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【小話3】

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これは、おれがまだ七海唯兎としての知識がなかった時の話。
それは俺がまだ3歳の時のこと。






「くみせんせー!さよーなら!」

「はぁい、唯兎くん。さようなら」






俺はこの時間が好きだった。
母さんが俺と手繋いでくれて、ニコニコと家まで一緒に帰ってくれる時間。
俺を顔を見て優しく微笑み、俺の話に相槌を打ってくれる時間。







「でね、カイくんがね!」

「うんうん、そうだったんだねー」

「あ、ゆいとくんママだー!」

「どうもー、唯兎くんさようならー」

「マキちゃんママさよーなら!」

「さようなら」






家までの道には同じ幼稚園の子、その親と出会うことが度々ある。
その親子からしたら母さんは『優しくて綺麗なお母さん』だ。

俺にもそう見える時間だった。
…家に帰るまでは。







「ただいま…あのねママ、今日ね」

「うるさいなぁ、さっきまで話聞いてやったでしょ」





玄関が閉まるともう優しい母親の姿が完全に消え失せた。
鋭い瞳で俺を睨みつけると園内見学のチラシをビリビリに破いてティッシュで丸めてゴミ箱に捨てる。

園内見学とは自身の子供の様子を見学しつつ、お母さん達が子供のために手作りのおやつを振る舞うというありきたりなものだ。

ビリビリに破かれ捨てられたチラシの入ったゴミ箱を見つめるが、今からアレを拾いに行ったところでどうにもならない。
そうだ、と幼稚園で作ったビーズのネックレスを母親に見せる。







「マ、ママ!しずかせんせーがビーズくれたの…ママにね、つくったんだよ!」





先生が可愛い袋に入れてくれたビーズのネックレスを母親に見せる。

母親は冷たい目でそれを見ると俺の手から荒々しく袋を奪い、それをそのままゴミ箱の奥底に突っ込む。






「いらないわよ、気持ち悪い。どうでもいいことばっかしてないで早くいつものところ行け」

「まま…」

「早く行けって言ってんでしょ!?わかんないの出来損ない!!」





壁を思い切りバンッ!と叩く音に身体が跳ね上がり、俺は慌てていつもの押入れの中に入る。
すると外からバリッと何かの袋を開ける音とバリバリと何かを食べる音が聞こえてくる。
コップを置く音が聞こえてきてからテレビを付け、音量を大きくして何かの番組を見始める。
そういえば家に帰ってから何も飲んでない、喉が渇いた。
襖を静かに開け、静かに母親の元に歩いていく。







「まま、じゅーすのみたい…」







まだ着ていた幼稚園の制服をギュッと掴みながら母親に小さい声で伝えると、母親は持っていたコップをテーブルにおもいきり叩きつけながら立ち上がる。
叩きつけられたコップからは中に入っていたお茶がこぼれ、テーブルを濡らす。







「誰が出ていいって言ったのよ!?出てくんなよゴミ!!」

「いたいっ!ごめんなさい…っごめんなさいママ…っ!」






俺の髪を鷲掴みすると母親は俺を引き摺り押入れに押し込む。
バァンッ!とおもいきり閉められた襖を見ながら俺はえぐえぐとなくしか出来なかった。
力一杯捕まれ、引き摺られた事で頭が痛く俺は頭を押さえながら横になり涙をボロボロと流した。

そんな俺の声をうるさい!と声を荒げる母親。
その声を聞いて更に泣く声がでかくなる俺。

完全なる悪循環だ。
そんな時間も18時には終わる。
19時前には父親が帰ってくるからだ。

母親は俺を押入れから出すと冷たい飲み物を飲ませる。
泣いて目を赤くしたところを濡れタオルで冷やして緩和させ、俺にたまごボーロを持たせてテレビの前に置いておく。
テレビは勿論アニメだ。

俺は漸く優しい母親に戻った事を喜び、母親の思惑通りニコニコとたまごボーロを頬張る。
それにより押入れの中で感じていた空腹感もなくなっていた。







「ただいまー」

「パパだ!」







たまごボーロの袋を片手に玄関にパタパタと走っていくと靴を脱ぎ終わった父親がネクタイを緩めながら洗面所に向かっていた。
パパ、パパ!と戯れ付く俺を嬉しそうに眺めながら手を洗うと父親は俺を優しく抱き上げた。






