上 下
23 / 123
キラキラした世界

ツンデレ地帯②

しおりを挟む

「あのさぁ、吉岡。これ…… 」

 どさくさに紛れて 朱美はコップのすぐ横にその紙を置くと、先程とは打って変わり ソファーに体育座りをして頭を下げた。
 吉岡がそれらに目をやる。するとそこには広告や書き損じの原稿の裏紙が混ざっていた。

「あのっ、先生。もしかして、これ…… 」

「ネーム。一応、昨日のうちに出来てたの。ごめん、ちょっと嘘を付くようなこと言っちゃって 」

「はあ。ちょっと拍子抜けですが。では、拝見します…… 」

 吉岡は 一体 あの茶番は何だったんだ?と思ったが、すぐさま仕事モードに目付きを切り替えると ネームに目を通し始めた。鉛筆で殴り書きされたネームは、鉛筆の擦れた跡や消しゴムの掛けすぎで紙が薄くなっているのが、はっきりとわかる状態だった。
 それにしても吉岡の速読力は、目を見張るものがある。まるで卒業アルバムに載せる写真でも選別するかのように、吉岡は二十ページに渡るネームを淡々と捲っていく。そしてその表情は終盤に向かうほど険しいものになっていった。
 一分経ったかどうかくらいのタイミングで、吉岡はネームから目を離して朱美に見返った。

「あのっ、神宮寺センセィ……? 」

「なに……? 苦情ならお断りだからね。それでも私なりには、紆余曲折だったんだから 」

「海蘊と奏介…… キスするんですか? っていうか、プロット……と違くないっすか!? 」

 吉岡はネームを持つ手を震わせながら朱美に向かい直った。心なしか吉岡の目は若干血走っても見える。

「うん。だから言ったじゃん。私に恋愛漫画は無理なんだって。どんどんピュアラブから離れていく一方だもん。だから自分がイヤになっちゃったわけ。私の発想があまりにも闇展開で…… 」

「確かに、まあ、誰だってリア充の くっつく くっつかない、みないな焦れったい駆け引き的な話を聞いたら、そう思いますよ。でもだからって、ヒロイン海蘊をそっちの世界に走らせるのは大胆というか…… なんというか 」

「……これを書いたのは、今日 私が息吹に会う前だからね。いくらなんでも、急にその発想にはならないから 」
 
 朱美はサイドテーブルにあった煎餅の封を切ると、バリバリと口に運び始めた。

「仕方ないじゃん。やっぱり私も十二人のイケメン編集者に『君の物語を僕も一緒に紡ぎたい』とか言われたらいいな、とか思ったの。やっぱ主人公には刺激が必要だと思って 」

「まあ、僕みたいなのが、あと十一人もいたら、先生マジで息できなくなると思いますけどね 」

 吉岡は呆れながら麦茶を口に運ぶと、そのままサイドテーブルにあった煎餅にも手を伸ばした。

「言っとくけど、吉岡のツンポジ&姑ポジションは一人でいいの。下手したらいらないっッ。私が欲しいのは刺激的で甘甘エロスな王子様だから 」

「いっ、いらないって…… それ結構 いま 僕の心にグサッって来たんですけどっッ!? 」

 吉岡は思わず立ち上がって朱美に抗議を入れたが、朱美は物ともせず真顔でこう返した。

「はあ? だって本当のことだから。まあ、そんなのはどうでもいいわ。だけど そのまま 十二人も発生したら某ゲームのパクリだし、今更 あと十一人もイケメンキャラとか無理だから、取り敢えず奏介くっつけてみよっかなって思ったの 」

「はあ。じゃあ…… 結構 感覚的にやっちゃった感じですか? 」

 吉岡は朱美の言葉を聞いて、髪の毛を少し書き上げると安堵したようにまたソファーに腰かけた。
 冗談の間合いかどうかが分かるくらいの信頼関係なら、二人の間にはもう確立されている。

「あの……先生が次の展開に悩んでいるならは、たまには編集者として 僭越ながらアドバイスをさせていただいても宜しいでしょうか 」

「別に、構わないけど…… 」

「僕は思うんですけど、プロセスはすべて経験になります。そしてそのプロセスは、一人一人で違います。僕たちのように創作活動に従事するものがエンターテイメントで一番重要視するべきは、おそらく結果です。だから海蘊が色んな経験をしても、最終的にちゃんと答えを出すことが大切なんだと思います 」

「…… 」

「別に真っ直ぐの道を進むだけが、幸せになる方法な訳ではありません。迷子になったり、崖を越えて進んだっていいんです。彼女は物語の主人公なんだから、一番荒波に揉まれて幸せになる権利があると僕は思います 」

「吉岡…… そうだね。私もそう思う 」

「ちょっ、先生ここツッコむとこですよ。僕、ちょっと恥ずかしいんですけどっ…… 」

 吉岡は想定外の朱美のリアクションに思わず動揺した。本当に行き詰まってこう展開を変えたのか、それとも天性の才能で 本能の赴くままに方向性を変えたのか、一年間一緒に作品を作ってきた経験を考慮しても、吉岡には朱美が良くわからくなっていた。ただこれは素の朱美の反応なのではないかと、吉岡はそう思った。
 そして吉岡は、はあーとため息をつくと、朱美にこう切り出した。

