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Side:ファリ《護衛》その2

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 二階部分の外壁の窪みに身を隠し、一階店舗の天井付近にある明かり取り用の窓から中を覗く。

 店舗内にカズアキとギルオレの姿を見つけ、その周辺にも視線を走らせる。同じフロアーに居る店員は7名。うち4人がカズアキ達の接客をしている。カズアキ達の他に客の姿は見えない。

 店舗の作りからして、複数の客を相手にすることを想定した作りにはなっていない。どうやら一見の客は相手にしない予約制の店舗のようだ。客を選び洗練された品だけを提供する高級店。主にオートクチュールを手がけているのだろうが、既製品も取り扱っているようで、いくつものシャツやスラックスを持ってきては鏡の前に立つカズアキの体にあて、ギルオレの意見を伺っているようだ。
 あれらの既製品も購入後にはより体に沿うように針が入れられることだろう。

 カズアキは困ったような表情をして断っている様子であったが、ギルオレに何かを囁かれた後は戸惑いつつも受け入れていた。
 ギルオレが優雅な仕草でエスコートし、甘い視線を向けながら恋人のように寄り添っている。臓腑がギュッと引き絞られるような痛みが走り、モヤモヤとした不快感が込み上げたが無理矢理抑えつける。

 レスニースは、ここから中を見張るよう指示した後、自身は裏口の方へと回って行った。
 我々の他に数名ほどが同じ護衛任務についているようで、時にさり気なく合図を送っていた。レスニースが指揮する護衛チームであり、普段からギルオレを守っているのだろう。

 わたしは今回そこにゲストとして加わった形だ。正式に顔合わせなどはされていないし、事前に護衛計画も聞かされてはいない。都度レスニースの指示を受けて動く形だ。主の護衛態勢については機密事項も多いのだろう。

 今のところ目に入る範囲に不審な動きのある者は居ないが、先日の誘拐事件からも分かるように、いつ襲われてもおかしく無い立場であるので油断は出来ない。
 護衛対象を中心に鳥の目のように俯瞰して全体を捉え、不審な動きのある者、違和感のある物があれば、クローズアップして注視する。

 店員とギルオレにより選ばれ、手を加えられた服を着たカズアキが、衝立の裏から姿を見せた。
 ドレープとレースがたっぷりとあしらわれた光沢のある白いシャツの上に、優美なユスアリニの花が黒と銀糸で刺繍された黒いジレ。前側はウエスト丈だが後ろ側は長く、細めの襟もついていて、ジレでありながら上着の役割も果たすような洗練されたデザインとなっている。スラックスはジレと同じ黒地だが刺繍はサイドに少しだけの、細身でシンプルなデザインのものが合わせられていた。
 その装いは、カズアキの神秘的な黒髪と黒い瞳によく似合い、誰もが視線を奪われずにはいられない美しさだ。ギルオレも店員達も皆見惚れ、感嘆の溜め息をこぼしている。
 一式を買い上げたギルオレが、最後に濃緑色の宝石をあしらった繊細なデザインのピンをカズアキの襟元に飾り、満足そうな表情を浮かべている。

 濃緑色はギルオレの瞳の色だ。

 うやうやしくカズアキの手を取り、手の甲に口付けし、美しさを賞賛した後、そのままエスコートして店を出て行った。

 平静を保とうとするが、どうしても胸の奥がざわついてしまう。

「俺達は上から追うぞ」

 裏から戻ってきたレスニースに指示されて、胸のざわつきを抱えたまま、屋根の上へと移動する。

 屋根の上からだとこの区画を抜けた先にある王城がよく見え、ヨルラガードで学んだ知識が頭を過る。
 堀に囲まれた向こう側は堅牢な城壁に取り囲まれていてその敷地内は広い。各種省庁を内包し、更にもう一枚の城壁に囲まれた先に王城がある。中心部は小高い丘となっており、そこに建つ高い尖塔に囲まれた荘厳な王城は見る者に畏怖の念を抱かせる。見た目だけでなく、戦時には要塞としての能力を発揮する造りとなっている。

