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初恋を殺した日。

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『今この国は、大国に挟まれて強硬状態に有る』
『レオンさま...』

 この国の将来を見据えるその瞳に、王の気質を見た。

『俺は、歴代の誰より立派な王になる。そして、弱小化の一途を辿るこの国を、俺の代で周辺諸国と肩を並べられるだけの国力を持った、強い国にする』
『じゃあおれは、レオンさまの国で、役に立つ人間になる!』
『...そうか』

 微笑んでおれの頭を撫でる彼の優しい表情に、心を奪われた。
まだ世間のことを何も知らない、僅か5歳の頃に芽生えた───おれの初恋。

         * * *

「ルーチェ隊長、入り口までいらっしゃるなんて...どうしました?」
「いや。ニュート、セレネと喧嘩したんだって? 入館警備、代わるよ」
「さっすが隊長! 話がわかる! ありがとうございます」

 入隊して2年目のニュートは、経験は浅く短慮なところは有るものの、鍛えればすぐに中隊長になれるだけの実力は持っている。だが──。

「あ。セレネが見たいって言ってたの、月の女神の神輿みこしだっけ。深夜の通りは...」
「深夜の通りは、此処から北西だよ」
「そうだった! ありがとう隊長、今度飯でも奢ります!」
「良いから。早く行ってあげて」
「はーい」

 赤い癖毛を揺らしながら、付き合いだしたばかりの彼女のご機嫌を取りに神殿の階段を下りて行くニュートを見つめ、肩を落とす。

(ああいう考え無しなところが無くならないと、10人以上の中隊は任せられないよなぁ....。でも、良かった。お蔭でレオン様の姿を、見なくてすむ)

 神殿内の警備は上隊長のジンに任せてあるし、全体の指揮なら此処からでもできる。

(館内の見回りは終わったし、新しく中に入ろうとする者に注意を払えば、問題はないもんね....)

 近衛部隊隊長としての役目を果たした上で、レオン様から距離を取りたかった。

(気さくな彼のことだもの。見かければきっと、おれの元にも声をかけに来る。....隣に、婚約者を連れだって......)

 晴天の下、太陽はおれの上に容赦なく降り注ぎ、影を濃くする。
 街中には祝いと喜びの声があふれ、国中が活気で沸いていた。
(こんな日に下を向いているのは、おれくらいかな...?)

 今日は、この国の王位継承権一位、第一皇子であらせられるレオン様が婚約者を定め、お披露目をする───国にとって華々しい、記念すべき日だ。

(あの人が、名実ともに別の人のものになる...)

 彼に恋をしてから、13年。自分でもいい加減しつこいと思う。でも感情こればかりは、思うように行かない。

「皇太子さま、おめでとう!」

 見れば、晴れの日を祝って、街の者達が婚約を象徴する白い花弁を撒いていた。街道が白く染まっていくのを見守りながら、奥底に沈めた恋心が鈍く痛むのを、感じる。

(真っ白なウェディングドレスを着て、憧れのあの人と。こんな風に民に祝福され、結婚するのが───夢だった)


『そんなの無理よ』
『え?』
『だってルーチェは、男の子でしょ?』

 記憶の中で、幼い少女が残酷な笑みを浮かべる。真っ赤なドレスの良く似合う、美しく勝ち気な少女。

 幼いおれは何処かで(彼女には勝てない)と思いながら、それでも彼を諦めたくなくて───少女に反論した。

『男だからと言って、ウェディングドレスを着れない理由にはならない。それに、同姓の結婚だって今は自由だ』

 正論を振りかざしたおれに、少女が決定打を下す。

『あら、ダメよ。だって、跡取りが産めないもの』

『あととり』

『そう。レオン様のお家は皇家の血筋でしょ? 絶やしちゃいけないんですって。だから私にも、婚約のお話が来たのだわ』
『こん、やく...』

 何も言えなくなったおれに、真っ赤な口紅をひいた唇で、義妹は勝ち誇ったように嘲笑わらう。

(そうか。子供を産めないおれでは、あの人の隣に立てないんだ.....)

 お情けを貰って妾になったところで、ただの穀潰し。

(彼の傍に居られても───そんな未来は要らない)


『愛人になる、なんて言わないでしょうね』

 トドメとばかり釘を刺す義妹に、きっぱりと告げた。
『あの人のことは、諦める。
もっと素敵な人の隣で、おれはウェディングドレスを着るよ』


(そう、決めた筈だろ)

 空に浮かぶモニターにも、通りを行く街の人の携帯端末にも、現在の神殿内部で仲睦まじく婚約の儀式を執り行うレオン様と義妹の映像が、映し出されている。

(目を逸らそうと逃げ惑ったって、現実は追ってくる...)

「───もう、諦めないと」

 白い皇族の伝統的な礼服を身に纏ったレオン様は、黄金の髪と白磁の肌、皇族伝統の真っ赤な瞳と精悍な体躯という彼本来の美しさも合わさり、天の神が舞い降りたのかと思うほど、輝いていた。
 隣で彼に合わせた白いドレスを纏うのは、おれではなく....義妹のシェーム。

(どう足掻いたところで、これが変えられない現実だ)

 モニターに映るレオン様を見つめ、おれは彼への恋心を殺す決意を固める。

(さようなら、おれの初めて愛した人)

 映像に向かい礼を取るおれの姿は、忠臣の姿に見えるだろうか。

「ご婚約、おめでとうございます。レオン皇太子様...」

 まだ彼を前にしては言えない祝いの言葉を、噛み締めるように口にした。
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