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キラキラした世界
ハイスピードコースターに乗って①
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■■■
時を遡ること 数週間前……
ちょっと、ちょっと、ちょっと!
朱美のヤツ、今度会ったらて手加減なして平手打ちしてやるっッ。
息吹はあまりの場の気まずさに、心の中で大号泣していた。
何故いま、自分はあまり親しくもない人や初対面の人に囲まれて、三丁目かつ しかも地下 さらには初めてきた店で、酒を酌み交わしているのだろう。息吹は未だに事情がよく飲み込めないでいた。
幹事なしで始まった合コンは、取り敢えず中止にはならなかったものの、まずは相手と落ちあうだけで一苦労だった。
朱美とは一方的なドタキャンの連絡以来、電話が通じない。おまけに知らない名前の野上という男から、いきなり電話がくるし、もう何が何だか頭の中は交通渋滞だった。
息吹はいつもなら絶対に頼まないカシスオレンジを片手に、とにかく時間が過ぎるのを待っていた。唯一頼りたかった女子メンバーの二人は、朱美の高校時代のグループの友達でそれほど仲も良くない。しかも彼女や向かいに座る男子メンバーは、もはや出会いの場ということを越えて、十年ぶりに新作が公開されるアニメ映画の話で大盛り上がりをみせており、息吹にとってはまさにアウェイでサッカーをしている気分だった。こんな会ではタバコを吸うわけにもいかないし肩身は狭い。
「あの、山辺さん? 」
「はい? 」
「次、何か頼みましょうか? 」
「へっ、あっ…… 」
声をかけてきたのは、今回のコンパで同じく緊急幹事に大抜擢されてしまった野上だった。女子を演出するためにカシオレをチョイスはしたものの、急ピッチで飲み進めていたら 意味はないものと同じだった。息吹は グラスが空になったことに気づいてなかった自分が ちょっと恥ずかしくなる。
「僕、レモンサワー頼みますけど、山辺さんはどうしますか? 」
「えっ? あっ、じゃあ、同じものをお願いします 」
「了解しました 」
野上はそのまま他のメンバーの注文を取ると、店員に注文を告げた。息吹はふと彼の手元に目をやる。彼の前には大量の空グラスが並んでいた。
「あのー、すみません。いろいろ、やってもらっちゃって 」
「いえいえ。 まあ、こんなこともありますよ。さあ、山辺さん。飲みましょ、飲みましょ。飲み放題なんだし立て替えで一瞬多く払うんだから、」
野上は明るく振る舞うと、ちゃかちゃかとテーブル上のグラスやら食べ物の皿を処理していた。息吹は朱美からの応答がないかと ちらりとスマホに目線を落としたが、相変わらず音沙汰はない。野上の話だと担当の吉岡さんが血相変えて朱美の家に行ったらしいという情報だけが唯一の救いだった。
「神宮寺先生の漫画、僕はファンなんですよ 」
「えっ? 」
唐突に息吹に話しかけてきたのは野上だった。
「へっ、あっっ、そうですね…… 私も好きです 」
男性なのに少女漫画が好きだというのは少し意外な感じがしたが、これなら息吹にもわかる話題なので少しほっとした。他の作品はあまり目は通さないが、隔週キャンディの電子書籍はダウンロードしているし、単行本も自分で一冊は購入している。
「最新号、読みました? 僕、あのシーンちょっとツボで…… 」
「ああ、冒頭ですよね。意味深に引っ張っといて、そうきたかって感じでしたね 」
「はい…… なんかヒロインちゃんって憎めなくて…… 」
野上は言いつつ、レモンサワーを息吹に渡した。野上は吉岡さんは先輩だと言っていたから、自分よりは二つ、最大三つは年下なんだろう。年下はないやと思いながら息吹はレモンサワーを煽った。
何だかもうどうでも良くなってきた。
息吹はスマホを取り出しアプリを立ち上げると、
