タケノコドン

黒騎士

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大怪獣タケノコドン

荒御魂

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「おい、こんな事やってていいのか?」

「何がだ」

「例のバケモンだよ。何故か俺らが行く先に追っかけて来るみたいに……」

「偶然だ。第一、俺達が狙われる理由も関わりも無い。だが、捨て場が1つ失くなったのは面倒だな」

「よりによってあの山たあな。やっぱ……見付かるかな」

「ああ、徹底調査が入るだろうから先ず間違い無くな。だが足が着く事は無いから心配は要らん。捨て場はまだ有るし、候補の中からまた探せばいい。それより、今回のオファーを断ればこの世界で生きてけなくなるばかりか、最悪命すら危うい」

「骸骨さんからの最優先依頼か……」

 2人の男が深夜、人気の無い町を黒いワンボックスカーで何処かへ向かっている。彼等が活動するのは決まってこんな真夜中だ。人々が怯える様な深い暗闇も、彼等にとっては身を隠し守ってくれる長い付き合いの同僚の様なものだ。今宵の依頼は死体の搬送と処分。郊外にある廃ビルに隠してある遺体を回収し、身元が判別出来ない様処理した後遺棄するまでが仕事だ。
 人目が無い事を確認しビルへと足を踏み入れた2人組。静まり返ったコンクリートの箱の内部は少しヒンヤリし、所々にゴミが散乱して壁にはスプレー描かれた落書きが有る。稀に人が立ち入っている様子だが今は気配は無い。2人はいつも通り仕事中は口を噤み、スマホに表示されたメモを頼りに隠し場所へと向かう。真っ暗な階段を上がり二階突き当たりの事務所の一室、両側の壁にズラッと並べられたロッカーの1つに手を掛けた。

 バンッ

 突然、開けようとしたドアが独りでに勢いよく開き、中に居た生きた人間と目が合った。その人物は黒い防護ベストと覆面に身を包み、何らかの特殊部隊風な出で立ちをして一言――「FREEZE」と口にした。男達は一瞬の思考停止。生きている……死体は何処……ハメられた……口封じ……再起動するコンマ数秒の間に脳裏を過る可能性と単語の羅列。その間に室内のロッカー全てが一斉に開き、全く同じ装備の男達が瞬く間に2人を取り囲み捕縛してしまった。あまりの事態と早業に、2人は言葉を発するどころか反応すら出来なかった。


『確保完了しました』

「御苦労」

――とある貴賓室。中央のテーブルを挟み、3人の男性が顔を合わせている。1人は上條陸将。1人は警察の制服を着た初老に、もう1人は高級そうな和装の高齢の人物。

「無事確保出来て、先ずは一安心ですな」

「見事な手並み。自衛隊も捨てたもんじゃないのぅ」

「恐縮です。自分の様な若輩がお歴々と同席させて頂くだけでも恐れ多い事ですのに」

「なに、そう硬くなる事は無い。君の有能ぶりは儂らの耳にも入っておる。結果を出せてないのは仕様がないが、あれらは英断だったと思っとるぞぃ」

「恐縮なのは私の方こそだ。この無能が警視総監の席に座れたのも、便利な部下を自由にさせていたら、その手柄で押し上げられて気付けばそこに居ただけの事」

「北野か。彼奴は霊能界でも優秀な男じゃからの。しかし、いくら才能ちからを持っていたとしても、法に縛られままならぬのが儂らの常じゃった。御主が頭に座って色々と便宜を図ってくれる様になってから大分助かっとるわぃ。いつか直に感謝を述べねばならぬと思っておったところよ」

「とんでもない! 我々の方こそ……いや、全ての国民は貴方方の影の働き有ってこそ平穏を享受出来ているのです。僭越ながら代表して感謝申し上げます」

「その通りです。古くは陰陽師、もしかしたら卑弥呼の時代から、力有る者達に支えられて今日があるのです。道が違えど國を守る防人として肩を並べられる事、誇りに思います」