「あなた、おかえりなさい」

「ただいま、唯兎は今日どうだった?」

「いい子にしてたわよ?さっきまでテレビの前でお菓子食べながらアニメ見てたの」







普通の家庭。
先程までの光景が嘘のように平和で、優しい家庭。
そんな家族を眺め、笑い合うのが好きだった。
それがあれば俺は良かった。
押入れに入れられちゃうのは俺が母親を怒らせるから。
母親が怒るのは俺が悪い子だから。

でも夜には母親は笑ってくれる。
悪い子の俺を許して笑ってくれる。

だから俺は父親に母親の事を言わなかった。
だって言ったら俺が悪い子だって事を父親に知られてしまう。
そうしたら父親にも怒られちゃう。







その生活も5歳で幕を閉じた。

それは本当にたまたまだった。
いつものように家に帰り、冷たくされ、押入れに入る。

ただ、その日は押入れに入る前にトイレに行く事を忘れていた。
トイレに行きたくなり、静かに押入れを開けてゆっくりゆっくり音を鳴らさないようにトイレに向かう。

この2年で俺は家での過ごし方を学んだ。
俺は悪い子だから陽が高い間は外にいたらいけない。
夜になってから家の中で自由にしていい。

そう、学んだ。

ただ、トイレは我慢出来てもずっと我慢していられるものではない。
音を出さずにトイレに向かっていたが、後ろからバンッと壁を叩く音がした。

その音に驚いて身体が大きく跳ねる。
やばい、と思った時にはもう遅く温かく独特な匂いのものがズボンを濡らしていった。
ズボンを濡らしたものは床に水溜りを作り、それらは俺の足元だけに留まらず広がっていく。

やってしまった、ジワリと目に涙が浮かぶ。
そんな俺の背中をガツンッと衝撃が走る。
そのままの勢いで激しく床に叩きつけられた俺は母親を見ると鬼の形相で俺を見ていた。
俺は、母親に蹴られたのだ。







「なにやってんのよ!?くっさいなぁ、さっさと綺麗にしなさいよ!!本当鈍臭い、なんでこんなのが私から産まれたかなぁ!?」





俺にティッシュの箱を投げつけ母親はテレビの方へ戻っていく。






「ごめんなさ、ごめ…っごめんなさい…っ…うぇっ…ふっ…ごめ、っさい…っ」







ズボンと下着を脱ぎ、風呂場に置いて下を履かないままティッシュで自分が出したものを拭いていく。
ボロボロと止まらない涙を自分の服の袖で拭きながら床を綺麗に拭いていく。

前にも一度やらかした。
その時ズボンやパンツは一回水で洗ってから洗濯機に入れてたはずだ。
その時も母親にボロクソに言われながら「覚えなさいよ!!」と言われた事を思い出す。

風呂場で水を流すと自分で濡らしてしまったズボンとパンツをビシャビシャと水で洗い流していく。
その時に袖口や腹部も濡れてしまったがそんな事は気にしていられなかった。

また悪い子になってしまった。
また嫌われちゃう。

濡らしたズボンとパンツをできるだけ絞り、洗濯機に投げ入れた。
まだボロボロと流れ続ける涙をそのままに俺は母親に綺麗にし終わった事を報告しようとリビングに向かう。





「ま、まま…キレイに、おわ、た…っ」

「遅いんだよ!さっさと着替えなさいよ!」





時間は18時、もう少しで父親が帰ってくる。
まだズボンも何も履いてない下半身がスースーして仕方ない。

俺は鼻をズルズル鳴らしながら箪笥の中からパンツと部屋着を出して着替えていく。
幼稚園の制服も洗濯機の中に投げ入れると、いつものようにテレビの前に行く。
いつ父親が帰ってきてもいいように。
…蹴られた背中と打ちつけた腕が痛い。






「ただいまー」






いつもならおかえり!って走り寄る所だが、まだ鼻がズルズルして喉もヒクヒクしてしまっている俺はその場から動けなかった。
…母親からの視線を感じる。
また悪い事してしまった。







