【R18】黒い王子様

深石千尋

文字の大きさ
上 下
1 / 9
プロローグ

血の城

しおりを挟む
 美しき王子は、わずか十八にして短い生涯を終えた。
 蜂蜜を溶かし込んだふわふわの長い金髪に、きらきらと輝くサファイアの双眸。形の良いすっとした鼻梁と、ぷっくりと膨らんだ蕾のような唇。加えて、女性さえもうっとりと羨む象牙を磨き込んだ白い肌。マクシミリアンはかつて絶世の美女とも呼ばれた王妃から生まれたこともあり、母親によく似た女性的な面立ちで、何とも見目麗しい王子だった。
 ところが成人を迎えたばかりの王子は、皮肉にも自身の誕生の日に、誰からも看取られることなく息を引き取ったという。
 誰もが王子の死を惜しみ、悼んだ。
 見目は別にしても、王子はとても心優しい性格で誰からも愛されていたからだ。農業と牧畜が盛んな国らしく、花や動植物が好きな少女のような王子だった。また、非常に優れた学と魔法の才能もあり、ただの生まれの良いおっ坊ちゃんではなく、ゆくゆくは立派な王になるだろうと誰もが信じて疑わなかったという。





「お、おめくださいっ‼︎」
「…………」
「おっ、願いですからっ‼︎ こ…このようなこと……」
「…………」
「――――――殿下っ‼︎‼︎」


 ――――真夜中。
 草木も眠る時間に、カツカツと乾いた足音が響いた。逃げ惑う足音と、もう一方は追いかける足音だ。男の震える声が暗闇に木霊した。


 美しき聖ルマリア王国。
 小高い山の頂にあるフッセン城は、『天空の城』とも呼ばれた美城だった。断崖絶壁の台地にアーチ型の尖塔がいくつも建てられ、目に沁みるような白い城壁と濃い青空のコントラストが目を引く。その山の麓にはメルヘンな街並みが溶け込み、さらに緑の牧草地帯が広がっていた。城の背景には国境に沿うように雪を残した山脈と、点在する小さな湖も見え、国そのものがまるで一枚絵のようでもあった。雨が降って霧に包まれた日には、正に『天空の城』になる。
 ――――しかし、そんな美しきフッセン城は、王子の死後、夜な夜な『血の城』と呼ばれた。


「で、殿下‼︎ どうか命だけは……っ‼︎」
「…………」


 どこかの一室だろうか、青白い月明かりに照らされて、冷たい石壁に囲まれた小さな部屋がぼんやりと浮かび上がった。きらりと何かが銀色に光る。
 壁際まで追い詰められた男は、もう逃げ場はないと観念し、遂に床にしゃがみ込んだ。男はいくつもの宝石で飾られた大剣を佩刀はいとうし、重たそうな甲冑を身にまとっている。尻餅を付いて失禁していることを除けば、見るからに立派な騎士と言えるだろう。
 男はつい先日、城に呼び出されたばかりの傭兵騎士だった。
 城に初めて足を踏み入れたとき、「ただ座って番をしているだけで良い」と大司教が胡散臭く笑っていたことを男は思い出す。薄々どこかでおかしいことには気付いていた。「簡単な仕事」だと言う一方で、求める人材は魔法使いや騎士などの強者ばかり。ただし、報酬は桁外れ。職業柄そういう怪しげな依頼が舞い込むことは無きにしも非ずだが、男は相当やばいと感じていた。
 男はこれまで傭兵稼業でたくさんの人間を殺めてきた。男も女も、老人も子供も、良い奴も悪い奴も。そこには正義や罪悪などといった概念は存在しない。ただ自己顕示欲を満たすためだけに淡々と仕事をこなしてきた。
 そう――――今回の仕事だって完璧にこなせるはずだったのに……





 それがなぜ屈強な戦士たる男が、こうも戦意を喪失しなければならないのか――――?





