上 下
67 / 74

67.決定打

しおりを挟む
一週間後、クラウディアの肩の痛みも大分落ち着いたようなので、僕らは王都に帰ることに決めた。

「大丈夫? ディア。馬車の揺れが肩に響かない?」

馬車が大きく揺れる度、僕は心配になって彼女に尋ねた。

「もうっ、カイル様ったら、心配し過ぎですわ! ぜーんぜん大丈夫です!」

「でも・・・」

「痛みだってもうほとんどありませんの。これも処置が早かったお陰ですのよ。カイル様にも他の皆様にも感謝ですわ」

三角巾も取れて自由になった左腕を軽く摩って、彼女はにっこりと微笑んだ。

「ふふ。とても素敵なところでしたわね、ランドルフ領地は。お祖父様もお祖母様も大好きになりましたわ。また連れて来てくださいね! カイル様」

僕は一瞬返事に詰まった。

「カイル様?」

「・・・うん、そうだね・・・」

「約束ですわよ!」

「・・・うん、約束だ」

僕は彼女に小さく頷いて見せた。
途端に彼女は弾けるような笑顔を見せた。

その笑顔が眩しくて、僕はそっと目を伏せた。

あんなに酷い目に遭っていながらも笑顔で笑ってくれる彼女に、感謝の気持ちが込み上げる一方で、申し訳なさと切なさが溢れてくる。
本当に僕の宝物はどこまでも天使なんだな・・・。

「さあ、カイル様。早速トランプしましょっ!」

彼女は箱からカードを取り出すと、楽しそうにシャッフルし始めた。
その様子を僕はじっと眺めていた。

この約束は守られることは無いと思いながら。





早くクラウディアを解放しなければと頭の中では分かっていても、未練がましい僕はなかなか行動に移せなかった。

学院生活に戻ってから暫く経つのに、相変わらずクラウディアと一緒にいる。
去年までは生徒会の仕事もあり、登校は一緒でも下校は別々が多かった。だが、今は彼女も生徒会のサブメンバーの一人であるため、生徒会でも一緒だ。よって下校も一緒が多い。
離れるどころか、一緒にいることの方が多くなる始末だ。

益々仲睦まじくなっていく様子を、ビンセントカップルもアンドレカップルも微笑ましく見守ってくれている。
彼らのそんな視線を感じる度に焦りにも似た衝動に駆られるのだが、クラウディアの僕に向けられる笑顔を見ると、どうしても彼女を手放せなかった。

しかし、とうとう決定打となる事件が起きてしまった。

ある日、生徒会室にいると、サブメンバーの男子生徒の一人が入ってきた。
彼は僕の顔を見るなり真っ青になった。

「なぜ、カイル様がこちらに・・・?」

彼は僕の影だ。
彼の青い顔にただならぬ気配を感じ、僕は立ち上がった。

「どういう意味だ?」

部屋にいたビンセントもリーリエ嬢も何かを察知したらしい。急に厳しい顔になり僕らを見つめた。

「クラウディア様が・・・」

「クラウディアがどうしたって?!」

「先ほど廊下ですれ違って・・・。今日はカイル様と一緒にもう帰るのだとおっしゃって」

「はあ?!」

「校門でカイル様が待っているからとお帰りに」

僕は生徒会室を飛び出した。
影も一緒に付いて来る。

「カイル様! 本当についさっきです。急げば間に合います!」

隣で影が走りながら報告する。

「お前は来なくていい! お前はもともとビンセントの護衛だ!」

「王太子殿下にはもう一人影がいるでしょう!!」

二人で校門まで急ぐ。
やっと辿り着いた時、クラウディアが見覚えのない馬車の前に立っていた。
ランドルフ家の馬車ではないことに気が付いたようだ。首を傾げている。

「クラウディア!!」

僕が叫んだ時、馬車の扉が開いた。
僕の声に気が付いた彼女が振り向いた時、後ろから出来てきた人物に馬車の中に引きずり込まれた。

「ディア!」

扉は勢いよく閉められ、同時に馬車は走り出した。

「くそっ!」

「カイル様! こちらです!」

叫ぶ影の方へ振り向くと、彼は近くに待機していた馬車の御者を引きずり下ろし、自分が手綱を握っていた。
地面に尻もちを付いている御者はカタカタと震えている。

僕は御者に手を差し出し、無理やり立たせると、

「この紋章はバーンズ子爵家のものだね? 悪いが馬車をお借りする。貴方とバーンズ子爵令息は我がランドルフ家の馬車でお送りするから」

早口で捲し立てた。

「ラ、ラ、ランドルフ家・・・!」

公爵家の名前に恐れおののいている御者をその場に残し、僕は馬車に飛び乗った。
ドアを閉める前に、馬車は猛スピードで走り出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

処理中です...