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ギルドの精神

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 受付の青年が買取査定の担当者を連れて戻ってきた。
 担当者は、縦にも横にも大柄の中年男性で、腕力が有り余っていそうな風体をしていた。

「ほぅ、良い素材が揃っているな」

 いくつか手に取って裏に返したり表に返したりして確認している。

「傷も少なく状態の良い、中ランクの魔獣素材か、なかなかの腕前だな…。薬草類もみずみずしい。採取の仕方も完璧だ。……ウチとしては有難いが、他所に買取に出せばもっと良い値になるが、いいのか?」

 ギルドだと一定の品質を確保していれば、全て一定のレートで買取る決まりになっていることを、男の口からも説明される。

「なるべく早く査定して貰えれば、そのレートでかまわない。頼めるか?」

「おぅ、任せておけ。…って、おかしなルートの品じゃないだろうな?」

「全て我々で採取したものだ。問題ない」

 査定担当の男はファリとおれに、上から下までじろじろと視線を走らせた後、快活な声を上げる。

「よし、良いだろう。俺はこれでも人を見る目はあるつもりだ。任せておけ、特急で間違いなく査定しておく」

 そう言った後、男は言葉通り急いで査定に取り掛かってくれた。

「それでは、登録作業に移りますので、受付に戻ります」

 受付のウサ耳青年に先導されて、再び受付に戻ってきた。

「登録されるのは、お一人ですか? お二方共ですか?」

「わたし一人だ」

 答えたファリの前に用紙とペンが置かれる。

 おれも登録してみたかったけれど、今は余計な詮索をされて怪しまれては困るので、またの機会に。

「こちらの用紙に要項通り虚偽のないよう、登録内容を記載下さい。800ゼギルで代筆も承っております」

 ファリは自分でペンを取ってサラサラと用紙を埋め始めた。
 名前の項目では、『ナファリード』と家名無しの名前を記載していたけれど、虚偽ではない。項目名は、名前と書かれてはいたけれど、家名も書けとは記載されていないからだ。きっと、家名のない人々も多いのだろう。

 書き終わったファリに受付の青年が説明を続ける。

「ギルドではランクシステムを設けております。冒険者個々の能力と依頼達成数や難易度などに応じてランクは変動致します。上からSS、S、A、B、C、D、E、F、Gのランクがあります。登録初期はGランクからのスタートです。ランクに応じた依頼を達成し、報酬を得るシステムとなっております。前回達成した依頼から6ヶ月以内に次の依頼が達成されない場合は、ギルドから抹消されますのでご注意を。特別な理由がある場合は、ギルドが認可した場合、延長も可能となりますので、その際は手続きにいらして下さい」

 淀みなく説明しながらも、ファリの書いた書類に目を通してチェックし、認可のサインを入れている。凄い。

 ランクなどの説明の書かれた書面が受付台に置かれている。
 それを見るとなんとなく分かるが、ランクを示すアルファベットは、おれに合わせて自動翻訳されているけれど、この世界の文字のアルファベットに相当する文字が使われているようだ。

「依頼については、ランク毎に分けてあちらの掲示板に貼り出しておりますので、ランクに合ったものをお選び頂き、こちらの受付に提出下さい」

 受付に向かって左側の入り口に近い方の壁面に掲示板があって、そこを掌を上に向けた状態で指し示しながら説明してくれる。

「後は、全ギルド員、生存確認を目的とした魔法印を首に押印する決まりとなっております。許可いただけない場合、ギルドへの登録も不可となります。押印とは申しましても、目には見えずデメリットもござませんのでご安心下さい」

 目には見えないという事は、ギルド員であることの証明書代わりにはならなさそうだ。本当にそんな物で生存確認なんてできるのか? しかもわざわざ首に刻む意味が分からない。

 ファリの首に信用出来ないようなものは付けさせたくない。
 黙っていられなくて、口を挟む。

「首に見えない印って…生存確認の為とはいっても、わざわざ首に刻む必要ないんじゃないですか? 首に刻むなんて、悪い影響がありそうで怖いです。手や足は? ううん、体じゃなくて、カードなんかの持ち物じゃダメなんですか?」