 ――――その答えは闇の向こうにあるだろう。





 月光が男を薄く差し、目の前に漆黒の影を落としていた。男の震えに合わせてガチャガチャと金属の擦れる音と、小さな命乞いが夜に混ざる。
 男が『殿下』と呼んだものは、闇に閉ざされていた。
 男は剣を抜くこともなく、地に頭を擦り付けて「お助けください、お助けください」と念仏のように唱え始めた。腰の剣を抜こうなどという考えはもはや頭にはない。


「お助けください、おた――――……」


 そして不幸なことに、男の狂った懇願はそれ以上続かなかった。
 ぽっかりと口を開けた暗闇からが伸びてくると、男の顎の先端を掴んで耳に向かって捻り上げたからだ。
 瞬く間に男の気管は詰まり、息がひゅっと止まった。半開きの口は空気を求めるが、顔全体を覆う兜の隙間からは何も入ってこない。脳味噌からの指令を遮断された指先が、風前の灯を前にして小刻みに揺れる。男の意識は稲妻に打たれたかのように、見る見る内に泥まみれの底に落ちた。
 黒い手には何の躊躇いも感じられない。極め付けに、黒い手は顎から頭へと持ち変え、男はとっくに死んでいるというのに力任せに引き千切った。伸縮する首の皮などお構いなしに。
 派手な血飛沫は上がらなかった。ただ首と胴体の切れ目からこんこんと血が湧き出て、冷たい石床を血の海に染める。それからゴトリ……と不気味な音を立てて頭が床に転がった。
 あまりの一瞬の出来事に、男は自らの生を振り返ることなく、あっけなく地獄に堕ちていったのだ。

 



「……助けて……誰か、助けて…………」


 不意に、宵闇に青年の悲痛な声が響いた。
 男の骸の上で、黒い手は微かに震えている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

R18 優秀な騎士だけが全裸に見える私が、国を救った英雄の氷の騎士団長を着ぐるみを着て溺愛する理由。

シェルビビ
恋愛
 シャルロッテは幼い時から優秀な騎士たちが全裸に見える。騎士団の凱旋を見た時に何で全裸でお馬さんに乗っているのだろうと疑問に思っていたが、月日が経つと優秀な騎士たちは全裸に見えるものだと納得した。  時は流れ18歳になると優秀な騎士を見分けられることと騎士学校のサポート学科で優秀な成績を残したことから、騎士団の事務員として採用された。給料も良くて一生独身でも生きて行けるくらい充実している就職先は最高の環境。リストラの権限も持つようになった時、国の砦を守った英雄エリオスが全裸に見えなくなる瞬間が多くなっていった。どうやら長年付き合っていた婚約者が、貢物を散々貰ったくせにダメ男の子を妊娠して婚約破棄したらしい。  国の希望であるエリオスはこのままだと騎士団を辞めないといけなくなってしまう。  シャルロッテは、騎士団のファンクラブに入ってエリオスの事を調べていた。  ところがエリオスにストーカーと勘違いされて好かれてしまった。元婚約者の婚約破棄以降、何かがおかしい。  クマのぬいぐるみが好きだと言っていたから、やる気を出させるためにクマの着ぐるみで出勤したら違う方向に元気になってしまった。溺愛することが好きだと聞いていたから、溺愛し返したらなんだか様子がおかしい。

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~

シェルビビ
恋愛
 男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。  10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。  一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。  自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。

悪役令嬢は国王陛下のモノ~蜜愛の中で淫らに啼く私~

一ノ瀬 彩音
恋愛
侯爵家の一人娘として何不自由なく育ったアリスティアだったが、 十歳の時に母親を亡くしてからというもの父親からの執着心が強くなっていく。 ある日、父親の命令により王宮で開かれた夜会に出席した彼女は その帰り道で馬車ごと崖下に転落してしまう。 幸いにも怪我一つ負わずに助かったものの、 目を覚ました彼女が見たものは見知らぬ天井と心配そうな表情を浮かべる男性の姿だった。 彼はこの国の国王陛下であり、アリスティアの婚約者――つまりはこの国で最も強い権力を持つ人物だ。 訳も分からぬまま国王陛下の手によって半ば強引に結婚させられたアリスティアだが、 やがて彼に対して……? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

処理中です...