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第四章 肖像に関して

第一条

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◆◆◆


 君は危うい。
 君は物事を論理的に分析する思考に長けているし、誰かの役に立ちたいという純粋な正義感を持ち合わせている。ウィットに富んだ柔軟性と変化を恐れない忍耐力は、法律家としては素養があると言えるのだろう。

 でも、どうだろう。
 本来の君は、自分の直感で動きたい人間だ。それなのに常に物事の道理を見極め、論理の構築に縛れている。自分は一人で頑張るからと無理をして、いつも己の正義感と戦っている。

 法務職の仕事は、同じルーティーンで仕事をすることはまずない。変容が求められる職業だからこそ、壁にぶつかったときに別の切り口が欲しくなる。一途な気持ちだけでは破綻する。他者を知ろうとしなければ、社会では何も出来ない。自分の興味以外を知ることが、デメリットになどなりはしないのだ。

 もし君が 実は儚く脆い存在なのだとしたら、どうしようかと不安が過る。
 好意というのは、自分で思っている以上に、相手にも伝わっている。だから僕としては、その気持ちには答えられなくとも、学者としても教育者としても 責任は果たしたいと考えている。

 君を無理やり繋ぎ止めたのは、大人気ないことなのだろう。
 でも僕は狡い大人だから、君が枷を外して羽ばたくまで、こちらからは鍵は返さない。
 だけど、もしも君が僕の手元から巣立つことを選んでも…… 今の僕では君を素直に送り出すことは出来ないのかもしれない。



 ◆◆◆



「この時間は、政治学原論が取れますね。でもそうすると行政法と履修が被るのか…… 行政法は選択必修だから、ここは原論は諦めるのが安牌でしょうか 」

「そうだね。田町くんは 政治学と行政法の二択なら、どちらに興味があるのかい? 」

「別に。俺としては どちらも大差はないです 」

 桃佳たちが在籍するS大学ではセメスター制二学期制が採用されているので、秋学期の前には再び履修登録をする必要がある。人気科目に関しては毎度 抽選を潜り抜けなくては履修が出来ないリスクはあるのだが、成績や単位が半年毎に与えられるので、成績不振者にとっては巻き返しがしやすいシステムになっていた。

「つーか、何で大森先生とお前が 俺の履修を決めてるんだよ? 特にお前! おかしいだろ、それに何で俺の成績までガッツリ見ているんだよ? 」

「田町先輩には先日の全国大会の録音で、大変お世話になりましたので、ちょっとした恩返しです。それに「可」が並んだ成績表を見ても、私は全くトキメキません、ここは自称法学部のエースの観点から、学生目線で履修をサポートさせていただきますね 」

「はあ? 別に俺は卒業出来れば何でもいいんだけどっッ 」

 怒涛の上半期は一瞬くらいのスピード感で過ぎ去り、最近は空気の澄んだ 穏やかな気候が続いていた。
 新学期が始まって早々のこと、桃佳は大森の研究室にいた。田町の単位状況は依然として予断は許さないが、前期は ほぼパーフェクトで巻き返しに成功していた。その裏側では桃佳のノートや管弦楽部のレガシー過去問も動員され、後期に至っては履修対策会議まで組まれる念の入れようだった。

「そう言えば、お前は基礎ゼミは大森先生を取れたのか? 」

「ええ。それはお陰様で。田町先輩と兄弟子関係になるのは癪ですけど 」

「まあ、知財法は二学年では履修が出来ないので、認知がされていない分 必然的に基礎ゼミの競争率は下がるんですよね 」

「でも、先生。私にとっては完全な追い風になりました。基礎ゼミは抽選だから、こればかりは希望の先生に付けるかは運ですしね 」

 桃佳は満面の笑みでVサインを作ると、自分の履修表を確認する。前期は全国大会の録音やら依頼影ナレバイトで慌ただしかった分、勉学に集中出来ない期間があった。でも後期は 十二月の全国大会まではイベントはないし、そもそも予選突破の可能性の方が低い。総合的に勘案するのならば、桃佳としては 暫くは放研の活動からは距離を置ける寸法だった。

「ところで田町くん。大学祭のは順調かい? 」

「ああ、そう言えばそんな季節ですね。高輪からは一部は四年生にも助太刀を頼む予定だと聞いています。こちらとしては先輩方に当日 急な就活の面談やらが入らないことを祈るのみではありますが 」

「そうですか。我が放研としては、学園祭は沽券をかけたですからね。皆さん、無理のない範囲で頑張って下さいよ 」

「学園祭? あの、それに書き入れ時って? 」

「そうか。君は去年までは部活動には無所属だから、学園祭は縁がなかったのか 」

「学園祭は十月半ばに四日間に渡って催される、平たく言えば文化祭だよ。俺ら放研は毎年あらゆるステージの出し物のPAをやったり、イベントの司会のアルバイトもするんだ。だから学園祭近辺は、いつもメチャクチャ忙しくなるんだよな 」

「え゛え゛っッッッーー!? 」

 田町の発した「メチャクチャ忙しい」というパワーワードに、桃佳は反射で悲鳴を上げていた。
せっかく学業に専念できるかと思えば、殆ど全部裏方家業ではないか。桃佳としては 目立ちたいという願望があるわけではなかったが、あまりのショックに暫く開いた口が塞がらなかった。

「あっ、でも大学に泊まったりはしないけどな。放研が忙しいのは、あくまでも学園祭の四日間だけだから 」

「なっ、それって、私も参加しないと駄目なんですか? 」

「当たり前だろ。俺らはバイトを頑張る代わりに、機材を買って貰えるんだから。映像ユニットが使っているS社のビデオカメラは一台ウン十万だし、A社の編集ソフトもウン十万。俺らが使っているS社のマイクも万単位だよ 」

「えっ? 凄っッ。そんな数十万単位の機材が部室にゴロゴロあるってことは、年間の予算はかなりのケタになりますよね? 」

「そうですね。機材はどんなに大切に使っても寿命はきますし、新しい技術が開発されるから、どんどん更新しなくてはいけません。となると、どうしてもお金は必要ですから、大学に貢献することで交付金は頂きたいところなんですよね 」

「なるほど…… 」

「だから学園祭は俺たち放研の学内での存在意義を周知する絶好の機会なんだ。だから必死こいて依頼は受ける。お前もそのつもりで予定を空けておけよ 」

「はあ 」

 桃佳は明らかにしかめっ面を浮かべると、仕方なくスケジュール表を広げる。
 でもこのときの桃佳は 真の意味での文化祭の忙しさを、完全に理解してはいなかったのだった。


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