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第130話「決着!ミュラー諸島の戦い」

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 アレス王子の周りには熟練兵が揃っており、先程戦っていた一般兵士より、一段格上のようだった。艦長のオイスンを含めて、五名の強者が彼の周りを固めている。

「シャルル=キラーラビット、今すぐ投降するんだ。大人しくしていれば、君の身の安全は保障しよう」
「冗談……攻め込んでいるのもわたしだし、追い込んでるのもわたしだよ? そっちこそ、大人しく捕まる気はない?」
「何を馬鹿なことを!」

 アレス王子の提案を一蹴すると、シャルルはカニィナーレを握る手に力を込める。一対一であれば負けなくとも多勢に無勢な上に、ハンサムたちの援軍は望めず、相手からの増援がいつ来るかもわからない状況だった。

「力の出し惜しみをしている場合じゃないか」

 そう呟いたシャルルの赤い瞳が、さらに深い色に染まっていく。彼女は海賊にしては甘い性格で殺人を忌避する傾向にある。しかし、養母であるカティスと同じく合理的なところがあり、必要を感じれば容赦はしない。

 シャルルは深く息を吸い込むと口を硬く結ぶ。次の瞬間、兵士たちの視界からシャルルの姿が忽然と消えた。

「なっ!?」
「どこだっ!?」

 咄嗟に警戒する兵士たちだったが、一度視界から消えたシャルルが再び現れたのは、正面にいた兵士の横顔に飛び蹴りを叩き込んだ時だった。錐もみ状に回転しながら吹き飛んだ兵士は、甲板上に叩きつけられ動かなくなる。

「こ、こいつ!?」

 残りの兵士の一人が、着地したシャルルに剣を振り下ろすが、シャルルは僅かに躱すと流れるように廻し蹴りを顔面に叩き込む。

 その兵士は声も出せずに崩れ落ちた。そして他の兵士たちが襲ってきたので、シャルルは一度飛び退いて距離を取る。

「ふぅ……きつい、脚は痛いし息も辛い」

 シャルルはあまり長期戦向きではなく、瞬発力と身のこなしで戦うタイプである。ここまで来るのに相当消耗している上に、全力で動くことでさらに消耗を加速させていた。

「うぉぉぉぉぉ!」

 シャルルが呼吸を整えていると、残った二人の兵士が斬りかかってきた。シャルルは下がりながら、彼らの剣をカニィナーレで捌いていく。

「くっ……鋭い!」

 先程倒した兵士よりさらに強いのか、それとも二人の連携が良いのかはわからないが、シャルルは攻撃を受けるだけで精一杯だった。

「こんなことなら、ソーさんからもっと剣技を習っとくんだった」

 シャルルが一歩下がると、そこは船縁だった。完全に追い込まれたシャルルに、兵士の一人が剣を振り下ろす。

「半歩出て、軌道を合わせるっ!」

 ノット・ソーに教えて貰ったことを復唱しながら半歩出て、カニィナーレを兵士の剣筋に合わせると、そのまま攻撃を受け流した。体が泳いだ兵士の剣は船縁に突き刺さり、もう一人の兵士の攻撃も妨害する形で間に入ってしまった。

 この一瞬の隙を見逃さず、シャルルは船縁を蹴って跳び上がる。そして回転しながら、兵士たちの背中を斬り伏せた。

「がぁ!?」

 着地と同時にアレス王子に向かって駆け出すと、今度はオイスンがシャルルの前に立ち塞がる。手にしているのはグラディウスで、腰を落として構えている。

「殿下、下がってくださいっ!」
「どいてっ!」

 オイスンに向かってシャルルが右手のカニィナーレを突き出すと、彼はグラディウスでそれを弾き返した。そして若干体が泳いだシャルルに対して、オイスンは肩から体当たりを仕掛けてくる。

 それに対して、シャルルは左手のカニィナーレを横に振ってオイスンを迎撃する。

 しかし、オイスンはその一撃を掻い潜り、体当たりでシャルルを吹き飛ばした。

「うぐっ!?」

 吹き飛ばされたシャルルは、背中から甲板に叩きつけられ呼吸が一瞬止まる。そのまま後転しながら跳び起きると、先程までシャルルがいた場所にオイスンの一撃が振り下ろされていた。

「ごほっごほっ……やるわね……」
「大人しくしろっ! ここを脱出するためにも、お前の身柄が必要だ」
「なるほど……状況をよく把握しているみたいね」

 グランロードは殆ど航行不能状態であり、魔導砲によって被害が出ているとはいえゼフィール船団は未だ健在である。脱出を試みた友軍は失敗し、ゼロン=ゴルダ大海賊団との戦闘になっていた。