「唯兎、どうした?いつもなら来てくれるのに」

「唯兎はママに怒られて落ち込んでるのよねー」

「怒られちゃったのかー!よしよし、そういうこともあるさ!」






父親は俺を抱き上げて背中をポンポンッと叩くが、そこは丁度蹴られたところで痛みが走る。





「いたい…っ!やだ!」






抱き上げてくれた父親から逃げるように降り、俺は慌てて押入れの方に向かう。
押入れの中に入り襖を閉めると何故か気持ちが落ち着く気がした。

俺は悪い子だからきっと父親も俺を怒る。
そう思うと怖くて出られない。

ゆっくり襖が開き、心配そうな父親とその後ろから睨むように俺を見る母親がいた。
父親は優しく俺に手を伸ばしてくれるが俺は怒られるのが嫌で膝を抱えて蹲ったまま動けずにいる。






「唯兎、どうした…?パパに少し話してくれないか?」

「…ふぇ…ぅっ…」

「唯兎、泣いてたら何もしてあげられない…な、パパのところおいで」





俺に投げ掛ける言葉がとても優しく、俺は父親は怒っていない事を知る。
顔を上げると父親の心底心配したような顔と目が合う。
その目に安心して父親の手を取ると父親は目を見開いた。

父親はゆっくり俺を近寄らせると左腕の袖を優しく捲る。
するとそこには擦ったような赤い痕が大きく残っており、痛々しく見える。






「…さっき、背中…?」






父親がボソッと呟いたが俺は聞こえず聞き返す間も無く父親は俺の服を捲り上げ、背中を見る。
そこには縦長に青くなった痣があり、そこは先程父親が慰めるためにポンポンと叩いたところにあった。






「おい、これはどういう事だ!?」

「ちょ、私じゃないわ…!幼稚園で出来た怪我よ…?」

「幼稚園で出来たものなら唯兎はこんなにショック受けないだろ!?こんな泣き腫らした顔して、幼稚園で怪我したらこんな時間まで涙が残ってるわけないだろ!!」








俺をギュッと抱きしめた状態で父親が母親を怒り始める。
母親はしどろもどろに私じゃない、勝手に転んで、幼稚園で…と言い訳を繰り返す。







「唯兎、なんで背中痛いのか…言えるか?」






守るように抱きかかえ、俺に目を向ける父親に俺は自然と涙が溢れ出す。
喉が痙攣するのを止められないままに言葉を紡ぐと、言葉が途切れ途切れになるのを感じながら必死に声を出した。







「おしっこ、でちゃっ、た…っぼくがわるっ…うぇっ…ままにおこられ…っ」

「どんな風に怒られちゃったのかな」

「あのね…っ、きっくしてころ、じゃって…っ、ふぇ、きれいにし、なさいって…っ」






俺の言葉を聞いた父親はカッと顔を赤くして母親を睨んだ。







「唯兎を蹴ったのか!?こんな痣ができるくらい強く!?」

「そ、そんなの私知らないわよ!」

「知らないわけがないだろ!?」






怒鳴りあう父親と母親が怖くてつい優しくしてくれる父親に縋ってしまう。
そんな俺を優しく抱きしめると、俺を抱えたまま寝室へと向かった。
ボストンバッグに俺の服やおもちゃ、幼稚園の制服を2セットほど入れるとそのままの勢いで玄関から出る。

その間もずっと母親は父親に言い訳を大声で伝えていたが、父親は全てを無視して俺を連れ出す。

車に乗せられチャイルドシートでベルトをつけられる。
手に人形とタオルを持たされると父親は俺を一度撫でて運転席に行く。







「唯兎、お婆ちゃんとお爺ちゃんの家に行こうな。パパは少しママとお話があるから、少しの間遊びに行こう」

「ヒック…ぼくがわるいこだからおうちにいたらだめなの…?」

「唯兎はいい子だよ、いい子だから…すぐに迎えに行くから…」







父親の苦しそうな声を聞いて俺は何も言えずにタオルと人形をギュッと抱きしめる。

祖父母の家はそう遠くなく、車で10分ほど走らせた先にある。
幼稚園にも今よりは少し遠くなるが歩いて行ける距離だ。

家の前に車を止め、俺を抱えて荷物を持つと玄関の扉を開けた。
その音に気付いたらしい祖母が玄関を見に来ると困ったようにあらあら、と近寄ってきた。






「こんな夜にどうしたの?唯兎ちゃんもこんな目を腫らしちゃって…」

「事情は父さんに話す、母さんは唯兎にご飯あげてくれないか?…唯兎には聞かせたくない話なんだ」

「あらあら…じゃあ唯兎ちゃん、お婆ちゃんと一緒に行きましょうね。おいで」






優しく両手を広げて待ってくれる祖母に俺も両手を伸ばして抱っこをせがむ。
包むように抱えてくれる祖母に身体を預け父親をチラリと見る。
すると父親はその視線に優しく微笑みを返しするりと柔らかな髪を撫でてリビングへと向かった。







