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【小話】
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この身体、七海唯兎は【弟の嫉妬】の他に抑えるのが難しい感情がある。
【弟の嫉妬】も抑えようとすれば多少表に出さないようにすることは出来る。
それは完全でないかもしれないけど、嫉妬に狂って兄さんに嫌がらせをするような事はない。
ただこればかりは、俺が我慢しようとして出来ることではない。
この感情は、七海唯兎がずっと抱えて手放すことは出来ないものだろう。
これは、俺が七海唯兎になり兄さんと2人暮らしになってすぐの話。
「唯斗、そろそろ寝ようか」
ご飯を食べ、風呂に入って2人でテレビの前でゆっくりしていると兄さんが時計を確認して俺に提案してきた。
時間は22時、小学生は寝る時間か…と俺は兄さんの提案に頷きリモコンでテレビを消す。
スッと立ち上がった俺を見て兄さんも立ち上がり、2人でリビングを後にした。
階段を上がったところで俺は自室の扉に手を掛けて兄さんに
「おやすみ」
と一声かける。
「うん、おやすみ。明日は7時には起きて来てね」
爽やかにニコっと笑顔を見せる兄さんになんとなく居心地が悪く感じて顔を逸らしてコクン、と頷いて部屋に入る。
パタン、と音を立てて閉じた扉に何故かホッとした。
この世界が妹の好きだったBLゲームの世界で、俺は悪役で、兄さんは主人公で…
この世界に転生してから数週間は過ぎている。
毎日この世界の事を思い出しては溜め息が出る、悪役の俺の結末を思い出して落ち込む。
それの繰り返しだ。
意味のない事だと言うのはわかっていても、まだ頭の中はぐちゃぐちゃしてて全然この世界に順応出来ていない。
自分のことがわからない、唯兎ってなに?
俺はだれ、わからない。
兄さんって誰?おれは長男だった。
今日も今日とて兄さんの顔をしっかり見て話すことも出来ず終わってしまった。
自分のことで精一杯で、兄さんまで見られていない。
「…はぁ」
重苦しく感じて一度溜め息を吐く。
横になってさっさと寝てしまおう…そう思いベッドまで歩いて行き目覚まし時計を6時半にセットする。
そのまま布団に潜り込むと温もりのないヒヤリとした感覚に少し身体を震わせる。
徐々に自身の体温で温かくなっていく布団にしっかり入ると目を閉じて眠気を待つ。
子供の身体と言うこともあり素直に眠気を受け入れる身体に合わせるようにモゾモゾと寝やすいポジションを探して身体を動かし、漸く良い場所を見つけるとそのまま唯兎は眠りについた。
——…邪魔——
——なんで私がこんなの育てないといけないの——
ハッと勢いに任せて目を開けると外はまだ薄暗い。
時計を見ればそこには4時を示す時計の針。
はぁ…と大きなため息を吐くと今見ていた夢を思い出す。
あれは、転生してからすぐの記憶。
まだ3歳、記憶として1番古いのがそのあたりだった。
俺…唯兎は、実の母親に嫌われていた。
それに父さんが気付いたのは5歳になってから、それまでは母さんに嫌われてることに気付いておらず幸せな家庭だと思っていたらしい。
それには理由があり、母さんは父さんのことが好きだった。
父さんに似なかった俺が嫌いで、でも俺を蔑ろにしてるところを父さんに見られたら…と考えた結果その事を隠す事にしたらしい。
父さんと一緒にいる時は【良い母親】だった。
父さんが仕事で、幼稚園もない時なんかは酷いもので
「邪魔」
「こっち来ないで」
「気持ち悪い」
「死んで」
「消えて」
幼い子ならわからないかもしれない言葉でも、転生して脳は高校生の俺には全て理解出来てしまった。
父さんが帰って来るまでご飯無し。
父さんが帰って来るまで押し入れの中。
そんな状況でも泣かない俺に更に嫌悪感を剥き出しにした母さんが俺に暴力を振るったのが5歳の時。
その痕はすぐ父さんに見つかった。
「唯兎のこの傷なんだ!?転んだだけじゃこんな痣にならないだろ!?」
「よ、幼稚園でお友達と喧嘩しちゃったみたいなの…!ほら、男の子ならよくあるでしょ…?」