「いやはや、こそばゆいの。まあ儂ら年寄りは尻を持ってやるくらいしか出来ん。これからは御主上條や北野ら若い者らに任せるわい」


――山形県某所の山間。人家も施設も無く、ただ山林と平野が広がる場所に、軍用トラックの駐列と天幕が点在している。太陽が一番高くなった頃、ぎんのセダンが乗り付け、降りたロングコートの男を出迎える様に2人の男が歩み寄って行った。

「相変わらず我が道を往っておるな北野」

「催三さん、お久しぶりです。時雨さんも」

「おっすキタやん。手伝いに来たったで」

「急な呼び出し申し訳ない」

「御家老様から話は聞いている。事が事だ、協力は惜しまんさ。時間までには全員揃うだろう。それまでに準備を整えよう」

「祭壇は岡町はんの監修で自衛隊の人らが組んでくれとる。やっぱ災害派遣とか作業するんに鍛えとるだけあって仕事が早いわ」

「例の2人の方は?」

「済んでるよ。本名、長谷米次、十川文太郎。呆れたね。自分達が記憶出来ないくらい汚い仕事に携わって怨念背負い過ぎてる。今回の事が無くとも近い将来自滅していたろうよ」

「では遺体の方は……」

「安心せえ。奴らめ、遺体の処理件数と遺棄場所をちゃんと記録を残してあったそうだ。後は警察の方で片付けてくれるだろう」

「流石です。やはり催三さんに任せて良かった」

「そりゃ催三はんの術にかかりゃイチコロやで。なんたって催眠術に霊能応用して脳から魂までハックすんねやから。生で見たん初めてやったけどエゲツなかったわあ。あっちゅう間にコテっていって人格変わったみたいにペラペラ喋りようもん。ありゃ洗脳とかいうレベルちゃうで。あのわざ有ったら、エエ事でもワリ事でもやりたい放題や」

「自分は飽く迄医療の一環として催眠術を扱ってるだけだ。それ以外の用途に、まして私欲の為に利用するつもりは無いよ」

「ほんま徳の高い御人やで」

「とは言え、救うべき者とそうでない者の区別はするさ。故にあの2人の術はもう解いてある」

「ああ、精々ええ声で鳴いてもらわなあかんさかいな。なあキタやん」

「そうだ。彼の怨念を晴らすには、その手で怨敵を討たせる他無い。その苦悶の表情も断末魔の声に至るまで全て慰みものになって貰う」

「古来より人智の及ばぬ存在を鎮める方法はただ一つ……」

「人柱」


――数時間後

 平野の真ん中に設えられた、場に似つかわしくない荘厳な祭壇。その前には米俵、酒、魚、肉や作物等凡ゆる供物が並ぶ。そして祭壇の後方に停まる大型クレーンから伸びたアームは高さ30メートルを超え、そこから生贄となる2人の男を背中合せにワイヤーで吊り下げていた。その祭儀場を囲む様に数十メートル離れ転々と霊能者達が待機していた。そしてそう間も無くして、山間を夕陽を背に巨獣が姿を現した。それと同時に待機していた霊能者達が経や祝詞を唱え出す。宗教、流派、我流を問わず、手法はバラバラだがその想いは一つだった。《荒ぶる怒りよ 鎮まり給へ》

「目標、祭壇まで距離5千」
 
「頼むぞ……鎮まってくれ」

 一歩、また一歩、怪獣は地鳴りを響かせ祭壇へと迫る。赤い夕陽を遮り影を抱いたその姿は、憎しみを滾らせ禍々しく歪んでいる様だった。着実に近付く凶鬼を前に、吊るされた男達は何かを喚き助けを乞うている様にも見えたが、その声は誰の耳にも届く事は無かった。
 巨大な影が遂に眼前に迫り脚を止めた。男達を見下ろすその眼は血走り、低く唸りを上げている。と、唸りが止んだと思った刹那、大きく息を吸い仰け反ると、次の瞬間上半身を突き出し口を大きく開けこれまで見せなかった最大級の咆哮を上げた。

