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第四章 肖像に関して
第五条
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◆◆◆
「竹取物語」は 竹から生まれたかぐや姫が、貴公子たちの求婚や帝からの誘いを断る場面がある。
物語の中盤、翁から結婚を勧められたかぐや姫は、相手の心も知らないままに結婚するのは嫌だと言い、五人の貴公子に「自分が見たいと望むものを持ってきてくれた人と結婚する」と伝えたのだ。
そして車持皇子には「蓬莱の玉の枝」
阿部右大臣には「火鼠の皮衣」
石作皇子には、天竺に伝わるという「仏の御石の鉢」
大伴大納言には、五色に輝くという「龍の首の珠」
石上中納言には「燕の子安貝」を所望したのだった。
◆◆◆
「よし、fire rat skinは火鼠の皮衣です!! 9番フェーダーを上げて 」
「了解。9番フェーダを上げます 」
今までこれ程までに集中力を高めて、舞台を観たことなどあっただろうか。いや、ないな……
桃佳は高速の英語に混じる母音と子音の音を頼りに、前傾姿勢で台本を目で追っていた。この五つの宝物のシーンは五色のライトを仕込んでいて、話に合わせて照明を操作する。この演出は高輪からの逆提案で仕込まれたものらしいけど、当の本人は立ち会いが叶わないのだから、何とも気の毒なところだった。
「次はlong good bayの決めコメで、9番を下げてオールライトとクロスフェード。ここを乗り越えたら、十分くらいは照明卓は出番はないみたいですね。もう一息ですよ 」
「分かりました。ロンググッドバイで、クロスフェード 」
英語劇研究会の舞台が始まってからは、既に一時間は経過していたが、機材室的には大きなミスはなく進行している。桃佳は決めコメとともに舞台のライトを明転させると、照明卓から手を離した。
「お疲れ様です。疲れましたよね。お茶でも飲みますか? 」
「あっ、ありがとうございます 」
桃佳は差し出されたペットボトルを受け取ると、一気に半分の中身を流し込む。ほぼ大森の指示に従って照明卓を操作しているだけなのだが、疲労感は溜まっていた。
「ここからは、暫く阿部右大臣の出番ですね。それにしても火鼠の皮衣とやらは、一体どこに行ったら手に入るのだか。かぐや姫は求婚を受けても結婚は出来ないとはいえ、無理難題が過ぎますね 」
「そうですね。火鼠の皮衣が存在するなら、もしもに備えて私も一着欲しいですもん 」
「彼らには、男としては同情したくなります。僕は最近 諸般の事情があって、宝石関係の調べものをしてまして。その関係で宝飾店に出向くことがあるのですが、大切な人に贈り物をするのは物凄くパワーがいることだと思うんですよね。
どんなに努力をしても、愛しい女性が振り向いてくれない。もはや最初からかぐや姫は男性を相手になどしていないのに、本当に気の毒な話です 」
大森はブランクを感じさせない機材捌きを見せていたが、さすがに疲れた部分があるのだろう。同じく差し入れのお茶で喉を潤すと、ふうと大きく息を付いた。
「でも女子の私から見ても、かぐや姫のモテ方って 尋常ではないですよ? 永遠にさようならを連呼して振るなんて、なかなか日常生活では有り得ないです。この後、帝からも求婚されるなんて、かぐや姫はよっぽど魅力的な人なんでしょうね 」
「まあ、確かにかぐや姫のポテンシャルはあるでしょう。でも帝は単純にかぐや姫そのものに興味を持った訳ではないと思いますよ? 」
「はあ、それはどういうことですか? 」
「……なかなか手に出来ないものって、不思議と欲しくはなりませんか? 」
「えっ? 」
「ましてや他の人間たち数名がかりで 地位も名誉も有る者たちが落とせなかったのだから尚更です。それに最初はそんなつもりではなかったとしても、自分の手の届かない場所で輝いている姿を見たら 惜しなるのは当然でしょう。やっぱり自分の手元に閉じ込めておけば良かったと、後悔することはあるでしょうね 」
「へー、男性の心理って面白いですね。私はそんなキラキラした時代はなかったので、何だか かぐや姫には少しジェラシーを感じてしまいます 」