「…じゃあ幼稚園に問い合わせても問題はないんだな…!?」
「そ、そこまでしなくても!すぐ治るわよ、ね」
こう言った喧嘩は数日続いた。
俺は寝たふりをしながらそれらを聞いていたが、気付いた時にはもう離婚は成立。
どうやってあの母さんを丸め込んだのかは知らない、親権も父さんが取ることに母さんは了承していたみたいで俺は無事に父さんと一緒に家を出た。
家を出る前、父さんは泣きながら俺に謝り続けていた。
いつからされていたのかわからない虐待、それに気付こうともしないでごめん…と。
なんて言えばいいのかわからないで父さんにギュッと抱き付けば父さんは更に涙を多く流しながら俺を抱きしめた。
それからは父さんも仕事をしながらも俺と一緒にいられるようにリモートで仕事をしたり幼稚園を利用したりと試行錯誤を繰り返しやっと落ち着いた8歳…今現在だが、今持ってるプロジェクトは父さんがずっと計画していたものらしく、今回は何がなんでも父さんが会議に参加する必要あるということで結婚を急いだとかなんだとか。
父さんは今の母さんを信用しており、母さんになら任せられるって時に母さんも海外へ行かなければいけない事になり2人で相当困ったとか。
そして今に至るわけだが、それまでの経緯で一番闇の深そうな母さんからの虐待。
俺自体は実の母さんという実感はないし実の母さんは既に側にはいない。
その事もあり俺自体にはダメージがないけど、俺の中の弟の記憶が邪魔をする。
「お母さんごめんなさい」
「お母さんご飯食べたい」
「お母さん痛い」
「お母さん大好き」
唯兎の事は妹から聞いた情報しか知らなかったけど、虐待されてたなんて情報はない。
唯兎大好きな妹がそんな情報を知ってたら確実に泣きながら情報共有しただろうに、その記憶がないってことは妹からも何も言われてないってこと。
母さんが俺のことを嫌ってたのは父さんに似てないから、つまりは俺の転生したから過去が変わった…なんて事もない。
ゲーム内情報では明かされてないにしても、唯兎が母親から虐待されていたという過去はあるのだろう。
おれの記憶でも何度も母さんは
「なんであの人に似てないの」
「全然可愛くない」
「気持ち悪い、こっち見ないで」
そう言っていた。
そんな過去を持ちながら母親に愛されて育った顔の良い兄が出来た、となると…気持ちが歪んでも不思議ではない。
顔が良い、性格が良い、勉強も運動も出来る。
そんな兄と一緒にいて言われるのは
不相応、似てない、可哀想、邪魔。
それを抱えた唯兎が抱えた歪みをぶつけたのは兄であった。
兄にぶつけてどうにかなるわけでもない、それは知っていた筈だけどそれでも本人にぶつける以外自分の歪みを抑える術を唯兎は知らなかった。
それでも罪悪感はしっかり感じていて、それ故の兄へのあの言葉。
ゲームのように感情に流されて兄さんに嫌がらせをする、なんて事俺はしないけどそれでもその感情は俺の中にもある。
「…はぁ」
夢のせいか、今までのことを思い出した。
忘れてたわけじゃないけど今の事だけで精一杯で考えることをしなかった。
少し頭痛を感じ、額を抑えながら大きな溜息を吐いて布団から身体を起こす。
改めて時計を見れば先程からまだ10分しか進んでおらず5時にすらなっていない。
しかし、二度寝をしようとも思えなくてとりあえずトイレに行ってからリビングで水でも飲もうとベッドの横に置いてあるスリッパに足を通した。
パタパタ、と小さめにスリッパを鳴らしながら階段を降りてトイレに向かう。
扉もなるべく音が鳴らないように気をつけながら開け閉めをし、兄さんが起きてしまわないように心掛ける。
トイレを済ませると手を洗い、リビングへ行くとコップに水を入れるとその場で一気に飲み干す。
冷たい水が喉を通り、カラカラと乾いていた喉が潤うのを感じる。
使ったコップを洗って置いておくとテレビ前のソファにポフっと座ればそのままの勢いで横に倒れる。
ソファに置いてあるクッションをギュッと抱きしめながら静かに目を閉じながらこの【弟の記憶】に向き直る。
「アンタなんて産まなければよかった」
記憶を探れば夢で見た実の母親が出てくる。
でもそれに対しての感情は[悲しみ]よりも[大好き]だった。
