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第142話「我が艦が最強」

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 水門から出て来た女王クィーンに対して、エクス・グラン号は右舷を向け海を飲み込む月の島ルナ・インスーラの唯一の出入口を塞いでいる形になっている。

 エクス・グラン号から放たれた魔導砲は、女王クィーンが自動的に展開した魔導防殻によって防がれ、魔力マナが分散して掻き消されてしまった。

 直撃を受けたと思って身構えていたシャルルも、その状況を信じられないと言った顔をして首を横に振っている。

「み……みんな、無事?」
「あぁ、魔導砲がまるでそよ風みたいだったぜ」

 舵輪を握るハンサムも驚いていた様子だったが、ガディンクが自慢げに説明を始めた。

「ルナ・インスーラの水門に張られていた結界と同じものだ。超硬度の防殻の展開と共に魔導力の攻撃に対して、その源の魔力マナに干渉して分解する類の代物らしい。いったい何をどうすれば、こんな物を創り出せるのか……間違いなく作ったのは奇人変人の類だぜ」
「つまり、魔導砲みたいな魔力マナに関わる攻撃に対しては無敵ってこと?」

 確認するような問い掛けに、ガディンクは頷きつつ補足する。

「あぁ、だが過信は禁物だぜ? 何せ目覚めたばかりの骨董品だ。いつ逝かれてもおかしくないからな」
「わかったよ、気を付けておく。さて、まずは外洋に出ないと話にならないね」

 狭い内海ではまともに動けず、女王クィーンは真っ直ぐエクス・グラン号に向かうことしかできなかった。しかし外洋に出るためには、蓋になっているエクス・グラン号を排除しなければならない。

 シャルルはキッと眉を吊り上げると、手を正面に突き出しながら指示を飛ばす。

「よし、このまま突っ込むよっ!」
「おいおい、マジか!? あそこでぶつけたら座礁するぞ?」

 エクス・グラン号が陣取っている内海からの出入口は、おそらく女王クィーンの喫水ギリギリである。あの場所で下手に動けば間違いなく座礁する位置だった。ハンサムの心配に対して、シャルルは自信があるのかニヤリと笑う。

「親方、女王陛下の大砲クィーン・カノンの準備をお願い!」
「チャージに少し時間がかかるぞ。この船足あしだと発射前に衝突するぜ」
「大丈夫、わたしを信じてっ!」

 ガディンクはシャルルを一瞥したが、そのまま何も言わずに女王陛下の対応クィーン・カノンへのチャージを開始した。船首の砲身に魔力マナの輝きが収束していく。

 そして、その命令の結果はすぐに表れた。魔導砲をチャージしながら突っ込んでくる女王クィーンに対し、エクス・グラン号は急加速して回避行動に出たのだ。

「よし、ビビったわ! そのまま外洋に出るよ!」
「おぉ!」

 道が開けたことにより、女王クィーン海を飲み込む月の島ルナ・インスーラを脱出し外洋に飛び出した。

 それを待っていたエクス・グラン号は、旋回しながら飛び出して来た女王クィーンの右舷に向かって魔導砲を放ってくる。

 しかし、その攻撃もこうかはなく、先程と同じように女王クィーンの防殻によって掻き消されてしまった。

「うさぎちゃん、あの艦が避けるってわかってたの?」
「うん、可能性は高いと思ってたよ。あのタイミングで意地を張って魔導砲を撃ってたら、こちらからの反撃を躱せないからね。まぁ、こっちは撃てなかったわけだけど」

 完全にブラフなのだが、ここで重要なのは撃つというポーズを見せることで、反撃される可能性を認識させることなのだ。

「それに……あの艦を指揮しているのは、たぶんマルガ・オットーじゃないわ。ううん、追いかけて来ていた時は彼だったかもしれないけど、今は違うはずよ」

 シャルルがそう判断したのにはわけがあった。マルガは根っからの商人であり、基本的に損得勘定で動いている。いくらシャルルへの恨みがあるとは言え、魔導砲を無効化するような船が出てくれば、彼なら即座に逃げ出すはずだった。

「姫さん、次はどうする? 船首を奴に向けるか?」
「そうだね、面舵一杯!」

 シャルルたちが現在発見できている武装は、船首の女王陛下の大砲クィーン・カノンだけである。高威力の主砲だが撃つためにはチャージが必要で、狙いを付けるためには船首を敵艦に向けなければならない。双方とも大型船とは言え、動き回る船に狙いを付けるのは非常に難しかった。

