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第106話「ローニャ公国艦隊」

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 現在ホワイトラビット号は、アクセル船団と合流するために指定海域に向かっている。陽が一番高い位置に昇った頃、甲板上では乗組員クルーたちが昼食を取っていた。その中で船尾甲板の舵付近では、シャルルを含め主要なメンバーが集まっている。

 基本的にはいつもの顔ぶれだが、一人だけ以前は乗っていなかった乗組員クルーがいた。

「本当に良かったの、ガディ親方? この船、これから戦争に行くんだけど」
「はっははは、今更何を言ってやがる。魔剣型を使うには、俺の腕が必要だろうが」

 そう豪快に笑いながら答えたのは、ドワーフ族の船大工ガディンクだった。彼のたっての希望で今回の航海から機関士として乗船することになったのだ。

 試運転は済ませているが、彼が作った魔剣型動力炉はまだ不安定な代物であり、不具合が起きた際の対処要員と言うのが表向きの理由で、実際には自分で作ったおもちゃの活躍を、自身の目で見てみたいと思っているのだ。

「そうよねぇ、まだリミッターがないとまともに動かないものねぇ」
「うるせぇぞ、森人エルフは黙っとれ!」

 魔導都市メテローディアに、動力炉について調べに行っていたマギも当然戻ってきている。彼女がもたらした様々な知識は魔剣型動力炉の開発に大いに貢献をしたが、相変わらずドワーフのガディンクとの仲はあまり良くないようだ。

「まぁ現状でも十分な出力が出てんじゃねぇか?」
「しかし上手く扱わんと、転覆する可能性もあるからのぉ」

 舵を握りながら骨付き肉を食べているハンサムに、ヴァル爺が髭を擦りながら小首を傾げている。ベテラン船乗りになるほど古い物を信用する傾向があり、試運転で見せた魔剣型動力炉の性能に、彼らが懸念を持つのは仕方ないことだった。

「まぁ、あんまり無茶しなければ大丈夫でしょ……って、アレ? どうして、みんなこっちを見ているの?」
「船長さんが、一番無茶しそうだからじゃないですか?」

 スープが入った皿をシャルルの前に置きながら、カイルは少し呆れた様子で答える。それに対してシャルルは、彼の首に手を回して抱き寄せると、彼の頬を指を突き始めた。

「この~! 生意気になっちゃって~、あの可愛かった君はどこに行っちゃったの?」
「ちょ!? やめてくださいよ~」

 シャルルも少し大人びてきたが、カイルは成長期ということもあり、さらにスクスクと育っていた。身長も伸び始め、身体つきもしっかりしてきており、青年と言うにはまだまだ早いが少年でもない感じに成長している。

 そんな彼だったが、シャルルは未だに子供扱いでスキンシップをしてくるので、思春期の彼にはドギマギする日々が続いていた。また料理の腕はもちろん操舵の技術もメキメキと上がっており、今ではローテーションに組み込まれて操舵を担当するようになっている。

 シャルルがカイルの頬で遊んでいると、ヴァル爺が確認するように尋ねてきた。

「お嬢、例の件はどうなりましたかな?」
「例の……あぁ、アレね。ファムにお願いしておいたから、大丈夫だと信じたいけど……まぁアレは保険みたいなものだし、間に合えば儲けものぐらいで考えておいた方がいいと思うわ」
「ふむ、まぁその方が良いでしょうな」

 ヴァル爺は少し考えてから頷く。カイルは何とか抜け出すと顔を赤くしながら文句を言う。

「ぷはぁ……もぅ、冷める前に食べちゃってくださいよっ!」
「あはは、そうだね」

 シャルルは軽く笑うと、カイルが作ってきてくれたスープを食べ始める。野菜を煮込んだ優しい味のスープにシャルルはニッコリと微笑む。

「うん、美味しいっ!」

◇◇◆◇◇

 それから数日後、アクセル船団と合流したホワイトラビット号は、ローニャ公国の南方の海域に到着していた。その海域にローニャ海軍八隻とローニャ近衛艦隊四隻が集結している。そこにホワイトラビット号とアクセル船団、合わせて二十一隻が合流した形である。

 シャルルとヴァル爺、アクセルを含め主要人物がローニャ近衛艦隊の旗艦アルバトロス号に集まっていた。その甲板に降り立ったシャルルに、小さな人影が駆け寄って抱き着いてくる。

