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城門騒動の収拾。

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「取り合えず! ヴァリエン様のお戻りを皇帝陛下にお知らせするのが第一と存じますが! いかがでしょうか?!」

 これまでどんな巨体を持つ猛者にも動きを封じられたことなど無かったが、ヴァリエン様には全くと言って良いほど隙が無く、腕の中から逃れることが出来ない。

(しかもおれの狼狽えてる姿見て笑う余裕まで有るし...! こっちはさっきのキスもどういうつもりか判断できないで困ってるって言うのに! 離れてくれないと冷静な思考が出来ないーーー!!)

「城まで来られたのですから、ヴァリエン様もご用がお有りなのでしょう?」
「まぁ、そうだな。...もう少しルーチェとの再会を楽しみたかったが、仕方有るまい」

 本当に残念そうなヴァリエン様の腕から、漸く解放された。
(良かった~...。このまま移動することになったらどうしようかと思ったぁ~...)

「ルーチェ、俺は皇帝陛下に報告をしに来た」
「畏まりました。では私が謁見の許可を申請しに...」

 今の内にヴァリエン様から距離を取ろうと城へ足を向ければ、手首を掴まれ一歩も先に進めない。

「...ヴァリエン様? お放し頂かないと陛下には会えませんよ?」
「息子が父に会うのに謁見の許可とは笑わせる。...だが、陛下にとっての俺は...部外者なのだろうな」
「そんな...」

 皮肉な笑みを浮かべるヴァリエン様に『そんなことはない』と否定したかったけれど、大局を見据え我が子を人質として差し出した陛下のお気持ちは、おれに計り知れるものでもなく....口をつぐむしかなかった。

 慰めの言葉もヴァリエン様が隣国で過ごした10年という月日の前には薄っぺらく感じて、下を向いたおれの後頭部に、大きな手がポンポンと優しく触れる。

(逆に慰められてしまった...)

「謁見の申請には、そこの騎士を行かせるが良い」
「え? 俺?!」
 いきなり指名されたニュートが目を丸くしている。

「ルーチェは謁見の場が整うまで、俺の相手をすること」
「...解りました」

 無理を言ってこの場を辞することも可能だとは思うけど、何となく今のヴァリエン様を放っておきたくはなくて、提案を飲んだ。
 すると、おれの返事に焦ったニュートが、傍に来て耳打ちする。

「ちょっ、隊長! 良いのかよ?! その...第二皇子サマと2人きりで過ごすことを承諾しちまって...」
「うん。ヴァリエン様には、陛下との謁見まで皇宮内にある近衛部隊専用の応接室でお待ちいただこうと思うんだ。あそこなら頂いた高級茶葉もお茶請けもあるし。ニュート、陛下との謁見の申請と、城門警備部隊の騎士を救護室に運ぶ人員、医師の手配、お願いして良い?」

 間近で見上げれば、頼りになるおれの部下は黒い瞳を細めてニカっと笑って見せた。

うけたまわった。申請と手配は任せろ。...でも、場所は良いとして。再会した早々あんなことしてくる第二皇子と隊長を残して行って、本当に、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。皇帝陛下は今日の午前に差し迫った予定はない筈だし、ヴァリエン様が戻ったと聞けば直ぐに申請が受理されると思うから」
「だーかーらー。俺が心配してンのは、待ち時間じゃねぇ。ハッキリ言うが、隊長。あのテの顔に弱いだろ」

(付き合いが長いとそういうこともバレてるのか....)
「う...。そうだけど。ほんの数十分もてなすだけだし..」

 ニュートがヴァリエン様をメチャクチャ警戒しているのは解ったが、皇宮内で予定までの時間を潰すだけだ。ヴァリエン様とて一番の優先事項は陛下への報告だろうし、おかしなことは起きないと思うけど..。

「あーーーーーー。解った! 早急に皇帝陛下と話つけてくるわ」
「え?! ニュート??!」
 言うが早いか、ニュートは一気に城門から皇宮の入口までを駆け抜け、直ぐに見えなくなった。

(行動が早いのは嬉しいけど、『話つける』って...皇帝陛下はこの国で一番偉い人だよ? ケンカは売っちゃダメだからね....?)