 対するエクス・グラン号は、船首と左舷の一部を除いて依然健在である。エクス・グラン号はグレートスカル号を沈めるために建造された戦艦であり、女王クィーンであっても油断できる相手ではなかった。

 そこに望遠鏡でエクス・グラン号を監視していた黒猫から報告が飛んでくる。

「また、あのばら撒いてくる攻撃にゃ!」

 シャルルが確認するとドラウヴンカノンの砲身を女王クィーンに向け、三発の砲弾を撃ち出していた。魔導砲が効かないのであれば、実弾兵器を使ってくるのは当然の流れだった。

 シャルルは望遠鏡から顔を離すと、振り向きながらマギを呼ぶ。

「マギッ!」
「は~い……風よ、風よ、風の精霊よ。彼の敵を弾き飛ばせ……ウインドバースト!」

 マギの杖から発生した突風が飛んできた砲弾を迎え撃つ。その突風により速度を失った砲弾は想定より早く落下を始め、散弾も女王クィーンに届かず海面に落ちていく。

「その攻撃は一度見たよっ! わかっていれば対策の仕方はいくらでもあるんだから」
「ざまぁみろにゃ~!」

 ドラウヴンカノンによってひどい怪我を負った黒猫たちは、海中に沈んだ砲弾に歓喜の声を上げるのだった。

◇◇◆◇◇

 一方、エクス・グラン号の甲板 ――

 ドラウヴンカノンを撃ち落とされたことに、フーガが顔を顰めながら歯軋りをする。

「くっ、あの風魔法……まさかハイエルフが乗っているのかっ!?」

 人族やその他の種族でも魔法を使える者はいるが、あれほどの魔法を瞬時に放てるのはエルフ族ぐらいなものである。その中でも導師マギに選ばれるような魔法に長けたエルフが、高貴なハイエルフと呼ばれていた。

「魔導砲をチャージしつつ砲弾を浴びせろっ!」

 フーガの指示に従い、エクス・グラン号は旋回しながら通常砲弾をばら撒き始めた。ドラウヴンカノンの散弾とは違い砲弾ほどの大きさであれば、魔導防殻によって防がれるがそれでも構わず撃ち続ける。

「そのまま撃ち続けろ! あの船を覆うほどの巨大な防殻だ、消費も段違いのはずだ」

 フーガはとても常識的な尺度で対策を考えている。魔導艦を相手にする時、防殻を貫く方法がなければ魔力マナ切れを狙うしかないのだ。その為には延々と防殻を展開させ続ける必要がある。

 しかし、いくら撃ち続けても一向に防殻が弱まる気配はなく、フーガの顔色がみるみると変わっていく。すでに通常の戦艦であればもちろんのこと、エクス・グラン号ですら防殻を維持できないほど砲弾を撃ち込んでいた。

「馬鹿なっ! いったい、どういうことだ!? まさか魔力マナを無尽蔵に生み出せるとでも言うつもりか?」

 彼はこの時点で目の前で相手にしている船が、常識では測れない存在であることに、ようやく気が付くことができたのだ。そして彼の優秀な頭脳が、このままでは絶対に勝てないことを悟ってしまった。

「離脱するか? いや、背を向けた瞬間、背後から主砲に撃ち抜かれるだけだ。こうなれば……」

 フーガは目を瞑ったままぶつぶつと考え込み、やがて目を開けると覚悟を決めた表情で命令を下す。

「針路を北に向けろっ! 左舷の魔導砲にすべての魔力マナを集中しろっ!」
「き……北ですか!? あの船の正面に出ることになりますが……」

 船乗りの心配も当然のことだった。女王クィーンの船首の魔導砲には、すでに魔力マナをチャージする光が輝いているのだ。その眼前に出ろという指示を出されて、困惑するのも無理はない状況だった。

「魔導砲は撃たせるっ! 撃つタイミングは防殻が消えるはずだ、そこを狙い撃つのだっ!」

 その作戦は相打ち狙いと言うことであり、エクス・グラン号も無事では済まないことを示していた。船乗りたちも、このままではどうせ逃げられないと悟っており、フーガの策に一縷の希望を託すことにしたのだった。

「よし、我が艦が最強であると証明するのだっ!」
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