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ネクストワールド

混乱?台湾!

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 知らない場所に、一人で突撃する。
 人生でこんなに怖いと思ったことは 殆どない。
 ましてやここは異国で、自分はこの国の言葉は話せない。

 イケメンだから直ぐわかる、の定義は何だか知らないが、顔も見たことない人を探すのは物理的に成立するわけもないじゃないか。
 茜はスーツケースを引きながら、空港出口にいるであろう、コーディネーターを探した。普通のツアーならツアコンが 御一行様的なプラカードを掲げている。だけど今回は里岡とコーディネーター事前にロケハンしていて面識があると言うから、もしかしたら何も掲げていないかも知れない。税関で長いこと足止めを食らったこともあり、客を待つ現地スタッフは疎らではあった。茜は不安そうな表情を浮かべながら、唯一のヒントであるイケメンを探した。

 一人…… それっぽい人がいた。
 端正な顔立ちで、ツアー名の紙を掲げることなくスマホを操作している。ポロシャツにチノパン、動きやすそうな服装。確証は全くない。声をかけるか躊躇う。
 いや、でもそんな悠長に構えている時間はない。スケジュールは既に押しているし、違ったら間違いでしたで済む話ではないか。茜は意を決すると、恐る恐るその男性に近づいた。

「あの…… 林 志明さんですか?  」

「…… 」

 茜に声をかけられた男性は、ゆっくりと顔を上げこちらを振り返った。問いに対しての反応は薄い。
 日本語が通じないっッ!? やっぱ人違いじゃないか。
 茜は硬直しながらも、ここ数週間勉強してきた台湾語の知識を引っ張り出して、もうひと粘りした。

「……你好  えっとー我是茜 我是播音员 」
 
「…… 你好 我是林志明 你是一個好人…… 」

「はい? 」

 わからない……
 この人が放った一語一句が理解が出来ない。
 やっぱり人違いじゃないの? どうする? 取り敢えず英語で話すか?
 茜は固まりながらも、男性を見つめていた。彼の瞳はとても澄んで見えた。

「あの…… Im so sorry. I thought you were someone else.」
 
 茜は頭を垂れながら、男性に謝罪した。やっぱりこんなの出来っこない。頭を上げて彼の様子を伺うと、少しだけ不思議そうな顔を浮かべていた。そして少し沈黙した後、彼はゆっくりと口を開いた。

「いや…… 合ってるよ 」

「えっ? 」

「……待ってたよ、御堂さんでしょ?  」

「へっ…… 」

「俺は林志明 林観光取材旅行公司の 」

 彼は鞄の中から名刺のようなものを取り出すと、茜に手渡した。
なんだ。合ってた……ってこと?

「なっ、日本語ペラペラじゃん。なななんでっッ 」

「……台湾語で話しかけられたから、台湾語で返した。全然 台湾に興味ないアナウンサーだったら、どうしようかと思ってたけど。ちゃんと勉強してて凄いね 」

「はぁー? 」

 チャラい、チャラ過ぎる、このニーチャン!!
 しかもこんなに不安な状態に陥ってる人間をを試すなんてっッ!
 茜は沸々と沸き上がる感情を無理矢理ねじ込み、ムッとしそうな顔を堪えていた。
 取り敢えず嫌なヤツであることは確定したけど、どちらにせよ 彼に見放されたら自分は文字通り路頭に迷うのだ。

「で、御堂さん…… 他のクルーの皆さんは? 」

「あの…… えっと、それがですね 」

 茜は取り乱しそうになった感情を抑えると、彼に事細かに事情を説明した。一通り事情を聴いた彼は茜のスマホのアプリで里岡と連絡を取り始めた。話の内容的には、まだ税関通過には時間がかかるようで、先に取材を始めることにしたようだった。

「……大変だったね。たまーに あるんだよね、機材カルネに関しては 」

「そうなんですね、私は海外ロケは殆ど来ないんで」

「旅にトラブルは付き物だからね…… 車と運転手を用意してるんだけど、クルーと機材を優先するから、俺たちはタクシーで移動するか。御堂さんの荷物は うちの旅行会社の宅配サービスでホテルまで運ぶけど、大事なものは入ってない? 」