「お姉さま~お会いしたかったですわ~!」
「うわっ!? ちょっとナーシャ、鎧が痛いって」

 抱き着いてきたアナスタジアを引き剥がしながら、シャルルは文句を言う。妙に美麗な鎧に身を包んだ彼女は、今回の海戦の総司令としてこの船に乗っている。

 今回の作戦はローニャ公国の興亡を決める重要な海戦であり、本来であればローニャ大公が直接指揮を執るべき戦だ。しかし彼は陸上の防衛線の方に回っており、そこで白羽の矢が立ったのが娘であるアナスタジアだった。

 もっとも実質的な指揮権は、ジャンパオロ・コッラデッティ提督が執ることになっており、アナスタジアは名実ともにお飾りと言うわけだ。

「デイム! よくぞ来てくださいました」
「コッラデッティ提督もお久しぶりですね」

 コッラデッティ提督はシャルルに駆け寄ると、彼女の手をしっかりと握って頭を下げた。海賊であれば頭を下げることはなかったが、彼女は歴としたローニャ公国の名誉騎士であり貴族だ。

 しかも自軍の倍程の戦力を引き連れての援軍である。実質的な指揮官として、これほど心強いものはなかった。

「それで状況はどんな感じなんですか?」
「それでは会議室で話をしよう」

 そこそこ広い船室の中央には大きなテーブルが置かれており、そこには辺りを記した海図が広がっていた。その上には赤と青に塗装された船の模型が駒として配置されている。

「赤い駒が我が軍です」

 コッラデッティ提督はそう言いながら、元々置かれていた赤い船の近くに赤い駒の塊を置く。どうやら今置かれた駒が、シャルルたちの船を示しているようだ。

「それじゃ青い方が?」

 赤い駒から見てさらに南方に青い駒の塊が置かれている。ざっと見る限りでは僅かに青い駒が多いようだ。

「はい、ロイス王国海軍とゼロン=ゴルダ大海賊団の連合艦隊です。数はロイス王国海軍が十五、ゼロン=ゴルダ大海賊団が二十五~三十程度かと」

 ローニャ公国艦隊とシャルルたちの連合が三十三隻、対するロイス王国とゼロン=ゴルダ大海賊団の連合が四十五隻程度だった。数として約五割程度の差がある状態である。

「ふむ……向こうの狙いは公都への強襲、そして揚陸作戦ですかな?」
「あぁ、その通りだ。現在ロイス王国軍が北上中との報せを受けている。おそらく奴らの狙いはそれに合わせて公都を強襲し、陛下がおられる砦への補給を断ち挟撃するつもりなのだろう」

 ヴァル爺の問いかけに、コッラデッティ提督は頷きながら所見を述べた。ロイス王国海軍のみでは難しいが、ゼロン=ゴルダ大海賊団の協力があれば決して難しくない作戦だった。そして作戦が成功し公都が堕ちれば、ローニャ公国の敗北は必至である。

 対するローニャ公国海軍は海上に防衛ラインを構築し彼らの侵攻を食い止めれば、陸上の砦は易々と抜かれないと考えられていた。魔導艦のような絶対的な戦力があれば別だが、海上の防衛は数が物を言う。そこで劣っている以上、難戦は覚悟しなければならなかった。

 少し暗くなっているローニャ海軍将校たちの中、アクセルがズイッと前に出た。

「ちょっと意見してもいいか?」
「あぁ、何か策があるなら聞こう。この際だ、身分や階級などは気にせず意見してくれるとありがたい」

 コッラデッティ提督がそう述べると、アクセルは駒を動かし始めた。

「ゼルスの野郎なら、おそらくこんな布陣だろう」
「そうですな、彼奴ならほぼ間違いなく」

 アクセルが示した布陣にヴァル爺は頷いて見せる。コッラデッティ提督たちは、それを黙ったままジッと見つめていた。

「まず、あんたらがここを押さえる。そして俺らが、こっちから回り込んで叩くってのはどうだ?」

 アクセルが駒を動かしながら作戦を説明していくと、コッラデッティ提督は感心した様子で頷いた。

「ほぅ……君は見た目と違って堅実な作戦を立てるな」
「はっ! 海戦なら、あんたらよりよっぽど経験してるんだぜ?」

 比較的平和が続いたローニャ公国に対して、様々な海賊たちと渡り合ってきたアクセルのほうが経験では上である。しかも大きな船団を率いる経験もローニャ海軍より勝っていた。

「それなら二段作戦でいこうよ。わたしたちがここから行くわ」
「デイム……さすがにそれは……」
「おいおい、正気か?」

 シャルルが提案した作戦に、コッラデッティ提督とアクセルが難色を示す。それでもシャルルは自分の胸をポンっと叩くと自信有り気に胸を張る。

「大丈夫っ! わたしに任せてよっ!」
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