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スリーピングビューティ①
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■■■
あれ……?
私、何で新宿にいるんだろう。
しかも何故インクとトーンを手に持って、世界堂で立ち尽くしてるんだ?
朱美は呆然としながらも、ふと この店に来た目的を思い出すと、慌てふためきながら画材売り場に直行した。
「あのー、中野さん。どうです? ビビッとくるグッズはありました? 」
「ああ、神宮寺先生。いやー なかなかどれがいいのかなかなか見当がつかなくて 」
「まあ、水彩画と一口にいっても、絵の具とか紙にによっても、かなり発色とか仕上がりには変わりますからね。どういう感じが好みとかありますか? 例えば、ハッキリした仕上がりが好みとか、滲み感をだしたいとか 」
「うーん、そうですね 」
朱美が六本木から新宿まで移動したのは、訳があった。
どしゃ降りの雨の中、イタ飯屋で立ち往生をした朱美に救いの手を差し出してくれたのは、あの中野葵だった。そして成り行きで駅までの道のりを共にしたときに、彼から車内でこんな相談を受けたのだ。
「あの…… 実は以前から、プロの方に相談したかったことがあって 」
「……? なんですか? 」
朱美は恐る恐るも軽い口調で、中野の願いを探った。プロといっても、自分はストーリーに関しては毎回必死に制作している身であって、とてもじゃないけどアドバイスをする立場などにはない。事情によっては無理ですと拒絶が必要な程、作家目線の感性には自信がなかった。
「実は絵が上手くなりたくて…… 」
「絵ですか? 」
「ええ。ちょっと嗜みたいなって。でも僕、全然 絵心ないというか、何をどうしていいかわからなくて 」
中野葵はそういいながら スマホの写真ホルダーを開くと、恥ずかしそうに朱美に見せた。そこには数枚の風景画や抽象画、様々な分野の絵が納められていた。
「いや、中野さん。私が言える立場にはないですけど、凄く素敵じゃないですか。これは中野さんが? 」
「ええ、恥ずかしい話なんですが。贈りたい人がいるんです 」
「贈り物か。きっと喜んでもらえますね 」
「そうですかね? 今時、自分でも何かなーとは思うんですけどね 」
中野葵はスマホを受けとると、恥ずかしそうにはにかんだ。マスク越しだからハッキリとはわからないのだが、彼は少し不安げな顔をしていた。
「うーん。私もカラーは好きですけど、毎回苦労の連続で。デジタルペイントにしちゃえばいいんでしょうけど、私の場合それだと どこまでこだわるべきか収拾もつかなくて。なんだか永遠に終わりが来ないから、どうも苦手なんですよ 」
「やっぱり神宮寺先生は、アナログカラーなんですね? 」
「へっ? 」
「あっ、すみません、オーディション受けるのに先生の作品を拝見したもので。まさか交差点ですれ違った方が神宮寺先生とも知らずに無礼を…… 」
「あっ、いえいえ。とんでもないですっッ! 私、迷子になってましたから 」
朱美は慌てていろいろと否定すると、アワアワとしながら挙動不審に陥った。
マスクで覆い隠そうと、中野の芸能人としてのオーラには目を見張るものがあった。細いのにガッチリしたボディライン、そんでもって美声で、あんなに優しい絵を描くなんて、神は一人を贔屓し過ぎではなかろうかと思ってしまう。
「僕は今は 初心者スターターセットで絵を描いてるんですけどね。なんか、ちょっと物足りなくなってきて。でも何を買えばいいかも良くわからなくて 」
「なるほど。その気持ちは良くわかります 」
朱美はうんうんと頷きながら、彼に同調した。そしてそんな話でその後もひとしきり盛り上がり、気がついたら 新宿で途中下車してしまったというのか事のなりゆきだった。
「すみません、ほぼ 初対面なのに急に付き合ってもらっちゃって 」
「いいえー。傘を恵んでいただいて助かりましたし、それに私も切らしてた画材があったんで 」
朱美は堂々と嘘をつくと、中野葵に ニコリと笑顔を向けた。不思議なことに これほどのイケメンを前にしても、別に彼と親密になりたいとか、そういう気持ちは一切わかない。だけど彼の魅力は何なのか、作家としての自分が知りたいと探求心を感じていた。
ブーブーブーブー
「神宮寺先生、どうかされました? 」
「あっ、すみません。ちょっと電話がきて 」
こんな時間に電話をかけてくる人間の相場は決まっている。
だけど一応朱美は慌てて鞄の中から、スマホを取り出すと相手を素早く確認した。その画面に出た名前はお馴染みの吉岡で、朱美はあからさまに落胆した表情を浮かべた。
「吉岡? なに? どうかしたの? 」
朱美は若干ぶっきらぼうに電話で応答すると、中野葵に少し背を向けた。
「……いま、どこにいます? 家に着きましたか? 」
「今? どこって…… 出たついでに 画材を買ったりしてて。三丁目、新宿三丁目にいるけど 」
「そうですか 」
「……? なに、急にどうしたの? ネームなら出来てないよ、明日打ち合わせって話だったし。何かあったの? 」
「いえ、なんでもありません すみません、取り込み中に 」
「……? 」
「雨、大丈夫でした? 」
「ええ。多少は降られたけど 」
「それなら、良かったです。気をつけて……帰って下さい…… 」
「……? ちょっ、よしお…… 」
朱美が声をかけた瞬間、吉岡は話途中だというのに一方的に電話を切った。
何なの、一体っッ!
