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96.一輪のガーベラ

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椿の謎の涙も渇き、柳もカーネーションショックから立ち直ると、改めて二人で現状の整理を始めた。

「さっきまで俺たちは共用サロンにいたよな?」
「はい」
「そん時、山田がしていたミサンガ切れた」
「はい」
「オフィーリアの願いが叶った時、ミサンガ切れる。ついでに俺たちの願い、ってか、山田の願いも叶った」
「はい」
「んで、帰って来れた」
「はい」
「っつか、オフィーリアの願いって何だったんだ?」
「それは・・・」

椿は柳から視線を外すと、考えるように空を見上げた。
向こうと変わらない空の色と雲の色。流れる雲を目で追いながらオフィーリアの事を思った。

「多分、セオドア様との誤解が解ける事・・・、分かり合って仲良くなることだったと思います。セオドア様に恋をしていたわけだし。不思議なお婆さんの話では、かなり思い悩んでいたらしいんです。だから、恋は叶わなくても、せめて自分を分かってもらいたいって願っていたんじゃないでしょうか?」

「それが叶ったってこと? じゃあ、何で泣いてたんだよ?」

柳は不服そうに腕を組み、首を傾げた。

「そうですね・・・、何で泣いてたのか・・・」

椿も首を傾げた。ふと手に持っていた一輪のガーベラが目に入った。とても可愛らしくラッピングされた黄色いガーベラ。どう見てもプレゼント仕様だ。学校の教室用に自分で買うのにわざわざこんな風にラッピングしなくても・・・。

「もしかして・・・、泣いてたと言っても嬉し涙かもしれませんよ!?」

椿は目を輝かせて柳を見た。

「見てください、柳君、このガーベラ! 一輪だけどとても可愛くラッピングされていてますよね! まるでプレゼントみたいに!」

「ん? まあ、そうだな」

「これ、山田が持ってたんですよ? つまり、オフィーリア様が!」

「おう、んで?」

「向かいにはセオドア様が立っていた! それで、オフィーリア様がこれをもって泣いた! つまりこの構図が示すものは!?」

興奮気味に話す椿に、柳もピンと来たようだ。

「えー?! もしかして告白? セオドア、告った? そういう事?!」

「その可能性が大かと!」

「おお!! やったな! オフィーリア! お陰で俺たち帰って来れたってわけか!!」

「はいいっ!」

椿は大きく頷いた。

「良かったなぁ~、両思いってか。報われたじゃん、オフィーリア!」

「だといいですね、でも・・・」

椿は少しだけ心配そうに眉を寄せた。

「色が黄色っていうのが気になります。セオドア様がガーベラの花言葉を知っていたか分かりませんが、黄色は確か『友情』なんですよ。『愛情』だったら赤とかピンクで・・・」

「ははは! セオドアだって、そこまで知らねーって! つか、そこまで考えてねーって! 綺麗じゃん、黄色! 告るにも調度良くね?」

「そ、そうですよねっ!」

椿は思い直すように笑った。
色がどうであろうと、ミサンガは切れたのだ。オフィーリアの願いが叶った事には間違いはない。セオドアの真意がどうであれ、オフィーリア自身はセオドアの行為を心から喜んだから切れたのだ。セオドアに自分を受け入れてもらえたと信じ切れるほどの思いを感じたからミサンガは切れたのだ。

「それにしても、何だよなぁ、セオドアの奴。俺の金使って告ってやんの。それってどうなの?」

柳は少し呆れたように肩を竦めた。

「ハッ! た、確かにそうですね! 柳君のお小遣いでこのガーベラ買ったわけですもんね!」

椿は改めて黄色いガーベラが他人の預かりものだったと気が付いた。途端にワタワタと貴重品を返すように柳に差し出した。

「す、すみません! 柳君、お返しします!」

「え・・・? そういうつもりで言ったんじゃ・・・」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

自分が持っていたせいで、このガーベラはてっきり自分の物になっていた気がしていた。椿はそんな図々しい自分が恥ずかしくなって、柳にペコペコ頭を下げた。

「いや、いいって! 山田にやるって。俺が持っててもしょうがないし」

「いいえ! 折角です、カーネーションと一緒に柳君のお母さんにどうぞ!」

「え~、マジでいいよ~。このカーネーションの花束だけでいっぱいいっぱいです。俺」

柳はお道化たように笑って見せた。

「で、でも・・・」

柳にそう言われても、椿は差し出したガーベラを引っ込める勇気がない。

「それにさー、向こうの世界では山田に世話になったわけだし、お礼ってことで」

「そんなこと言ったら、山田はそれ以上に柳君にお世話になってます! お世話になりっぱなしで! いや、それどころか、山田はぜんぜん柳君のお世話してなくて、柳君ばかりが大変な思いしていたのに!」

「あはは! そんなことねーよ。俺が頑張れたのも山田がいてくれたからだし。山田がいてくれなかったら、俺、あの世界でどうしていいか分かんなかったし、マジで参ってたよ、きっと」

「それこそ、それは山田のせいで・・・!」

「いいって、いいって!」

柳は椿の頭を今までのようにポンポンと撫でた。異性に免疫のない椿も柳に頭を撫でられる事には少し慣れつつあった。柳の姿で撫でられたのは初めてだが、いつものように心地よく感じ、違和感がない。

「では・・・、有難く頂戴します」

「おう! じゃあ、帰ろうぜ。久しぶりに家族との対面だな。やべー、結構緊張する!」

柳はケラケラ笑った。その笑いに椿も釣られる。

「はい。山田も緊張します」

「しかも、俺、カーネーションの花束付きだぜ?! 緊張感半端ねー! 母ちゃん、きっとビックリする、ってか、ドン引きしねーかなあ?」

「ふふ、そんなことないですよ! 絶対喜びます!」

大通りまで二人は仲良く並んで歩いた。そして、そこで手を振って別れると、それぞれ久しぶりの我が家へ帰って行った。
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