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情欲と追いたい指先

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 身繕いを終えて、ベッドでゴロゴロしながらなかなか来ないファリを待つ。


 ファリ、遅いなぁ…。


 今日はギルオレさんとのデートの為に出かけていたので、おれ自身もいつもより部屋に帰る時間が遅かった。いつもならとっくにファリもおれの部屋に来ている時間のはずで。

 おれの帰りが遅いだろうと思って、ファリもゆっくりしているのかなぁ…?

 それとも……えっ? ……クエストの為とはいえ他の人とデートするおれのこと…嫌いに…なっちゃったり……と…か……? えっ? えっ?!

 ぅ…あっ…!


 嫌な考えが頭をよぎってしまい、ガバッと体を起こす。

 心臓がバクバクいって胃がキュッと縮む。

 そんなはずないから落ち着けと、自分に言い聞かせて深呼吸するが、心臓のバクバクが治らず、目尻までじわっと涙が滲む。

 ファリの気持ちが離れてしまうことが、ちらっと頭を過ぎっただけで、こんなにも怖い。

 ファリは、今朝も嫌な顔ひとつ見せずに『気をつけて』と送り出してくれた。不満のひとつも見せないのは、平気だからじゃなくて、自分の気持ちよりもおれを優先して気付かってくれているからだ。



 目元に滲んだ涙を握った拳でグイっと拭う。

 いやいやいや! おれが泣いたらダメだろう!
 ファリに嫌な思いさせてんのはおれの方なんだからなっ!


 ファリが他の人とデートするのを止めることが出来ないなんて、想像しただけでもストレスだ。それをおれはファリに強いている。

 自分自身の罪悪感が湧き起こす不安に振り回されて泣き顔を見せるなんて…これ以上ファリに負担をかけるようなことをしちゃダメだ。


 そう自分に言い聞かせていると、隣の客室に続く間仕切り扉がノックされた。


 ファリだっ!


 ベッドから飛び降りてバタバタと駆け寄り扉を開ける。

「おかえりっ!」

 驚いた表情をしているファリの胸に飛び込んで、ギュッと抱きつく。ファリの温もりにホッとして、頬を擦り付けた後、抱き着いたまま顔だけ上げてファリを見上げる。

「お疲れ様っ。今日は遅かったね、仕事、大変だったのか?」

 ファリは二度ほど瞬きした後、「ただいま」と言って抱きしめ返してくれる。

 今までこんな風に出迎えたことが無かったから、びっくりさせちやったみたいだな。

「……大変ではないが、いつもと違う業務をしていた。それより…クエストはクリアできたか?」

 優しいバグの後、一度体を離しておれの顔を覗き込んでクエストの成否を確認してくる。

「うん、無事クリア出来たよ」

「そうか、良かった…」

 安堵の息を吐いたあと、おれの体をひょいと抱き上げてふわりと微笑む。

「わっ!」

 慌ててファリの首に腕を回してギュッと掴まる。
 そのままベッドの上まで運ばれて、そっと降ろされた。

「次のクエストは?」

「あ!そうだっ、説明の前にいつもの魔法かけさせて」

 返事の後に並んで座ったファリに『身嗜み』の魔法をかける。

 体が綺麗になるとホッとして心が癒されたりするよな?
 もし『身嗜み』の魔法もカウントされるとしたら、人に知られることを気にする必要なく簡単にクリア出来るんじゃないか? と考えたんだけど…

 クエスト画面を確認してみたが数値は変わっていない。

「やっぱダメかぁ~」

 あわよくばと思ったけれど、そう都合良くはいかない。今回のクエストでカウントされるのは、身体的な『癒し』に限られるようだ。

 今回のクエストの内容諸々を話し、とりあえずローゼさんにも相談してみるつもりだと伝えると、ファリも慎重な姿勢に頷いてくれる。

 ファリにもヒールをかけてカウントをひとつ増やし、クエストの話が一段落したところで、ファリのお仕事について聞いてみた。


「…カズアキ達の護衛チームにいた」

 ファリが少しばつが悪そうに苦笑しながら答えてくれる。


「えっ?! 全然気付かなかった!どこに居たの?」

「後ろや上、色々だな。見つからないように隠れていた」

「じゃあ、今日はずっと一緒だったのか…」

 気が付かなかったとはいえ、ファリと一緒に王都を回れていたんだと思うと嬉しい。

 …ん? でも、あれ? だったら…あのヒラヒラの服も見られてたって…ことだよな?

 それに気付いて、ボボッと顔が赤くなるのを感じる。
 恥ずかしくなって、片手で顔を隠して隙間からファリをのぞく。

「だったら、あのヒラッヒラの服も…見ちゃたんだよな…? 似合ってなかったろ? ぅう~~~、恥っずっ!」
 
「とても似合っていた。悔しいが見惚れてしまったくらいに」

「くやしい?」

「……他の男に贈られた服だったから…」

 視線が逸らされ、両耳も後ろに倒されている。

 …あっ!

 そっか…そうだよな…。ファリを好きという他の人がファリを飾り立てるような服をプレゼントしていたとしたら……うん、おもしろくない。妬く!