朱美は苛立ちを押さえながらもスマホを鞄に戻すと、ハアと思わず溜め息をついた。
「先生? どうかしましたか? 」
「あっ、ううん、何でも 」
「……彼氏? とかですか? 」
「へっ? まさか。うちの担当からの電話です。もう逐一監視されてて 」
「そうですか。何だか 親密そうな感じに聞こえたから 」
「えっ?いや、気のせいだと思いますよ。うん 」
親密そう……か……
吉岡はこの一年は家族よりも 一緒の時間を共有していて、一種のパートナー的な存在ではあるの事実だ。
でも別にそれ以上でも それ以下でもないし、きっとこの先もそういう関係が続く人なのだ。仲が良さそうといわれて否定する気持ちはないが、説明の仕様がない関係性でもある気がした。
◆◆◆
店の外は相変わらず、どしゃ降りの雨だった。
中野葵と朱美は間に合わせで買った傘を開くと、ゆっくりと人混みのなかを歩きだした。 昼間の麻布十番とはうって代わり、土曜日夜の新宿は 老若男女問わず沢山の人たちで賑わっていた。
「今日はありがとうございました。お陰さまで助かりました 」
「いいえ。私も用事が済んで助かりました。いい絵が描けるといいですね 」
「ええ、ありがとうございます。では 」
「また…… 」
朱美は駅に向かう中野葵を見送ると、自分はそそくさとタクシーを捕まえた。 運転手に住所を告げると、どっと疲労に襲われた。数えないようにしてはいたが、短針何周分起きているのか自分ではよくわからなくなっていた。
昼間に起きてるなんて久しぶり過ぎたし、今日は帰って寝よ。
朱美はそんなことを思いながら、鞄を抱えて静かに目を閉じた。
◆◆◆
えっ?
はい…… んんっ……?
ここは……
わたしの…… 部屋…… だよね……?
朱美は霞む目ピントを瞬きで調整しながら、見慣れた天井を仰いだ。
あれ? 私、新宿でタクシー乗って……
その後、どうしたんだっけ?
んんっ?
おかしい……
その後本来あるはずの記憶がすっぱり抜け落ちてる気がする。
朱美は混乱しながら、髪をかきあげた。
何だか目覚めは悪いし、頭も痛い。
もしかして二日酔い? っていうか、いま何時なんだろ?
朱美がベッドから立ち上がろうとした、その瞬間、足元にあり得ない影がいることに気づいて 思わず声を張り上げた。
「な゛っ……なっ、な゛ッッ……! 何コレっッ……!? 」
「……」
ななな、何でっッッ
吉岡が、私のベッドに項垂れてるのっッ!?
ちょっ、誰か私に事情を説明してっッ!
っつーか夢なら醒めろっッ!!!
イ マ ス グ ニ゛ィィーッーーー !!!!
朱美は驚きのあまり言葉にならない呻き声を上げると、顔を赤らめて自分の状況把握に努めた。
つーか、服!!!!?
なんで私、パジャマを着てるのっッ!?