「唯兎ちゃんは何が食べたいかな?」

「…おむらいす」

「よーし、じゃあお婆ちゃんが美味しいオムライス作ってあげようね」






ふんふん♪と鼻歌を歌いながらキッチンでオムライスを作ってくれた祖母は俺にケチャップでクマさんを書いたオムライスを振る舞ってくれた。
隣の部屋では父親と祖父の話し声が聞こえる、内容までは聞こえないが。

あむあむとオムライスを頬張る俺の頭を祖母が撫でると優しい声で俺に問う。







「唯兎ちゃん、いつも幼稚園の後お家でなにしてるのかな?ご本読んでる?おもちゃで遊んでる?お婆ちゃんに聞かせてくれるかな?」







ただの雑談のように見えるこの話題。
しかし、今思えば祖母は俺から『家でなにがあったのか』聞き出そうとしていたのだと思う。






「なんでも良いのよ、お婆ちゃんは唯兎ちゃんのお話が聞きたいの」

「えと…おうちかえったらかばんをおいておトイレいくの」

「うんうん、そのあとは?」

「そのあとはパパがかえってくるまでおしいれのなかにいないといけないの」






シン…と空気が固まる。
笑顔のままピタリと動かなくなった祖母はそのまま「…それで?」と聞いてくる。






「例えば…例えばよ?唯兎ちゃんが喉乾いたり、おトイレが我慢できない時は?どうしたの?」

「こっそりしずかにいくの、でもままにいつもみつかっておこられちゃう。ぼくわるいこだからいつもままおこらせちゃう」






顔を俯かせ涙を目に溜めながら言う俺に祖母はギュッと抱きしめて頭を優しく撫でてくれた。






「そんな事ないわ、唯兎ちゃんはすごく良い子よ…。唯兎ちゃんが凄く良い子だからお父さんはいつも唯兎ちゃんの自慢ばかりしてくるのよ」

「パパが?ぼくのおはなしするの?」

「そうよ、うちの唯兎は天才だっていつも言うんだから」







クスクスとおかしそうに祖母が言うと、隣の襖が静かに開いた。
そこには父親と祖父が立っていて父親は今にも泣きそうな顔だ。

俺は慌てて椅子から降りると父親の足にしがみついた。






「パパ!どうしたの?どこかいたいの?ぼくがいっしょだからさみしくないよ、だいじょうぶだよ」

「…あぁ、そうだな…唯兎がいるからパパは大丈夫だ」





どこか涙を含む声に更に心配になって父親の顔を覗き込もうとするが、父親はそれを見せまいと俺をギュッと力強く抱きしめる。

今日だけで何回抱きしめられたんだろう、なんて冷静な俺が考える中父親は決心したように祖父母を見上げた。






「父さん、母さん。唯兎を頼む…しっかり話をつけてくる」

「唯兎は心配するな」

「しっかり取れるもん取ってきなさい」






真顔で言う祖母に男2人は苦笑いで対応するしかなかった。
その祖母の顔は俺は見えなかったけど、声はいつもよりずっと低くて怒ってるような声だった事は覚えている。


そのあと、何があってどうしたのかは何も知らない。

まだ前世の記憶も残ってない時の出来事だ、ただの子供に全部覚えてるなんて出来なくて当然だ。
母親と離れて住み、父親は夜遅くに帰ってくる。
それを暫く続けていた。

俺自身は祖父母の家に住み、幼稚園にも祖父母が送り迎えをしてくれていた。
先生は事前に祖父母が送り迎えをする事を伝えられていたらしく、何も驚く事なく対応。
友達は何故か羨ましいとキラキラした目で俺を見てくるものだから俺も調子に乗って祖母の手を取りニコニコと笑顔を見せてエヘエヘと嬉しそうにしていたそうだ。

そんな生活をして半年。
父親は疲れた顔をして帰ってきた。
そんな父親を心配し、走り寄って来た俺を力強く抱きしめ「終わった…」と溜息混じりに声を出した。
その時の俺はなんのことかわからないが、疲れ切った父親を思って頭をよしよしと撫でてみる。

