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第三章 録音に関して
第一条
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◆◆◆
知的財産権とは 人間の幅広い知的創造活動の成果について、その創作者に一定期間の権利保護を与えるようにした制度のことを言う。
知的創造活動によって生み出されたものを、創作した人の財産として保護し、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物、その他の人間の創造的活動により生み出されるもの、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報と、その範疇は多岐にわたる。
具体的には「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権、その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。そして 知的財産の特徴の一つとして挙げられるのは、「もの」とは異なり「財産的価値を有する情報」であるということなのだ。
◆◆◆
「というわけで、彼女の影ナレは無事に成功といえるんじゃないかな? 一応、ナレーションは録音したけど、興味はあるかい? 」
「そうでしたか。ありがとうございます。有り難く拝聴します。先方からも好評の連絡が入ってはいたので、取り敢えずは良かったです 」
それは斜陽が眩しく教室に差し込む、夕方のことだった。四限終了のチャイムが鳴り響き渡ると同時に、ゼミ生はそそくさと教室を後にする。その場に取り残されたのは大森と田町で、二人とも片手には知的財産権六法を携えていた。
「田町くん、僕は君に一つ 確認をしておきたいことがあるんだけど 」
「はい? 」
「君は本音では、万一のときの尻拭いを僕にさせようとしていただろ? 」
「いや、まさか。そんなことはありませんよ。幾ら何でも知的財産権のゼミ生が、そんな無責任な選択はしません。アイツは大丈夫だという確信はありました。ただ強いて言うならば、褒めてやれる人間が側にいないと、モチベーションとか手応えが分かりづらいと思っただけです 」
「……ったく、君は相変わらず人使いが荒いんじゃないか? 僕はそんなにフットワークは軽い方ではないんだけどねえ 」
大森はポケットからUSBを取り出すと、田町へと差し出す。そして一瞬だけ呆れたような表情を浮かべると、深い溜め息を漏らした。
「まあ、いい。僕も放研の顧問として、できる限りの協力はしようとは思ってはいるから。ところで田町くん、今期の履修は順調かい? 」
「えっ? ああ…… 出席カードを逃さないくらいには、授業には出てますよ。試験をクリア出来るかは 僕の頭脳の問題なので 確証はありませんが 」
「はあ、何だか歯切れの悪い返事だな。本当に大丈夫なんだろうな? 僕は自分のゼミから留年を出すのだけは、絶対に避けたい。最低限、やることだけは しっかりやってもらわないと 」
「はい。大森先生には助けて頂いたご恩があるので、無下にはしません。四年でキチンと卒業してみせます。それに親にも卒業に関しては、口煩く言われてますし 」
法学部においては、大半の大学においてゼミナールに入ることは任意の場合が多い。ついでに言えば、卒業論文に関しても必修ではないのが大多数だ。法律に対しては、独自の法解釈を学部生が研究し示すのはとても難しく、研究として一定の水準以上の論文を生み出すのが、困難を極めるからだ。
そんな環境も手伝ってか、法学部において成績不振の学生は、教授陣たちに嫌煙されて ゼミナールに所属すること自体が難しい。自分の研究室から留年者を出したくはないからだ。そんな厳しい条件下で、田町は大森のゼミに拾って貰った経緯があるのだった。
「つーか、田町くん。君は物事を起こす計画性が、壊滅的に破綻していないかい? これは僕の推論だけど、小学生の頃の夏休みの宿題は 好きな教科を先にやって、嫌いなものは最終日にまとめて片付けるタイプだろ? 」
「ははは。大森先生、ご明察です。その通りですよ。僕は苦手なことは、なるべく避けたいタイプです。だから学部の授業はヤル気が起きません