「野上の方もかなり本気で、彼女に入れ込んでるみたいなんで二人はうまく行くんじゃないですかね 」

「へっ…… 吉岡? もしかして、野上さんが息吹にアタックしてるの、知ってたの?」

「ええ。まあ……合コンの日に、一応問題がなかったか連絡を取ったので。その時に、気になる人がいると報告を受けましたから…… 」

 吉岡は緩めたネクタイを外しながら、こう朱美に話した。朱美はビックリしたのか、相変わらず化粧っけのない目玉をまん丸くして、体全身で吉岡に向き直った。

「はあっッー!? いつの間にっッ!? っていうか吉岡は、あの日はずっとココにいたじゃんっ! 」

「まあ、先生がショックを受けてたんで、ある程度はタイミングを計って、わからないように外部発信しましたから…… 」

「キッーッ! よーしーおーかぁーっッ!! 」

 朱美はその吉岡の飄々とした態度に、苛立ちを隠せなかった。朱美は勢いよく立ち上がると、ソファーのクッションを吉岡に投げつける。しかし吉岡はあっさりとその攻撃を避けた。

「だから、まあ、野上と息吹さんの件を聞いたら、先生が少し壊れるというか…… 創作意欲が削がれるのは、ある程度は想定はしてたんですが 」

「へっ、何それっ!? その言い方っッ!? 俺、おまえのことなら、何でも知ってますから、みたいなっッ!? 」

「まさか。僕は、そんなに万能じゃないです。先生の担当として、最低限の義務を全うしているだけですから。先生はわが社の宝です。大切な商品を、全力で守らない編集者がどこの世界にいるって言うんですか 」

 なんだか無性に腹が立ってきた。
 いつの間にか、自分は吉岡のまな板の鯉状態ではないか。
 朱美は吉岡の手の中にあるネームを奪うように引ったくると、もう一度ネームを見直し始めた。

「……吉岡はどう思う? 海蘊はこれでいいのかな? 正直、息吹に会うまでは、これが私なりの正解だったから 」

 朱美はボソボソと話しながら、紙をペラペラと捲っていた。

「この後の展開次第ですね。奏介とキスしちゃったら、海蘊と豊の関係は多分もう戻ってこれなくなります。特に高校生なら、そいゆう関係って一回知ってしまうと填まってしまうのが世の常ですから 」

「なに? その吉岡の言い種? なんだか、まるで吉岡が修羅場を経験してきたみたいな物言いじゃん 」

「あっ、いや。僕にそんな…… ある訳ないですよ。大体、僕は灰色の青春を送ってましたから 」

 吉岡は完全に油断していた……
 吉岡は言いつつ 麦茶をイッキ飲みすると、ふと目線を下に反らした。
 都合の悪いことは、飲み込んでしまうに限る。

「ふーん。何か……吉岡、怪しいよ? 」

「そんなことありません。さっきの言葉は、あくまで一般論です。僕も一応編集者ですから、文字面上の正解は色々知ってるんですよ 」

 苦し紛れの言い訳なことは、自分自身が一番のよくわかっていた。
 朱美はそんな自分の様子を凝視している。
 普段はあんな調子だが、彼女はいま 日本列島でノリに乗っている漫画二十人には選ばれる創作家なのだ。普通に心理戦を繰り広げたら、自分に勝ち目はない。

「……まあいいや。一応、奏介とはちょっとだけ、そういう関係だけ続けるつもり。で、やっぱり違うって目が覚める。在り来たりかもしれないけど、かわいい子には旅をさせてみようと思う 」

「まあ、そうですね。この急展開は賭けですけど、先生の新境地の開拓かもしれないですね…… 」

「じゃあ…… ネームを通してくれるの!? 」

 朱美はいきなり立ち上がると、吉岡の隣のソファーにどしりと腰を下ろした。

「ちょっ、っまっ…… 先生、いきなり距離が近くないですかっッ!? 」

「……これも作戦だから。多少攻めないと欲しいものが手に入らないこともあるからね。サービスだと思って有り難く受け取りなさいッ 」

「はぁァ……? そんなことでネームが簡単に通るなら、僕ら編集者なんか要らないじゃないですか? 」

 これでは、もはやツン要素のない、ただのデレ攻めだけではないかっッ!?吉岡は顔から火を吹きそうな衝動を必死に堪えて、慌てて表面上冷静さを取り繕うと 軽くため息をついた。
 内心、吉岡は穏やかではなかった。
 つい最近、消したい過去に 半ば仕組まれたように再会したばかりだったし、朱美に嘘を付いているような形になるのも後ろめたい。だからこそ 純情な朱美に この物語のケリをつけることができるのか、一抹の吉岡には不安が残っていた。

「先生。ちゃんと、修正が出来ますか? 海蘊のこと…… 

「もちろんよ。私はプロだから 」

 言いつつ朱美はソファーにダイブすると、またグダグダし始めた。
 吉岡はそんな朱美の様子を見ると、はあ……と再びため息を溢すしかなかった。 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...