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最終章:全てを脱ぎ捨てて
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一方、男のおかげであの絶体絶命的な状況から抜け出す事の出来た八助と夕顔はまたもやただひたすらに走っていた。川辺から道に出てあの場所から遠ざかろうと足を動かす。すぐに息も上がるがまだ休む事は出来ない。
そんな状態のまま更に暫く走った二人は、恐らく先程とは別部隊なのだろう前方の角から姿を現した男衆に足を止めた。
「おい! いたぞ!」
二人に気が付いた男衆の一人が叫ぶ。
八助は一度来た方を見たが足は止まったまま。もし橋の下に居た男衆が追いかけてきていたら鉢合わせるかもしれない。そう思ったからだ。
「八助はん」
夕顔の声に視線を前方に戻すと男衆が真っすぐ二人の方へ向かってきていた。今すぐにでも逃げなければ捕まってしまう。
八助は辺りを見回した。
「夕顔さんこっち」
そして夕顔の手を引き動き出した八助は横に伸びていた石階段を駆け上がり始めた。その上に何があるのかは分からないがすぐに選択しなければいけなかった状況で彼はこの階段を選んだのだ。長く続く階段を上がるのは、ここまで走りっぱなしだった二人にとっては辛い修行のようだったがそれでも何とか耐えながら上へと向かう。
そしてやっとの思いで上まで辿り着いた二人を待っていたのは開いたままの四脚門。二人は一度その前で足を止めその門を見上げたが長年雨風に晒されたであろう門札を見る前に、後ろを振り向き追手を確認すると中へと足を踏み入れた。門から伸びた石畳を導かれるように走り正面に堂々と建てられた建物へ。数段の木階段とその上には大きな両開き戸があるが閉じたまま。
とうに脚は限界を迎えていた八助と夕顔はその数段しかない階段を半分ほど上ったところで同時に倒れ込んだ。そして後ろを振り返ると階段に寝そべるように座り、棒になった足とはち切れそうな心臓を抱えたまま追ってきた男衆へ顔を向けていた。
石畳の中腹辺りで足を止めた男衆は二人程ではないものの肩で息をしている。そしてその一人が手提げ提灯を二人へ向けた。
「もう逃げ場ない。諦めろ」
視線は男衆に向けたまま二人は静かに強く手を握り合った。
すると八助と夕顔の後方で両開き戸の開く音が鳴り響き床の軋む音が聞こえた。その音に二人は後ろを振り向く。
そこには作務衣を身に纏った坊主頭の人生経験が豊富そうな男性が立っていた。一本の軸が通っているように綺麗な立ち姿で辺りを見回すその表情は一切動じていない。
「何事ですか?」
落ち着き払った声が静まり返った夜を風のように駆け抜けた。
そしてその問いに対して答えたのは一歩前へ出た男衆の一人。
「我々は吉原遊郭、吉原屋の者です。吉原屋楼主、吉田秋生の命によりそこの逃走者とその支援者を追いここまで来ました。その二人を確保すれば速やかにここから立ち去ります」
男性はその説明を聞いた後、二人へ顔を落とした。見上げる八助と夕顔は男性と目が合うと助けを乞う表情を浮かべた。その表情に対して男性は莞爾として笑うと男衆へ視線を戻した。
「ですがそれが本当だという証拠はありません。本当に貴方方が吉原屋の人間だという証拠もその吉田秋生さんからの命であるという証拠も。――なのでこうしましょう。明日、その吉田秋生さんと直接お話をしたのちにどうするかを決めます」
「その者の身柄は我々の下にある。その必要はありません。このまま連れて帰りそれで終わりです」
その二人の会話をただ聞くしかない二人はまるで裁判の成り行きを見守るしかない被告人状態だった。だた何も言えず、何も出来ず、自分たちの手元へ手渡される結末を待つしかない。それは走り続けた時の肉体のように精神を疲労させていった。
