上 下
57 / 62

57.惑い

しおりを挟む
「命までは取らん。そのかわり腕を寄こせ」

凍り付いて微動だにしない私に、悪魔は再び話しかける。

「悪い話でないだろう? たかだか腕一本だ。それで呪いが解けるのだ。この先、お前らの子孫が生き血を吸う化け物になることはない」

いつの間にか目の前に来たかと思ったら、人差し指の長い爪で私の額を突いた。

「腕一本だ。それがどうした。俺から下半身を捥ぎ取った償いとして当然だろうが」

ギラギラした赤い目。歪に引きちぎられた体。
すぐ目の前にすると威圧感が凄まじく、小さい体なのにとてつもなく大きな存在に感じる。

ああ、彼はこの体でずっと生きていたんだ・・・。百年以上の時を。
私たち人間が想像するより遥かに長い時をこの無残な姿で過ごしてきたのだ。
どんなに辛かっただろう。どんなに苦しかっただろう。

額を突く爪が少し食い込んだ気がする。だが、痛みを感じない。

「どうだ、安い物だろう?」

腕一本・・・。私の腕一本で呪いを解いてもらえるのなら・・・。私の願いが叶うのなら・・・
何より、彼のこの痛々しい姿が元に戻るなら・・・。
元の姿に戻れるなら私の腕など安い物ではないだろうか? こんな腕一本なんて。
差し出してしまえばいい。差し出してしまえば・・・。

「おい! ローゼ! しっかりしろ!!」

胸元から大きな声が聞こえたと思ったら、アレクが私の腕から飛び出した。そして私の額に指を差している悪魔の手を勢いよく蹴り上げた。

「何をする! 邪魔するな!」

「うるせー! クソジジイ!」

アレクは私から悪魔を遠ざけると、私の顔の傍までやって来た。

「馬鹿ローゼ! 何、惑わされてんだよ!」

大声で怒鳴りながら、両手でペチペチと私の頬を叩いた。

「ローゼが犠牲になることないだろ?! 腕一本どころか指一本もやる必要ないぞ!」

「でも・・・」

私は怒っているアレクを見つめた。心配してくれるのは嬉しいが本当に私が犠牲にならなくてもいいのだろうか? 頼みごとをするのだから代償は付きものなのに。

「あーあー、もうっ、額から血出てるぞ。痛くないか?」

心配そうに私の顔を覗く。不思議と痛みは感じない。しかし、自分の額から鼻にかけてツーっと血が伝わっているのが分かった。
大丈夫と言おうとした時、目の前にいるアレクの後ろに悪魔が近寄ってきたのに気が付いた。悪魔はアレクに向かって指を差している。その指先が徐々に青白く光始めた。

「危ないっ!」

そう叫んだ瞬間、アレクは青い光に包まれた。アレクはビクビク痙攣したと思ったら、ボトリと床に落ちた。

「アレクっ!!」

私はすぐにアレクを抱き上げるためにしゃがもうとした。だが、体が動かない。

「な、なんで・・・?」

必死に足元に倒れたアレクに手を伸ばす。その手を見て気が付いた。自分の体が鈍い光に包まれている。

「邪魔しおって。クソガキが」

悪魔の蔑んだ低い声が聞こえた。私はその声の方に振り向き、奴を睨んでやりたかったが体が動かない。いいや、動いている!
私の意志では動かないが、体はズルズルと悪魔の方へ引き寄せられている!

「お前は俺と来い」

その言葉に全身がゾクゾクっと震えた。
嫌だ!と叫びたいのに恐怖で声が出ない。

その時、研究室の扉が開いた。

「ローゼ!!」

私の愛しい人が駆け込んできた。

「ローゼ!」

私に向かって手を伸ばす。私も手を伸ばしたかった。しかし私は動けない。

「ア、アーサー様・・・・!」

絞り出すように名前を呼んだ時、立っている私の足元の床が黒くなった。途端に床が消えた。

「!!」

私は黒い穴に吸い込まれるように落ちた。

落ちる、落ちる、落ちる―――。

暗闇な中をどんどん落ちていく。何の音も聞こえない。
目を開けているか閉じているかも分からないほど真っ暗闇だ。

落ちながら深い後悔と恐怖に襲われ涙が止まらない。叫びたくても声が出ない。
誰もいない天に向かって手を伸ばす。誰もその手を掴んではくれない。

誰か・・・、助けて・・・!

私は手を伸ばしたまま、ひたすら暗闇の中を落ちていった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

愛しているのは王女でなくて幼馴染

岡暁舟
恋愛
下級貴族出身のロビンソンは国境の治安維持・警備を仕事としていた。そんなロビンソンの幼馴染であるメリーはロビンソンに淡い恋心を抱いていた。ある日、視察に訪れていた王女アンナが盗賊に襲われる事件が発生、駆け付けたロビンソンによって事件はすぐに解決した。アンナは命を救ってくれたロビンソンを婚約者と宣言して…メリーは突如として行方不明になってしまい…。

酷いことをしたのはあなたの方です

風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。 あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。 ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。 聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。 ※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。 ※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。 ※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。

愛するひとの幸せのためなら、涙を隠して身を引いてみせる。それが女というものでございます。殿下、後生ですから私のことを忘れないでくださいませ。

石河 翠
恋愛
プリムローズは、卒業を控えた第二王子ジョシュアに学園の七不思議について尋ねられた。 七不思議には恋愛成就のお呪い的なものも含まれている。きっと好きなひとに告白するつもりなのだ。そう推測したプリムローズは、涙を隠し調査への協力を申し出た。 しかし彼が本当に調べたかったのは、卒業パーティーで王族が婚約を破棄する理由だった。断罪劇はやり返され必ず元サヤにおさまるのに、繰り返される茶番。 実は恒例の断罪劇には、とある真実が隠されていて……。 愛するひとの幸せを望み生贄になることを笑って受け入れたヒロインと、ヒロインのために途絶えた魔術を復活させた一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25663244)をお借りしております。

殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね

日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」  公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。  ※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

王太子殿下が私を諦めない

風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。 今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。 きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。 どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。 ※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。

処理中です...