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第108話「悪寒」

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 ゼロン=ゴルダ大海賊団、旗艦ゴルティアス号 ――

 アクセル船団に引き摺られるように徐々に南に流されている味方の船に、キャプテンゼルスは忌々しそうに舌打ちをする。そんな彼に副長が指示を求めて問い掛けてきた。

「キャプテン、あの馬鹿ども、まんまと引き寄せられてるが……」
「さっさと呼び戻せ! あんな連中、押さえつけるには十隻もあれば十分だ」
「了解! おい、信号弾の準備だ」
「はいっ!」

 副長が手下の海賊に指示を飛ばすと、味方とアクセル船団の動向を監視していた見張り台から、慌てた様子で報告が飛んできた。

「キャプテン! 南方に艦隊が出現したっ!」
「何だと?」

 この海域はロイス王国の領海内で最北端であり、ロイス王国がある南側からの艦隊出現の報告に、ゼルスは訝しげに目を細めた。

 ロイス王国艦隊は、ほとんどの戦力をここに集結済みであり、艦隊と呼べるほどの戦力は残していない。ゼロン=ゴルダ大海賊団の残存戦力も、自分たちの本拠地の防衛に回しているので、ここに来るわけがなかった。少なくともゼルス自身は、そんな指示を出してはいない。

見張り役ルックアウト、艦隊の規模は? 所属はわかるか?」
「十……いや、十二隻! な、なんだと……ありゃ、全部魔導帆船じゃねぇか!?」
「全て魔導帆船だとっ!? そんな艦隊を用意できるのは、グラン王国ぐらい……いや、まさかっ!?」

 この見張りから飛んできた報告に、冷静沈着なゼルスも驚きを隠せなかったが、彼には謎の艦隊に思い当たる節があった。そして、それを肯定するように見張りから、さらに報告が飛んでくる。

「アルニオスだ、アルニオス帝国の旗を掲げてやがるぜっ!」
「チッ、まさかアルニオス帝国を動かしやがったのか!? 確かにゼフィールの影響力が多少はある国だが、艦隊を動かせるほどじゃないはずだっ!」
「そんなことより、どうするんだ?」

 焦った様子で尋ねてくる副長に、ゼルスは歯ぎしりをしながら考え込む。

 前方の戦域はロイス王国艦隊とローニャ公国艦隊が入り乱れており、ゼロン=ゴルダ大海賊団による支援は難しい状態だ。後方はアクセル船団二十隻が回り込んでおり、それに対応するため旗艦を除くゼロン=ゴルダ大海賊団二十五隻が引き寄せられている最中である。

 そこにアルニオス帝国の旗を掲げている艦隊十二隻が接近中で、勝っていた船数で負ける上に、挟撃される形になってしまった。

「仕方ない、後方に向かった連中にそのまま当たらせろ!」
「この船も向かうか?」
「いや、この船は先にやることがある。おい、魔導長距離砲レグノールの準備だっ!」
「りょ……了解っ!」

 魔導長距離砲レグノール―― ゴルティアス号の船首に搭載された長距離砲。以前はただの長距離砲だったが、魔導帆船に改修した際に魔導長距離砲に改良、飛距離と破壊力は以前の物と比べ物にならないほど強力な物になった。その分魔力マナの消費が激しく、冷却の関係からも連射はできなくなっている。

 この船の切り札であり、普段はあまり使う機会がない魔導長距離砲レグノールの使用指示に、手下たちも何かを感じ取りながら、準備を進め始めるのだった。

◇◇◆◇◇

 南から現れたアルニオス帝国の傭兵艦隊 ――

 その一隻に狐耳の少女、商人のファムが乗っていた。尻尾と耳を風に靡かせながら、腕を組んで高笑いを上げている。

「わっはははは、さすがウチ! 完璧なタイミングや~」

 ドヤ顔を決めているファムに、この船の老船長が呆れた様子で肩を竦める。

「船を運んできたのは、ワシらだぜ? 嬢ちゃん」
「いや~助かりましたわ~。さすがはオミールの旦那! アルニオス帝国で名を馳せた海賊だけはあるわ~!」
「ハッハハハ、調子が良い嬢ちゃんだぜ」

 彼は造船所対抗レースで、シャルルたちと最後まで戦った老船長のオミールである。

 この艦隊の正体は正規の艦隊ではなかったのだ。シャルルから頼まれたファムが、金を湯水のように使ってかき集めた港街アーゴンレットの船乗りたちである。その中にはアルムーン号のキャプテンギルスも、傭兵として参加していた。