 今居るこの周辺は、高級店が連なる、治安の良い一等地の一角であり、裕福な商家の者や貴族達も馬車を降りてそぞろ歩きを楽しんでいる。下町の、ぶつかり合わずにはいられないような雑踏と違い、道幅も広く、賑わっていても、すれ違う人との距離は保たれているので、見失う心配は無い。

 2人は珍しい輸入品を取り扱っている商店を少し覗いた後、絢爛な彫刻の施された外観の劇場へと入って行った。

 演目は聖女の伝説をモチーフにした甘い恋物語。かなり脚色されていて、本来の伝説とはかけ離れているが、人気の作品らしく、劇場内は若い娘達や恋人同士でほぼ満席となっていた。

 わたしは三階のボックス席の柱の影に身を潜め、二階の特別席に座っているカズアキ達を見守ることになった。席を手配した時に、この三階席のチケットも同時におさえられていたのだが、見つかる危険性を下げる為、座席にはつかない。

 この席は角度上舞台端が見切れるのであまり良い席ではないが、目立たない独立した席である為、別の需要はあるようで、すぐ隣のボックス席では恋人同士が舞台よりも甘い睦言を囁き合いながら過度な接触に及んでいた。

 舞台に引き込まれている様子のカズアキは気にも止めていない様子だが、長椅子の隣に座っているギルオレに手を握られている。ギルオレは舞台に集中しているカズアキを時折見つめて微笑んでいた。

 劇場を出た後、表通りを外れ、人工水路に架かる橋の前まで来て、ギルオレが水路の向こうを指差してカズアキに何かを説明している。この水路は舟も行き交える程に大きなもので、この水路を挟んだ向こう側は、一般庶民が暮らす下町となっている。
 説明を終えた様子の二人は再び表通りに戻って行った。

 ギルオレは、最初に出会った日、高級なコース料理よりも庶民的な食堂の料理の方が好きだと言っていた。冒険者としても活動していて、冒険者ギルドは下町にある。普段はレスニースと行動を共にしているギルオレのこと、身分を隠し、下町にもよく足を運んでいるのだろう。

 だが、今日は安全性の高い一等地から一歩も外に出ようとしていない。
 尾行しながら護衛する立場からしても、整然とした造りの一等地は、細い路地が無秩序に錯綜している下町と違い、二人の姿が人混みに紛れることが無くて追いやすい。

 今はカズアキと二人きりでデートをする為、側に護衛を付けていない状況だ。狙われる立場であることを自覚しているギルオレは、なるべくカズアキを危険に晒さないようにと配慮して、一等地を出ないのではないだろうか。


 一定の距離をあけて地上から追う。レスニースからの情報では、この後は予約しているレストランへ向かう予定らしい。

 途中、カズアキがとある店舗の前で足を止めたので、さっと建物の陰に身を隠して様子を伺う。

 その店舗に何か興味を引かれる物を見つけたのか、じっと見つめている様子に気付いたギルオレが、共に中に入ろうと促したが、カズアキは首を横に振って断っていた。

 カズアキが気にしていた物が何であったのかが気になって、店舗前を通り過る時にチラリと見やる。

 その店舗では、美容や入浴などに関わる生活雑貨が取り扱われており、通りに向けて飾ってある品の中、カズアキが見入っていた辺りには、いくつかの種類のブラシが美しく並び展示されていた。

「ファリが気持ち良いって思えるブラシを二人で選んで買いたいなぁー」

 カズアキのくれた言葉が脳裏に浮かぶ。


 もしかすると…このブラシを見つけて、わたしを想ってくれていたのだろうか…?

 ギルオレと店に入らなかったのは、わたしと選びたいと思ってくれたからなのだろうか…?


 心に詰まっていた塊がスッと溶け、代わりに温かい熱がジワジワと広がっていく。
 自然に上がる口角を片手で覆い、今すぐ駆け寄って抱き締めたくなる衝動を抑えて護衛を続けた。
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