「野上さん、私いまそのページ開きますよ。ほら、何回見てもクスッときちゃいますよね 」
と自ら声をかけた。
今日は、もう取り繕うの止めた。
息吹はそう思うと、その後もいつものレモンサワーを頼み続けた。
今回は縁がなかった……
息吹としては割り切った会になったはずだった。
だけど思いがけず、彼から連絡があったのだ。
『今度、一緒に食事でも如何ですか? 』
と……
■■■
私は今、とてつもなく場違いなところに居るのではないだろうか……
息吹は半ば硬直しながら、池袋の街を歩いていた。
茜宅のある六本木の雰囲気とは、まるで違う。街自体が若さとエネルギッシュに満ち溢れているのだ。
池袋は 学生時代は良く足を運んだ 馴染みの場所だが、都内に引っ越してからは 居住地からのアクセスも悪いため、とんと足を運ばなくなっていた。息吹は上京したての学生の如く右往左往しながら、ある場所を目指していた。息吹が四六時中にプレイしている例のゲームキャラの看板も見つけることは出来たが、今の彼女にそれを楽しめる余裕はない。やっとの思いで建物の入り口のエスカレーターにたどり着くと息吹は安堵した。しかしその休息はほんの一瞬で、過ぎ去ることになる。
「あの…… 山辺さん? 」
「あっ、野上さん!? 」
後方からまだ聞き慣れない声が聞こえてきて、息吹はほぼ反射で振り返った。
そこには現在進行形で、息吹を大きく悩ませる元凶の彼がいた。
「早いですね、待ち合わせまでまだ三十分以上ありますよ 」
「池袋は久し振りなんで…… ちょっと余裕持とうと思って 」
息吹は心臓をバクバクさせながら、野上にこう答えた。この高鳴りがどちらのものなのか、息吹には未だ良くわからないでいる。でも野上はそんな息吹の複雑な乙女心を知るよしもなく 彼女の手を掴むと、さっとエスカレーターに乗り込んだ。
「さあ、行きましょう。ここの水族館、ペンギンが空飛んでるらしいんですよ 」
「………!? 」
息吹は野上の突然の行動に大きな動揺を見せながら、されるがままにその腕についていくしかなかった。
時を遡ること 数週間前……
ちょっと、ちょっと、ちょっと!
朱美のヤツ、今度会ったらて手加減なして平手打ちしてやるっッ。
息吹はあまりの場の気まずさに、心の中で大号泣していた。
何故いま、自分はあまり親しくもない人や初対面の人に囲まれて、三丁目かつ しかも地下 さらには初めてきた店で、酒を酌み交わしているのだろう。息吹は未だに事情がよく飲み込めないでいた。
幹事なしで始まった合コンは、取り敢えず中止にはならなかったものの、まずは相手と落ちあうだけで一苦労だった。
朱美とは一方的なドタキャンの連絡以来、電話が通じない。おまけに知らない名前の野上という男から、いきなり電話がくるし、もう何が何だか頭の中は交通渋滞だった。
息吹はいつもなら絶対に頼まないカシスオレンジを片手に、とにかく時間が過ぎるのを待っていた。唯一頼りたかった女子メンバーの二人は、朱美の高校時代のグループの友達でそれほど仲も良くない。しかも彼女や向かいに座る男子メンバーは、もはや出会いの場ということを越えて、十年ぶりに新作が公開されるアニメ映画の話で大盛り上がりをみせており、息吹にとってはまさにアウェイでサッカーをしている気分だった。こんな会ではタバコを吸うわけにもいかないし肩身は狭い。
「あの、山辺さん? 」
「はい? 」
「次、何か頼みましょうか? 」
「へっ、あっ…… 」
声をかけてきたのは、今回のコンパで同じく緊急幹事に大抜擢されてしまった野上だった。女子を演出するためにカシオレをチョイスはしたものの、急ピッチで飲み進めていたら 意味はないものと同じだった。息吹は グラスが空になったことに気づいてなかった自分が ちょっと恥ずかしくなる。
「僕、レモンサワー頼みますけど、山辺さんはどうしますか? 」
「えっ? あっ、じゃあ、同じものをお願いします 」
「了解しました 」
