【R18】黒い王子様

深石千尋

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本編

第一夜(二) ✩

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 ところが黒い影は、なぜかエマの涙をそっと指で拭った。


「――――え?」


 ――――今、自分は何をされたのだろうか。エマは思考が止まり、目を瞬かせて呆然とした。
 黒い手はぞくぞくするほど冷たい。王子と思われる黒い顔は、怒っているのか、笑っているのか、よく分からなかった。ただ、口からはハァハァと興奮を隠し切れない荒い息遣いが聞こえ、冷たい吐息がエマの顔に降ってくる。まるで黒い野獣のようだった。
 そして、黒い手はエマの頰をなぞるように撫で、ゆっくりと降下すると、左胸に到達する。片手に収まり切らないなだらかな膨らみをやわやわと揉み始めた。
 エマは形のないストンとしたワンピースに、上から安物のウールのショールをかけただけの簡素な格好をしている。染物は高価なため、色は灰色。当然下着は身に付けていない。山のように盛り上がった部分を執拗に揉まれれば、布越しでも胸の先端が硬く飛び出してしまった。
 

「ひゃぁん……」


 エマから甘い小鳥のような悲鳴が漏れた。
 自分の口からこんなにも甘ったるい声が出るのだと知り、エマの固まっていた思考は羞恥で溶ける。そこでようやく自分は殺されるのではなく、犯されるのだと理解した。エマは慌ててのしかかってきた黒い胸を叩くが、残酷なことにびくともしない。


「は、あ……ちょっ、と待ってくださいっ……!」


 エマの制止と同時に、もう片方の黒い手が不穏な動きでエマのスカートの中をまさぐり始めた。エマの白い太腿を上下に撫でて、足の付け根と膝の間を焦らすように行ったり来たりしている。冷たい指の感触に、エマは殺されるのとは別の恐怖を感じた。
 初めては痛いらしいのだ。
 エマは男女の営みが何であるかを知っていた。いや、正確に言うと、知識として知っているだけだが。
 エマは目ぼしい相手はおらず、男慣れしていなかった。ただ、田舎というのは個室のない一部屋で過ごすのが当たり前で、情事とは専ら家族が寝静まった夜か、真昼間の外で行われるものだ。それはエマの家も例外なく、両親が自分たちの眠る傍で愛し合っているのを何も言わないだけで本当は気付いていたし、外出中にたまたま現場に居合わせるなんていうこともよくあった。
 割と性に開放的な田舎では、どこそこの誰と誰がヤっただの、こうすると気持ち良いのだの、痛いのだのとあけすけに話されるのだ。
 

「お、王子様ですよね……? どうかこのような真似はおめください。わたしはただの羊飼いの娘……いや、ぁんっ⁉︎」


 殺されるのは嫌だ。けれども犯されるのも嫌だ。
 しかし、黒い手は休まらなかった。黒い手はエマの足の付け根から下生えを掻き分け始めた。草叢くさむらから媚肉の裂け目をゆっくりとなぞると、冷たく甘やかな指がぬるりと滑る。
 エマは黒い怪物に襲われ恐怖を感じていたが、頭の隅のどこかで、次はどうなるかとも期待していた。世にも恐ろしい状況下で、よくもそんなはしたないことが考えられるものだなと、正直自分でも驚きだが、母が病気になる前、頻繁に繰り返されてきた両親の激しい睦み合いを背にして、エマはいつしか興奮を覚えるようになったのだ。少し前まで両親のそういった行為に嫌悪感を抱いていたというのに……一体自分はどうしてしまったのだろうか。
 初めては痛いらしい。
 けれども、男に抱かれると気持ち良いらしい。
 何よりエマに馬乗りになった黒い物体は、かつては美しき王子だったはずだ。
 エマの中では興奮しない方がおかしかった。エマは自分の中の矛盾した淫乱な一面に戸惑いつつ、恥ずかしい場所をぬるぬるとなぞる手が、次にどう動くか期待する。エマの想像力が淫らな気持ちを駆り立てた。
 

「お願い……王子様……」


 背筋からうなじにかけてぞくぞくしたものが這い上がり、エマは思わず下で蠢く黒い手首を掴んでしまった。腰がぴくぴくと震え、エマの白い尻が黒い手から逃れようと右に左に揺れる。
 黒い王子は物言わず、エマの懇願を無視した。
 今、黒い王子はエマの痴態をどんな気分で眺めているのだろうか。エマは見られているという理解不能な興奮に、頭が熱くなり、その沈黙さえにも胸を高鳴らせた。


「あ……い、や!」


 不意に黒い手は動きを止めたかと思うと、エマの好奇心をくすぐるように、ぶ厚い肉の花弁の上にある小さな芽を摘んだ。
 頭にぴりっとしたものが走り抜け、エマは気持ち悪くて気持ち良いというおかしな気分に陥る。奇妙な快感が襲いかかり、お腹の奥がきゅっとなった。
 黒い手はそのままぬかるんだ入口を割って入り、浅瀬を行き来し始める。


「い、や…….あっ、痛い!」


 エマは苦痛に叫び、下半身を捩った。
 すると黒い王子は肉花に指を入れたま、胸を揉んでいた手を下ろして花芽を擦る。エマが痛いと感じていたはずの場所から、じわじわと尿とは違う何かが溢れ、淫靡いんびな水音を立て始める。


「はっ、いやっ、あ……」


 エマのぬめった穴は冷たい黒い指を温かく包み込み、指も徐々に激しさ増して深く動いていった。肉襞を抉られる度に甘い吐息が漏れる。同時に花芽をこりこりされると淫猥な蜜が飛び散るのが分かった。
 痛いけど気持ち良い。これがなんだと、エマはどこかで納得しながら、押し寄せる快感の高潮に呑み込まれそうになり、突然頭が真っ白になった。


「ん……んあああああぁぁぁっ‼︎‼︎‼︎」


 背中がしなり、エマは地面に打ち上げられた魚のようにぴくぴくと身体を震わせた。
 そして同時に鐘の音が鳴る。
 静寂を叩き割る冷たく重たい音が、エマの絶頂の余韻とともにさざ波のように広がる。
 ――――ようやく深夜一時に迎えたようだった。
 途端に黒い手は止まり、黒い王子もまた動きを止める。
 エマは息が上がって呼吸さえもままならないというのに、黒い王子は微動だにしなかった。
 熱に浮かされた頭で、エマが次の行動を訝しげに待っていると、黒い王子はおもむろに立ち上がる。そして、エマを横抱きにして棺から床に下ろすと、今度は何事もなかったかのように自分が棺に納まっていった。


「……え……?」


 エマは棺を凝視し、しばらくして我に返った。何て自分は破廉恥な娘なのだろうと、カッと熱くなる。エマは急に家に帰りたくてしょうがなくなり、部屋から飛び出した。


「……エ……マ……」


 階段を駆け下りていると、唐突に上から声がした。足を止めて、エマは弾かれるように振り返る。


「――――どうか、私を……助けて、ください……エマ……」


 鼓膜をとろかすような低い声。振り絞るような声。
 それは甘美な世界への誘惑のようでもあり、心から助けを求める悲痛な叫び声のようでもあった。
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