この弟…唯兎は実のお母さんを嫌いになれないどころか好きで好きで会いたくてしょうがなくて寂しい、会いたい…とずっと願っている。
何故虐待されてもお母さんが好きなのか、それはわからない。
でも唯兎の中のお母さんはお父さんと笑い合って俺を愛してくれる優しいお母さんなのだ。
虐待の事は忘れたわけじゃない、でもそれをお母さんのせいだと考えていないのが唯兎の記憶。
お母さんが俺に意地悪したのは俺がいけない子だから。
だからお父さんがお母さんを怒ったのはなんでかわからない。
お父さんとお母さんが離れて寂しい。
お母さんに会いたい。
目が覚めてからずっとこの感情がグルグルと頭を支配してくる。
お母さんに会いたい。
お母さんだいすき。
お母さんのご飯が食べたい。
お母さんにギュッてしてほしい。
でもそれが叶わないのは理解してる。
だから俺の中の唯兎は1人で膝を抱えて我慢する他ない。
「…おかあさん」
口に出してしまえば我慢していたそれは一気に崩れる。
俺自身は幼い子供ではない筈なのに記憶に引っ張られて涙がボロボロと止まらない。
子供特有のふぇふぇと声を出して泣いてしまう自分に呆れてしまうが、それでも急に止められるものではない。
「ぇぇん…おかあさ……っ」
大きな声でわぁんっ!と泣くのではなく小さめな声でふぇっと泣いていると後ろの扉がガチャっと開いた。
「唯兎…?どうしたの?」
兄さんを起こしてしまったのか、心配そうに俺の方に歩いてくる兄さんに申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
それでも兄さんに謝る余裕もなくただただ子供のままに涙をボロボロと流して止まるまで泣き続ける俺。
「おか…おかあさ…っおかぁぁさぁん…っ」
「うん…寂しいね…」
俺をギュッと抱きしめ、頭をゆっくりを撫でてくれる兄さんのパジャマを両手で縋るように握りしめて兄さんの身体に自分の身体を委ねる。
「おかあさんにあいたい…おかぁさ…っ」
「うん、うん…そうだね」
俺の身体を自分の膝の上に抱き上げ、お姫様抱っこの要領で身体を横に揺らす。
揺籠のような動きに俺は泣くことに疲れたせいか眠気が強く出て来て目を閉じる。
朝だと言うのにまた寝るのか、と自分の脳内で突っ込むが夜泣きのような事をした身体は素直に眠りに入る。
「おか……さ………」
「…うん、ゆっくり眠って」
額にやわらかい何かを感じたのを最後に俺は再び夢の中に入るのだった。
「…はい、今日朝起きたら唯兎がリビングで泣いてて」
『…唯兎が…?何か言ってた?』
電話の相手はお母さんの再婚相手の新しいお父さん。
家で何かあればすぐに連絡するように言われてたのもあって、僕は今日会った事を伝えようと電話をした。
「お母さんって、会いたいって泣いてました」
『……そ、うか……』
「そんな調子だったし、無理に学校連れて行くのも可哀想なので今日は学校休みました」
『ん、ありがとう』
お父さんにも思うところがあると思う、唯兎が泣いてる時に言ってた事を伝えてからは声が沈んだように感じる。
それでも僕にお礼を伝えてくれるお父さんは優しいなって、僕は思った。
『照史、唯兎はもしかしたらこれからも泣いてしまう事があるかもしれない…。その時は近くにいてあげてくれな』
「…はい!」
『照史も、何か悩んだり泣きたくなったら父さんでも母さんでもすぐに連絡してくれ。すぐに帰れるよう頑張ろう』
「あ、ありがとうございます…」
お父さんが心配してくれてる、その事実が嬉しくて頬がポカポカしてしまう。
お父さんと話した後はお母さんと話す。
唯兎にも電話をさせてあげたかったけど、沢山泣いたからか唯兎は今微熱を出して自室で眠ってる。
また次の電話の時は唯兎にもお話しさせてあげたい。
連絡を終わらせて唯兎の部屋に行くと冷えピタをおでこに貼ってスヤスヤと眠っている唯兎が布団の中にいる。
ゆっくり唯兎に近付いて頭を撫でてあげれば気持ち良さそうに唯兎の頬が緩んだのが見えた。
今日は唯兎が熱だから僕は唯兎の部屋でお泊まり。
唯兎のベッドの横に布団を敷いてそこで寝る。
大丈夫だよ、唯兎。
泣いてもすぐに気付いてあげるからね。
