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57.出発
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翌日、昼少し前に僕は辺境地区に向けて出発することにした。
母親が僕を見送りに外まで出て来てくれた。
母は体が弱い。
昔から弱いわけではない。理由がある。
以前、父が暗殺されかけたことがあった。
毒を盛られたお茶を差し出され、それに気が付いた母が先に口を付けたのだ。
命は取り留めたものの、それ以来、少しの負担でも体を壊してしまうほど弱くなってしまったのだ。
「母上。無理しないで下さい。今日は天気が悪い。風も強いし、今にも雨が降りそうです」
「心配し過ぎですよ、カイル。今日は気分が良いの」
気を遣う僕を呆れ顔で母は笑う。
でも、それは嘘。彼女の体調は天候にとても左右される。
今日のような湿気た天気は、すぐに彼女の体に変調を来す。気分がいいはずなどないのだ。
それでも母はそのような様子はおくびにも出さない。
「出発ぐらい見送らせてちょうだいな。それもできないなんて寂しいでしょう」
母はいつもそう言いながら、毎回、僕を見送りに来てくれる。
僕の出発がどんなに早朝だろうが、夜中だろうが、寝込んでいても無理をして見送りに来てくれるのだ。
そんな僕らの元に父がやって来た。
並んで整列している使用人たちの中で、母の侍女がいつでも母に羽織らせることが出来るようにストールを持っていた。
父はそのストールをひったくるように奪い取ると、後ろから母を包み込んだ。
「では、行ってこい。カイル。手ぶらで帰ってくることなどないように」
父は母を後ろから抱きしめたまま、僕に向かって冷ややかに言い渡す。
「恨みますよ、父上。僕の貴重な学院生活の時間を奪った事・・・」
「はっ! いくらでも恨んでくれて構わん。だが、私を失望させることはするな。その時は分かっているな?」
「いいえ? 全然? なにが?」
父は母から離れると、僕の前に仁王立ちした。
そして僕の額に人差し指をギューッと押し当てた。
「その時は・・・、お前が九歳までおねしょしていたことを、未来の嫁に話す!」
はああ? なんだとぉ!?
「まあ、大変、カイル。お父様は有言実行だから、頑張って成果を上げないとクラウディアちゃんにバレちゃうわね」
父の後ろで母がにっこりと微笑む。
母上までひどい!
「バラされたくなければ、私の期待を裏切るな。お前の名誉が地に落ちてもいいのか?」
「ご心配なく。ええ、期待に応えてご覧に入れますよ。僕を脅したことを後悔するほどにね!」
僕はこめかみに青筋を立てながらもにっこりと笑って見せた。
「ほう。言ったな? 楽しみだ」
お互いの額が付きそうなくらいな距離で睨み合っていると、
「あなた。そろそろカイルを放して下さいな。いつまでも出発できないでしょう?」
母が僕らの間に割り込んできた。
「さあ、カイル。馬車まで送らせてちょうだい」
僕は差し出した母の手に腕を貸し、馬車まで並んで歩いた。
「ふふ。実はお父様はね、本当は今日、朝一番で陛下から呼ばれていたの。それを、あなたを見送るまでは行かないと引き延ばしたのですよ」
母は僕にだけ聞こえるように小さく囁いた。
「・・・素直じゃないですね。父上は」
「ええ、本当に。あなたもね、カイル。お父様とそっくり、瓜二つ」
馬車の前まで来ると、母は僕から手を放した。
そして向かい合うと、僕の頬をそっと両手で包み込み、
「いってらっしゃい、カイル。怪我も無く、無事に帰って来れますように」
そう言って額にキスをしてくれた。いつものお守りのキスだ。
「行って参ります。母上。すぐに戻りますから、ご安心を」
「ふふふ。このお守りのキスも来年くらいからは、クラウディアちゃんの役目になるのかしら?」
その言葉に少し赤くなった僕を母は愛しそうに見つめ、頭を撫でてくれた。
「あ、でも、九歳までおねしょしていたことがバレたら分からないわね? 呆れられちゃったりして。だから頑張ってね、カイル」
ちょっと、ひどい! 母上!
