転生騎士見習いの憂鬱

鍋底の米

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演習 《狩猟》

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「ヴィル!前方にマグズルとエルラリードルが居るよ。日も落ちてきたし夕食用に狩っちゃう?」

 結局ルーイにはヴィルと呼ばれる事になった。と混同して会話がややこしくなるからだ。
 二人はスタートしてから4日目の夕方を迎えていた。3日目の朝一番にチェックポイントで対象品も受け取ってきている。対象品は筒状の魔道具だった。チェックポイントで受け取る時に、筒はゴールするまで開けてはいけないと説明を受けていた。

 ルーイとは気が合うというか波長が合うというか、急ごしらえのチームとは思えないくらい連携を取ることが出来ている。そもそも気負わず誰かと話せることなど初めての経験で少々気分も高揚している。

「そうだな、エルラリードルを狩ろう」
「了解!」

 エルラリードルはキジに似た鳥型の魔獣だ。キジに似たと言っても魔獣なだけあり、鋭いくちばし鉤爪かぎづめは殺傷能力を備えている。
 魔獣がとまっている木の枝はさほど高い位置ではない。気配を殺したルーイが魔獣の側面に周り込み、その足元にナイフを投げる。
 ほんの僅かにずらしたタイミングで投げた俺のナイフが魔獣を仕留めた。ルーイのナイフを避けて魔獣が飛んで逃げるのが分かっていたのでそれに合わせたのだ。
 落ちた魔獣を拾ったルーイがナイフを抜いて返してくれる。

「やったね、肉付きいいよ!血抜きして下ごしらえしておくから火を熾しておいてー」
「了解」

 特に打ち合わせ無しでも阿吽の呼吸で難なく仕留めた後、調理の準備も無駄なく進めていく。
 たまたま引いたクジでルーイとチームを組めたのは本当に幸運だった。演習が滞りなくこなせるのは勿論、何よりこんなに会話が出来るなんて思ってもみなかったからだ。
 ルーイには相手を身構えさせない何かがある。

 その何かは魔獣を従魔にできる才も多少は関係あるのかもしれないな。

 そんな事を思いながら拾った薪を組んだ。火をつける前に野営地の周囲に他チームからの襲撃に備えて探知をジャミングする機能を持ち合わせた目くらましの魔法を張り巡らせる。
 結界を張れば魔物からの襲撃は完全に防げるが、人間相手だと逆に場所を特定されやすいのだ。

「ヴィルは首位を狙っていないんだね」
「ん?」

 手はしっかりと動かしながらルーイが話しかけてくる。

「だって、チェックポイントには急げば僕らならもっと早くにも辿り付けたよね?」

「まぁな」

「食事もある程度抜いて足を止めずに進むことも出来るのに、きっちり三食狩って食べてるし、狩る魔獣もランクで選んでないよね?」

 先刻探知で見つけたマグズルはエルラリードルよりランクが二つ上ではあった。

「なるべくランクの高い魔獣を選んだ方が成績にも反映されそうなのに」

 この時期にここでこのような演習を行うのには恐らく増えすぎたら危険となる魔獣の間引きも兼ねていると思われる。
 なので危険度が高く倒せそうな魔獣を見かけたらそれを狩るつもりではあるが。
 マグズルは見た目は熊に似ていて恐ろしく、ランクも高いがこちらから襲わない限りは危険な魔獣ではない。希少な素材が取れる為に数も少ないくらいだ。
 そして素材は取れるが肉は不味い。
 対してエルラリードルはランクは低く小型だがそのぶん数が増えやすく攻撃的な性質だ。

「エルラリードルの方が美味いだろ」

「そりゃー勿論!って、んー、なんとなーく君の考えてる事は分かる気がするけど…」

「無理して急いでも良いことは無い。身の丈に合わせて地道に確実にが一番だ」

 周りは優秀な人間ばかりだ。凡人が焦って無理をしても足元を掬われる。

「あれ?そっち?ヴィルの実力からいって無理ってことはないと思うんだけどな…」

「…ルーイは首位を狙っていたのか?」

 そうだとしたら申し訳ない。

「ううん、僕は及第点取れてれば大丈夫!」
「俺もだな」

「貴族の人は意識高いっていうの?家の体面?とかあるからなのかな?出来る限り上位を目指してる人がほとんどじゃない?」

 話しているうちに完全に陽は落ちて辺りが暗くなっていた。捌いた肉を炙っている焚き火がお互いの顔を照らしている。

「そうだな、元々優秀な上に意識して努力している人は凄いとは思う」

「ヴィルだって優秀でしょー、やれば出来る子だよー」

 やれば出来る子って…

「ははっ、ルーイは面白いな。俺は貴族といっても気楽な三男だからな」

 家督は年の離れた優秀な長男が既に継いでくれているのである。自身で身を立てる必要は生じるが、コミュ障の俺にとっては有難い状況だ。
 両親も息子達の裁量に任せるタイプであるので、もし騎士以外の道を選んだとしてもとがめられはしなかっただろう。

「冗談抜きで、ヴィルは自己評価低いと思うんだよねー。ヴィルなら首位も取れるって」

「いや、買い被りにも程がある。それに首位にはジストナーが居るだろ」

「ああ、万年首位の天才!ジストナー・アイド・レーベン!名前だけは流石に知ってるよ。魔力は膨大、剣の腕も立つ、それでいて座学も首位!彼は別格だよー。凄いよねぇ」

 自分の事ではないがジストナーが褒められると嬉しい。

「ああ、ジストナーは凄い」

「ん?もしかして知り合い?」

「同じクラスで寮でも隣室だ」

「友達なんだね」

 た…多分?
 
 良い塩梅に焼けて香ばしい香りの肉に齧り付きながら答える。

「俺の唯一の…友達…かな?」

 友達という言葉に、いつもとは理由の違うモヤモヤした気持ちも湧く。友達になりたいと思っていたはずなのだが、今は友達では満足できないというか…

「他の友達とは違う、親友ってこと?」

「あ、いや」

 内心の葛藤を知るはずもないルーイが会話を続ける。『唯一の』という言葉を『特別仲が良い』と解釈したようだった。

「そうではなく、言葉通り、ほぼジストナーとしか話したことが無い。ジストナーとも友達かどうかも怪しい」

「えっ?どうして?」

 驚いたルーイが食べる手を止めて目を丸くして聞いてくる。

「どうということも無いんだが…ただ俺が口下手であまり人と話せないから友達ができないだけで…」

 自分で言っていて非常に情けない。

「えっ?普通に喋ってるよね?」

「ルーイとは何故か話せているな。この数日の会話は一年分以上の会話量だと言っても過言ではない」

「えーー?!」

 ルーイと同様、俺も驚いている。
 家族ともこんなに話したことはない。家族仲は良好だが、全員言葉数が少ない方なのだ。

「ルーイは何か他の人とは違う」

 人柄も勿論だが、それだけではない何かがあると感じている。

「人を構えさせない…本音を言うのに抵抗を感じさせない…特別な力みたいなものを感じる気がするんだが…心当たりはないか?」

 食べ終わったガラを焚き火にポンと放り込んでから聞いてみた。

「あー、えと、話しやすいとは良く言われるかなぁ…?」

 さっきまでとは様子が変わり、逸らされた目が泳いでる。

「…言えないことだったか?…すまん。聞いて悪かったな」

「あ、いや、そうじゃなくて!…」

 ルーイは謝った俺に申し訳なさそうにオロオロと動揺を見せた後、黙り込んで残りの夕食を食べた。

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