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フォーエバーフォールインラブ

勢いの受け止め方

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 休みを返上して、しかも起き抜けに酒……

 夜勤従事者としてはよくあることなのだが、このパターンはいつまでたっても慣れることはない。テーブルいっぱいに並んだ料理は塩分が高かったり、脂っぽかったりして あまり箸が進むものでもないから、食にも走れずにいる。
 桜は目の前をチカチカさせながらも、上座にいる織原をチラリと横見した。彼はアルバイトの女子大生軍団に囲まれていて、そつなく会話をしていた。彼女たちは、深夜勤務を主戦上としていた織原とは 普段は殆ど接点はない。織原は元々自分から話をする方ではないが、ボサボサの頭髪を除けば 顔の作りは決して悪くない。そんなミステリアスな大人な雰囲気に、年頃の女子たちは興味があるのだろう。 

「副長、グラス空いてますね? 何か飲みますか? 」

「ううん、大丈夫。私もそろそろ お暇するし 」

 桜は幹事の声かけを丁重に断ると、ニコリと作り笑いを浮かべた。元々この会だって、ほぼスポンサーになるために参加しているようなものだし、そもそも店長に半強制的に参加するように言われたから来ただけなのだ。
 送別会は既に三時間程が経過している。
 早く家に戻りたい。
 この距離を保っておけば、織原と会話もしないで済みそうだ。お開きになったら直ぐに撤収しよう、桜はそう思っていた。
 すると突然、桜の背後から中年男性の声が聞こえた。

「織原くん、若い子達にメチャクチャ人気だねー。遠藤さん、ヤキモキしてるでしょ 」

「えっ……? 」

「あはは、冗談だよ。冗談…… 遠藤さん、さっきからあっちの席ばっかり見ているから 」

「いや、そんなことは…… 」

 そう不意に桜に声をかけてきたのは、店長だった。店長は桜の代わりに今日の夜勤を担当していているのだが、休憩時間を利用して送別会に顔を出してくれた。烏龍茶を片手に、グルグルとテーブルを回っているが、とても素面とは思えないテンションで、いつの間にか場に馴染んでいた。

「でもさ、遠藤さん。寂しいんじゃない? ずっと織原くんと夜勤で一緒だっただろ? 」

「ええ…… それは、まあ、そうですけど…… 」

 桜はあくまで一般論として、店長の問いに答えた。

「うちとしても、夜入ってくれて、しかも無遅刻無欠勤のバイトはあんまりいないから、助かってたんだけどねー。理由も告げずに辞めちゃうなんて、次がちゃんと決まってるってことなのかね 」

「……そうですね 」

 桜は店長の嘆きを適当にかわすと、氷しか残っていない自分のグラスを見つめていた。
 彼は…… 本当は売れっ子の小説家なのだ。
 だからある意味、アルバイトの女子大生たちが彼に興味を抱いているのは、一般人にはないオーラに引き寄せられているといっても過言ではない。本当のことを店長に言うつもりもないが、やっぱり織原の考えていることはよくわからない。だから人間関係は難しくて、恋は面白いのかもしれないけれど、暫く自分はそういうことからは俯瞰して過ごしたいと思ってしまう。

 桜は中座すると、店の喫煙ルームに向かった。
 最近の若者はあまり煙草を吸わないから、ちょうど場を離れる口実にもなる。酒は控えめにはしていたつもりだが、相変わらず調子が上がらなかった。桜は鞄から電子タバコを取り出すと、煙草を口に運んだ。最近は煙がなくても、大丈夫にはなってきている。だけど今日ばかりは、この力を借りないとやっていかれそうにもなかった。

 つまらない……
 というよりは面白くない……
 そんな感情が、桜の頭をひたすらリフレインしていた。彼がこんなに職場の仲間から好かれているのは、桜にとっては予想外の出来事だった。

 桜は ただただ プカプカと煙を吐くことを繰り返していた。
 そろそろ流石に退散したい。
 後は若い人たちで盛り上がればいい。
 桜はそんなことを思いながら、喫煙ルームの扉を開こうとした。すると そのとき、いきなり廊下でドタドタという音がこちらに近づいてきた。

 何の音……?
 まさかうちの集団じゃないよね?
 桜は咄嗟に喫煙室の影に隠れて、音の元凶の様子を伺った。

「織原? それに…… 」

 そこには織原がアルバイトの女子大生に腕を引かれているという状況が広がっていた。あの女子大生のふらつき具合から察するに、彼女はまだまだ飲み方を知らないような足取りに感じられた。
 ……これは後々、非常に面倒なことになりそうだ。
 桜は本能でこれから起きることを察知したが、導線的にはここで立ち往生するしかない。居酒屋のざわついた空気のなかでは、二人の会話までは聞こえてこない。
 だけど何だかとても気になってしまう…… 矛盾の境地だった。

「あの。私は前から、織原さんと仲良くなりたかったんです。その、えっと、良かったら、その連絡先とか教えて貰えませんか? 」

「……佐藤さん、さっきも言ったけど、こんな得たいも知れないオジサン相手にそういうこと言うもんじゃないよ。佐藤さんは、若いんだから……  」

 織原は力ずくで彼女の手を振りほどくと、ほらほらといって席に戻ろうとした。だけど彼女も最後のチャンスを逃したくはないのだろう。彼女はじたばたしながら織原にしがみつくと、ギャーギャーいいながら喚き始めた。

「えっ、別に連絡先くらい いいじゃん 」

「そういう問題じゃないの 」

 織原は周囲を見渡しながらオイオイと言うと、彼女の口元を塞いで静かにするように促した。

「えっ、もしかして結婚してる……とか? 」

「いや、結婚はしてない 」

「じゃあ、彼女がいるとか? 」

「別に……いないけど…… っていうか、俺も気にしてるんだから、ワザワザ言わせないでくれる? 」

「じゃあ、なんで……? 冗談ぽく聞こえたかもしれないですけど、私は本気で…… 」

「うん。わかってる。ごめん、本当に。僕ね、ずっと片思いしてる人がいるんだ 」

「片思い? 」

「そう、だから佐藤さんの気持ちにこたえられない。だから思わせ振りみたいなこともしたくはないから 」

 織原はそう言いながら佐藤を引っ張り上げると、戻るよといって手を差しのべた。すると佐藤はムッとした表情を浮かべて、大声でこう織原に言い放った。


「織原さんの好きな人って…… 副長ですよねっっッ!? 」

「なっ 」

 佐藤の落とした爆弾は、店内に響き渡った。
 そしてその音声を聞いた瞬間、桜は心臓がドキッとして、煙草は手から滑り落ちていく。

「さっきから、織原さんは副店長の方ばっかり見てましたっっ! 見ていれば分かりますっっッ 」

「…… 」

 織原は何も言わなかった。
 正確には何も言えなかったのかもしれない。
 桜は今すぐにでも腰を上げて状況を確認したいと思ったが、寸前のところで堪えていた。そして時間差でドタドタと集団での足音がして、佐藤は怒号を聞きつけたアルバイトたちに素早く回収されていく様子が聞こえてきた。
 何が何だかわからない。
 だけど織原が彼女に取った態度は何となく伝わってきて、それと同時に何故か安堵している自分もいる。とてもじゃないが、この空間に これ以上いるのは、耐えられそうになかった。


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