朱美は混乱状態に陥りながらも、時計を探した。辺りが暗すぎて、いま何時かもよくわからない。
外からは微かに雨音が聞こえる。マンションの廊下の共用灯が煌々としているあたりからして、けっこういい時間なのだろうか。
それにしても、頭痛が酷い……
頭がガンガンして、体感的には今にも割れそうな勢いだ。朱美は体育座りをしながら赤面していると、吉岡がゆっくりと頭を上げた。
「よ……よしおか……? 」
「……アケミ先生? 起きました? 」
「な……な……なっ、なんでっ…… よしおかが……うちにいるの? 」
朱美はだんだん声のトーンを潜めながら、必死に吉岡に食らいついた。その様子を見た吉岡は半ば呆れた調子で、ため息混じりにこう返答した。
「それは、こっちの台詞ですよ。先生、ほんっとーーに何も覚えてないんですかっッ? 」
「はっ……? 吉岡…… 何言って…… 」
「僕はね、あの後、丸の内で飲んでたんですよ 」
「はっ……? 飲んでたって…… 」
仕事じゃなかったの……? っていうか、仕事終わってから……飲みに行ってたってこと?
朱美は思考回路を何とか働かせて時系列を思い返そうとした。オーディションの終わりに仕事行って、その後の話ってこと……なのか?
もはやここまで来たら細かい事情は、二の次だった。ここは深く考えずに、今は自分が新宿からワープした理由を知ることの方が最優先である気がした。
「……で、一応先生が家に着いたか確認しようと思って、何回か電話したんですよ。そしたらオジサンが『もしもし』って電話に出たもんだから、僕はまあ心臓が止まるレベルで驚きましたよ 」
「……えっ? オジ……サン…… 」
どういうことだ? 話が全ッ然見えてこない……
「もしかして、私…… オジサンに襲われたとか!? 」
「……はあ? ブッ! アッハハッ 」
「なっ、なんで吹き出すのよ! 私は真剣にっッ 」
「すみません、可笑しくって 」
吉岡は堪えきれずに爆笑して吹き出すと、涙を流しながら朱美にざっくりと事情を説明した。
あれ……?
私、何で新宿にいるんだろう。
しかも何故インクとトーンを手に持って、世界堂で立ち尽くしてるんだ?
朱美は呆然としながらも、ふと この店に来た目的を思い出すと、慌てふためきながら画材売り場に直行した。
「あのー、中野さん。どうです? ビビッとくるグッズはありました? 」
「ああ、神宮寺先生。いやー なかなかどれがいいのかなかなか見当がつかなくて 」
「まあ、水彩画と一口にいっても、絵の具とか紙にによっても、かなり発色とか仕上がりには変わりますからね。どういう感じが好みとかありますか? 例えば、ハッキリした仕上がりが好みとか、滲み感をだしたいとか 」
「うーん、そうですね 」
朱美が六本木から新宿まで移動したのは、訳があった。
どしゃ降りの雨の中、イタ飯屋で立ち往生をした朱美に救いの手を差し出してくれたのは、あの中野葵だった。そして成り行きで駅までの道のりを共にしたときに、彼から車内でこんな相談を受けたのだ。
「あの…… 実は以前から、プロの方に相談したかったことがあって 」
「……? なんですか? 」
朱美は恐る恐るも軽い口調で、中野の願いを探った。プロといっても、自分はストーリーに関しては毎回必死に制作している身であって、とてもじゃないけどアドバイスをする立場などにはない。事情によっては無理ですと拒絶が必要な程、作家目線の感性には自信がなかった。
「実は絵が上手くなりたくて…… 」
「絵ですか? 」
「ええ。ちょっと嗜みたいなって。でも僕、全然 絵心ないというか、何をどうしていいかわからなくて 」
中野葵はそういいながら スマホの写真ホルダーを開くと、恥ずかしそうに朱美に見せた。そこには数枚の風景画や抽象画、様々な分野の絵が納められていた。
「いや、中野さん。私が言える立場にはないですけど、凄く素敵じゃないですか。これは中野さんが? 」
「ええ、恥ずかしい話なんですが。贈りたい人がいるんです 」
「贈り物か。きっと喜んでもらえますね 」
「そうですかね? 今時、自分でも何かなーとは思うんですけどね 」
中野葵はスマホを受けとると、恥ずかしそうにはにかんだ。マスク越しだからハッキリとはわからないのだが、彼は少し不安げな顔をしていた。
「うーん。私もカラーは好きですけど、毎回苦労の連続で。デジタルペイントにしちゃえばいいんでしょうけど、私の場合それだと どこまでこだわるべきか収拾もつかなくて。なんだか永遠に終わりが来ないから、どうも苦手なんですよ 」
