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50.物語の中身
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その日の夜、オフィーリアは自分の部屋にベッドの上で一冊の本の表紙をじっと見つめていた。
その本を持つ両手は微かに震えている。
『麗しのオリビア』
ついさっき、昨日と同じ時間に自分の世界で生きている椿と鏡越しで話すことができた。その時に椿からとんでもないことを教えられた。
『「麗しのオリビア」と言う名前の小説、それこそがオフィーリア様の世界なんです!』
到底信じることが出来ない。
自分の世界がこの本の中だと? この中に私の人生があるというのか? こんな薄っぺらい一冊に!
しかも、何だ、この表紙は!
桃色で長く美しいストレートの髪の可愛らしい少女を中心に、右隣には彼女の手を取り寄り添う金髪碧眼の美男子と、彼女の左後ろには明るい茶髪で碧眼の逞しい男子の姿。二人とも愛しそうに少女を見つめている。
そして、隅の方に扇で口元を隠し三人を睨んでいる長い赤毛の少女が小さく描かれていた。
椿の話が本当ならば、この表紙の美少女はオリビア。隣で愛しそうに彼女を見つめているのはセオドアだ。後ろにいる男子は・・・髪の色と体系から恐らくジャック・ブライトン子爵令息だろう。彼もオリビアに御執心だ。
そして、小さく描かれた赤毛の女・・・。
(これが・・・わたくし・・・)
描かれた少女の瞳から妬みと怒りと嫉妬が滲み出ている。
信じられない! 自分がこのように描かれるなんて!
それに、セオドアのオリビアを愛しそうに見つめる瞳。
実物でも何度も見せつけられているが、絵では輪をかけて感情が表現されて見るに堪えない。
表紙を見ているだけでも、怒りと嫉妬が湧き上がり目に涙が浮かんでくると同時に、胸元が苦しくなり、さらに吐き気まで沸いてくる。とても読めそうにない。
でも・・・。
『このままでは、オフィーリア様はセオドア様に婚約破棄されてしまいます!』
椿の言葉が蘇る。
オフィーリアは本を握っている手に力を込めた。
涙を拭い大きく深呼吸をした後、ゆっくりと表紙を捲った。
☆彡
ジリリリリーっとけたたましい目覚ましの音で、オフィーリアは目を覚ました。
枕元に一冊の本が放ってある。全部まで読み切れず、途中で断念して寝てしまったのだ。
正確には、読み進むにつれてどんどんつらい内容になっていく後半、とうとう読むに堪えぬ状態になり、閉じてしまったのだ。
制服に着替え、下へ降りていく。
「おはようございます。お母様」
「おはよう、フィーちゃん・・・って、あら、どうしたの? 隈が凄いわよ?」
母親は不思議そうに娘の顔を覗いた。
「読書に夢中になってしまって。かなり夜更けまで読んでましたの」
母親を心配させないようにオフィーリアは無理やり微笑んだ。
読書という言葉に、母親の表情はパアっと明るくなった。椿が本好きで―――主に漫画だが―――夜更かしすることは日常だからだ。もしかしたら記憶の一部が蘇り、読書に夢中になったのかもしれない。そんな期待を抱いたのだ。
「もう、漫画でも読んでたの? ダメよ、遅くまで読んでちゃ」
希望が見えた母親は小言を言いながらも顔はにこやかだ。
まさか、娘が己の生き様を描かれた小説を読んで、自分とは真逆の絶望中だとは露とも気付かない。
鼻歌交じりに娘の朝食を準備した。
学校に行く道すがらも、教室の自席に着いてからも心はずっと『麗しのオリビア』に囚われていた。
気が付くとホームルームが始まり、立て続けに一時限目の授業に入った。