「はあ? 君がそれを言っちゃいますか 」
「えっ? 」
「僕からすると、君も充分に翻弄体質だと思いますけどね。無自覚かもしれませんけど、みんな君のことに夢中になってますよ 」
「はあ…… 」
先生は、いったい何の話をしているのだろう。私が翻弄体質なんて初耳にも程がある。でも暗がりの機材室の中では、大森の表情を確認することは出来ないでいた。
「あの、先生。ひとつ疑問があるのですが 」
「何ですか? 」
「男性は やはり素敵な女性が目の前に現れたら、一生懸命アプローチするものなのですか? 」
「えっ? 」
「あっ、いや、その一般論として。現代人の一般論として、教えて頂きたくて 」
「そうですね。まあ、現代人においては可能性がないところを いけしゃあしゃあとアプローチをすることは少ないでしょうね 」
「それは何故ですか? 」
「ははは。君は理由まで聞きますか。男ってのは出来ることなら好きな女性からは振られたくはない生き物なんですよ。誰だってわざわざ傷付きたくなんてありませんし。だからよほど脈がない限りは、告白はしません 」
大森は卓の前で腕を組むと、真っ直ぐ前を見つめていた。雑談をしていても、先生の意識は常に目の前の舞台にある。
……これはチャンスなのかもしれない。
桃佳は潜在的に好機を悟ると、一息付いて こう
話を続けた。
「あのっッ、先生には…… 今は恋人はいますか? 」
「はい? 」
「あっ、すみません。……プライベートなことを聞いてしまって 」
大森が一瞬見せた隙のような間合いに、桃佳は思わず閉口する。こんな不躾な質問をしたら、軽くあしらわれるか、怒られるものだと思っていたのだ。
「……恋人はいませんよ 」
「そうなんですか? 」
「ええ。まあ、最近は気になる人はいますけどね。でもその方とは、どうこうはなれませんね 」
「気になる人……ですか 」
恋人はいない、という返事には少しだけ救われる部分がある。でも「気になる人」というパワーワードは、下手をしたら恋人の存在よりも重い事実に感じられた。
「それは、もしかして禁断の恋というものですか? 」
「えっ? 」
「もしかしてですけど、相手の方は人妻だったりとか…… 」
「ブッっっ、何だそれ。君はたまに予測不能なことを言い出すね 」
「……? 」
桃佳のブッコミ気味な物言いに、大森は反射で吹き出していた。しかしあっさりと人妻説を否定すると、腕を組み直して 背筋を正した。
「まあ、一層のこと、人妻の方がワンチャンスはあったかもしれません。離婚が成立すれば、法律的には不定行為ではありませんから 」
「先生は その人のことを好きになっては駄目なのですか? 」
「そうですね。それは駄目しょうね 」
「…… 」
「僕の気になる人は、多分いまは誰のものでもないはずです。
だけど僕がその人に好意を寄せると、相手の人の未来を奪いかねないんです。僕は社会のレールからも外れたくはないし、相手を巻き込むのはもっと嫌です。だからその人のことは、気になる人で終わる努力はしてみようかと思ってますよ 」
「そうですか。大森先生に大切に想って貰える人は、きっと幸せですね。何だか誰かに そこまで思われるのって、少し羨ましく感じます 」
「…… 」
大森は暫くの間 言葉に詰まると、口を二、三度ほど開きかける。でも何かを諦めたように大きく溜め息を吐くと、桃佳の座る照明卓に椅子を寄せた。
「まあ、僕のかぐや姫は無責任と無自覚が酷いので、少しばかり振りほどくのは大変なんですけどね。隠す振りをしているんでしょうけど、ここまで大胆にアプローチをされたら、さすがに僕でも気になりますよ。そもそも その人の真っ直ぐさを、僕は放っておけないみたいです。
だけど僕は大人です。好きになってはいけない人を好きになったら、自分が身を引くことは考えてはいましたよ。ついさっきまでは 」
「えっ? あの、先生っ? 」
ガタンと椅子を引く音が響いて、桃佳は思わず声が裏返る。一歩二歩と、大森の影が桃佳の眼下を覆ったときには、椅子に手が掛けられていた。
「…… 」
どうしよう。大森先生の顔が妙に近い。何で、こんなことになっているのだろう。それに何だか耳許がくすぐったいし、第一 大森先生って、こんなキャラだったっけ?