僕は唯兎をもう一度撫でてから用意していた布団に入り、リモコンで電気を消すと小さい声で
「おやすみ、唯兎」
とだけ、呟いた。
【弟の嫉妬】も抑えようとすれば多少表に出さないようにすることは出来る。
それは完全でないかもしれないけど、嫉妬に狂って兄さんに嫌がらせをするような事はない。
ただこればかりは、俺が我慢しようとして出来ることではない。
この感情は、七海唯兎がずっと抱えて手放すことは出来ないものだろう。
これは、俺が七海唯兎になり兄さんと2人暮らしになってすぐの話。
「唯斗、そろそろ寝ようか」
ご飯を食べ、風呂に入って2人でテレビの前でゆっくりしていると兄さんが時計を確認して俺に提案してきた。
時間は22時、小学生は寝る時間か…と俺は兄さんの提案に頷きリモコンでテレビを消す。
スッと立ち上がった俺を見て兄さんも立ち上がり、2人でリビングを後にした。
階段を上がったところで俺は自室の扉に手を掛けて兄さんに
「おやすみ」
と一声かける。
「うん、おやすみ。明日は7時には起きて来てね」
爽やかにニコっと笑顔を見せる兄さんになんとなく居心地が悪く感じて顔を逸らしてコクン、と頷いて部屋に入る。
パタン、と音を立てて閉じた扉に何故かホッとした。
この世界が妹の好きだったBLゲームの世界で、俺は悪役で、兄さんは主人公で…
この世界に転生してから数週間は過ぎている。
毎日この世界の事を思い出しては溜め息が出る、悪役の俺の結末を思い出して落ち込む。
それの繰り返しだ。
意味のない事だと言うのはわかっていても、まだ頭の中はぐちゃぐちゃしてて全然この世界に順応出来ていない。
自分のことがわからない、唯兎ってなに?
俺はだれ、わからない。
兄さんって誰?おれは長男だった。
今日も今日とて兄さんの顔をしっかり見て話すことも出来ず終わってしまった。
自分のことで精一杯で、兄さんまで見られていない。
「…はぁ」
重苦しく感じて一度溜め息を吐く。
横になってさっさと寝てしまおう…そう思いベッドまで歩いて行き目覚まし時計を6時半にセットする。
そのまま布団に潜り込むと温もりのないヒヤリとした感覚に少し身体を震わせる。
徐々に自身の体温で温かくなっていく布団にしっかり入ると目を閉じて眠気を待つ。
子供の身体と言うこともあり素直に眠気を受け入れる身体に合わせるようにモゾモゾと寝やすいポジションを探して身体を動かし、漸く良い場所を見つけるとそのまま唯兎は眠りについた。
——…邪魔——
——なんで私がこんなの育てないといけないの——
ハッと勢いに任せて目を開けると外はまだ薄暗い。
時計を見ればそこには4時を示す時計の針。
はぁ…と大きなため息を吐くと今見ていた夢を思い出す。
あれは、転生してからすぐの記憶。
まだ3歳、記憶として1番古いのがそのあたりだった。
俺…唯兎は、実の母親に嫌われていた。
それに父さんが気付いたのは5歳になってから、それまでは母さんに嫌われてることに気付いておらず幸せな家庭だと思っていたらしい。
それには理由があり、母さんは父さんのことが好きだった。
父さんに似なかった俺が嫌いで、でも俺を蔑ろにしてるところを父さんに見られたら…と考えた結果その事を隠す事にしたらしい。
父さんと一緒にいる時は【良い母親】だった。
父さんが仕事で、幼稚園もない時なんかは酷いもので
「邪魔」
「こっち来ないで」
「気持ち悪い」
「死んで」
「消えて」
幼い子ならわからないかもしれない言葉でも、転生して脳は高校生の俺には全て理解出来てしまった。
父さんが帰って来るまでご飯無し。
父さんが帰って来るまで押し入れの中。
そんな状況でも泣かない俺に更に嫌悪感を剥き出しにした母さんが俺に暴力を振るったのが5歳の時。
その痕はすぐ父さんに見つかった。
「唯兎のこの傷なんだ!?転んだだけじゃこんな痣にならないだろ!?」
「よ、幼稚園でお友達と喧嘩しちゃったみたいなの…!ほら、男の子ならよくあるでしょ…?」
「…じゃあ幼稚園に問い合わせても問題はないんだな…!?」
「そ、そこまでしなくても!すぐ治るわよ、ね」
こう言った喧嘩は数日続いた。
俺は寝たふりをしながらそれらを聞いていたが、気付いた時にはもう離婚は成立。
