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sideウィステリア・東国の勇者

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「旅のお方、どうかされましたか?」

 私を見つめたまま、ボーッと動かなくなってしまわれた見慣れぬ男性に、声をかけた。
 ハッと目を見開いて、再度私を見つめた彼は、照れたように笑う。

 それは、旅慣れた服装や装備に見合わぬ、人好きされる表情だった。

「···行く先々で、貴女の噂を耳にしました。お目にかかれて光栄です。華の姫···」
「お恥ずかしい限りです。ガッカリされたでしょう? 噂は尾ひれ背びれがつくと申しますもの」
「いいえ、とんでもない」


「噂、以上です···」


 彼のような男性から、噛み締めるようにそう口にされれば、嫌な気はしない。

 山間の平地に位置する、それ程面積が広くないこの町では、殆どが顔見知りのため、旅の方と解ったけれど。

 美しい銀色の髪に、ハチミツみたいな黄金の瞳、ほんのり日に焼けた精悍な体つきの彼は、纏っている物がボロボロのマントと旅装束でなければ、何処ぞの王子と紹介されても納得するほどの気高さを感じる、美丈夫だった。

 現に、町を歩く娘達や旦那のいる奥さままで、彼を見て頬を染めている。
(私が見慣れぬ美丈夫と一緒にいたという噂がお父さまのお耳に入ったら····面倒ですわ···)

 幼い頃から預けられていた神殿での花嫁修業を終え、先日帰ってきた私には、明日からの数日間、父の認めた町の有力者達との見合いが待ち構えている。

(いくら美丈夫と言えど、お関り合いにならない方がお互いのためですわね)

「旅の方が、こんな山間の町にいらっしゃるなんて珍しいですわ。何かお探しでしたら、ご案内いたします」

 なるべく早くこの方の側から離れようと決め、用事を伺う。彼に告げたように、この町は開けた平野が多い中央大陸とは違って、山も多いし川も多い。旅がしにくい地形に合わせ、モンスターも強い。

 どう考えても観光で訪れるには適さない場所だ。
そう思って聞けば、彼は人好きされる笑みを崩さないまま、一歩後ろへ退いた私との距離を、一歩踏み込み、つめてきた。

「すみませんが、姫のお屋敷まで案内頂けませんか。姫のお父様にお目通りを願いたくて、この町まで来たのです」
「まぁ、そうでしたか。私も家に戻るところですから、ご一緒いたしましょう」
「ありがとうございます」

 本来であれば、『姫、などではなく名前でお呼びください』と、言うべき場面だったのだろう。
何しろ、【華の姫】等というのはただの俗称で、私はこの町の古い武家の娘というだけの身分だ。

(でも、何故かしら···)

 彼と距離を縮めるのは·····よくない気がする。その思いが、口を噤ませた。

 妙な胸騒ぎを感じつつも、お父さまと逢うまでの、橋渡しをするだけだし···と、私は軽く考えていた。


 家までの道すがら、彼の話を聞いた。何でも、数百年前に存在した、伝説の勇者の武具を探しているらしい。

(そう言えば···)
 我が家には、代々受け継がれている古い武具が、一式揃って恭しく倉庫に飾られている。

 幼い時に父に尋ねたら、『伝説の勇者さまが身に纏っておられた武具だよ』と、教えてくれた。

 かつて暗黒の帝王から地上を救った、伝説の勇者。父が言うには、ご先祖さまが、勇者の仲間だったらしい。
共に戦った功績で、世の中が平和になった折り、武具一式を預かったのだという。

 勇者が再び現れた際には、その武器、防具を返すという役目を担ったのだと、父は誇らしげに語っていた。

 この話は、町の酒場で酔った父が話す定番の話題なので、町の住人なら誰でも知っている、有名な【眉唾自慢話】だ。

 特に秘密とも言われていなかったので、私は、彼にその話をしてしまった。

「そうでしたか、貴女の家に···。噂は、本当だったのですね」

 彼の瞳が不穏に輝いたのを、はっきりと見た。
瞬間、後悔が押し寄せる。何故だろう、嫌な予感が胸に渦巻いて、離れない。

(早く彼の傍を離れないと···)

「姫、顔色が優れませんね。少し休みましょうか···?」
「い、いえ。大丈夫です」
「でも、真っ青だ」

 顔に手を伸ばされ、ゾッとする。
(彼は心配してくれているだけなのに、何故、こんなにも気分が悪いの····?)

「ウィステリア、戻ったか。ん? 誰だ、その青年は。旅の者か」
「! お父さま···!!」
(良かった···)

 後ろから聞きなれた父の声がして、安堵からか少しだけ気分が向上した。
(まだ家まで案内していないけれど、目的のお父さまに逢えたんだもの。私は案内係を辞退しても、良いわよね?)

「ウィステリア···。良い名前ですね。美しい貴女にぴったりだ」

 訪問の理由である父に合えたというのに、彼は何故か熱の籠った瞳で私を見つめ、歯の浮くような台詞を吐いた。
(こんな素敵な方に『美しい』と言われたのに、背筋が凍りそうだわ)

 立ち話で紹介を済ますなど失礼かとは思ったが、一刻でも早く旅の方と距離を取りたかった私は、父の元へ駆け寄り、彼の紹介を始めた。

「お父さま、こちらはお父さまを訪ねてこられた旅の方です。旅の方、あちらが私の父、メルベム・ナ・クリスです」

 社交辞令な褒め言葉を無視し、簡素な紹介をし出した私に気分を害した様子もなく、旅の方は父に向き直り、優雅に礼の姿勢を取った。

「申し遅れました。僕はジュード。ジュード・ロイ・グロヌディール。女神アレリューメより託宣を受けて此処へ来ました」

(グロヌディール、って。嫌な予感は、これだったのね·····)

「グロヌディール···。東国の、封印の地にて別世界の魔王を退け続けている、あの···」
「はい。我が一族を知っておられるとは、光栄です」

 父に謙遜して見せているジュードと名乗った彼の、その笑顔が、美しい顔が···怖い。
 ロイ、とは、第一王位継承者にのみ冠せられる名前だ。そんな人が託宣を受け、山間の町に来る理由など、ただ一つ。


「唐突に訪問し、不躾なお願いだとは承知しています。が、どうか、勇者の武具を譲っては下さいませんか」


 案の定、彼は伝説の勇者が纏ったという、武具を求めた。
(神が選んだ今世の勇者は、彼なのね···)

 町の周囲のモンスターが力を増し、異世界の魔王がこの世界を狙っている今、勇者の出現は喜ばしいはず、なのに···妙な既視感と嫌悪感が、胸の奥底から沸き上がってくる。
(ダメだわ。とてもじゃないけど、平静でいられない····)

 この場を父に任せ、私はお暇させて頂こう。
許可を取るため父を見上げたら、好敵手を見つけた時のような、楽しげな表情をしていた。

「ならばまず、わたしを倒してその資格があるか見せてみよ」
「わかりました。武芸で高名なクリス様と手合わせできるとは、楽しみです」

 ジュード様の力強い返答を受け、父は満足そうに頷く。

「ウィステリア、そなたも我が家の跡取りとして、勇者の武具をかけたこの戦い、確と見届けるのだぞ」

(家に帰りますと言えるような雰囲気では、なくなってしまったわね·····)
「·····かしこまりました、お父さま」

 私は観念して、父とジュード様に続き、戦いの場となる鍛練場へ、共に向かうことを決意した。
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