダイの体は宙に釣られ、命綱を上へと辿って行くと……そこにはロープを握る大きな手が在った。更に視線を上げれば、ダイを見詰める大きな瞳が。そこには巨大な竹は既に無く、代わりに彼らが熱望した怪獣タケノコドンが悠然と立ち竦んでいた。
タケノコドンがロープを持つ手を緩め、スルスルとダイが地上に降りて来た。生還したダイに駆け寄り喜び合う一同。それを見届けた様に、タケノコドンはゆっくりと歩き出しカルデラ縁を登り出した。
「頼んだぞおーっ、タケノコドォォォン‼︎」
ギィアアアアオオオンン‼︎‼︎
皆の声援に応える様に力強い咆哮を上げ、富士の山肌を一気に滑り降りたタケノコドンは以前と比べ物にならない速さで歩みを始め北へと猛進し出したのだった。その姿を見届ける事は叶わなかった一同は達成感と僅かな虚しさを胸に、5合目で待つ養母の元へと帰路に着こうとしていた。だがそこでふと、那由子が巨竹が立っていた跡に何かを見つけ近寄って行った。拾い上げたそれは有名なチョコ菓子を彷彿とさせる様な、極めて小さい筍であった。
「那由姉、何してんのぉー?」
「何でもな~い!」
那由子は無意識にその極小筍をさっとポケットに仕舞い、素知らぬ顔で皆の元へと駆け戻って行った。
宇宙コーンの北海道襲撃より日本全国に緊急事態宣言及び戒厳令が発令。初夏に入り、来年には高校受験を控えるカエル園の少年少女達も学校が休校になったとはいえ遊ぶ事なぞ許されず、自宅でより一層の勉学に励む事を余儀無くされていた。夕食を済ませた夜8時を回った頃、二階の男子部屋ではシンが黙々とノートにペンを走らせている横で、ダイは窓辺から3年前崩れた裏山を神妙な顔付きで眺めていた。
「……ダイちゃんダイちゃん、勉強しないの?」
「……おぉ」
「何考えてんの?」
「……別にぃ」
「別にじゃないよ。何かよからぬ事考えてる時の顔してるよ」
「…………シンちゃんよぉ、前によしえが言ってた事覚えとぉ?」
「よしえちゃん? 前って何時の話?」
「こんな時タケノコドンが居たらって奴」
「あ~アレがどうしたん?」
「だからぁ、タケノコドン起きないかな~ってよ」
「宇宙コーンと戦って欲しいって? 分からなくはないけど……北海道に降りても起きないんだから多分無理だよ。直接攻撃されたりなんかしたら起きるかもだけど」
「じゃあさ、起こせばよくね?」
「起こすって、どうやって?」
「考えてんけどさあ、元々俺らが短冊を吊るしたからタケノコドンが生まれたワケじゃん?」
「いや定かじゃないけどね」
「そう仮定したとしてよ? もっかい短冊吊るしたら起きるんちゃうかって」
「吊るすって、願い書いて竹に?」
「ん~や、富士山のタケノコドンに直接」
「そんなの無理だよお。山頂の火口は立ち入り禁止だし、あの変わった大竹何十メートルもあるんだよ? 大体、今戒厳令出てて富士山まで行くのも無理だよ」
「だったらこのまま何もしなくていいんか? 下手したら世界滅ぶかもしれんつうのに」
「そんな事言っても……出来るかどうかも分かんないじゃん」
「タケノコドン自体が有り得ないもんの塊みたいなもんじゃろが。寧ろこういう子供じみた発想の方が上手くいくって」
「ん~~……じゃあ取り敢えずみんなに相談してみよ。どうせ富士山行くにしても車が無きゃ行けないんだし」
シンの提案を受け養母のハルカ先生を含めたカエル園の面々が食卓に集合。更にアドバイザー兼話の纏め役として、グループ通話機能を使い遠方の那由子とクマにも参加して貰い、ダイの発案を協議する事となった。当初は勉強の合間の息抜きを兼ねたダイの思い付きを諦めさせる為の会議だったのだが――