授業中も同じように上の空だった。もともと授業の内容に付いていけないせいで余計『麗しのオリビア』の事ばかり考えてしまう。
小説に書かれていた内容と、実際の自分の行動。重なる部分もあれば全く身に覚えのない部分もある。これは作り話だ、信られるものかと一蹴したくなるほど違う部分もあれば、どうして自分の行い、そして生い立ちまでも知られているのかとゾッとする部分もある。
事実と重なる部分に触れる度に、この物語は真実で、自分が属する世界なのだと信じざるを得なくなる。
そして、信じる度に何より辛くなるのは、セオドアのオリビアへ募らせる想いと自分へ向けられる憎悪が書かれた箇所に触れた時だ。
オリビアへ寄せる切ない恋心。叶わぬ思いながらもと諦めきれずにいたところに彼女の想いを知り、益々情熱的に盛り上がる恋。愛情が大きくなればなるほど、比例するようにオフィーリアを疎ましく思う気持ちが大きくなり、終いには憎悪に変わっていく。
セオドアがオリビアに骨抜きにされていることは十分知っている。そして自分が嫌われていることも。だが、嫌われているどころか、こんなにも憎まれていたとは。
(わたくしが物語のような虐めをしていると信じているのであれば当然ね・・・)
オフィーリアはチラリとセオドアを見た。
真面目に授業を聞いている。自分と同じようにこの世界の授業などチンプンカンプンに違いない。しかし、教師が黒板に書いた内容をセッセとノートに書き写している。
真面目で勉強家の彼らしい。
今度は反対側を見た。窓の外の景色。そこに見えるのは校舎と校舎の間の広い中庭だ。昨日一緒に作業した花壇を見下ろした。
あの時、自分に向けた笑顔を思い出す。昨日の彼は優しかった。
いや、この世界に迷い込んでしまってから、セオドアから今までのような冷たい態度を取られてはいない。
(異常事態だものね・・・。目を瞑って下さっているだけだわ・・・)
元来、彼は優しい人柄だ。
そんな彼を元の世界ではとことん怒らせているのだ。
それなのに、この世界では元の世界の事を引きずることなく接してくれている彼の人間性に頭が下がる。
本当はどんな気持ちで自分と接しているのだろう。相当嫌なはずだ。
自分ではなくオリビアだったらどんなに良かっただろうと思っているはずだ。
そう考えると、恥ずかしくて辛くて、もうセオドアとはまともに話すことが出来そうにない。
オフィーリアは教科書に視線を戻した。
理解できない内容をただぼんやりと眺めていた。
その本を持つ両手は微かに震えている。
『麗しのオリビア』
ついさっき、昨日と同じ時間に自分の世界で生きている椿と鏡越しで話すことができた。その時に椿からとんでもないことを教えられた。
『「麗しのオリビア」と言う名前の小説、それこそがオフィーリア様の世界なんです!』
到底信じることが出来ない。
自分の世界がこの本の中だと? この中に私の人生があるというのか? こんな薄っぺらい一冊に!
しかも、何だ、この表紙は!
桃色で長く美しいストレートの髪の可愛らしい少女を中心に、右隣には彼女の手を取り寄り添う金髪碧眼の美男子と、彼女の左後ろには明るい茶髪で碧眼の逞しい男子の姿。二人とも愛しそうに少女を見つめている。
そして、隅の方に扇で口元を隠し三人を睨んでいる長い赤毛の少女が小さく描かれていた。
椿の話が本当ならば、この表紙の美少女はオリビア。隣で愛しそうに彼女を見つめているのはセオドアだ。後ろにいる男子は・・・髪の色と体系から恐らくジャック・ブライトン子爵令息だろう。彼もオリビアに御執心だ。
そして、小さく描かれた赤毛の女・・・。
(これが・・・わたくし・・・)
描かれた少女の瞳から妬みと怒りと嫉妬が滲み出ている。
信じられない! 自分がこのように描かれるなんて!