「ここは既に全公寺の境内。この場所へ逃げ込んできた人たちをおいそれと引き渡す事は出来ません。住職である私がしっかりと事実整理をした上で適切な判断を下します」
「部外者であるあなたにそのような事をする権利はない」
「ではここにいる者を斬り捨て奪い取りますか?」
いつの間にか境内には何人もの僧侶が集まっていた。彼らは何も言わずただじっと男衆へ視線を送っている。武装はしていないが堂々としたその立ち姿と真っすぐな眼差しはそれに匹敵する程の威圧感があった。
その僧侶たちの姿に微かにたじろんだ様子の男衆。
「逃走者の存在は楼主の管理能力を疑われる大問題。しかもそれが吉原遊郭を統べる吉原屋からとなると尚更。貴方方の主人は内密かつ穏便に事を納めたいと思っていると思いますがどうでしょうか? ここで一度手を引くのであればそれもまだ叶いましょう。ですがこのお二方を強引にでも連れて帰ると仰るのなら多少の騒ぎは覚悟していただきたい」
住職の言葉の後、男衆は話し合いを始めた。それが終わるまでの間、この場に齎されたのは夜らしい静けさ。
「その間、その二人を逃がさないという保証はどうするつもりですか?」
「そうですね。――寺院の前に見張りを置いてもらっても構いませんよ。それと吉原屋楼主へ手紙を書きましょう。もし明日この場所にお二方の姿が無かった場合の対処についても書き記した手紙を」
男衆は再度ひそひそと話し合いをした。
そして話がまとまったのかすぐに一人が住職の方へ顔を戻した。
「分かりました。では早速その手紙を書いて頂きたい」
「えぇ承知しました」
住職は一度頷くとまず近くの僧侶を呼んだ。
「このお二方に部屋を」
その場にしゃがみ込み近づいた僧侶にそう指示をした。
八助と夕顔は一旦ではあるが胸を撫で下ろし安堵に表情を和らげると住職に顔を向けた。
「何とお礼を言ったらいいか」
「どうなるかは明日決まります。ですが貴方方が誰にしろ今夜はゆっくりと休んでください」
「本当にありがとうございます」
八助が代表しお礼を言うと二人は立ち上がり僧侶の後に続き夜を明かす部屋へと向かった。
そして一時的ではあるが休息を手にした二人は疲れ切った体をゆっくりと休めた。だが依然としてその心は必死に安息へと手を伸ばしていた。
そんな状態のまま更に暫く走った二人は、恐らく先程とは別部隊なのだろう前方の角から姿を現した男衆に足を止めた。
「おい! いたぞ!」
二人に気が付いた男衆の一人が叫ぶ。
八助は一度来た方を見たが足は止まったまま。もし橋の下に居た男衆が追いかけてきていたら鉢合わせるかもしれない。そう思ったからだ。
「八助はん」
夕顔の声に視線を前方に戻すと男衆が真っすぐ二人の方へ向かってきていた。今すぐにでも逃げなければ捕まってしまう。
八助は辺りを見回した。
「夕顔さんこっち」
そして夕顔の手を引き動き出した八助は横に伸びていた石階段を駆け上がり始めた。その上に何があるのかは分からないがすぐに選択しなければいけなかった状況で彼はこの階段を選んだのだ。長く続く階段を上がるのは、ここまで走りっぱなしだった二人にとっては辛い修行のようだったがそれでも何とか耐えながら上へと向かう。
そしてやっとの思いで上まで辿り着いた二人を待っていたのは開いたままの四脚門。二人は一度その前で足を止めその門を見上げたが長年雨風に晒されたであろう門札を見る前に、後ろを振り向き追手を確認すると中へと足を踏み入れた。門から伸びた石畳を導かれるように走り正面に堂々と建てられた建物へ。数段の木階段とその上には大きな両開き戸があるが閉じたまま。
とうに脚は限界を迎えていた八助と夕顔はその数段しかない階段を半分ほど上ったところで同時に倒れ込んだ。そして後ろを振り返ると階段に寝そべるように座り、棒になった足とはち切れそうな心臓を抱えたまま追ってきた男衆へ顔を向けていた。
石畳の中腹辺りで足を止めた男衆は二人程ではないものの肩で息をしている。そしてその一人が手提げ提灯を二人へ向けた。