『……大体の話は理解った。正直、有り得なくは無いと僕は思う』
「クマ君、何言うの?」
『まあ落ちついてよ先生。飽く迄可能性の話であって、それ以前に状況的に無理な話だ。ふとした思い付きだけで実行するのは賛成出来ないよ』
「じゃあこのまま日本がやられるまで黙って待ってろってのか?」
『まだ何も決まった訳じゃないじゃないか』
「テレビ観たやろ? 艦隊がボロ負けしたって……あのボンクラ総理に任しといたら日本終わりやもん! 皆が止めても俺独りで歩いてでも行っから」
「ダイちゃん……ちょっと、那由子ちゃんも何か言ったげて!」
『私は……信じてみたいかも。ダイちゃんの話』
『な、那由子ちゃん⁉︎』
「那由子ちゃんまでどうしちゃったの⁉︎」
『私も時々考えてたの。もしまた願いが叶うなら……この危機を乗り越えられるなら……って』
『けど、もしまた願いが叶うとしたって、富士山までは行けないよ。道には検問も有るだろうし、富士山は警備の為に自衛隊が見張ってる筈だ。何より50メートル超えのあの高さを自力で登らなきゃいけないんだよ?』
「そんくらい俺なら登れらあ」
『あら、ダイちゃんに木登り教えてあげたのは誰だったかしら? 今でも絶対負けない自信が有るわよ』
『ハァ……一旦落ち着こう? 現実的に考えて無理だって。何かのコネでも無けりゃ』
『……あっ! もしかしたら……』
『那由子ちゃん?』
『ごめん、一旦切るね』
那由子が突然通話を切ってしまい議論は停滞した。断固として譲らないダイと宥めようとする皆の対話は平行線を辿り数分後、漸く通話に復帰した那由子の言動によって事態が大きく動く事となる。
『お待たせ。多分、どうにか出来るみたい』
「ホントか⁉︎」
『那由子ちゃん? そんな、政府の関係者か何かに伝手でも有ったの?』
『そうじゃないんだけど……3年前に訪ねて来た北野って刑事さん覚えてない? 私が一人暮らしをし出して半年くらいの頃、街で偶然バッタリ遭って少しお話したの。そしたら連絡先を交換して、もし何か不思議な事や有り得ない物事で相談が有れば連絡してくれって言われて。今電話してみたら、どうにかしてくれるって』
『一介の警部がそんな権限ある訳……って言うか例の話信じたの?』
『うん。成功する可能性は十分に有る。でも成功率を高めるには、私が短冊を用意して現地に行って、そして短冊はなるべく天辺に括った方が良いだろうって』
『根拠は? あの人何者なの?』
『詳しくは教えてくれなかったけど、実は霊能者なんだって言ってたわ。あの時も、タケノコドンが現れた原因を調査しに来て私達に接触したそうよ。必要が無ければ皆に話さないでいいって言ってたけど……私は信頼出来ると思ったわ』
「那由姉が言うなら間違い無えな」
『うん。那由子ちゃんの人を見る目と勘は確かだからね。となると急いだ方が良いか? 那由子ちゃんは途中拾って貰って、僕は直接現地に行った方が……』
那由子の言葉によって皆の意識が一斉に傾いた。しかし、その気運を遮ろうと声を張り上げた者が居た。
「いい加減にしてっ‼︎ これはダイちゃんを諭す為の話し合いなのに、何でみんなして乗り気になってるの」
「ハルカ先生……」
「駄目です」
『先生、地球が駄目になるかどうかなんだ。やってみる価値は有ると思うよ』
「だからって……あんな高い所に登るなんて危険な事させられません! 例え世界が救われたって、あなた達に何かあったら意味が無いの」