 隷属の首輪の一件もあって、ファリの首におかしな物をつけることに対して忌避感が強い。

「正確な生存確認の為です。依頼に失敗した理由が、死亡による履行不能だった場合、状況によっては色々と見直しや対応が必要となって参りますので。押印されている箇所周辺の生命反応が途切れた場合にギルドに信号を飛ばすという魔法が仕込まれているのです。その為、末端部では正確さに欠けるのです」

 えっ…それって…

 末端部とは、手足の事で、手足は失っても生きていられるが、首を失っては生きてはいられない。だから首に押印すると言っているのだ。

 何気に怖いこと言っているな…

 想像してしまって、背筋が寒くなる。
 けれど、ギルドとして依頼に対して見合わないランク設定をしてしまった場合、直ぐに是正する必要があることは理解できる。冒険者達の生存率を下げる訳にはいかないからだ。

「悪い影響どころか、僅かばかりではありますが、状態異常などが緩和される効果もあり、どちらかといえば御守りのような物です。冒険者の仕事は危険と切り離せないものではありますが、我々は常にギルド員の安全と無事を願っておりますので」

「貴方の首にも押印されているのですか?」

「勿論です。ギルドに席を置く者に例外はありません」

 この人が嘘を付いているようには見えないが、ファリの体に刻まれるものだと思うと、慎重に構えてしまう。

「目に見えないものをどうやって信用すれば? ファリを危険に晒してまでギルドに登録したいとは思わないのですが」

 そう言ったおれの心の底を見通すような目をして、じっと見つめられる。ファリの身に関わることだ、怯むわけにはいかない。おれはその目を逸らすことなく、まっすぐ見つめ返した。

 ふっと力を抜いた受付の青年は、おれに片手を差し出してくるが、握手を求めているのではなく、手のひらは上に向けられている、

「片手をお借りしても?」
 
 悪意は感じられない。
 戸惑いながらも差し出された手のひらの上に片手を乗せる。

「わたくしギルドサブマスターのネリカナは、ナファリードさんに害のある印は押さないことを誓います」

 言葉で誓い、乗せた片手の甲に額を当てられた後口付けられる。ファリとは違い、口付けは振りではあったけれど、ファリがおれの側に居てくれると誓ってくれたのと同じ所作だった。

 これはどう受け止めたらいいんだろうか?

 ネリカナさんにとって押印はただの受付上の手続きのひとつだ。本来なら誓いなど必要ないだろう。ただ、受付られないと突っぱねれば済むはずで。それなのにどうして誓ってみせたりするんだろう?

 この誓いはあの印がファリに危害を与える物ではないと証明する為の誓いってことだよな?

 本当に信用しても良いんだろうか?


「カズアキ、大丈夫だ。この誓いは獣人にとって神聖なもの。この人が破ることはないだろう」

 逡巡するおれの肩に手を置いて、ファリが安心させるように微笑んでくれる。

 …ファリがそう言うなら信じよう。

 あの誓いは獣人にとっては神聖なものだったのか…
 ファリはおれの側にずっと居てくれると誓ってくれて…

 つい思い出してドキドキしてしまったが、ボーッとしている場合ではない。サッと気持ちを切り替える。

「ギルドサブマスターさんが受付を? 偉い人なのでは?」

 おれの疑問にネリカナさんが答えてくれる。

「私が受付をすると色々と手っ取り早いのです。貴方がたには必要のなさそうな説明ですが、当ギルドでは種族間の差別や諍いは禁止事項となっており、先程ナファリードさんに記載頂いた書類にも明記されております。これは当ギルドの根幹に関わる事項ですので、守れない者はギルドに入れませんし、破った者は脱退させます。他種族嫌悪の強い者は、私が受付すると態度に出しますので簡単に炙り出せます」

 ずっと無表情だったのに、最後の言葉を言い終わると、にっこりと満面の笑顔を見せた。

 笑顔なのに、なんだかとっても怖いのは、気のせいだろうか?
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