どうやってあの母さんを丸め込んだのかは知らない、親権も父さんが取ることに母さんは了承していたみたいで俺は無事に父さんと一緒に家を出た。
家を出る前、父さんは泣きながら俺に謝り続けていた。
いつからされていたのかわからない虐待、それに気付こうともしないでごめん…と。
なんて言えばいいのかわからないで父さんにギュッと抱き付けば父さんは更に涙を多く流しながら俺を抱きしめた。
それからは父さんも仕事をしながらも俺と一緒にいられるようにリモートで仕事をしたり幼稚園を利用したりと試行錯誤を繰り返しやっと落ち着いた8歳…今現在だが、今持ってるプロジェクトは父さんがずっと計画していたものらしく、今回は何がなんでも父さんが会議に参加する必要あるということで結婚を急いだとかなんだとか。
父さんは今の母さんを信用しており、母さんになら任せられるって時に母さんも海外へ行かなければいけない事になり2人で相当困ったとか。
そして今に至るわけだが、それまでの経緯で一番闇の深そうな母さんからの虐待。
俺自体は実の母さんという実感はないし実の母さんは既に側にはいない。
その事もあり俺自体にはダメージがないけど、俺の中の弟の記憶が邪魔をする。
「お母さんごめんなさい」
「お母さんご飯食べたい」
「お母さん痛い」
「お母さん大好き」
唯兎の事は妹から聞いた情報しか知らなかったけど、虐待されてたなんて情報はない。
唯兎大好きな妹がそんな情報を知ってたら確実に泣きながら情報共有しただろうに、その記憶がないってことは妹からも何も言われてないってこと。
母さんが俺のことを嫌ってたのは父さんに似てないから、つまりは俺の転生したから過去が変わった…なんて事もない。
ゲーム内情報では明かされてないにしても、唯兎が母親から虐待されていたという過去はあるのだろう。
おれの記憶でも何度も母さんは
「なんであの人に似てないの」
「全然可愛くない」
「気持ち悪い、こっち見ないで」
そう言っていた。
そんな過去を持ちながら母親に愛されて育った顔の良い兄が出来た、となると…気持ちが歪んでも不思議ではない。
顔が良い、性格が良い、勉強も運動も出来る。
そんな兄と一緒にいて言われるのは
不相応、似てない、可哀想、邪魔。
それを抱えた唯兎が抱えた歪みをぶつけたのは兄であった。
兄にぶつけてどうにかなるわけでもない、それは知っていた筈だけどそれでも本人にぶつける以外自分の歪みを抑える術を唯兎は知らなかった。
それでも罪悪感はしっかり感じていて、それ故の兄へのあの言葉。
ゲームのように感情に流されて兄さんに嫌がらせをする、なんて事俺はしないけどそれでもその感情は俺の中にもある。
「…はぁ」
夢のせいか、今までのことを思い出した。
忘れてたわけじゃないけど今の事だけで精一杯で考えることをしなかった。
少し頭痛を感じ、額を抑えながら大きな溜息を吐いて布団から身体を起こす。
改めて時計を見れば先程からまだ10分しか進んでおらず5時にすらなっていない。
しかし、二度寝をしようとも思えなくてとりあえずトイレに行ってからリビングで水でも飲もうとベッドの横に置いてあるスリッパに足を通した。
パタパタ、と小さめにスリッパを鳴らしながら階段を降りてトイレに向かう。
扉もなるべく音が鳴らないように気をつけながら開け閉めをし、兄さんが起きてしまわないように心掛ける。
トイレを済ませると手を洗い、リビングへ行くとコップに水を入れるとその場で一気に飲み干す。
冷たい水が喉を通り、カラカラと乾いていた喉が潤うのを感じる。
使ったコップを洗って置いておくとテレビ前のソファにポフっと座ればそのままの勢いで横に倒れる。
ソファに置いてあるクッションをギュッと抱きしめながら静かに目を閉じながらこの【弟の記憶】に向き直る。
「アンタなんて産まなければよかった」
記憶を探れば夢で見た実の母親が出てくる。
でもそれに対しての感情は[悲しみ]よりも[大好き]だった。
この弟…唯兎は実のお母さんを嫌いになれないどころか好きで好きで会いたくてしょうがなくて寂しい、会いたい…とずっと願っている。
何故虐待されてもお母さんが好きなのか、それはわからない。