「もう逃げ場ない。諦めろ」
視線は男衆に向けたまま二人は静かに強く手を握り合った。
すると八助と夕顔の後方で両開き戸の開く音が鳴り響き床の軋む音が聞こえた。その音に二人は後ろを振り向く。
そこには作務衣を身に纏った坊主頭の人生経験が豊富そうな男性が立っていた。一本の軸が通っているように綺麗な立ち姿で辺りを見回すその表情は一切動じていない。
「何事ですか?」
落ち着き払った声が静まり返った夜を風のように駆け抜けた。
そしてその問いに対して答えたのは一歩前へ出た男衆の一人。
「我々は吉原遊郭、吉原屋の者です。吉原屋楼主、吉田秋生の命によりそこの逃走者とその支援者を追いここまで来ました。その二人を確保すれば速やかにここから立ち去ります」
男性はその説明を聞いた後、二人へ顔を落とした。見上げる八助と夕顔は男性と目が合うと助けを乞う表情を浮かべた。その表情に対して男性は莞爾として笑うと男衆へ視線を戻した。
「ですがそれが本当だという証拠はありません。本当に貴方方が吉原屋の人間だという証拠もその吉田秋生さんからの命であるという証拠も。――なのでこうしましょう。明日、その吉田秋生さんと直接お話をしたのちにどうするかを決めます」
「その者の身柄は我々の下にある。その必要はありません。このまま連れて帰りそれで終わりです」
その二人の会話をただ聞くしかない二人はまるで裁判の成り行きを見守るしかない被告人状態だった。だた何も言えず、何も出来ず、自分たちの手元へ手渡される結末を待つしかない。それは走り続けた時の肉体のように精神を疲労させていった。
「ここは既に全公寺の境内。この場所へ逃げ込んできた人たちをおいそれと引き渡す事は出来ません。住職である私がしっかりと事実整理をした上で適切な判断を下します」
「部外者であるあなたにそのような事をする権利はない」
「ではここにいる者を斬り捨て奪い取りますか?」
いつの間にか境内には何人もの僧侶が集まっていた。彼らは何も言わずただじっと男衆へ視線を送っている。武装はしていないが堂々としたその立ち姿と真っすぐな眼差しはそれに匹敵する程の威圧感があった。
その僧侶たちの姿に微かにたじろんだ様子の男衆。
「逃走者の存在は楼主の管理能力を疑われる大問題。しかもそれが吉原遊郭を統べる吉原屋からとなると尚更。貴方方の主人は内密かつ穏便に事を納めたいと思っていると思いますがどうでしょうか? ここで一度手を引くのであればそれもまだ叶いましょう。ですがこのお二方を強引にでも連れて帰ると仰るのなら多少の騒ぎは覚悟していただきたい」
住職の言葉の後、男衆は話し合いを始めた。それが終わるまでの間、この場に齎されたのは夜らしい静けさ。
「その間、その二人を逃がさないという保証はどうするつもりですか?」
「そうですね。――寺院の前に見張りを置いてもらっても構いませんよ。それと吉原屋楼主へ手紙を書きましょう。もし明日この場所にお二方の姿が無かった場合の対処についても書き記した手紙を」
男衆は再度ひそひそと話し合いをした。
そして話がまとまったのかすぐに一人が住職の方へ顔を戻した。
「分かりました。では早速その手紙を書いて頂きたい」
「えぇ承知しました」
住職は一度頷くとまず近くの僧侶を呼んだ。
「このお二方に部屋を」
その場にしゃがみ込み近づいた僧侶にそう指示をした。
八助と夕顔は一旦ではあるが胸を撫で下ろし安堵に表情を和らげると住職に顔を向けた。
「何とお礼を言ったらいいか」
「どうなるかは明日決まります。ですが貴方方が誰にしろ今夜はゆっくりと休んでください」
「本当にありがとうございます」
八助が代表しお礼を言うと二人は立ち上がり僧侶の後に続き夜を明かす部屋へと向かった。
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