」
「オイオイ、じゃあ何で法学部を選んだんだ? 大学なんて大半の人間が一校しか行けないのだから、好きなことを学びたいとは思わなかったのかい 」
「まあ、成り行きですかね。計算が嫌いなんで、商学部や経済学部は論外だったし。純粋に文学を愛せる性格でもないもんで。勿論、理系科目は最初から対象外でした 」
田町は本当にちゃらんぽらんな言い分を並べると、クリアファイルの中から一通の紙を取り出す。そして大森の目の前に突き出すと「これ、お願いします 」と急に事務的な態度を示した。
「ん? これは合宿届かい? 」
「はい。そろそろ全国大会の録音を始めなくてはならないので、学内合宿を所望します。まずは一次のテープ審査をクリアしないと。それに俺にはあの素人を何とかしなくてはいけない義務もありますし 」
「へえ。田町くんが そんな物言いをするなんて珍しい。少なくとも彼女はド素人からは、素人まで立場が昇格したという解釈でいいのかい? 」
「まあ、そうですね。アイツはアナウンスで報酬を貰いましたからね。それに俺もけっこう厳しく指導したのに、めげずに食らいついてきた。ガッツだけは認めてやらないと、管弦楽部さんにも顔向け出来ませんし 」
「……君は部活に関しては抜かりはないね。ただ僕は放研のOBでもあるから、一つだけ人生の先輩として君にアドバイスをしておくよ 」
「アドバイス? 」
「ああ。情報は簡単に模倣されるという特質がある。でも情報自体は利用されても、その事自体が消費されて消えてしまうことがないから、多くの者が同時に使用することが出来てしまう。
だから知的財産権制度は、創作者の権利を保護するために、元来自由利用できる情報を、社会が必要とする限度で自由を制限することが出来るんだ 」
「はあ? あの、知的財産権基本原理が、合宿とどう関係があるのですか? 」
「まあ、それは追い追い分かることだよ。あの子の思考回路は、純粋で真面目で繊細な匂いがするってことだ。まあ、田町くん自体も無意識に合わせているみたいではあるけど。だから合宿は授業には支障がない範囲にしとけよ 」
「……? 」
大森は致し方なく顧問欄に捺印を施すと、してやったりといった表情で田町を眺めるのだった。
知的財産権とは 人間の幅広い知的創造活動の成果について、その創作者に一定期間の権利保護を与えるようにした制度のことを言う。
知的創造活動によって生み出されたものを、創作した人の財産として保護し、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物、その他の人間の創造的活動により生み出されるもの、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報と、その範疇は多岐にわたる。
具体的には「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権、その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。そして 知的財産の特徴の一つとして挙げられるのは、「もの」とは異なり「財産的価値を有する情報」であるということなのだ。
◆◆◆
「というわけで、彼女の影ナレは無事に成功といえるんじゃないかな? 一応、ナレーションは録音したけど、興味はあるかい? 」
「そうでしたか。ありがとうございます。有り難く拝聴します。先方からも好評の連絡が入ってはいたので、取り敢えずは良かったです 」
それは斜陽が眩しく教室に差し込む、夕方のことだった。四限終了のチャイムが鳴り響き渡ると同時に、ゼミ生はそそくさと教室を後にする。その場に取り残されたのは大森と田町で、二人とも片手には知的財産権六法を携えていた。
「田町くん、僕は君に一つ 確認をしておきたいことがあるんだけど 」
「はい? 」
「君は本音では、万一のときの尻拭いを僕にさせようとしていただろ? 」
「いや、まさか。そんなことはありませんよ。幾ら何でも知的財産権のゼミ生が、そんな無責任な選択はしません。アイツは大丈夫だという確信はありました。ただ強いて言うならば、褒めてやれる人間が側にいないと、モチベーションとか手応えが分かりづらいと思っただけです 」