急な大森の距離の詰め方に、桃佳の身体は完全に硬直していて、段々と鼓動はバクバクと早くなっていた。
「そういう君はどうですか? 」
「えっ、私? 」
「君は自分の気持ちは好きな相手には伝えたい、と思っていますか? 」
「……分かりません。私は恋愛の経験が浅いので 」
桃佳は軽く顔を背けると、逃げるように言葉を繋ぐ。いずれは気持ちは伝えたい、あわよくば振り向いて貰いたい、と思っていたけど、大森の話を聞いた後では とてもそんなことを言う気分にはなれなかった。
「でも、先生。私は出来る限りのことはしようと思います 」
「そう…… ですか 」
「はい。私も、私も事情があって、相手に気持ちは伝えられないことが確定したみたいです。でも私はまだ好きなことは止めません。だってそんなことは最初から分かってましたから 」
「君は本当にいつも真っ直ぐですね。僕も…… 君の想い人が、少しだけ羨ましいですよ 」
「先生がそんなことを言うなんて、ちょっと意外です。もし先生の気になる人が私だったならば、全てが丸く収まるのに 」
「そうですね 」
「えっ? って、あっ…… 」
桃佳は自らの墓穴に気が付くと、慌てて口を塞ぐ。恥ずかしい、恥ずかしすぎるっッ。これって殆ど告白したも同然じゃないか。桃佳はその場から逃げ出したい衝動を堪えると、必死に言い訳を考える。怖くて、もう真面に先生の方を向けないっッ。
桃佳はギュッとその場で目を閉じると、人生最大のピンチを自覚する。でも次の瞬間には、桃佳の手首は何か優しい力に掴まれていて、反射で大森を振り返っていた。
「先生? ちょっ、あの 」
「大丈夫です。本当に大丈夫ですから、少し落ち着いて下さい 」
「……えっ? 」
「奇遇ですね。僕も心の底から、君と同じことを考えていましたよ 」
「竹取物語」は 竹から生まれたかぐや姫が、貴公子たちの求婚や帝からの誘いを断る場面がある。
物語の中盤、翁から結婚を勧められたかぐや姫は、相手の心も知らないままに結婚するのは嫌だと言い、五人の貴公子に「自分が見たいと望むものを持ってきてくれた人と結婚する」と伝えたのだ。
そして車持皇子には「蓬莱の玉の枝」
阿部右大臣には「火鼠の皮衣」
石作皇子には、天竺に伝わるという「仏の御石の鉢」
大伴大納言には、五色に輝くという「龍の首の珠」
石上中納言には「燕の子安貝」を所望したのだった。
◆◆◆
「よし、fire rat skinは火鼠の皮衣です!! 9番フェーダーを上げて 」
「了解。9番フェーダを上げます 」
今までこれ程までに集中力を高めて、舞台を観たことなどあっただろうか。いや、ないな……
桃佳は高速の英語に混じる母音と子音の音を頼りに、前傾姿勢で台本を目で追っていた。この五つの宝物のシーンは五色のライトを仕込んでいて、話に合わせて照明を操作する。この演出は高輪からの逆提案で仕込まれたものらしいけど、当の本人は立ち会いが叶わないのだから、何とも気の毒なところだった。
「次はlong good bayの決めコメで、9番を下げてオールライトとクロスフェード。ここを乗り越えたら、十分くらいは照明卓は出番はないみたいですね。もう一息ですよ 」
「分かりました。ロンググッドバイで、クロスフェード 」
英語劇研究会の舞台が始まってからは、既に一時間は経過していたが、機材室的には大きなミスはなく進行している。桃佳は決めコメとともに舞台のライトを明転させると、照明卓から手を離した。
「お疲れ様です。疲れましたよね。お茶でも飲みますか? 」
「あっ、ありがとうございます 」
桃佳は差し出されたペットボトルを受け取ると、一気に半分の中身を流し込む。ほぼ大森の指示に従って照明卓を操作しているだけなのだが、疲労感は溜まっていた。
「ここからは、暫く阿部右大臣の出番ですね。それにしても火鼠の皮衣とやらは、一体どこに行ったら手に入るのだか。かぐや姫は求婚を受けても結婚は出来ないとはいえ、無理難題が過ぎますね 」
「そうですね。火鼠の皮衣が存在するなら、もしもに備えて私も一着欲しいですもん 」
