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第三章:夕日が沈む

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 それはその翌日の事だった。私が朝食を食べ終え、八助さんとの約束の為にあの場所へ向かっている時。いつもより騒がしく、何やらみんなが集まってるなと思い気になった私もそこへ立ち寄ってみた。彼女たちが群がっていたのは行灯部屋。
 私は人の間を縫い開きっぱなしの戸まで行くと、その視線の先にあった光景に勢いよく息を吸ったもののそれを声にする事すら忘れてしまった。
 そこにあったのは――吉原屋の奉公人と並んで横たわるひさの姿。互いの手を握り合い幸せそうな笑みを浮かべた二人だった。だがどう見てもただ眠ってるようには見えない。指先ひとつ、瞬きすらせず開きっぱなしの双眸。
 ひさはその日、ずっと言っていた間夫の男と心中した。
 その光景はあまりにも青天の霹靂で立ち尽くしてる私は、辛うじて呼吸が出来ているだけの状態。瞬きをしてない事にさえ気が付かなかった。ただただ眼前の光景を瞳に映すだけで頭は蒼穹に浮かぶ形の無い雲のように真っ白。動くことも声を出すことも何も出来なかった。
 それからすぐに秋生を含む数名の男が駆け付けると部屋は閉じられ集まっていた遊女や奉公人は日常へと戻された。
 そして私はまだ状況を理解出来ぬまま足を動かし気が付けばあの場所へと来ていた。感情ごと思考や何やらをかき回したように何も考えられぬままただ体に染み込んだ行動のようにただ戸の鍵を外す。いつものように戸がゆっくりと開き八助さんが中へと入ってきた。

「今日は遅かったですね。大丈夫で――」

 耳に入ってはいたが聞こえてなかった言葉を遮り私は彼に抱き付いた。

「えーっと。あの夕顔さん?」

 戸惑う彼の声に返事はせず私はただ訳の分からない感情に脅えその体を強く抱き締めた。段々と他人のモノように分からない感情が私の意思に関係なく込み上げ、目からは泪が溢れ出す。まるで誰かの体に意識だけが移り込んでしまったかのように涕涙は止められなかった。

「とりあえず座りましょうか」

 そんな私に(まだ戸惑いながらも)優しく声を掛けてくれた八助さんは腰掛けまでゆっくり誘導すると一緒に座り、それからは何も言わずただ悲泣する私を抱き締めてくれていた。
 そんな彼の胸の中で私はあの海に前回より深く沈み、より冷たく暗い感情に包み込まれてた。あの時の彼女もこの景色の中、この冷たさとこの暗さを味わっていたんだろうか。どんどん体は沈んでいきそれにつれ胸の奥が苦しくなっていく。どんどんと光が遠のいていく。このまま落ちて行った先にある絶望の淵は一体、どれだけ暗く冷たいんだろうか。どれだけ苦しいんだろうか。でもそれは私にはまだ分からない。
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