「やっぱり神宮寺先生は、アナログカラーなんですね? 」
「へっ? 」
「あっ、すみません、オーディション受けるのに先生の作品を拝見したもので。まさか交差点ですれ違った方が神宮寺先生とも知らずに無礼を…… 」
「あっ、いえいえ。とんでもないですっッ! 私、迷子になってましたから 」
朱美は慌てていろいろと否定すると、アワアワとしながら挙動不審に陥った。
マスクで覆い隠そうと、中野の芸能人としてのオーラには目を見張るものがあった。細いのにガッチリしたボディライン、そんでもって美声で、あんなに優しい絵を描くなんて、神は一人を贔屓し過ぎではなかろうかと思ってしまう。
「僕は今は 初心者スターターセットで絵を描いてるんですけどね。なんか、ちょっと物足りなくなってきて。でも何を買えばいいかも良くわからなくて 」
「なるほど。その気持ちは良くわかります 」
朱美はうんうんと頷きながら、彼に同調した。そしてそんな話でその後もひとしきり盛り上がり、気がついたら 新宿で途中下車してしまったというのか事のなりゆきだった。
「すみません、ほぼ 初対面なのに急に付き合ってもらっちゃって 」
「いいえー。傘を恵んでいただいて助かりましたし、それに私も切らしてた画材があったんで 」
朱美は堂々と嘘をつくと、中野葵に ニコリと笑顔を向けた。不思議なことに これほどのイケメンを前にしても、別に彼と親密になりたいとか、そういう気持ちは一切わかない。だけど彼の魅力は何なのか、作家としての自分が知りたいと探求心を感じていた。
ブーブーブーブー
「神宮寺先生、どうかされました? 」
「あっ、すみません。ちょっと電話がきて 」
こんな時間に電話をかけてくる人間の相場は決まっている。
だけど一応朱美は慌てて鞄の中から、スマホを取り出すと相手を素早く確認した。その画面に出た名前はお馴染みの吉岡で、朱美はあからさまに落胆した表情を浮かべた。
「吉岡? なに? どうかしたの? 」
朱美は若干ぶっきらぼうに電話で応答すると、中野葵に少し背を向けた。
「……いま、どこにいます? 家に着きましたか? 」
「今? どこって…… 出たついでに 画材を買ったりしてて。三丁目、新宿三丁目にいるけど 」
「そうですか 」
「……? なに、急にどうしたの? ネームなら出来てないよ、明日打ち合わせって話だったし。何かあったの? 」
「いえ、なんでもありません すみません、取り込み中に 」
「……? 」
「雨、大丈夫でした? 」
「ええ。多少は降られたけど 」
「それなら、良かったです。気をつけて……帰って下さい…… 」
「……? ちょっ、よしお…… 」
朱美が声をかけた瞬間、吉岡は話途中だというのに一方的に電話を切った。
何なの、一体っッ!
朱美は苛立ちを押さえながらもスマホを鞄に戻すと、ハアと思わず溜め息をついた。
「先生? どうかしましたか? 」
「あっ、ううん、何でも 」
「……彼氏? とかですか? 」
「へっ? まさか。うちの担当からの電話です。もう逐一監視されてて 」
「そうですか。何だか 親密そうな感じに聞こえたから 」
「えっ?いや、気のせいだと思いますよ。うん 」
親密そう……か……
吉岡はこの一年は家族よりも 一緒の時間を共有していて、一種のパートナー的な存在ではあるの事実だ。
でも別にそれ以上でも それ以下でもないし、きっとこの先もそういう関係が続く人なのだ。仲が良さそうといわれて否定する気持ちはないが、説明の仕様がない関係性でもある気がした。
◆◆◆
店の外は相変わらず、どしゃ降りの雨だった。
中野葵と朱美は間に合わせで買った傘を開くと、ゆっくりと人混みのなかを歩きだした。 昼間の麻布十番とはうって代わり、土曜日夜の新宿は 老若男女問わず沢山の人たちで賑わっていた。
「今日はありがとうございました。お陰さまで助かりました 」
「いいえ。私も用事が済んで助かりました。いい絵が描けるといいですね 」
「ええ、ありがとうございます。では 」
「また…… 」
朱美は駅に向かう中野葵を見送ると、自分はそそくさとタクシーを捕まえた。 運転手に住所を告げると、どっと疲労に襲われた。数えないようにしてはいたが、短針何周分起きているのか自分ではよくわからなくなっていた。
昼間に起きてるなんて久しぶり過ぎたし、今日は帰って寝よ。
朱美はそんなことを思いながら、鞄を抱えて静かに目を閉じた。
◆◆◆
えっ?
