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純然たる誓いと疚しい妄想

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 狙われた二人のことも気になって仕方がないが、おれにとっての優先順位はファリが一番だ。

 まずはファリが無事に国へ帰れるようにして、その後に二人を助け出す算段を立てよう。

 おれ達が拐われた時に、ファリの剣や荷物は奪われている。
 高価なファリのアイテムバックを失わせてしまったことも申し訳なく思う。捕まった時にもっと冷静に対処してアイテムボックスに収納しておけば…

 今更後悔しても遅いが、この反省は次に活かすと心に決める。

 武器の代わりになりそうな物といえば、おれが預かったままになっていた獲物の解体用ナイフくらいだが、それだけではやはり心許ない。まともな武器も荷も持たずして、あの広大なレニンの森を抜けるのは厳しいだろう。

 しかし、装備を整えたくても、おれ達は無一文の状態だ。買い物の前に、アイテムボックスに収納してある薬草類、魔獣の角や毛皮などの素材を売ってお金を作らなければならない。


「カズアキが連れて行かれたという、取り引き場所には戻れそうか?」

 ファリの問い掛けに思索が途切れる。

「えっ? 戻れる…けど…?」

「カズアキは、狙われている者達を助けようと考えているのだろう?」

「…それは…そうなんだけど…でもその前にファリが国に帰れるように…」

「カズアキ」

 くだらない話でも、いつも最後まで耳を傾けてくれるファリが、おれの言葉を遮った。

「森を出た時にも言ったが、わたしはカズアキと共に行く。それは、王都まで送るという意味では無い。王都に着いたその先もずっと共に。そういう意味だ」

 揺るがぬ意志を映した瞳で、真っ直ぐにおれを見つめている。

「例え、カズアキがわたしを不要だと言ったとしても、わたしは側を離れる気はない」

 これは、紛れもなくファリの意志だ。

 けれど、あまりにおれの望みに添いすぎていて、受け入れるのが怖い。

 おれにとってファリは、いつの間にか、ただの知人でも友人でもない、特別な存在となっていた。

 いつも側に居て離れたくないし、誰よりもファリの心に寄り添える存在でありたいと願っている。

 だけど、おれは異世界人だ。

 それも、巻き込まれてこの世界に来ただけで、『聖女』の称号やら『女神(代理補佐)の加護』やらを持っているものの、それは本来おれのものではなく、おれは、ファリの生きるこの世界の何者でもない。
 『この世界を救う』という使命を持った正当な者が、それを成し遂げた時、元の世界へ帰ることになるのではないか?

 それがいつになるかなんて、おれには分からない。
 この世界に唐突に転移させられた時のように、また唐突に帰されることになるのだろう。
 それは、明日かもしれないし、数十年後かもしれない。

 そしてそれ以前に、クエストに失敗して命を落とすリスクも負っているのだ。

 今のおれは、不確かで不安定な、いつ切れるとも知れないロープの上を歩いているようなものだ。

 正直、差し伸べられた温かく力強い手を握り返したくて仕方がない。

 けれど、こんな綱渡りの道連れにしてしまっては、ファリの大切な時間を無為に消費させ、多くの危難に晒させてしまうのではないか?

 そう思うと、伸ばされたファリの手を掴むのが怖い。

 ギュと胸が引き絞られるような痛みから目を逸らし、ファリにその手を拒む選択を告げる。

「おれは、異世界人だから、いつか元の世界に帰るし、来た時みたいに、唐突にこの世界から消えるんじゃないかと思ってる。それにクエストのこともあるし…おれと居たら今回みたいに、ううん、今回以上に危険な目にもあうかもしれない。だからやっぱり…」

「カズアキが不要と言っても…と言っただろう?」

 ファリは意志を曲げない。

 例えどんな危難に晒されたとしても、おれの意向を無視して意志を貫く自身の責任なのだと言うことで、おれの心の負担を取り除こうとしてくれている。

 ファリはそういう人なのだ…

「離れるつもりは無い。側に居続け、カズアキの剣と盾になると誓う。…カズアキが元の世界に戻る、その時まで…」

 片手を押し頂くように取られ、手の甲に額が当てられた後、口付けられた。

 物語の騎士を連想させる、そんな流麗な仕草が様になっていて、思わず見惚れてしまう。

 ため息が漏れるくらい格好良い。

 
 ファリの国では当たり前の、固い意志や誓いなんかを表明する時の儀礼みたいなものなんだろうけど…

 なんだかコレって…プロポーズされているみたいだ…

 手の甲にファリの唇が触れた感触が残っている。
 振りとかでは無く、実際に触れていた。
 口付けられた場所が熱く、指先までドクドクと血が流れていくのを感じる。

 変な事を考えてしまったせいで妙に意識してしまう。

 …いやいや、ファリにそんなつもりは微塵もないから!

 混乱して目の前がグルグルと回っているような気がしてしまう。

 プロポーズどころか付き合ってないし!

 そもそも男同士な上に、ファリは、おれを守るべき子供だと思っているふしがある。

 ファリは純粋におれのこと守ろうとしてくれているのに、そんな不埒な想像をしては失礼だ。

 うううぅ~
 ファリごめんっ!!

 あまりにもファリが格好良過ぎて、一足どころか二足も三足も飛んだ、斜め上の大混乱状態に陥ってしまった。

「カズアキ?」

 様子のおかしいおれの名をファリが気遣うように呼んでくれる。

 ほらっ! ファリ普通だし!
 おれ、しっかり! 気をしっかり持って!

 セルフ突っ込みとセルフ声援で無理矢理意識を引き戻す。

「いや…うん…何でもない。その…有難う、ファリ…」

 …あっ…

 お礼を言った直後に、今の謝意が何を示すものかに気付いてハッとする。
 混乱のあまり、ついファリの誓いを受け入れてしまったのだ。

 おれの内心の葛藤を知らないファリは、目を細めて嬉しそうに微笑んでくれる。

 うっかり変なことを想像してしまった疚しいおれには、その笑顔は眩しすぎて直視できず、目を逸らさずにはいられなかった…
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