「彼らには、男としては同情したくなります。僕は最近 諸般の事情があって、宝石関係の調べものをしてまして。その関係で宝飾店に出向くことがあるのですが、大切な人に贈り物をするのは物凄くパワーがいることだと思うんですよね。
どんなに努力をしても、愛しい女性が振り向いてくれない。もはや最初からかぐや姫は男性を相手になどしていないのに、本当に気の毒な話です 」
大森はブランクを感じさせない機材捌きを見せていたが、さすがに疲れた部分があるのだろう。同じく差し入れのお茶で喉を潤すと、ふうと大きく息を付いた。
「でも女子の私から見ても、かぐや姫のモテ方って 尋常ではないですよ? 永遠にさようならを連呼して振るなんて、なかなか日常生活では有り得ないです。この後、帝からも求婚されるなんて、かぐや姫はよっぽど魅力的な人なんでしょうね 」
「まあ、確かにかぐや姫のポテンシャルはあるでしょう。でも帝は単純にかぐや姫そのものに興味を持った訳ではないと思いますよ? 」
「はあ、それはどういうことですか? 」
「……なかなか手に出来ないものって、不思議と欲しくはなりませんか? 」
「えっ? 」
「ましてや他の人間たち数名がかりで 地位も名誉も有る者たちが落とせなかったのだから尚更です。それに最初はそんなつもりではなかったとしても、自分の手の届かない場所で輝いている姿を見たら 惜しなるのは当然でしょう。やっぱり自分の手元に閉じ込めておけば良かったと、後悔することはあるでしょうね 」
「へー、男性の心理って面白いですね。私はそんなキラキラした時代はなかったので、何だか かぐや姫には少しジェラシーを感じてしまいます 」
「はあ? 君がそれを言っちゃいますか 」
「えっ? 」
「僕からすると、君も充分に翻弄体質だと思いますけどね。無自覚かもしれませんけど、みんな君のことに夢中になってますよ 」
「はあ…… 」
先生は、いったい何の話をしているのだろう。私が翻弄体質なんて初耳にも程がある。でも暗がりの機材室の中では、大森の表情を確認することは出来ないでいた。
「あの、先生。ひとつ疑問があるのですが 」
「何ですか? 」
「男性は やはり素敵な女性が目の前に現れたら、一生懸命アプローチするものなのですか? 」
「えっ? 」
「あっ、いや、その一般論として。現代人の一般論として、教えて頂きたくて 」
「そうですね。まあ、現代人においては可能性がないところを いけしゃあしゃあとアプローチをすることは少ないでしょうね 」
「それは何故ですか? 」
「ははは。君は理由まで聞きますか。男ってのは出来ることなら好きな女性からは振られたくはない生き物なんですよ。誰だってわざわざ傷付きたくなんてありませんし。だからよほど脈がない限りは、告白はしません 」
大森は卓の前で腕を組むと、真っ直ぐ前を見つめていた。雑談をしていても、先生の意識は常に目の前の舞台にある。
……これはチャンスなのかもしれない。
桃佳は潜在的に好機を悟ると、一息付いて こう
話を続けた。
「あのっッ、先生には…… 今は恋人はいますか? 」
「はい? 」
「あっ、すみません。……プライベートなことを聞いてしまって 」
大森が一瞬見せた隙のような間合いに、桃佳は思わず閉口する。こんな不躾な質問をしたら、軽くあしらわれるか、怒られるものだと思っていたのだ。
「……恋人はいませんよ 」
「そうなんですか? 」
「ええ。まあ、最近は気になる人はいますけどね。でもその方とは、どうこうはなれませんね 」
「気になる人……ですか 」
恋人はいない、という返事には少しだけ救われる部分がある。でも「気になる人」というパワーワードは、下手をしたら恋人の存在よりも重い事実に感じられた。
「それは、もしかして禁断の恋というものですか? 」
「えっ? 」
「もしかしてですけど、相手の方は人妻だったりとか…… 」
「ブッっっ、何だそれ。君はたまに予測不能なことを言い出すね 」
「……? 」