はい…… んんっ……?
ここは……
わたしの…… 部屋…… だよね……?
朱美は霞む目ピントを瞬きで調整しながら、見慣れた天井を仰いだ。
あれ? 私、新宿でタクシー乗って……
その後、どうしたんだっけ?
んんっ?
おかしい……
その後本来あるはずの記憶がすっぱり抜け落ちてる気がする。
朱美は混乱しながら、髪をかきあげた。
何だか目覚めは悪いし、頭も痛い。
もしかして二日酔い? っていうか、いま何時なんだろ?
朱美がベッドから立ち上がろうとした、その瞬間、足元にあり得ない影がいることに気づいて 思わず声を張り上げた。
「な゛っ……なっ、な゛ッッ……! 何コレっッ……!? 」
「……」
ななな、何でっッッ
吉岡が、私のベッドに項垂れてるのっッ!?
ちょっ、誰か私に事情を説明してっッ!
っつーか夢なら醒めろっッ!!!
イ マ ス グ ニ゛ィィーッーーー !!!!
朱美は驚きのあまり言葉にならない呻き声を上げると、顔を赤らめて自分の状況把握に努めた。
つーか、服!!!!?
なんで私、パジャマを着てるのっッ!?
朱美は混乱状態に陥りながらも、時計を探した。辺りが暗すぎて、いま何時かもよくわからない。
外からは微かに雨音が聞こえる。マンションの廊下の共用灯が煌々としているあたりからして、けっこういい時間なのだろうか。
それにしても、頭痛が酷い……
頭がガンガンして、体感的には今にも割れそうな勢いだ。朱美は体育座りをしながら赤面していると、吉岡がゆっくりと頭を上げた。
「よ……よしおか……? 」
「……アケミ先生? 起きました? 」
「な……な……なっ、なんでっ…… よしおかが……うちにいるの? 」
朱美はだんだん声のトーンを潜めながら、必死に吉岡に食らいついた。その様子を見た吉岡は半ば呆れた調子で、ため息混じりにこう返答した。
「それは、こっちの台詞ですよ。先生、ほんっとーーに何も覚えてないんですかっッ? 」
「はっ……? 吉岡…… 何言って…… 」
「僕はね、あの後、丸の内で飲んでたんですよ 」
「はっ……? 飲んでたって…… 」
仕事じゃなかったの……? っていうか、仕事終わってから……飲みに行ってたってこと?
朱美は思考回路を何とか働かせて時系列を思い返そうとした。オーディションの終わりに仕事行って、その後の話ってこと……なのか?
もはやここまで来たら細かい事情は、二の次だった。ここは深く考えずに、今は自分が新宿からワープした理由を知ることの方が最優先である気がした。
「……で、一応先生が家に着いたか確認しようと思って、何回か電話したんですよ。そしたらオジサンが『もしもし』って電話に出たもんだから、僕はまあ心臓が止まるレベルで驚きましたよ 」
「……えっ? オジ……サン…… 」
どういうことだ? 話が全ッ然見えてこない……
「もしかして、私…… オジサンに襲われたとか!? 」
「……はあ? ブッ! アッハハッ 」
「なっ、なんで吹き出すのよ! 私は真剣にっッ 」
「すみません、可笑しくって 」
吉岡は堪えきれずに爆笑して吹き出すと、涙を流しながら朱美にざっくりと事情を説明した。
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2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
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※2023年8月 書籍化
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