 ガアアアアアアア‼︎‼︎

 大気を震わせ山の木々が騒つく。それはもう音の砲撃だった。直近で直撃を受けた2人の耳は鼓膜が破れ血を流し、意識は飛んだ。心臓が止まっていてもおかしくはない。

 グォアアッ グオン ガアアア‼︎

 怪獣は尚も口撃を浴びせ続ける。その様はまるで、溜まり溜まった恨み辛みの暴言をぶつけている様だった。その衝撃の乱流は凄まじく、男らの意識もすぐ戻り体の芯まで震わせながら何も出来ずただただ堪え難い恐怖に怯えながらその時を待つばかりだった。
 巨大な手が伸び贄を掴み上げた。拳の中に収まった2人を絞め上げる様に徐々に力が込められていき、その圧はゆっくりと肉を潰し骨を砕き咎人に想像を絶する苦痛を与える。そして遂に渾身の力が込められ、2人の身体は完全に潰された。まるで果汁を絞るかの様に、怪獣の拳から漏れ出た大量の血液が流れ落ちていく。巨獣は拳を振り上げ、ワイヤーとクレーンを破損させながら手の中の物を地に叩き付けた。それはかつての形を一切留めておらず、赤くぬちゃっとした潰れたトマトの様なナニカだった。だがそんな姿にしても尚怪獣の怒りは止まらず、赤い肉塊にその重く巨大な脚を振り下ろした。何度も、何度も、何度も……周囲の山が崩れんばかりの地響きを立てながら、憎しみを込めて何度も踏み付け、地を削る様ににじり付けた。やがて踏むのを止めた怪獣は後退りすると、最早肉片すら見当たらない赤く染まった地面を見据え、全身を覆う表皮の隙間から緑の光を発し始めた。

「いかん! 総員退避いいっ‼︎ 奴から離れろおおっ‼︎」

 怪獣の口から発せられた輝きは地を穿ち、瞬間周囲は緑の閃光に包まれた。その模様を映し出していたモニターは暗転し、無線機からは応答が途絶えた。

「おい! おいっ‼︎ こちら指令室! 状況を報告せよ! 状況を報告せよ‼︎」

『………………ガガッ……ザ……ちら……室、応答願います』

「こちら指令室上條だ、現状を報告しろ。被害は出ているのか」

『人員に被害は出ておりません。祭壇は消失、クレーン大破。目標直下には小さなクレーターが出来、ガラス化が見られます。周辺でいくつか土砂崩れが発生しておりますが、山火事は起きてない模様』

「目標は? まだそこに居るのか⁉︎」

『目標……健在』

「そうか……あわよくばこれで消えてくれればと思っていたんだがな」

『……待って下さい。……目標、目を閉じています』

「何?」

『目を閉じて微動だにしません。唸る声も呼吸音すら聴こえて来ない……完全に沈黙しています』

「それはつまり、死んだ……という事か?」

『いえそれは……あ、ちょっ――』『すいません代わって下さい。現場霊能者代表の北野です。上條さんですか?』

「はい、どうぞ」

『アレは生物の概念に収まらない存在です。生命反応の有無は意味を成さないでしょう。ですが、取り敢えず怨念の浄化には成功しました』

「という事は、当初の想定通りと」

『はい。アレは核となった霊魂が復讐を遂げる為に得た身体、容れ物の様なものです。目的を果たした今、役目を終え只そこに在るだけ。霊魂は暫くしたら自然に昇天……成仏するでしょう。残った身体は自然と朽ちるか残り続けるのかは不明ですが、もう危険は無いと言っていいかと』

「……そうですか。了解しました。大変な務め御苦労様でした」

『いえ、貴方方もお疲れ様でした』

「後の監視と処理は我々に任せ、どうぞ無事お帰りを。機会があれば一杯奢らせて頂きます」

『ええ、機会があれば是非』


 その後、一時の平穏が訪れる。その場に静かに佇むタケノコドンは何を思うのか……その身に宿すものは何を為すのか……その時はそう遠くはなかった――

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