それに、セオドアのオリビアを愛しそうに見つめる瞳。
実物でも何度も見せつけられているが、絵では輪をかけて感情が表現されて見るに堪えない。
表紙を見ているだけでも、怒りと嫉妬が湧き上がり目に涙が浮かんでくると同時に、胸元が苦しくなり、さらに吐き気まで沸いてくる。とても読めそうにない。
でも・・・。
『このままでは、オフィーリア様はセオドア様に婚約破棄されてしまいます!』
椿の言葉が蘇る。
オフィーリアは本を握っている手に力を込めた。
涙を拭い大きく深呼吸をした後、ゆっくりと表紙を捲った。
☆彡
ジリリリリーっとけたたましい目覚ましの音で、オフィーリアは目を覚ました。
枕元に一冊の本が放ってある。全部まで読み切れず、途中で断念して寝てしまったのだ。
正確には、読み進むにつれてどんどんつらい内容になっていく後半、とうとう読むに堪えぬ状態になり、閉じてしまったのだ。
制服に着替え、下へ降りていく。
「おはようございます。お母様」
「おはよう、フィーちゃん・・・って、あら、どうしたの? 隈が凄いわよ?」
母親は不思議そうに娘の顔を覗いた。
「読書に夢中になってしまって。かなり夜更けまで読んでましたの」
母親を心配させないようにオフィーリアは無理やり微笑んだ。
読書という言葉に、母親の表情はパアっと明るくなった。椿が本好きで―――主に漫画だが―――夜更かしすることは日常だからだ。もしかしたら記憶の一部が蘇り、読書に夢中になったのかもしれない。そんな期待を抱いたのだ。
「もう、漫画でも読んでたの? ダメよ、遅くまで読んでちゃ」
希望が見えた母親は小言を言いながらも顔はにこやかだ。
まさか、娘が己の生き様を描かれた小説を読んで、自分とは真逆の絶望中だとは露とも気付かない。
鼻歌交じりに娘の朝食を準備した。
学校に行く道すがらも、教室の自席に着いてからも心はずっと『麗しのオリビア』に囚われていた。
気が付くとホームルームが始まり、立て続けに一時限目の授業に入った。
授業中も同じように上の空だった。もともと授業の内容に付いていけないせいで余計『麗しのオリビア』の事ばかり考えてしまう。
小説に書かれていた内容と、実際の自分の行動。重なる部分もあれば全く身に覚えのない部分もある。これは作り話だ、信られるものかと一蹴したくなるほど違う部分もあれば、どうして自分の行い、そして生い立ちまでも知られているのかとゾッとする部分もある。
事実と重なる部分に触れる度に、この物語は真実で、自分が属する世界なのだと信じざるを得なくなる。
そして、信じる度に何より辛くなるのは、セオドアのオリビアへ募らせる想いと自分へ向けられる憎悪が書かれた箇所に触れた時だ。
オリビアへ寄せる切ない恋心。叶わぬ思いながらもと諦めきれずにいたところに彼女の想いを知り、益々情熱的に盛り上がる恋。愛情が大きくなればなるほど、比例するようにオフィーリアを疎ましく思う気持ちが大きくなり、終いには憎悪に変わっていく。
セオドアがオリビアに骨抜きにされていることは十分知っている。そして自分が嫌われていることも。だが、嫌われているどころか、こんなにも憎まれていたとは。
(わたくしが物語のような虐めをしていると信じているのであれば当然ね・・・)
オフィーリアはチラリとセオドアを見た。
真面目に授業を聞いている。自分と同じようにこの世界の授業などチンプンカンプンに違いない。しかし、教師が黒板に書いた内容をセッセとノートに書き写している。
真面目で勉強家の彼らしい。
今度は反対側を見た。窓の外の景色。そこに見えるのは校舎と校舎の間の広い中庭だ。昨日一緒に作業した花壇を見下ろした。
あの時、自分に向けた笑顔を思い出す。昨日の彼は優しかった。
いや、この世界に迷い込んでしまってから、セオドアから今までのような冷たい態度を取られてはいない。
(異常事態だものね・・・。目を瞑って下さっているだけだわ・・・)
元来、彼は優しい人柄だ。
そんな彼を元の世界ではとことん怒らせているのだ。
それなのに、この世界では元の世界の事を引きずることなく接してくれている彼の人間性に頭が下がる。
本当はどんな気持ちで自分と接しているのだろう。相当嫌なはずだ。
自分ではなくオリビアだったらどんなに良かっただろうと思っているはずだ。
そう考えると、恥ずかしくて辛くて、もうセオドアとはまともに話すことが出来そうにない。
オフィーリアは教科書に視線を戻した。
理解できない内容をただぼんやりと眺めていた。
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