桃佳のブッコミ気味な物言いに、大森は反射で吹き出していた。しかしあっさりと人妻説を否定すると、腕を組み直して 背筋を正した。
「まあ、一層のこと、人妻の方がワンチャンスはあったかもしれません。離婚が成立すれば、法律的には不定行為ではありませんから 」
「先生は その人のことを好きになっては駄目なのですか? 」
「そうですね。それは駄目しょうね 」
「…… 」
「僕の気になる人は、多分いまは誰のものでもないはずです。
だけど僕がその人に好意を寄せると、相手の人の未来を奪いかねないんです。僕は社会のレールからも外れたくはないし、相手を巻き込むのはもっと嫌です。だからその人のことは、気になる人で終わる努力はしてみようかと思ってますよ 」
「そうですか。大森先生に大切に想って貰える人は、きっと幸せですね。何だか誰かに そこまで思われるのって、少し羨ましく感じます 」
「…… 」
大森は暫くの間 言葉に詰まると、口を二、三度ほど開きかける。でも何かを諦めたように大きく溜め息を吐くと、桃佳の座る照明卓に椅子を寄せた。
「まあ、僕のかぐや姫は無責任と無自覚が酷いので、少しばかり振りほどくのは大変なんですけどね。隠す振りをしているんでしょうけど、ここまで大胆にアプローチをされたら、さすがに僕でも気になりますよ。そもそも その人の真っ直ぐさを、僕は放っておけないみたいです。
だけど僕は大人です。好きになってはいけない人を好きになったら、自分が身を引くことは考えてはいましたよ。ついさっきまでは 」
「えっ? あの、先生っ? 」
ガタンと椅子を引く音が響いて、桃佳は思わず声が裏返る。一歩二歩と、大森の影が桃佳の眼下を覆ったときには、椅子に手が掛けられていた。
「…… 」
どうしよう。大森先生の顔が妙に近い。何で、こんなことになっているのだろう。それに何だか耳許がくすぐったいし、第一 大森先生って、こんなキャラだったっけ?
急な大森の距離の詰め方に、桃佳の身体は完全に硬直していて、段々と鼓動はバクバクと早くなっていた。
「そういう君はどうですか? 」
「えっ、私? 」
「君は自分の気持ちは好きな相手には伝えたい、と思っていますか? 」
「……分かりません。私は恋愛の経験が浅いので 」
桃佳は軽く顔を背けると、逃げるように言葉を繋ぐ。いずれは気持ちは伝えたい、あわよくば振り向いて貰いたい、と思っていたけど、大森の話を聞いた後では とてもそんなことを言う気分にはなれなかった。
「でも、先生。私は出来る限りのことはしようと思います 」
「そう…… ですか 」
「はい。私も、私も事情があって、相手に気持ちは伝えられないことが確定したみたいです。でも私はまだ好きなことは止めません。だってそんなことは最初から分かってましたから 」
「君は本当にいつも真っ直ぐですね。僕も…… 君の想い人が、少しだけ羨ましいですよ 」
「先生がそんなことを言うなんて、ちょっと意外です。もし先生の気になる人が私だったならば、全てが丸く収まるのに 」
「そうですね 」
「えっ? って、あっ…… 」
桃佳は自らの墓穴に気が付くと、慌てて口を塞ぐ。恥ずかしい、恥ずかしすぎるっッ。これって殆ど告白したも同然じゃないか。桃佳はその場から逃げ出したい衝動を堪えると、必死に言い訳を考える。怖くて、もう真面に先生の方を向けないっッ。
桃佳はギュッとその場で目を閉じると、人生最大のピンチを自覚する。でも次の瞬間には、桃佳の手首は何か優しい力に掴まれていて、反射で大森を振り返っていた。
「先生? ちょっ、あの 」
「大丈夫です。本当に大丈夫ですから、少し落ち着いて下さい 」
「……えっ? 」
「奇遇ですね。僕も心の底から、君と同じことを考えていましたよ 」
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*******************
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