「だが、貰った金に見合う働きはしねぇとな。てめぇら、船足あし上げるぞっ!」
「おぉぉぉ、久しぶりに暴れてやるぜっ!」

 元海賊の船乗りたちも、久しぶりの海戦に気合が乗りまくっていた。この艦隊の旗艦アーガス号に信号旗が揚げられると、他の船も魔道動力炉を稼働させ、風に帆も合わせて加速させる。

「赤い旗の連中と白い船は味方だ、間違っても撃つんじゃねぇぞ!」
「ヘイッ!」

 アクセル船団とローニャ公国艦隊は違う物だが赤色の旗を使っている。ホワイトラビット号は黒い旗に金の兎マークの海賊旗を掲げているが、ホワイトラビット号に関しては旗より船体の白のほうが目立つのだ。

 このキャプテンゼルスすら予想していなかったアルニオス帝国の傭兵艦隊参戦が、後にロイス沖海戦と呼ばれる戦いの転機となるのだった。

◇◇◆◇◇

 一方ホワイトラビット号は、未だに旗艦アルバトロス号の横で待機していた。アルニオス帝国傭兵艦隊の到着の報せを聞いて、シャルルは両手を上げて声を上げた。

「ファム、ようやく来てくれたのねっ!」
「絶妙なタイミングでしたな」
「うん、ある程度開戦日と場所は予想していたけど、艦隊を連れて来れるかは別問題だからね」

 決められた日時に指定の場所に、艦隊を連れてくるのはとても難しい。天候や風向きなどや海賊の襲撃など、多くの外的要因に左右されるからだ。それでも狙ったタイミングで来てくれたのは、ひとえにキャプテンオミールらの腕と勘、そして乗ってきた船の性能によるものだった。

 後衛艦隊が徐々に南に流れていることは、前衛のロイス王国艦隊も気が付いていた。中には彼らが逃げ出したと勘違いして浮足立っている船もある。その隙を見逃さず、コッラデッティ提督が前進の指示を出す。

「よし、一気に攻め上がれっ!」

 今まで後ろで支援砲撃に徹していた旗艦アルバトロス号が、前に出て敵艦隊を押し込み始めた。後ろに回ったアクセル船団と、合流してきたアルニオス帝国傭兵艦隊と協力して挟撃するつもりのようだ。

「このまま押し込んでいくだけでも、たぶん勝てるだろうけど……」

 シャルルはそう呟くと、いきなり総毛立つような悪寒を感じた。今まで感じたことがないような嫌な予感が全身を駆け巡る。

「なにっ!? 見張り役ルックアウトッ! 戦況を教えてっ!」
「にゃ~? 順調にゃ、ロイス王国艦隊は徐々に後退、ゼロン=ゴルダの連中はアクセルの野郎のほうへ行ったにゃ~」
「……ゴルティアス号はどこ?」
「うにゃ? ゴルティアス号だけは最初と変わってないにゃ」

 その瞬間、シャルルの胸の中で嫌な予感が一気に膨れ上がるのを感じる。シャルルは自分の勘を疑わない、まるで野生動物のように即座に指示を飛ばしていく。

魔導加速ブースト! ハンサム、アルバトロス号の前に出て!」
「了解っ!」

 ホワイトラビット号の魔導動力炉が騒音レベルで唸りを上げると、魔導加速ブーストが起動し一気に加速する。船尾に搭載した一対のノズルが吸い上げた海水を一気に吐き出す。

 アルバトロス号の進路を塞ぐように前に出たホワイトラビット号。その瞬間、ゼロン=ゴルダ大海賊団の旗艦ゴルティアス号の魔導長距離砲レグノールが火を噴いた。

 アルバトロス号が前に出たことで、丁度ゴルティアス号からの射線が開いてしまっていたのだ。

「マギ! 魔導衝角ラム、最大出力で展開っ!」
「は~い」

 マギが杖を振るうと、ホワイトラビット号の船首が眩い光を放ち、巨大な四角錐の魔導防殻が船首に展開される。ゴルティアス号から飛んできた砲弾は魔導衝角ラムに当たり、軌道を変えると後方のアルバトロス号の帆を破りながら上空を通りすぎていった。

「ひゅ~……さすが聞きしに優るゴルティアス号の魔導長距離砲レグノールだぜ。直撃してたらこの船どころか、後ろのアルバトロス号まで沈んでいたぜ」
「嬉しそうに言わないのっ!」

 ハンサムの素直な感想を、シャルルが叱りつける。そして短く息を吐くと、右手を勢いよく前方に突き出した。

「いくよっ! ここがわたしとお前たちの力を見せる時だっ! 次弾発射までが勝負だよっ!」
「にゃぁぁぁぁ!」

 黒猫たちの雄叫びと共に加速したホワイトラビット号は、一直線にゴルティアス号に向かって突撃を開始するのだった。
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