「ええ、特には。あっッ 」

 茜が驚いたのは一瞬で、彼は茜の返事を聞くなり彼女のスーツケースを引き始めた。

「あの、大丈夫ですっッ。自分で運べますから 」

「……あなたは大事なお客さんだから 」

 彼は茜を振り返りもせずに歩き出すと、スーツケースを携えながら、どこかに電話を始めた。茜には誰に何の話をしているのかは分からない。でも今は彼についていく他ないのだ。
 何なんだ、この人……?
 初めて出会った。国が違えば文化も違うのだろうけど、彼の行動は読めないし意味深じゃないか。

 茜はむくれるのを我慢しながら、彼の後ろをついて歩いた。飛行機を降りてからは既に結構な時間が経っていた。空港内はどこにいってもとにかく広い。荷物を預けタクシー乗り場に向かう頃には、茜の空腹は限界に達していた。 

「御堂さん。目的地までは一時間半くらいあるけど、コンビニとか寄る? 水とか、お茶とかは大丈夫? 」

「えっ、あの、はい…… 」

 言えるわけがなかった。
 お腹が空いたなんて 女子だし アナウンサーだし 初対面だし、何より恥ずかしい。どんな人かもまだわからない人にそんなことをさらりと言えるほど、アラサーだけどまだまだ世間体は捨てきれない。
 茜は言葉に詰まりながらも、大丈夫と伝えようとした。すると茜の様子を見た彼はさらりとこう言った。

「お腹は、その……大丈夫? 」

「あっ、えっとその…… 」

 夜勤明けで機内食食べ損ねて、十二時間以上何も食べてません…… とは恥ずかしすぎて流石に言えなかった。
茜は無意識に頬を赤らめると、少しだけコクりと頷いた。

 すると彼は指を指して
「……こっち 」
と一言 発すると、茜をそちらの方面に案内した。

「えっ、あのっ…… 」

「グルメロケだから、九份でめっちゃ食うことになるだろうから。ちゃんとは食べないほうがいいと思う 」

 彼に言われるがままに、茜は若干小走りでその足取りに付いていった。
 着いたその先には、タピオカスタンドがあった。
 
「タピオカミルクティ? 」

「苦手だった? 」

「いいえ。一般的な食べ物は何でも好きです 」

 茜は笑顔を浮かべると、彼に礼を述べた。

「……茶葉とか甘さとか選べるみたいだけどどうする? 」

 彼は茜に日本語メニューを見せると、丁寧にシステムを説明した。こちらを覗き込んでくる距離感が、心なしか妙に近く感じた。

「……鉄観音ティーがいい。後は、何を選べばいいか、ちょっとよくわからないかも 」

「まあ、それもそうか。俺も正直よくわかってないし。店のお薦めみたいなのでいい? 」

 茜の返事を確認すると、彼は台湾語で店員とやり取りをし注文を代行してくれた。そしてレジに出た会計を見ると、ポケットから財布を取り出した。

「えっ、あの、自分で払うんで…… 」

「いいよ、そんなに高いもんじゃないし 」

 茜が鞄から財布を取り出そうと右往左往しているうちに、彼はあっさり電子マネーで会計を完了させていた。

「あの…… ありがとうございます 」

 茜は言葉を詰まらせながら、会話を続けた。
 そういえば彼の名前は、何と呼べばいいのだろうか……? これから何日間かお世話になるのに、ガイドさん呼ばわりするのもよそよそしいけど、名前の読みはさっきの高速台湾語のせいで 全然聞き取れなかった。今さら確認するのも悪い気がするし、これは里岡が来るまでは誤魔化しながら一日をやり過ごすしかないのだろうか。

「ああ、俺は…… リンリンでいいよ。下の名前は日本語ではシメイになるけど、読みづらいから 」

「へっ……? 」

 茜は思わずドキッとして彼を振り返った。
 心の中を…… 読まれたのかと思った。

「そんなにビックリしなくても。僕の名前は林って書いてリンだから 」

「リンリン? 」

「そう。だいたい日本からきたお客さんには、そうしてもらってるから。覚えやすいでしょ? 」
 
「ええ、そうですね。私は……何でも。御堂でも茜でも。好きに読んでください。よろしくお願いします 」

 文化が違えば人も違う。
 何だかまだ緊張してリズムがうまく掴めない。

 ほぼ初めて飲む本場のタピオカティーは、茜には甘い。何だか彼のビジネス優しいに、少し翻弄されている気がした。




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