母親が僕を見送りに外まで出て来てくれた。
母は体が弱い。
昔から弱いわけではない。理由がある。
以前、父が暗殺されかけたことがあった。
毒を盛られたお茶を差し出され、それに気が付いた母が先に口を付けたのだ。
命は取り留めたものの、それ以来、少しの負担でも体を壊してしまうほど弱くなってしまったのだ。
「母上。無理しないで下さい。今日は天気が悪い。風も強いし、今にも雨が降りそうです」
「心配し過ぎですよ、カイル。今日は気分が良いの」
気を遣う僕を呆れ顔で母は笑う。
でも、それは嘘。彼女の体調は天候にとても左右される。
今日のような湿気た天気は、すぐに彼女の体に変調を来す。気分がいいはずなどないのだ。
それでも母はそのような様子はおくびにも出さない。
「出発ぐらい見送らせてちょうだいな。それもできないなんて寂しいでしょう」
母はいつもそう言いながら、毎回、僕を見送りに来てくれる。
僕の出発がどんなに早朝だろうが、夜中だろうが、寝込んでいても無理をして見送りに来てくれるのだ。
そんな僕らの元に父がやって来た。
並んで整列している使用人たちの中で、母の侍女がいつでも母に羽織らせることが出来るようにストールを持っていた。
父はそのストールをひったくるように奪い取ると、後ろから母を包み込んだ。
「では、行ってこい。カイル。手ぶらで帰ってくることなどないように」
父は母を後ろから抱きしめたまま、僕に向かって冷ややかに言い渡す。
「恨みますよ、父上。僕の貴重な学院生活の時間を奪った事・・・」
「はっ! いくらでも恨んでくれて構わん。だが、私を失望させることはするな。その時は分かっているな?」
「いいえ? 全然? なにが?」
父は母から離れると、僕の前に仁王立ちした。
そして僕の額に人差し指をギューッと押し当てた。
「その時は・・・、お前が九歳までおねしょしていたことを、未来の嫁に話す!」
はああ? なんだとぉ!?
「まあ、大変、カイル。お父様は有言実行だから、頑張って成果を上げないとクラウディアちゃんにバレちゃうわね」
父の後ろで母がにっこりと微笑む。
母上までひどい!
「バラされたくなければ、私の期待を裏切るな。お前の名誉が地に落ちてもいいのか?」
「ご心配なく。ええ、期待に応えてご覧に入れますよ。僕を脅したことを後悔するほどにね!」
僕はこめかみに青筋を立てながらもにっこりと笑って見せた。
「ほう。言ったな? 楽しみだ」
お互いの額が付きそうなくらいな距離で睨み合っていると、
「あなた。そろそろカイルを放して下さいな。いつまでも出発できないでしょう?」
母が僕らの間に割り込んできた。
「さあ、カイル。馬車まで送らせてちょうだい」
僕は差し出した母の手に腕を貸し、馬車まで並んで歩いた。
「ふふ。実はお父様はね、本当は今日、朝一番で陛下から呼ばれていたの。それを、あなたを見送るまでは行かないと引き延ばしたのですよ」
母は僕にだけ聞こえるように小さく囁いた。
「・・・素直じゃないですね。父上は」
「ええ、本当に。あなたもね、カイル。お父様とそっくり、瓜二つ」
馬車の前まで来ると、母は僕から手を放した。
そして向かい合うと、僕の頬をそっと両手で包み込み、
「いってらっしゃい、カイル。怪我も無く、無事に帰って来れますように」
そう言って額にキスをしてくれた。いつものお守りのキスだ。
「行って参ります。母上。すぐに戻りますから、ご安心を」
「ふふふ。このお守りのキスも来年くらいからは、クラウディアちゃんの役目になるのかしら?」
その言葉に少し赤くなった僕を母は愛しそうに見つめ、頭を撫でてくれた。
「あ、でも、九歳までおねしょしていたことがバレたら分からないわね? 呆れられちゃったりして。だから頑張ってね、カイル」
ちょっと、ひどい! 母上!
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