「……ったく、君は相変わらず人使いが荒いんじゃないか? 僕はそんなにフットワークは軽い方ではないんだけどねえ 」
大森はポケットからUSBを取り出すと、田町へと差し出す。そして一瞬だけ呆れたような表情を浮かべると、深い溜め息を漏らした。
「まあ、いい。僕も放研の顧問として、できる限りの協力はしようとは思ってはいるから。ところで田町くん、今期の履修は順調かい? 」
「えっ? ああ…… 出席カードを逃さないくらいには、授業には出てますよ。試験をクリア出来るかは 僕の頭脳の問題なので 確証はありませんが 」
「はあ、何だか歯切れの悪い返事だな。本当に大丈夫なんだろうな? 僕は自分のゼミから留年を出すのだけは、絶対に避けたい。最低限、やることだけは しっかりやってもらわないと 」
「はい。大森先生には助けて頂いたご恩があるので、無下にはしません。四年でキチンと卒業してみせます。それに親にも卒業に関しては、口煩く言われてますし 」
法学部においては、大半の大学においてゼミナールに入ることは任意の場合が多い。ついでに言えば、卒業論文に関しても必修ではないのが大多数だ。法律に対しては、独自の法解釈を学部生が研究し示すのはとても難しく、研究として一定の水準以上の論文を生み出すのが、困難を極めるからだ。
そんな環境も手伝ってか、法学部において成績不振の学生は、教授陣たちに嫌煙されて ゼミナールに所属すること自体が難しい。自分の研究室から留年者を出したくはないからだ。そんな厳しい条件下で、田町は大森のゼミに拾って貰った経緯があるのだった。
「つーか、田町くん。君は物事を起こす計画性が、壊滅的に破綻していないかい? これは僕の推論だけど、小学生の頃の夏休みの宿題は 好きな教科を先にやって、嫌いなものは最終日にまとめて片付けるタイプだろ? 」
「ははは。大森先生、ご明察です。その通りですよ。僕は苦手なことは、なるべく避けたいタイプです。だから学部の授業はヤル気が起きません
」
「オイオイ、じゃあ何で法学部を選んだんだ? 大学なんて大半の人間が一校しか行けないのだから、好きなことを学びたいとは思わなかったのかい 」
「まあ、成り行きですかね。計算が嫌いなんで、商学部や経済学部は論外だったし。純粋に文学を愛せる性格でもないもんで。勿論、理系科目は最初から対象外でした 」
田町は本当にちゃらんぽらんな言い分を並べると、クリアファイルの中から一通の紙を取り出す。そして大森の目の前に突き出すと「これ、お願いします 」と急に事務的な態度を示した。
「ん? これは合宿届かい? 」
「はい。そろそろ全国大会の録音を始めなくてはならないので、学内合宿を所望します。まずは一次のテープ審査をクリアしないと。それに俺にはあの素人を何とかしなくてはいけない義務もありますし 」
「へえ。田町くんが そんな物言いをするなんて珍しい。少なくとも彼女はド素人からは、素人まで立場が昇格したという解釈でいいのかい? 」
「まあ、そうですね。アイツはアナウンスで報酬を貰いましたからね。それに俺もけっこう厳しく指導したのに、めげずに食らいついてきた。ガッツだけは認めてやらないと、管弦楽部さんにも顔向け出来ませんし 」
「……君は部活に関しては抜かりはないね。ただ僕は放研のOBでもあるから、一つだけ人生の先輩として君にアドバイスをしておくよ 」
「アドバイス? 」
「ああ。情報は簡単に模倣されるという特質がある。でも情報自体は利用されても、その事自体が消費されて消えてしまうことがないから、多くの者が同時に使用することが出来てしまう。
だから知的財産権制度は、創作者の権利を保護するために、元来自由利用できる情報を、社会が必要とする限度で自由を制限することが出来るんだ 」
「はあ? あの、知的財産権基本原理が、合宿とどう関係があるのですか? 」
「まあ、それは追い追い分かることだよ。あの子の思考回路は、純粋で真面目で繊細な匂いがするってことだ。まあ、田町くん自体も無意識に合わせているみたいではあるけど。だから合宿は授業には支障がない範囲にしとけよ 」
「……? 」
大森は致し方なく顧問欄に捺印を施すと、してやったりといった表情で田町を眺めるのだった。
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