「でも……世界が救われなきゃ、皆も無事じゃいられないんだぜ? その為の危険ならいくらでも体張ってやんで。もし先生が反対しても、車盗んででも行くからな」
『お願いします先生。私達にやらせて下さい』
『先生……』「先生!」「ハルカ先生」
「…………分かりましたっ。そこまで言うならもう何も言いません。でも、途中止められたら諦めて帰りますからね」
とうとう根負けしたハルカ先生。急いで支度を整えた面々はまだ買い換えて間も無いミニバンに乗り込み、一路富士山へ向かって井戸端町を旅立った。道行く車は一切無く、点滅する信号だけが暗闇に浮かぶ閑散とした道路を律儀に法定速度を守って走って行く。
途中、下宿先の那由子をピックアップし高速道の入り口へと向かうがその手前には危惧していた検問が置かれていた。停止を指示されこっぴどく叱られそうな雰囲気になるも、那由子が北野の名前を出した途端すんなりと先へ通してくれる事に。呆気に取られる間も無くそのまま高速にまで乗せられ、仙台から山梨まで休憩を挟みながら夜通し7時間の旅を経て、漸く富士山へと辿り着いた頃には夜が明け始めていた。現地富士山5合目にはバイクで先着していたクマが出迎え、ここに正月ぶりにカエル園メンバーが一同に会した。
喜び合うのも束の間、すぐにでも登り始めようとするダイを制するクマ。高山病予防の為に1時間程度体を慣らさなければならないという。逸る気持ちを抑え切れず、結局40分程した頃には出発を決めた。だが、運転に疲れたハルカ先生だけを車に残し、子供達だけで急ぎ登山道へと足を向けなければならなかった。本当は彼女も付き添い見守りたかったが、眠気と疲労が溜まった状態では足手纏いになると判断し涙を飲んで彼らを見送ったのだった。戒厳令で家に閉じ込められ元気が有り余っていた彼らはズンズンと登山道を駆け上がる様な勢いで登り、凡そ4時間足らずで頂上へと到達した。思わぬ形で富士山登頂を果たした一同は、その雄大な景色に暫し見惚れて疲れを癒していた。
「まさか3年越しに願いが叶うなんてね。でも朝じゃ月が見れないから残念」
「また来ればいいさ。その時は、ついでに初日の出も見れる大晦日なんていいんじゃないかな。な? シン?」
「えっ? あ、うん……いいと思うよ」
このクマのナイスパスをスルーするシンに美衣子以外の面々はシラけてしまい、一瞬で景色どころではなくなってしまったのだった。
聞いていた話と違い、富士山の警備に就く自衛官は極少数。大多数の隊員は宇宙コーンへの対応に動員され、ここに残ったのは最低限の人員のみであるそうだ。ここにも北野が手を回してくれたらしく、隊員達の協力の下火口縁を超えカルデラに降り立った一同は、遂にタケノコドンとの再会を果たした。初めて見た巨大筍から変わり果てたその姿をマジマジと眺め、各々何か思うところが有るのだろうか。
「以前調査で使われた命綱が残ってますので最悪落ちても大丈夫とは思いますが……どうしますか?」
つまりこの自衛官が言うには、一般人それも未成年や、まして中学生に高所作業をさせる事に懸念を示しつつも、かと言って自分が登るのも躊躇するという事らしい。
「大丈夫です。私が行きます」
「ちょっと待った那由姉! ここは言い出しっぺの俺が行かせて貰うぜ」
「木登り一番上手なのは私よ」
「何年前の話だよ。少なくとも園を出てから木登りなんかしてねえだろ? 俺はバリバリ現役だぜ。何より……若え!」
「プッ、あはははは‼︎」
「那由子ちゃん。実際僕らは自然を離れて鈍ってしまっている。ここは身軽な者に任せた方が良い」
「……分かったわ。じゃあ、コレ」