 自分の事だと気付けなくて申し訳ない。

 けれど…好きな人に妬いて貰えるのって、やっぱりちょっと嬉しくもあって…。

 ファリは優しい。
 嫉妬していても声高に責めたり詰まったりはしない。
 独占欲が無いわけでも、おれへの気持ちが薄いからでもない。いつも自分の欲よりも、おれを優先してくれているからだ。

 それでもおれが問えば、頑なに隠したりせず、控えめながらもこうして気持ちを伝えてくれる。
 こういう可愛らしい顔を見せて貰えるのは、伴侶であるおれだけなんだと思うと、ますます嬉しくなってしまう。

「ごめんね、正直言うとファリが嫉妬してくれたの、嬉しいって思っちゃったよ」

 ポンポンと自分の膝を叩いて膝枕を促す。毎晩必ずしているので、この動作だけで直ぐに伝わるようになっている。

「ファリに愛されているんだなって思えて」

 横たわったファリの肩を撫でながら気持ちを伝える。

「さっきね、我慢させてばっかりで、ファリに嫌われたらどうしようって一瞬不安になっちゃったんだ」

「?!そんな事は有り得ないっ」

 バッと体を起こして否定するファリに頷く。

「うん、分かってる。ありがとう。ファリを信じていないんじゃなくて、おれの罪悪感のせいで不安になっただけなんだ」

「罪悪感など…カズアキにはやらねば成らぬことがある。わたしはそれを支えたい。こうして伴侶として傍に居ることを許されているうちは…」

 許されるって…

「許しているんじゃなくて、望んでいるんだって。ずっとずーっと一緒だよ。生涯の伴侶ってそーゆーもんだろ? ファリの伴侶になれて、おれ幸せ。…大好きっ」

 ぎゅっと抱きつくと、膝の上に乗せられて抱き込まれる。
 触れ合っているところ全てから、大切に思う気持ちが伝わってきて心がポカポカしてくる。


 巻きついていた尻尾に触れると、腕の力が緩められたので、その心地よい手触りを堪能しながら毛繕いをする。愛しい気持ちを込めて丹念に。

「…ブラシ…」

「ん?」

「店頭で見ていたな」

「ああ、うん。ファリと買いに行きたいなって思ってた。今度街に出たら一緒に選ぼうね」

「ああ」

 ファリは嬉しそうに笑って頭上から額や頬にチュッチュとたくさんキスを落としてくる。くすぐったい。
 ファリが嬉しそうにしているから、おれにも嬉しさが移ってニマニマが止まらない。

「ファリ、くすぐったいって」

 そう言ってもやめないので、おれもやり返すことにする。

「ほらっ、くすぐったいんだからなっ」

 笑いながら伸び上がり、ファリの顎先、頬、鼻先とあちこちに軽くチュッチュとやり返す。

「カズアキ…」

 甘い声で耳元で囁かれて、ゾクリとして動きが止まる。背中から回された力強い片腕に後頭部を支えられ、ゆっくりと押し倒された。
 いつもファリは壊れ物でも扱っているかのように、慎重に、大切に、おれに触れる。

 見上げると熱のこもった視線とかちあい、どきりと心臓が飛び跳ねる。
 片側にサラリと白い長髪が流れ落ちてきたので、片手でひと筋掬い上げて目を閉じ、唇で触れる。

 閉じた目を開けて手を離すとまたサラリと髪は流れ落ちて行った。

「愛している」

 少し掠れた声で、でもはっきりと想いが込められ愛を告げられる。

「おれも、愛してる…」

 何度告げても、告げられても、飽きることが無い。少し照れくさいが、確認し合えばいつも胸がいっぱいになって幸せになれる。

 ついばむようなキスの後、深く唇が重ねられる。

 心を明渡して、口を開いて、舌を受け入れる深いキスは、全てを食べ尽くされるような錯覚を呼び、甘い痺れがじんと広がる。

「……ん……ふ…ぅっ…」

 重ねられた唇から吐息が漏れる。

 探るようにして捕まえられた両手はシーツに縫い付けられ、お互いの十指を強く絡め合った。

「…ん…くっ…」

 差し入れられた舌に舌を絡めてとられていて、上手く唾液を飲み下せず、少しこぼれてしまった分が喉元まで伝い落ちていく。

 きもち…いぃ……。

 下半身にずくんと熱がこもる。

 キスって…こんなに…きもちいいんだ……。

 脳が、胸が、指先が…全身が甘く痺れて、もっと…余すところ無く、くっついて、絡み合って、ひとつになりたいという欲望にかられる。

 絡めあった十指をぎゅっと握りしめて、自身の両膝を擦り合わせる。

 ぁあ…腰…動いちゃい…そう……。

 浅ましく擦り付けようとしてしまう腰を、僅かに残っている羞恥心が押し留める。

「…はっ…はっ…はぁっ…」

 長く合わされていた唇がようやく離され、空気を求めて浅い息を繰り返す。

 力が抜けてくったりとしている手指から、するりと指が引き抜かれ、体が離される。

 急に失った温もりが名残惜しくて、追いたがる指先がピクリと震えた。

「…ファ…リ?」

 閉じていた目を開けて顔を傾け、ファリの姿をとらえる。

「…今日は疲れただろう。もうおやすみ…」

 ファリはそう言って、少し距離を開けて横たわり、手を伸ばして頭を撫でてくれる。

 平静に微笑んでいるように見せているその瞳に、情欲の色が残っているように見えるのは気のせいだろうか?

 恥ずかしながらおれの方は、ファリがもっと欲しいという欲情丸出しのトロトロの表情のままだ。

 だけどファリの言う通り、疲れていたのと、慣れない深いキスによる酸欠のせいで、頭がぼんやりしてくる。

 頭に触れるファリの手の心地よさに目を閉じると、知らぬ間に眠りに落ちて行った。
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