御伽の住み人

佐武ろく

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第弐幕:狐日和

【42滴】上下反転

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 隙を突き突如、玉藻前に襲い掛かった小柄な妖怪。
 だが間一髪のところで横から飛び込んだ優也が彼女を攫い、その歯は空を噛む。玉藻前はそのまま地面に倒され二、三転と転がるが頭と背中に回された腕がその体を守っていたため無傷だった。
 一方、空振りし地面へと落ちていった妖怪はすぐさま飛んできたアゲハの毛槍に突き刺された。

「玉様! (玉様!)」

 一連の流れが一瞬で過ぎ去ると百鬼とアゲハは玉藻前の元へ声を上げながら駆けつけた。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫やで」

 既に起き上がっていた玉藻前は返事を返した後に隣の優也を見遣る。

「おおきに。助けられてもうたなぁ」
「いえ、無事で良かったです」
「ですがこれからどうしやしょう?」

 百鬼は毛槍の刺さった小さな妖怪を一瞥した。

「何よ。あたしの所為って言いたいの?」

 その視線に少し喧嘩腰になるアゲハ。

「そうは言ってないだろ。お前さんがやってなかったら俺様がやってた」
「焦る必要はない。まだ島にいるんやったらすぐに見つけられるやろ。この島で隠れられる場所はそう多ないからなぁ」

 立ち上がる玉藻前の言葉に少し頭を悩ませたアゲハだったが、直ぐに何かを思いついた様子を見せた。

「あっ! 北東の廃工場ですね」
「一番可能性が高いんはそこやなぁ」
「じゃあ、すぐにでも向かいます」
「その前にやることがあるやろ」

 すぐさま動き出そうとしたアゲハを止めた玉藻前の双眸は今も尚、轟々と燃え盛る屋敷を映し、悲しみの赤で染まっていた。

「百鬼、子ども達をあの場所に連れて行った後、手の空いてる者で火ぃ消すの頼んだでぇ」
「了解です」
「アゲハ」

 指示を出した玉藻前は百鬼と一緒に行こうとしたアゲハを呼び止め、その声に彼女は振り返った。

「そちは少し待っときぃ」
「はい」

 足を止め疑問符の付いた声で返事をしたアゲハにそう告げると玉藻前は優也の方を向いた。

「優也はん。すまへんなぁ、話聞けそうにないわぁ」
「いえ、こんな状況じゃ仕方ないですよ」

 一度、屋敷を見遣る優也。

「また会えるとええな」
「会いにきます」
「嬉しいこと言うてくれるやない」
「その時に話を聞いてくださいね」
「ええよ」
「それじゃあまた」
「ほなな」

 そして玉藻前はアゲハの方を向くと手招きした。

「優也はんを森の外まで送りぃ」
「えぇ!? あたしがですか!?」
「そやで」
「はぃ」

 文句は言わず了解の返事をしたアゲハだったがその表情は露骨に嫌そうだった。

「それと……」

 言葉を止めると玉藻前はアゲハの耳元に口を近づけた。

「ちゃんとさっきのこと謝るんやで?」
「――分かりました」

 これまた渋々といった感じで了承したアゲハは優也の方へ足を進める。

「行くわよ」
「よろしく」

 だがアゲハは優也の返事など興味なしといった具合で横を通り過ぎる。何も言わずその後を追う優也だったが森に入る前に振り返ると玉藻前に軽く一礼した。それに対し玉藻前は手を振り返す。
 それから森に入った優也はアゲハと並んで歩いていた。暫くお互いに何も言わぬまま歩いていると、(特に意味はないが)優也はアゲハの頭にある狐面へ横目をやった。

「何よ」

 その視線に気が付いたアゲハの声は少し不機嫌そうだった。

「狐好きなの?」
「関係ないでしょ」
「ずっと付けてるからそうなのかなと思って」

 だがアゲハは返事をせず無視して歩き続ける。

「にしてもお面の下にこんな可愛い女の子がいたなんてあの時は思いもしなかったよ。というかそんなこと考える余裕無かっただけだけど」
「分かってても関係ないでしょ」
「どうだろう。小さい子相手だとやりずらいかも。あの時は必死っだったから何も考えてなかったけど」

 するとアゲハは急に立ち止まり勢い良く優也を指差す。

「言っとくけど子ども扱いしないでよね。もうあたしは大人なんだから」

 眉間に皺を寄せ腰と胸に手を当てながら怒鳴るアゲハ。
 だが優也の目には少し背伸びをする少女に見え、微笑ましさを感じていた。

「ごめんね。気を悪くさせちゃったかな。お詫びに飴玉でも貰う?」

 そう言うと優也はポケットから飴玉を取り出した。

「だから子ども扱いしないで。いらないわよ」

 しかしより不機嫌なったアゲハは腕を組みそっぽを向いた。

「そう。イチゴ味で美味しいんだけどな」

 その呟きにアゲハは横目で飴を見た。

「ま、まぁでも、どうしてもっていうなら貰ってあげてもいいわよ」
「気を使ってくれてる?」
「そうよ。あたしは大人だから気を使ってもらってあげるだけだから」
「ありがとうございます」

 お礼を言いながら優也が飴玉をアゲハに渡すと、さっきとは一変し嬉々とした笑みを一瞬だけ見せ飴を口に入れた。
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