那由子はリュックから水色の短冊を取り出しダイに手渡す。一面には【宇宙コーンを倒して】裏面には【人類を救って】という願いが認めてあった。ダイが持つ短冊を中心に輪になったカエル園メンバーは、那由子に続き1人、また1人と短冊に触れ願いと祈りを込めてダイに託した。
「じゃ、ちょっくら行って来る」
そう言ってダイはロープを手に巨大な竹を登り始めた。その左手首には短冊を通した紐が結ばれている。先程は木登りと言ってはいたがこれは全く勝手が違い、竹はすべすべして取っ掛かりは無く太過ぎてしがみ付く事すら出来ない。実際は上から垂らされたロープを頼りに垂直に登って行くしかないのだ。30メートルを過ぎれば枝が有り、そこから伝って登れそうだが、その上にはロープが掛かっていない。ハーネスに命綱が結わえてはいるが、頂上からの落下した衝撃にロープを掛けた枝が耐えられるかどうかは定かではない。下で見守る皆の心配と不安は刻々と増すばかりだった。
やがてダイはロープを登りきり、枝を器用に飛び移り更に上へ上へと登って行く。ただでさえ標高の高い富士の山頂。身軽にする為の薄着に容赦無く強烈な寒風が吹き付け、薄い空気に体力が見る見る奪われていく。下から見上げる皆の目にも彼は小さく遠ざかり、やがて枝葉に隠れ見えなくなるとただ祈る事しか出来ないもどかしさが胸に広がる。そして遂に、ダイは空が抜ける天辺付近に登り詰めた。これ以上は枝が細く危険と判断し、彼は手首に結んだ紐を解いて短冊を手近な枝に吊るした。
「頼む……起きてくれ」
手を合わせ懇願。すると突如、巨竹は緑の輝きを発し震え始めた。その揺れは次第に大きくなり、ダイは落ちまいと力一杯竹にしがみ付く。下では異変を見てダイの名を叫び続けるも、地鳴りと竹の騒めきに掻き消され彼の耳には届かない。やがて巨竹はその形を変え始め、地面から重なり合いながら表皮がせり上がり、上から枝葉がボロボロと落ち始めた。それを見受け下で待つ面々は距離を取り避難。漸くダイの姿を認めた次の瞬間、彼は枝ごと真っ逆さまに落ちて行った。
「うわああああ……‼︎」
「「ダイちゃん‼︎」」「「ダイ‼︎」」
緑の光が一層激しく輝き視界を奪った。目を開いた時には全ての異変が収まり、辺りは静寂に包まれていた。ダイの体は宙に釣られ、命綱を上へと辿って行くと……そこにはロープを握る大きな手が在った。更に視線を上げれば、ダイを見詰める大きな瞳が。そこには巨大な竹は既に無く、代わりに彼らが熱望した怪獣タケノコドンが悠然と立ち竦んでいた。
タケノコドンがロープを持つ手を緩め、スルスルとダイが地上に降りて来た。生還したダイに駆け寄り喜び合う一同。それを見届けた様に、タケノコドンはゆっくりと歩き出しカルデラ縁を登り出した。
「頼んだぞおーっ、タケノコドォォォン‼︎」
ギィアアアアオオオンン‼︎‼︎
皆の声援に応える様に力強い咆哮を上げ、富士の山肌を一気に滑り降りたタケノコドンは以前と比べ物にならない速さで歩みを始め北へと猛進し出したのだった。その姿を見届ける事は叶わなかった一同は達成感と僅かな虚しさを胸に、5合目で待つ養母の元へと帰路に着こうとしていた。だがそこでふと、那由子が巨竹が立っていた跡に何かを見つけ近寄って行った。拾い上げたそれは有名なチョコ菓子を彷彿とさせる様な、極めて小さい筍であった。
「那由姉、何してんのぉー?」
「何でもな~い!」
那由子は無意識にその極小筍をさっとポケットに仕舞い、素知らぬ顔で皆の元へと駆け戻って行った。
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