でも唯兎の中のお母さんはお父さんと笑い合って俺を愛してくれる優しいお母さんなのだ。
虐待の事は忘れたわけじゃない、でもそれをお母さんのせいだと考えていないのが唯兎の記憶。
お母さんが俺に意地悪したのは俺がいけない子だから。
だからお父さんがお母さんを怒ったのはなんでかわからない。
お父さんとお母さんが離れて寂しい。
お母さんに会いたい。
目が覚めてからずっとこの感情がグルグルと頭を支配してくる。
お母さんに会いたい。
お母さんだいすき。
お母さんのご飯が食べたい。
お母さんにギュッてしてほしい。
でもそれが叶わないのは理解してる。
だから俺の中の唯兎は1人で膝を抱えて我慢する他ない。
「…おかあさん」
口に出してしまえば我慢していたそれは一気に崩れる。
俺自身は幼い子供ではない筈なのに記憶に引っ張られて涙がボロボロと止まらない。
子供特有のふぇふぇと声を出して泣いてしまう自分に呆れてしまうが、それでも急に止められるものではない。
「ぇぇん…おかあさ……っ」
大きな声でわぁんっ!と泣くのではなく小さめな声でふぇっと泣いていると後ろの扉がガチャっと開いた。
「唯兎…?どうしたの?」
兄さんを起こしてしまったのか、心配そうに俺の方に歩いてくる兄さんに申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
それでも兄さんに謝る余裕もなくただただ子供のままに涙をボロボロと流して止まるまで泣き続ける俺。
「おか…おかあさ…っおかぁぁさぁん…っ」
「うん…寂しいね…」
俺をギュッと抱きしめ、頭をゆっくりを撫でてくれる兄さんのパジャマを両手で縋るように握りしめて兄さんの身体に自分の身体を委ねる。
「おかあさんにあいたい…おかぁさ…っ」
「うん、うん…そうだね」
俺の身体を自分の膝の上に抱き上げ、お姫様抱っこの要領で身体を横に揺らす。
揺籠のような動きに俺は泣くことに疲れたせいか眠気が強く出て来て目を閉じる。
朝だと言うのにまた寝るのか、と自分の脳内で突っ込むが夜泣きのような事をした身体は素直に眠りに入る。
「おか……さ………」
「…うん、ゆっくり眠って」
額にやわらかい何かを感じたのを最後に俺は再び夢の中に入るのだった。
「…はい、今日朝起きたら唯兎がリビングで泣いてて」
『…唯兎が…?何か言ってた?』
電話の相手はお母さんの再婚相手の新しいお父さん。
家で何かあればすぐに連絡するように言われてたのもあって、僕は今日会った事を伝えようと電話をした。
「お母さんって、会いたいって泣いてました」
『……そ、うか……』
「そんな調子だったし、無理に学校連れて行くのも可哀想なので今日は学校休みました」
『ん、ありがとう』
お父さんにも思うところがあると思う、唯兎が泣いてる時に言ってた事を伝えてからは声が沈んだように感じる。
それでも僕にお礼を伝えてくれるお父さんは優しいなって、僕は思った。
『照史、唯兎はもしかしたらこれからも泣いてしまう事があるかもしれない…。その時は近くにいてあげてくれな』
「…はい!」
『照史も、何か悩んだり泣きたくなったら父さんでも母さんでもすぐに連絡してくれ。すぐに帰れるよう頑張ろう』
「あ、ありがとうございます…」
お父さんが心配してくれてる、その事実が嬉しくて頬がポカポカしてしまう。
お父さんと話した後はお母さんと話す。
唯兎にも電話をさせてあげたかったけど、沢山泣いたからか唯兎は今微熱を出して自室で眠ってる。
また次の電話の時は唯兎にもお話しさせてあげたい。
連絡を終わらせて唯兎の部屋に行くと冷えピタをおでこに貼ってスヤスヤと眠っている唯兎が布団の中にいる。
ゆっくり唯兎に近付いて頭を撫でてあげれば気持ち良さそうに唯兎の頬が緩んだのが見えた。
今日は唯兎が熱だから僕は唯兎の部屋でお泊まり。
唯兎のベッドの横に布団を敷いてそこで寝る。
大丈夫だよ、唯兎。
泣いてもすぐに気付いてあげるからね。
僕は唯兎をもう一度撫でてから用意していた布団に入り、リモコンで電気を消すと小さい声で
「おやすみ、唯兎」
とだけ、呟いた。
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