心配そうに頭を撫でる俺に嬉しそうな顔をした父親は更に力を込めて抱きしめて来た。
流石に苦しくなりうーうー唸りながら抜け出そうとしていたら先程まで俺が撫でていた父親の頭にゴツン、と拳が降って来た。






「唯兎ちゃんが苦しがってるでしょ」

「いたた…ごめんなぁ唯兎ぉ…」






ゲンコツされた頭をそのままに俺を解放した父親は改めて俺に向き直る。
今度は、真面目な表情で。






「唯兎、パパとママは別々に暮らすことになったんだ」

「…ぇ?」

「それでな、唯兎…唯兎が良ければパパと暮らさないか…?」






父親は何も知らない子供に対し、かなり緊張した面持ちで正座をしていた。
初めてそんな父親を見た俺は困惑しながらもちゃんと決めないといけないことなんだと、幼いながらに理解していた。
俺は父親の目をジッと見たあと、母親の目を思い出す。

思い出した母親の目は、いつも怒っていた。

母親が俺を見て怒るのであれば、俺は母親と居ない方がいいのかな。
父親は俺を見てくれる。
優しくしてくれる。

いつも俺に優しい父親。
いつも俺に怒る母親。

それらを天秤にかけた時、どちらに傾くかと言われたら決まりきった答えだったと思う。







「…パパとくらしたい」

「…っ!……、ありがとう、ありがとうな…っ、ゆいと…っ」






俺が答えを出した瞬間、今まで堰き止められていた涙が滝のように父親の頬を濡らす。
涙を大量に流しながら俺をギュッと抱きしめる父親に俺はどうしたら良いか分からず、とにかく短い腕を精一杯伸ばして父親の頭をよしよしと撫でてみた。


改めて父親と父子家庭として暮らすことになった俺。
最初の頃はもうママに会えないの?と父親に聞いて困らせたりもしたけどそれも短期間だけだった。

父親と2人で暮らし始めてからすぐ、転生前の記憶を思い出したのだ。
勿論、大量の情報に耐えきれなくなった幼い身体は高熱を出し1週間程入院する事にもなったりした。
退院してからは特に体調面も問題なく、記憶の方もしっかり残っていて俺はこれからの幸せに向けて父親と共に歩んでいこうと張り切っていた。

父親が家を空ける時は掃除を頑張り、父親が家にいる時は料理を頑張り。
それを父親も見ていてくれて、2人で幸せに暮らせると確信して日々を過ごしていた。

…この世界が、前世の妹が大好きだったBLゲームの世界だと気付くまでは。







「唯兎くん、大丈夫?」







出会って早々、あまりの出来事に意識を飛ばした俺を心配してくれたのは兄だった。
父親も、新しい母親も勿論心配してくれていたが真っ先に俺の体調を心配したのは兄であり、この世界の主人公…七海照史。

ゲームの通り、父親と母親は海外へ出張してしまい俺と兄は2人で日本にいる。

ゲームでは兄への嫉妬に狂った俺、主人公の弟である七海唯兎が兄に様々な嫌がらせや犯罪紛いな事までして追い詰めていく。
そんな悪役な弟になりたくない俺は必死に嫉妬を抑えつけ生きていた。

兄の隣にいつもいる俺に嫉妬した周りの女の子に暴言や陰口を言われたり
酷い時は暴力のような事をされても

(兄さんは関係ない)

そう思う事で兄への醜い感情を消し去った。

その結果、兄は俺がいつも我慢していると勘違いしたのかとんでもない過保護へと成長した。
自身に好意のある女の子には冷たく接するようになってしまい、そんな兄を好きな女の子達からは睨まれる日々だ。
そんな睨みも兄の絶対零度の前では何の意味も成さないのだが。




ここからは、みんなも知っているいろんな日常。

そうやって俺は日々を過ごしている。
嫉妬に狂いそうな時もあった。
こんな世界にいたくないと思った日もあった。

それでも俺はこの世界で生きているから。
俺自身の、そして家族の幸せのために俺は今日も平凡で生きていこうと思う。







「唯兎、ご飯何食べようか?」

「ん、俺明太子パスタ食べたい」

「じゃあ材料買いに行かないとだね、一緒に行こうか」







今日も平凡に、兄さんに甘やかされてます。












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