 そんな状況ではシャルルの身柄を確保して、海賊たちに身の安全を保障させるしかないのである。シーロードの末姫が親兄弟から大事にされていることは、海賊の情報に精通している彼らも良く知っていた。

 シャルルが乱れた呼吸を整える前に、オイスンが斬り込んでくる。シャルルは二本のカニィナーレで、その猛攻を何とか捌いていた。

「艦長って頭脳労働だと思ってたよ」
「まだ、そこまで老いたつもりはないっ!」

 オイスンの剣技は、明らかにシャルルより上だった。何とか均衡を保てているのは、シャルルの身体能力が大きくオイスンを超えているからである。

 しかし、身体能力がいかに高くとも、すでに激しく消耗しており、徐々に動きが鈍くなってきている。魔力マナで出来ているカニィナーレの剣身も揺らぎ始め、二本では剣状を保てずにいた。

 シャルルはオイスンの横薙ぎをしゃがみ込んで躱すと、後ろに跳んで距離を取った。そしてカニィナーレを一本腰に差し、予備のナイフを抜き放つ、。

 その隙をついてオイスンは駆け寄ると、グラディウスを振り下ろす。シャルルは一歩前に出ながらカニィナーレでグラディウスを受け、そのまま回転してナイフをオイスンの太腿に突き立てた。

「うぐぅ!」

 崩れ落ちるオイスンの脇を、シャルルはアレス王子に向かって一直線に駆け出した。

「オイスン!」
「王子さま、覚悟っ!」

 アレス王子は剣を構えているが、オイスンと護衛兵に比べれば練度が足りないようでやや頼りなく見える。

「シャルル=キラーラビットォォォ!」
「そんなへっぴり腰じゃ、わたしは捉えれないよっ!」

 アレスの振り下ろしを横に跳んで躱すと、再び跳躍して左腕をアレス王子の首に掛ける。そして回り込むように後ろに取りつくと、カニィナーレを首筋に突きつけた。

「くっ!?」
「勝負あったわ! 死にたくなければ、降伏して兵を退かせて!」
「わ……わかった! 皆、剣を収めろっ!」

 甲板上の兵士たちは驚いて船尾甲板を見上げるが、アレス王子が捕らえられたことに気が付くと、負けを悟ったのか武器を手放して投降を始めた。戦っていたハンサムたちの勝ち鬨が聞こえてくる。

 シャルルはアレス王子の背中から降りると、カニィナーレの剣身を消して彼の背中に突きつける。

「王子さま、貴方を船にご招待するわ。分かっていると思うけど、この武器の剣身はいつでも伸ばせるから大人しくしてね」
「わかった、だが兵たちの安全は保障して欲しい」
「別に皆殺しにするつもりはないわ。わたしが欲しいのは貴方だけよ」

 アレス王子は小さく溜め息をつくと項垂れながら呟く。

「別のタイミングで言って貰いたいところだよ……」
「お待ちください、殿下っ!」

 血を流した脚を押さたオイスンが、立ち上がって行く手を阻んできた。彼の怪我はこのまま放置すれば、致命傷になりかねない程の傷である。

「やめよ、オイスン。我々の負けだ……武器を収めて治療を受けよ」
「殿下を連れて行かせるわけにはまいりません」

 出血で顔を青くしながらも、オイスンはグラディウスを向けてくる。

「大丈夫だ、彼女も殺す気があるならとっくに殺している」
「しかし……」
「王子さま、わたしの船が離れたらこの船は沈むわ。幸い島が近いから、急いで避難した方がいい」

 シャルルの忠告にアレス王子は頷くと、重ねてオイスンに命じる。

「オイスン、白旗を掲げて彼女の言うとおりにせよ。兵を無駄に死なせることはない」
「……ハッ!」

 オイスンは敬礼をすると、諸々の準備を進めるために兵士たちに命じていく。シャルルは再びカニィナーレを彼の背中に押し付ける。

「それじゃ、行きましょうか? 王子さま」

 こうしてアレス王子は虜囚となり、グランロードに白旗が翻ったことにより王都防衛艦隊は投降し、ミュラー諸島での戦いは海賊連合の勝利で終わった。

 王都防衛艦隊は旗艦と半数以上の艦を失い、ゼフィール船団は旗艦が中破、八隻が轟沈、ゼロン=ゴルダ大海賊団は仕掛けるタイミングが良かったからか損害は軽微だった。
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