 入隊したばかりの頃とは違い、短慮な部分は無くなったニュートだが、つい心配になってしまう。でも、....有事の状況判断能力は抜群な彼のことだ。信じよう。

「判断が早く足も速い。良い部下を持ったな」
「ありがとうございます」

 ニュートに警戒されまくっているヴァリエン様だが、当のヴァリエン様はニュートをお気に召したらしい。
 口許に笑みを引いたまま動かないヴァリエン様の意思を汲み取って、おれは人山に挟まり身動きの取れないケンゴ隊長の状態を確認した。

(うん。気絶している騎士と足や腕が変に絡んだりはしてない。計算して積んだとしたら、ヴァリエン様スゴいな...。これくらいなら、おれでも引っ張り出せる...)

「ケンゴ隊長、お待たせしました。手を...」
「いや、良い。このままにして置いてくれ」
「え? でも...」
「第二皇子の情報は知っていたのに、侵入者と勘違いした挙げ句部隊の騎士をけしかけたなど....皇家に仕える騎士の名折れ。もう少し此処で、頭を冷やします」
「ケンゴ隊長...」

 普段快活で元気の塊のような彼が此処まで落ち込むとは、余程ヴァリエン様を第二皇子と見抜けなかったことに自責の念を感じているのだろう。
(皇家にお仕えする騎士になれたことを誇りに思っていらっしゃったから...尚更、自身の失敗が許せないのか...)

「第二皇子殿下」
「なんだ」
「皇家ゆかりの者と仰られた際に私共の確認不足で直ぐお通しできず、大変失礼いたしました。誠に申し訳なく思っております」
「別に構わない。俺も大人気なかったしな」

 寂しげに自嘲したヴァリエン様だが、『皇家縁の者』と告げ、誰にも皇子と認識されなかった心中は....察しきれるものじゃない。
(城門警備部隊の騎士を隊長以外全て気絶させたのは暴挙だけれど....皇族に対して行った無礼が犠牲者もなく済んでいるのは、相手がヴァリエン様だからだ)

「お許しくださるのですか!」
「許すも許さないも無かろう。確かにこの10年間、この国に皇子は1人しか居なかったのだから」
「!!」

 『違う』と大声で否定できたなら、どれだけ良かっただろう。ケンゴ隊長も先ほどのおれと同様で何か言いかけては言葉にならず、唇を噛み悔しさを滲ませ....下を向いてしまった。

「ヴァリエン様...」
「行くぞ、ルーチェ」
「はい。...ケンゴ隊長、直ぐ救護室の担当医師と騎士の搬送を手伝う人員が来ます。あまりご自分を責めすぎないで下さい。城門警備部隊の騎士が目を覚ましたとき、いつも元気なケンゴ隊長が消沈していたら、彼等も気を落としてしまうでしょう」

 こんな言葉しかかけられない己を不甲斐なく思ったが、ケンゴ隊長は力なく頷き...それでも、笑ってくれた。

「すまんルーチェ隊長。お呼びだてし事態の収拾を頂いた上、ご心配までおかけしてしまった。私は大丈夫です。気にかけていただきありがとうございます。どうか第二皇子殿下と皇宮へ向かって下さい」

「解りました。またいつでもお呼びください。微力ながらこのルーチェ、出来る限りの尽力をお約束します」

 おれとケンゴ隊長の遣り取りを横目で確認し、興味深そうな顔をしているヴァリエン様に「お待たせしました」と声をかけると、おれの手を取ったヴァリエン様は、指先に軽くキスを落とし、優雅に微笑む。

「ルーチェに待たされるなら、悪くない」

 その仕草と言葉の流麗さで、不穏な場の空気が一変する。一瞬(此処はダンスホールでおれは貴族のお姫様か何かだっけ?)と、錯覚すらしそうになった。

(....ほんっとーーーに! ヴァリエン様って読めない!!)

 ...不覚にもときめいてしまったことは、おれだけの秘密だ。
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