上 下
57 / 74

57.出発

しおりを挟む
翌日、昼少し前に僕は辺境地区に向けて出発することにした。
母親が僕を見送りに外まで出て来てくれた。

母は体が弱い。
昔から弱いわけではない。理由がある。

以前、父が暗殺されかけたことがあった。
毒を盛られたお茶を差し出され、それに気が付いた母が先に口を付けたのだ。
命は取り留めたものの、それ以来、少しの負担でも体を壊してしまうほど弱くなってしまったのだ。

「母上。無理しないで下さい。今日は天気が悪い。風も強いし、今にも雨が降りそうです」

「心配し過ぎですよ、カイル。今日は気分が良いの」

気を遣う僕を呆れ顔で母は笑う。
でも、それは嘘。彼女の体調は天候にとても左右される。
今日のような湿気た天気は、すぐに彼女の体に変調を来す。気分がいいはずなどないのだ。
それでも母はそのような様子はおくびにも出さない。

「出発ぐらい見送らせてちょうだいな。それもできないなんて寂しいでしょう」

母はいつもそう言いながら、毎回、僕を見送りに来てくれる。
僕の出発がどんなに早朝だろうが、夜中だろうが、寝込んでいても無理をして見送りに来てくれるのだ。

そんな僕らの元に父がやって来た。

並んで整列している使用人たちの中で、母の侍女がいつでも母に羽織らせることが出来るようにストールを持っていた。
父はそのストールをひったくるように奪い取ると、後ろから母を包み込んだ。

「では、行ってこい。カイル。手ぶらで帰ってくることなどないように」

父は母を後ろから抱きしめたまま、僕に向かって冷ややかに言い渡す。

「恨みますよ、父上。僕の貴重な学院生活の時間を奪った事・・・」

「はっ! いくらでも恨んでくれて構わん。だが、私を失望させることはするな。その時は分かっているな?」

「いいえ? 全然? なにが?」

父は母から離れると、僕の前に仁王立ちした。
そして僕の額に人差し指をギューッと押し当てた。

「その時は・・・、お前が九歳までおねしょしていたことを、未来の嫁に話す!」

はああ? なんだとぉ!?

「まあ、大変、カイル。お父様は有言実行だから、頑張って成果を上げないとクラウディアちゃんにバレちゃうわね」

父の後ろで母がにっこりと微笑む。
母上までひどい!

「バラされたくなければ、私の期待を裏切るな。お前の名誉が地に落ちてもいいのか?」

「ご心配なく。ええ、期待に応えてご覧に入れますよ。僕を脅したことを後悔するほどにね!」

僕はこめかみに青筋を立てながらもにっこりと笑って見せた。

「ほう。言ったな? 楽しみだ」

お互いの額が付きそうなくらいな距離で睨み合っていると、

「あなた。そろそろカイルを放して下さいな。いつまでも出発できないでしょう?」

母が僕らの間に割り込んできた。

「さあ、カイル。馬車まで送らせてちょうだい」

僕は差し出した母の手に腕を貸し、馬車まで並んで歩いた。

「ふふ。実はお父様はね、本当は今日、朝一番で陛下から呼ばれていたの。それを、あなたを見送るまでは行かないと引き延ばしたのですよ」

母は僕にだけ聞こえるように小さく囁いた。

「・・・素直じゃないですね。父上は」

「ええ、本当に。あなたもね、カイル。お父様とそっくり、瓜二つ」

馬車の前まで来ると、母は僕から手を放した。
そして向かい合うと、僕の頬をそっと両手で包み込み、

「いってらっしゃい、カイル。怪我も無く、無事に帰って来れますように」

そう言って額にキスをしてくれた。いつものお守りのキスだ。

「行って参ります。母上。すぐに戻りますから、ご安心を」

「ふふふ。このお守りのキスも来年くらいからは、クラウディアちゃんの役目になるのかしら?」

その言葉に少し赤くなった僕を母は愛しそうに見つめ、頭を撫でてくれた。

「あ、でも、九歳までおねしょしていたことがバレたら分からないわね? 呆れられちゃったりして。だから頑張ってね、カイル」

ちょっと、ひどい! 母上!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

申し訳ないけど、悪役令嬢から足を洗らわせてもらうよ!

甘寧
恋愛
この世界が小説の世界だと気づいたのは、5歳の頃だった。 その日、二つ年上の兄と水遊びをしていて、足を滑らせ溺れた。 その拍子に前世の記憶が凄まじい勢いで頭に入ってきた。 前世の私は東雲菜知という名の、極道だった。 父親の後を継ぎ、東雲組の頭として奮闘していたところ、組同士の抗争に巻き込まれ32年の生涯を終えた。 そしてここは、その当時読んでいた小説「愛は貴方のために~カナリヤが望む愛のカタチ~」の世界らしい。 組の頭が恋愛小説を読んでるなんてバレないよう、コソコソ隠れて読んだものだ。 この小説の中のミレーナは、とんだ悪役令嬢で学園に入学すると、皆に好かれているヒロインのカナリヤを妬み、とことん虐め、傷ものにさせようと刺客を送り込むなど、非道の限りを尽くし断罪され死刑にされる。 その悪役令嬢、ミレーナ・セルヴィロが今の私だ。 ──カタギの人間に手を出しちゃ、いけないねぇ。 昔の記憶が戻った以上、原作のようにはさせない。 原作を無理やり変えるんだ、もしかしたらヒロインがハッピーエンドにならないかもしれない。 それでも、私は悪役令嬢から足を洗う。 小説家になろうでも連載してます。 ※短編予定でしたが、長編に変更します。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

アナスタシアお姉様にシンデレラの役を譲って王子様と幸せになっていただくつもりでしたのに、なぜかうまくいきませんわ。どうしてですの?

奏音 美都
恋愛
絵本を開くたびに始まる、女の子が憧れるシンデレラの物語。 ある日、アナスタシアお姉様がおっしゃいました。 「私だって一度はシンデレラになって、王子様と結婚してみたーい!!」 「あら、それでしたらお譲りいたしますわ。どうぞ、王子様とご結婚なさって幸せになられてください、お姉様。  わたくし、いちど『悪役令嬢』というものに、なってみたかったんですの」 取引が成立し、お姉様はシンデレラに。わたくしは、憧れだった悪役令嬢である意地悪なお姉様になったんですけれど…… なぜか、うまくいきませんわ。どうしてですの?

処理中です...