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8.あんた、もしかして?

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授業前までは、講義が終わったら一番に教室を抜け出そうと思い、頭の中でシミュレーションしていたが、講義が思いの外長く、後半までその緊張感を保つことが出来なかった。
講義内容も面白く、席が一番後ろであることから、すっかり油断し、途中から教科書で顔を隠すことも忘れ、講義に聞き入っていた。

終ってからはいつもの椿のようにのんびりと教材を片付けていると、隣の席に座っていた男子生徒から声を掛けられた。

「オフィーリア嬢がこんな後ろの隅に座っているなんて思わなかったよ。昨日休んでいただろう? 体調はどう?」

「ふぁああ!」

突然に事に椿は変な声を出してしまった。

「え? オフィーリア嬢、大丈夫?」

声を掛けてきた男子生徒が驚いて目を丸めた。

「だ、だ、大丈夫です! ごごご、ごめんなさい、変な声だして!」

そんなやり取りが周りに聞こえないわけがない。
オフィーリアガールズが椿に気が付いてすぐに傍までやって来た。

「まあ! オフィーリア様!」
「そんなところにいらしたの?」
「大丈夫ですか?」

アワアワする椿を取り囲む。

「えっと、大丈夫です、大丈夫です! ご心配をお掛けして申し訳ありません!」

ぺこぺこと謝る椿をオフィーリアガールズが少しびっくりしたように見つめた。
椿は頭を下げながら、チラリとオリビアとセオドアを見た。

二人も唖然とした様子で自分を見ている。

(ああ、早速失敗した! でも今更どうにもなりません~~っ)

「あ、あ、あの、じ、実はお腹の調子が悪くって! 山田・・・私は、こ、これにて、失礼しますっ!」

椿は教材を掴むと、逃げるように教室を飛び出した。


☆彡


「ああ・・・、どうしよう、早々に怪しい行動を取ってしまった・・・」

椿は校舎の裏側にある庭園まで逃げ込むと、一か所の花壇の前で蹲った。

「そもそも山田に悪役令嬢なんてハードルが高いです~。神様の意地悪~」

両手で顔を覆いシクシクと泣いていると、

「あ、あのさっ!」

頭上から声がした。
ギョッとして顔を上げると、そこには息を切らせたセオドアが立っていた。

「せ、せ、セオドア様・・・っ!」

ひぃぃ・・・っと息を呑む椿の隣に、セオドアは勢いよくしゃがみ込んだ。

「あんた・・・、もしかして、山田じゃね?」

一瞬、椿の中で時が止まった。
はて、一体彼は今何と言った?

目が点になっている椿の肩をセオドアはガシッと掴むとユサユサと揺すぶった。

「なあ、あんた山田だろ? 山田なんつったっけ? 下の名前は知らねーけど!」

(って、あなたこそ誰ですか!? セオドア様にしてはお口が悪いんですがっ)

ユサユサ揺すられながら椿は心の中で突っ込む。

「な、な、なぜ、それを・・・?」

「だってさっき口走ってたし! それに、この派手なミサンガ! 見覚えある!」

肩から手を放したと思ったら、今度は椿、いや正確にはオフィーリアの左手首を掴んだ。

「い、一体あなた誰ですか!?」

椿は腕を掴まれたまま、緊張してカスカスの声で叫んだ。

「俺、やなぎだよ! あんたと同じクラスの柳健一やなぎけんいち!」

「や、柳君・・・?」

いた・・・。
確かに同じクラスにいた。ちょっとヤンチャ系のグループだ。
椿が最も苦手とする人種。

「な、な、なぜここに柳君が・・・。セ、セオドア様では・・・?」

この状況は一体どういうこと?! 椿は状況を飲み込めない。

「あのさあ! 何、そのセオドアって? 俺ってどうなってんの!? あんたも全然山田じゃなくなってるけどっ!」

「た、確かにそうですね・・・。い、今の私はオフィーリアという侯爵令嬢です」

食い気味のセオドアに椿はのけ反りながら答えた。

「なあ、ホント・・・、何それ・・・さっきから侯爵とか伯爵とか・・・、俺、ぜんっぜん意味わかんねーんだけどさ・・・」

セオドア―――いいや、彼の言う事が本当であれば―――柳は両手で頭をクシャクシャと掻きむしって、はあ~と溜息を付くとガックリと肩を落とした。

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