野上はそのまま他のメンバーの注文を取ると、店員に注文を告げた。息吹はふと彼の手元に目をやる。彼の前には大量の空グラスが並んでいた。
「あのー、すみません。いろいろ、やってもらっちゃって 」
「いえいえ。 まあ、こんなこともありますよ。さあ、山辺さん。飲みましょ、飲みましょ。飲み放題なんだし立て替えで一瞬多く払うんだから、」
野上は明るく振る舞うと、ちゃかちゃかとテーブル上のグラスやら食べ物の皿を処理していた。息吹は朱美からの応答がないかと ちらりとスマホに目線を落としたが、相変わらず音沙汰はない。野上の話だと担当の吉岡さんが血相変えて朱美の家に行ったらしいという情報だけが唯一の救いだった。
「神宮寺先生の漫画、僕はファンなんですよ 」
「えっ? 」
唐突に息吹に話しかけてきたのは野上だった。
「へっ、あっっ、そうですね…… 私も好きです 」
男性なのに少女漫画が好きだというのは少し意外な感じがしたが、これなら息吹にもわかる話題なので少しほっとした。他の作品はあまり目は通さないが、隔週キャンディの電子書籍はダウンロードしているし、単行本も自分で一冊は購入している。
「最新号、読みました? 僕、あのシーンちょっとツボで…… 」
「ああ、冒頭ですよね。意味深に引っ張っといて、そうきたかって感じでしたね 」
「はい…… なんかヒロインちゃんって憎めなくて…… 」
野上は言いつつ、レモンサワーを息吹に渡した。野上は吉岡さんは先輩だと言っていたから、自分よりは二つ、最大三つは年下なんだろう。年下はないやと思いながら息吹はレモンサワーを煽った。
何だかもうどうでも良くなってきた。
息吹はスマホを取り出しアプリを立ち上げると、
「野上さん、私いまそのページ開きますよ。ほら、何回見てもクスッときちゃいますよね 」
と自ら声をかけた。
今日は、もう取り繕うの止めた。
息吹はそう思うと、その後もいつものレモンサワーを頼み続けた。
今回は縁がなかった……
息吹としては割り切った会になったはずだった。
だけど思いがけず、彼から連絡があったのだ。
『今度、一緒に食事でも如何ですか? 』
と……
■■■
私は今、とてつもなく場違いなところに居るのではないだろうか……
息吹は半ば硬直しながら、池袋の街を歩いていた。
茜宅のある六本木の雰囲気とは、まるで違う。街自体が若さとエネルギッシュに満ち溢れているのだ。
池袋は 学生時代は良く足を運んだ 馴染みの場所だが、都内に引っ越してからは 居住地からのアクセスも悪いため、とんと足を運ばなくなっていた。息吹は上京したての学生の如く右往左往しながら、ある場所を目指していた。息吹が四六時中にプレイしている例のゲームキャラの看板も見つけることは出来たが、今の彼女にそれを楽しめる余裕はない。やっとの思いで建物の入り口のエスカレーターにたどり着くと息吹は安堵した。しかしその休息はほんの一瞬で、過ぎ去ることになる。
「あの…… 山辺さん? 」
「あっ、野上さん!? 」
後方からまだ聞き慣れない声が聞こえてきて、息吹はほぼ反射で振り返った。
そこには現在進行形で、息吹を大きく悩ませる元凶の彼がいた。
「早いですね、待ち合わせまでまだ三十分以上ありますよ 」
「池袋は久し振りなんで…… ちょっと余裕持とうと思って 」
息吹は心臓をバクバクさせながら、野上にこう答えた。この高鳴りがどちらのものなのか、息吹には未だ良くわからないでいる。でも野上はそんな息吹の複雑な乙女心を知るよしもなく 彼女の手を掴むと、さっとエスカレーターに乗り込んだ。
「さあ、行きましょう。ここの水族館、ペンギンが空飛んでるらしいんですよ 」
「………!? 」
息吹は野上の突然の行動に大きな動揺を見せながら、されるがままにその腕についていくしかなかった。
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